報道の役割として、真実をありのままに移すこと、権力の監視役をすることなどが言われる。そしてもうひとつ読者に意識されにくいことが、各報道機関の考えを主張する、というものだ。つまり、報道機関それぞれの考え方や見方を発表し、読者に影響を与えるということである。新聞において、その最たるものが社説だ。社説で取り上げられるトピックは新聞社の注目しているトピックであり、その押し出し方から私たちは影響を受けるのである。新聞社が社説で取り上げるトピックの選び方や書き方は社会の形成に大きな影響力を持ち得るだろう。
そこでここでは、社説で取り上げられているトピックを調べ、その傾向を見る。2015年の日本新聞社大手3紙の社説全体で、国際報道にあたる社説の記事数は306件。まずこの記事の中の地域的な配分はどうだったのだろうか。取り上げられることの多かった関連国は下の図の通りだ。
最上位に中国がランクインしている。その文字数の割合は23.8%であり、群を抜いている。これは、社説を含むすべての国際報道中の中国関連の記事の割合が12.1%であることから見ると、社説での取り上げられ方が特徴的だとわかる。その一方でアフリカ、中南米、オセアニアの地域についての社説の文字数の割合は2.6%、0.4%、0.0%と非常に小さい。そのことからも中国関連の社説の多さが理解できるだろう。またその他の関連国の割合を見ても、上位5か国に関してはすべて社説で取り上げられている文字数の割合の方が大きい。新聞社の視点で重要だと考えられている国に関する記事は、社説でより一層重要視されていると考えられる。しかし、アメリカとフランスについては逆に、社説の方が取り上げられる割合は小さかった。上で述べたように社説が社会の形成に重要な役割を果たすと考えると、その内実が気になるところだ。
またランキングにはフランス、シリアがランクインしているが、2015年のフランスでのテロ、シリア紛争がその要因だ。そういった、紛争・テロ関連の記事は3社合計で42件と大きな割合を占める。2015年内には他にも各地に多くの紛争があったはずだが、社説ではどういったものが取り上げられていたのだろうか。
そこで以下では、「中国」「アメリカ」「紛争・テロ」の3つのキーワードに関連する社説を例として取り上げ、詳しく内容を見ていく。
まず中国に関する記事についてだ。306件中81件を占めた中国にまつわる社説のトピックには、国内の人権問題、政治経済、南シナ海問題、日中韓関係、AIIB(アジア投資開発銀行)、日中関係、東アジア国交などがある。それらを分類したトピック別の記事数を円の大きさで示すと、下の図のようになる。
2015年度は特に単独のトピックとして、南シナ海問題と、AIIBを含む中国経済が多く取り上げられたことがわかる。また、東アジアや日本と直接関係することのみならず、図中の「政治・社会」にあたる、政治制度や人権問題、社会問題などについても多く取り上げられている。また、政治社会についての記事は、以下に示す実際の見出し通り、中国国内の社会問題や政治制度を具体的に取り上げ、批評する内容が目立った。
「中国市民運動 問題提起に共感する」
「中国国防白書 緊張を高めてはならぬ」
(以上朝日新聞より)
「天津爆発事故 中国は情報開示を前向きに」
「中国2邦人拘束 「法治」による統制が目に余る」
(以上読売新聞より)
「中国全人代 軍事より民生が重要だ」
(以上毎日新聞より)
最初で見たように、中国に関する社説は、大手3紙の社説の23.8%を占めていた。これは、196か国がひしめく世界で、驚くべきものだろう。内容では、経済や東アジア各国との関係に偏りはあるものの、広いテーマが取り扱われていたと言える。
次にアメリカに関する記事について取り上げる。中国に関するものとは大きく異なる内容であった。意外にも、アメリカ国内の出来事や政治制度、アメリカ社会について、単独で取り上げられるものは少なかったのだ。
アメリカに関する社説の内、図中で水色に表示されているものは、アメリカの政治関係の社説であるが、そのほとんどを対外関係が占めている。2015年中に正常化した米キューバ関係、米日関係、米中関係がほぼ同数、アメリカ国家安全保障局による盗聴疑惑に関してなどその他の対外関係を加えて、図中の全28件中19件を対外関係が占めていた。残りのアメリカ国内についての6件の記事タイトルは以下の通りだ。
「米国のテロ対策 「イスラム国」の扇動を許すな」
「米ゼロ金利解除 「出口」迎えた異例の危機対応」
(以上読売新聞より)
「オバマ演説 対テロへ強い指導力を」
「オバマ外交 キューバ以外でも功績を」
「米乱射事件 銃の規制もテロ対策だ」
「米ゼロ金利終了 政策の正常化を着実に」
(以上毎日新聞より)
私たちはアメリカについてのニュースはよく耳にしてはいるものの、2015年の社説では外交がほとんどで、国内の社会や政治、軍事については論じてこられなかったと言えよう。
次に、紛争・テロ関連のニュースについて見る。図に見る通り、社説で取り上げられた紛争・テロはごく限られたものだった。
地域を限定せずに、テロ対策やテロに対する姿勢について論じた記事が3件、他はヨーロッパと中東での紛争・テロについて取り上げたものだった。この2地域のみが取り上げられていることは、一般の記事に見られる紛争報道の偏りと比較しても顕著だ。ナイジェリアや南スーダンなどアフリカでの大規模な紛争は一度も社説の対象にならなかった。また、難民について特筆すれば、世界中の難民の86%が途上国に住んでいるにも関わらず、ヨーロッパ難民についての記事が8件中7件を占めることは異様だ。
社説は、ニュースが事実を伝えることを目的としている一方で、各新聞社の考え方を伝える役割をする。他の記事と比較して主張が強く出る部分だ。そしてその主張に、読者は多かれ少なかれ影響を受け、トピックについて考え、話題にしている。上で見てきたように社説のトピックが限定的で偏りがある場合、取り上げられていないトピックに関して議論する場や、深く考える機会を奪われていると言える。全世界が密接につながってしまっているグローバル化が進んでいる今日だからこそ、日本との直接の利害関係を越えて、より広く世界中で起きている大きな出来事が話題に上れば、日本社会はいかに変わっていくだろうか。
ライター:Mana Koie
グラフィック:Mai Ishikawa