地球の温暖化の影響により北極圏の氷が溶けていることは有名であるが、実は2019年の夏、北極圏やその周辺でこれまでにないほどの火災が起きていた。2019年におけるシベリア、アラスカ(米)、グリーンランド、カナダなどの北極圏とその周辺での総火災数は4,700件以上に上り、焼失面積は8万3千㎢であった。専門家はこれを受けて「前例のない異常事態」と評した。さて、この北極圏(※1)における「異常事態」はどうして引き起こされたのか。また、どのような影響があり、どのような取り組みが行われているのか、説明していきたい。
北極圏の火災の特徴と仕組み
北極圏で火災が発生することは自然現象であり、雷をきっかけに引火してこのような火災が発生することは毎年よくあることだ。しかしこれまでとは違い、2019年は火災の発生件数と焼失面積が異常なのである。シベリアでの火災の焼失面積はピーク時の7月には3万㎢を超え、火災は9月まで続いた。また、この影響で発生した煙は大気中に700万㎢にまで広がり、これはEU(ヨーロッパ連合)全体の面積を上回る。アラスカでの火災による焼失面積は1万㎢を超え、グリーンランドの火災は一件の火災だけで最大375㎢の森林や草原を消滅させた。なぜ、北極での火災が今までにないほど増加したのか。これらの火災は気候変動の影響を大きく受けている。
北極圏では他の地域と比べると2倍の速さで温暖化が進んでいる。このようなスピードで温暖化が進むことに関してはいくつもの要因が考えられるが、中でも雪や海氷が減ったことで地面が反射する太陽光が減り、地表における太陽光の吸収が増えたことでより広い面積が暖められるようになったことが主な原因である。結果として、これは土地の乾燥を招いている。この現象は温暖化の加速を促進しており、火災が起きやすい温度条件を作り出しているのだ。例えば、7月のアラスカでは気温が32℃を記録した日もあり、乾燥した大地と平年より高い気温の条件のもと、熱雷と強風をきっかけに火災が激しく広がった。
この北極圏での火災が普通の山火事などと違うのは、まず火災が起きてもその多くが放置されるということだ。北極圏での火災は人々のインフラや建物に直接的な影響を与える場合が少ない。人里離れた地域まで消火活動をしに行くコストは高く、またあまりにも広範囲であるせいで消火活動の手が回らないことも多い 。その結果、火災が鎮火されずさらに燃え広がるリスクが高まってしまう。
北極圏の火災は燃焼の仕方にも特徴がある。北極圏の土壌である泥炭地では土壌に含まれる酸素が少ないことが影響して背の高い木は育たない。そのため林冠が茂っていないため日光が地面に届きやすく、湿ったミズゴケの成長を促す。通常の泥炭地は最大で95%が水分であり、火災の際は火が燃え広がるのを防ぐ。しかし、温暖化の影響で泥炭が乾燥すると泥炭は非常に引火性の強い物質となる。北極圏での火災は木や低木を燃料にするだけではなく、北極の土壌である泥炭にまで熱が届くと泥炭をも燃料に燃え始める。
北極圏の森林火災は通常、数時間か数日しか続かないが、この泥炭火災は地下の泥炭を燃料に燃えるため、ゆっくりと燃え広がり、数週間続くこともある。泥炭は可燃性のメタンガスを大量に含んでいるため、冷たく湿った状態でも長期間火が持続してしまう。さらに、泥炭地では雷による引火が非常に引き起こされやすい。実は温暖化は落雷の数を増やすため、ますます火災の起きやすい状況を作り出しているのだ。
北極火災の影響
北極圏での火災が引き起こしている問題の一つは二酸化炭素の排出である。北極圏で起きた火災の影響で6月には50メガトン、7月には79メガトンの二酸化炭素が排出されたと推定されている。これはベルギーが年間に放出する二酸化炭素量を上回っている。なぜここまで大量の二酸化炭素が排出されるのか。それはこの北極での火災が泥炭によって燃え広がっているからだ。泥炭は大量の炭素を貯蔵している。北極では寒さのせいで微生物の成長と分解が遅く、炭素は土壌に蓄積される。寒帯の森林と北極圏のツンドラには世界の土壌中の炭素の50%が貯蔵されていると推定されている。
この泥炭が燃焼することで大気中に大量の二酸化炭素が放出され、さらにその下の層の永久凍土の融解をもたらす。永久凍土は数年以上にわたって夏季も凍結している土または岩のことである。永久凍土が溶けると凍結していた土が分解され、さらに多くの炭素を放出する。泥炭地での火災は長期間に渡って地中でくすぶり続け、地中深くにある土壌や永久凍土を溶かす。その結果、通常の火災の2倍の炭素が燃料として燃えるのだ。
近年の永久凍土の融解は土地にハチの巣状の窪みを作り出し、地盤沈下と土壌崩壊を引き起こすことが問題になっている。新しい湖ができるところもあり、サーモカルストという凹凸のある地形になるのである。火災の被害にあった土地が地盤沈下するか回復するかはその地下にどれほど永久凍土が備わっているかに左右される。その他にも火災がどれほど地表の有機層のダメージを与えているか、火災の後の天候なども関係してくる。
北極圏での火災は土壌に影響を与えるだけではない。有害な汚染物質と有毒ガスを大気中に放出する。シベリアで発生した火災の濃い煙は衛星画像によって捉えられており、アラスカやカナダの西海岸の一部にまで広がっている。この煙に含まれる黒い煤 (すす)は人や動物にとって有害であり、肺や血流に入り込む可能性がある。また、煤が白い雪や氷の上に堆積すると反射される太陽光が減り、日光や熱が地表に吸収されてさらに温暖化が促進される。
火災によって乾燥した泥炭が燃焼し、永久凍土が溶け、メタンが放出され、氷河が消失していく。気温が上昇すると火災はますます増えて氷の上には黒い煤が積もり、さらに温暖化に拍車をかける。この悪循環はこれまでにない急激な気候変動を引き起こすであろう。
北極での火災は生態系にも影響を与えている。広大な北部の生態系は火災によってその姿変え始めてきている。新しい植生が予期されなかったところで育ち始めているのだ。アラスカで行われた研究によると、火災によって森林の白トウヒは約30%減少、黒トウヒは約15%減少すると予想されており、そこの土地に落葉樹が侵入してくる。火災前にはもともと針葉樹林だったところに若い落葉樹林が育ち始め、寒帯という定義そのものが変わってきてしまう可能性がある。火災による植生の変化は野生動物の分布と生息地にも影響を及ぼす。北極圏のカリブーの個体数が半減したという報告もある。カリブーの食料は地衣類であるが、地衣類は成長が遅く火災後の回復に時間がかかる。焼け野原となった土地で、食料である地衣類のありかを突き止めることができず、個体数が減ってしまった。
火災への取り組み
ロシア東部やシベリアでの火災を受けて、当初、ロシア当局は人里から遠く離れた地域の火災は自然現象であり人々に直接的な恐れはなく、消火活動は経済的に実行可能ではないと述べていた。それに対して住民の批判が高まり、当局の火災への対応が不十分だとして行動を起こすよう要求する請願書が100万人によってサインされて提出されたのち、5つの州で非常事態が宣言された。その後、2019年7月31日、ウラジミール・プーチン大統領は軍隊に火災への取り組みを支援するよう命じ、消防設備を備えた10機の飛行機と10機のヘリコプターがそれらの地域に送り込まれた。しかしながら、軍が導入された頃には既にベルギーほどの面積の森林が焼失しており、対応の遅れや消防活動への資金不足といったことへの批判は尽きない。
カナダのアルバータ州は2019年においてカナダでの火災の被害が最も大きかった。8つの他の州やノースウエスト準州、アメリカ、南アフリカなど各地から消防士が集まって消火活動が行われた。しかし、気候変動により北極圏での火災が増えると各地域で協力して行われる消火活動でも間に合わず、地域を安全に保つという長期的な課題に直面する。8月初頭に近隣の火災により避難勧告を受けていたカナダのユーコン準州にあるキーノー市の山地火災管理担当者は火災と戦うだけでは地域を守るのに十分ではないとし、避難計画の確立やさらなる燃料切れを想定して火災の研究への投資を強調している。
アラスカ最大の都市アンカレッジは公共の安全への差し迫ったリスクが「かなり高い」とランク付けされている。アンカレッジは森林に囲まれており、火災は大きな脅威となる。アンカレッジの森林管理官はこの問題に対処するべく、火災を軽減するためのプログラムを調整したり、家やその近隣が火災のリスクを減らせるようファイヤーワイズ(Firewise)というプログラムを推進している。そこでは家の周りには細い木を植えたり、不燃性の屋根を取り付けたり、消防隊がすぐに駆けつけることができるか確認するよう促している。
デンマーク自治領グリーンランドの西部の都市、シシミウト近くで起きた火災は、地元の消防隊だけでは対処しきれずに8月にデンマークから援護が駆け付けた。そこでの火災は既に1ヶ月ほど前から続いており、人が居住する地域にまで拡大する恐れがあった。火災がもし収束せずに冬まで続くと、グリーンランドの自然環境と氷河の融解にさらなる悪影響を与えてしまう。
北極圏での火災は毎年発生している自然現象であり、人里離れた地域でじわじわと広がっているため、メディアに大きく取り上げられる機会は少ない。しかし、2019年には火災の規模が記録的なレベルに達した。気候変動がこれほどまでに差し迫った危機を引き起こし、そしてそれがまた気候変動に拍車をかけている。一度始まってしまった北極圏の火災の悪循環を見過ごして打つ手がなくなる前に早急な対策を地球全体で取り組んでいかなければならない。
※1 北極圏とは北緯66度33分より北の地域である。ただし火災は北極圏の周辺でも発生しているため、ここでは北極圏付近の地域も含めて取り扱う。
ライター:Shiori Tomohara
グラフィック:Saki Takeuchi
北極圏というと火災をなかなか連想しません。北極圏の火災もそれほど増加したのも知りませんでした。
地域的に離れているから他人事だと思い込んでしまいがちですが、ここまで記録的な被害となると北極圏に近い国々だけでなく、世界全体で取り組むべき課題となってきますね。これから早急な対応がされることを期待したいです。
政府が消火活動に消極的なのって、同じ国土なのに見捨てられているようでひどいなと思いました。
絶望的な悪循環にかなり衝撃を受けました。遠い国の出来事ではなく、私たちの生活にも影響が出るということを、私たち一人ひとりが理解しないといけないと思います。
北極での火災がこんなにも深刻な悪循環を生み出してしまっていることにすごく驚きました。
しかも、報道されておらず、この記事を読んで初めて知ったということが自分でもショックです。
端的に言ってヤバすぎますね。