2019年8月26日から27日にかけて、猛烈な雨がモーリタニアの南部、ギディマカ州を襲い、一帯は深刻な洪水に見舞われた。とりわけ、州都セリバビは300ミリを超える豪雨により、甚大な人的・物的被害が発生した。
報道によれば、少なくとも3人が死亡し、多数の人が負傷、加えて、約850棟の家屋が全壊し、約4,200棟の家屋が破損した。雨雲が通り過ぎた後も都市の大部分は浸水しており、モーリタニアの西部へとつながる橋も破損したとされている。モーリタニア政府は、食糧とテントを被災地に支援するとしたものの、実際はなかなか進まず、十分な支援が行き届いていないとの声も多く上がった。
モーリタニアが直面している自然災害はこれだけではない。気候変動による被害と気候変動に対する適切な対応がされていないことにより、過去数十年にわたって、モーリタニアはますます深刻な環境被害の影響下におかれるようになっている。この記事では、モーリタニアが直面する問題について考察していく。
問題の背景
アフリカの西海岸に位置する国、モーリタニア・イスラム共和国。その地理的特徴から、北アフリカと西アフリカの影響を受け、宗教、経済、政治的側面も含め双方の文化が混ざり合っている。100万㎢を超える広大な国土をもつものの、その大半がサハラ砂漠に覆われており、耕作に適した土地は国土のおよそ0.5%しか存在しない。人口はわずか400万人で、世界で4番目に人口密度の低い国となっている。
降水量が少ないにもかかわらず、多くの農業は雨水のみで行われている。その結果、米や麦といった穀物の需要に供給が追いつかず、穀物やその他の食品に関しても大部分を国外からの輸入に頼らざるを得ない。産業では、鉄鉱石の採掘や、漁業が外貨獲得の主な手段となっており、2015年に3%であったGDPの成長率は2018年には3.6%となった。都市部においては、商業やサービス業が発展したこともあり、GDPは上昇している。しかし、モーリタニアは、海面上昇や砂漠化といった環境問題、海洋資源の枯渇といった人為的な問題の両方がますます表面化しているのだ。
浸水する首都
現在、首都ヌアクショットは浸水の被害に苦しんでいる。これは災害映画のシナリオなどではなく、現実としてモーリタニアの首都が脅かされているのだ。ヌアクショットの大半が海抜ゼロメートル地帯にあり、迫りくる海面上昇にさらされている。この状況はこの数十年で悪化してきており、最近、約100万人が住むヌアクショットにも洪水が発生しているのだ。
海水面の上昇による被害を悪化させているのが貧弱なインフラだ。首都には幹線排水路がなく、多くの市民は8月頃に始まる雨季に備え、貯金を切り崩している。海水面の上昇により、街の地下水は塩分濃度が高くなり、そして上昇することにより、居住者は家を強化し、床の高さを上げなければならないからだ。それに加え、洪水は悪臭のする池を発生させ、これにより都市では水で媒介する病気が蔓延している。住民は洪水が収まるまで被害の実情を知ることができないまま、ただ水位が下がるのを待つしかないのだ。
ヌアクショットでの洪水には環境的な要因と人為的な要因の両方が絡んでいる。その大半の部分を占めるのが、気候変動の加速だ。海面は上昇を続けており、21世紀の終わりまでに20~50cm上昇すると予測されている。さらに、ヌアクショットでは、雨の降る日数が増加し、短期間に降る雨量も増加している。その結果、上昇した地下水位によって、雨水は地下に流れることができなくなり、池が形成され、洪水が発生してしまうのだ。また、人為的な要因として、首都が海岸沿いに位置する大きな砂丘によって守られていることが関連している。一見良いことのように思われるが、人口が増加して、海岸沿いの砂丘地域にインフラが不完全のまま都市が拡大していくことで、洪水の危険性が更に高まることになってしまっているのだ。
差し迫る脅威への対策として、政府は、砂丘の防衛線の修復や植林に投資をしているものの、これらの対策は依然として不十分であり、海岸地域が抱える問題のすべてに対処できているとは言えない。2007年、モーリタニア沿岸マスタープラン(PDAL)が開始され、課題へ取り組むことを目的として、解決につながる事業の実施、支援が始まった。この計画では、沿岸に観測所を設立するなどのいくつかの事項が提案された。しかし、今日まで、洪水に対処するための取り組みはほとんど行われておらず、住民は依然として厳しくなる雨季の雨と水位の上昇への対策に苦しんでいる。現在では、モーリタニアの首都を他の場所に移動することも含め、抜本的な代替案も提案、検討されているのだ。
進行する砂漠化
北アフリカの西海岸、サハラ砂漠を構成する場所に位置しているという地理的特徴もあり、モーリタニアは砂漠化の影響を非常に受けやすい。実際、首都ヌアクショットは西側の海だけではなく、東側の砂丘による侵入の脅威にもさられされている。都市の住民はこの脅威に日々頭を悩ませている。それに加え、畜産業と農業活動の大部分が行われている国の南部も土壌の悪化に脅かされており、不規則な雨季も相まって畜産業は壊滅的な影響を受けている。砂漠化は、干ばつの危険性を高め、肥沃な土壌と農産物の生産性を大きく損なわせてしまう。こうした問題も、国が輸入穀物と食糧援助に依存する状況を生みだしてしまっているのだ。
砂漠化の加速について、環境上の特徴や、地球温暖化を含む気候変動など、複数の要因があげられる。そして、この砂漠化は、砂嵐などによる砂丘での砂の移動によって悪化している。加えて、ヌアクショットでの持続不可能な農業とその他の土地利用に代表される、土壌と水の拙い管理が砂漠化の悪化を一層深刻にさせているのだ。
被害を抑制するためには、緊急の行動が必要であることは間違いない。政府はこの問題に対して、さまざまな対策をとってきた。その一つの例として、政府は1975年から、「ヌアクショット・グリーンベルト」と呼ばれる首都周辺の大規模な植樹計画を主導し、迫りくる砂漠から首都を保護することに力を入れた。しかしながら、首都自体は拡大し続け、これまでのところ都市保護の観点で目に見えた効果は出ていない。
1973年、干ばつとの闘い、国の持続可能な発展に加え、食糧の自給自足を目指し、地域の砂漠化の影響を受けた多くの国によって「サヘル諸国間干ばつ防止のための常設委員会(CILSS)」が設立された。しかし、モーリタニアの環境と持続可能な開発を担当する省庁は、結果として、問題が複雑だったために設定された目標は未達成に終わったとしている。
こうした中、「巨大な緑の壁」と呼ばれるアフリカ全土で8,000kmにわたって緑を成長させる巨額の資金を投入した計画が、状況を好転させる鍵となるかもしれない。モーリタニアは、土地の劣化を終わらせ、森林再生を促進することを目的とした当プロジェクトを率いる国の一つである。それでも、砂漠化問題に対処するための画期的かつ効率的なアイデアが出てくるまでは、モーリタニアの人々は直面している厳しい状況に対処し、最悪の事態への備えをしなければならないことに変わりはない。
枯渇する海洋資源
モーリタニアの海岸は非常に水産資源が豊富な地域であり、世界で最も豊かな漁業地域の一つである。中国、スペイン、日本といった国がモーリタニアで獲れた海産物の主要な輸入国であり、漁業はモーリタニアの歳入予算の約15%、外貨収入の45%を占めている。これほど漁業に依存しているにもかかわらず、気候変動と漁業資源の過剰利用によって、モーリタニアの沿岸生物の多様性と魚の生息数が大きく脅かされている。直接的には、漁業による収入の持続可能性と漁業に依存する人々の生活に大きな影響を与えることになるのだ。
気候変動による海水温の上昇によって世界中の海洋生物が影響を受けている中、モーリタニアは特にその被害を受けている。あるデータが示すところによると、モーリタニアとセネガル沖の海が他の赤道近くの海域に比べ急速に温まっている。また、乱獲の影響も目立つようになってきている。モーリタニアで水揚げされる魚の量は、2010年から2015年までの間に約46% 増加しており、その反動として資源は減少し始めている。実際、この結果は供給量にも表れており、2018年にはモーリタニア産のタコのアジア諸国への輸出量は大幅に減少した。また、気候変動によって、西アフリカ全体で、2050年までに漁業関連の仕事ののうち半数がなくなってしまうと推定されている。
外国の船による漁業活動が、海産物の乱獲の原因の一つとなっているとも言われている。例として挙げられるのが、2010年に中国政府との間で結ばれた契約である。モーリタニア国内外の機関から非難がされたということで物議を醸した。この契約により、中国は、モーリタニアに水産加工工場の建設することと引き換えに、モーリタニアの管轄する水域での漁業権を獲得した。その結果、モーリタニア国内ではなく、中国企業に利益をもたらすことになってしまった。EUとのこれまでの取引も問題視されてきたものもある。
近頃になって、モーリタニア政府は漁業に関する透明性を高めるためのいくつかの措置を講じている。例えば、2018年には漁業契約に関する詳細な情報を提供し、海洋生態系を乱獲から保護することを目的とする世界的な取り組みである漁業透明性イニシアチブ(FiTI)の参加国となっている。ただ、このような措置が問題の軽減にどれほど寄与するかはわかっていない。
国内外にまたがる問題
モーリタニアとその国民は不確実な未来に直面している。1960年代から、干ばつ、洪水、海面上昇、砂漠化などにより深刻な影響を受けており、さらには、海洋資源などのモーリタニアの天然資源の過剰利用も、モーリタニアの住民の生活に大きな影響を与えている。これらの問題の多くの原因となっているのが気候変動である。モーリタニアは気候変動の原因にほとんど加担していないにもかかわらず、気候変動により甚大な被害を受けているのだ。同時に、資源の濫用と、不適切な管理及び適応戦略もさらに問題を悪化させているといえるだろう。
現在求められているのは、環境の変化と人間の活動の両方に対して、即時の解決策を提示することである。植林、必要なインフラ設備の建設とメンテナンス、外国政府や外資系企業による国の天然資源の開発に関する透明性の促進も含め、根本的な原因を解決するための計画と実行が必要だ。最も重要なことは、大規模な人類共通の敵である気候変動と戦うための世界規模での協力に違いない。
ライター:Mohamedou Nasser Dine
翻訳:Taku Okada
グラフィック:Yumi Ariyoshi
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日本から離れているように感じる国でも、起こっている問題は日本に関係することが多いですし、やはり環境問題は世界共通の問題と捉えていくべきですね。
気候変動による異常気象などはさまざまな場所で起こっており、巨大な台風なども増えていることから、今一度私たちの生活について見直すべきだと感じました。
環境問題の影響はどこでもみられるが、やっぱりモーリタニアといった発展途上国の方が影響受けやすいですね。あと、日本がモーリタニアで獲れた海産物の主要な輸入国であることは初耳で、勉強になりました。
気候変動が実際に起こっているということがよく分かる状況ですね。
気候変動が嘘だと思っている人、自分には関係ないと思っている人に是非知ってもらいたいです。
気候変動の実害を真正面から被る、責任のない発展途上国の典型例ですね。
先進国に利用され疲弊させられてしまう国があるという現実に辟易してしまいます。
気候変動の影響がより深刻化すると、今のモーリタニアの現状が他の多くの国にも現れてくるかもしれないですよね。
他人事とも思えないことなのに、さらに追い討ちをかけるように他国が海洋資源の搾取をするのは悲しいです。
国土のほとんどが砂漠でびっくりしました…!
台風19号の時にインフラの有無で災害の被害が大きく変わることを実感しました。
インフラが整ってない砂漠の地域にこれからも異常気象が起こると思うと本当に怖いですね。
どうしていったらいいんでしょうか。
気候変動、海洋資源の乱獲などの影響を一気にこれほど受けている国があることに衝撃を受けました。