ドナルド・トランプ氏が2017年1月20日に第45代アメリカ合衆国大統領に就任した。彼は、政治経験がなくビジネスの世界から大統領になった稀な存在だ。しかし、それ以上に注目を集めたのは、彼の過激な言動及び政策の数々であろう。「イスラム教徒の入国を禁止する」「メキシコとの間に壁をつくる」のような発言は世界中で波紋を呼んだ。日本のメディアは経済や安全保障上の日米関係を危惧して、再三取り上げるようになった。一方で、メディアは世界で起きている大きな出来事を捉えられているだろうか。「トランプ現象」はどれほど国際報道に影響を与えているのだろうか。そして、その陰では何が起こっているのだろうか。
この記事では、これらの問題に着目した。2017年の1月から4月の毎日新聞朝刊の一面に掲載された国際報道を調査することによって、同紙がどの出来事を重要視しているのかを明らかにしたい。まずはその報道量を国別に見ていこう。
上図にあるように、アメリカの割合は38.9%にものぼる。これは、2015年1年間の毎日新聞のアメリカの報道量(一面以外の国際報道も含む)が全体の13%であることを考えると、普段よりも非常に高い値であることが分かる。その中でも、「トランプ」が見出しに載っている記事は、国際報道の約22%にものぼった。この数値からトランプ現象の大きさが明らかであろう。アメリカ報道の内訳としては、政権始動(トランプ大統領の就任演説や、新政権の分析報道)、外交問題(TPP離脱、化学兵器使用の対抗措置としてのシリア軍攻撃、核・ミサイル開発における北朝鮮との対立)、日米関係(安部首相との初の日米首脳会談含む)、国内政策(イスラム圏諸国からの入国禁止)などが取り上げられた。
アメリカの次に多く報道されたのは北朝鮮だったが、アメリカの報道量の3分の1にとどまった。北朝鮮もまた、金正男氏殺害事件や核・ミサイル開発などのセンセーショナルな出来事が相次いだ。金正男氏殺害に関する報道は、国際報道全体の11%を占めている。3位の韓国では、朴氏の大統領罷免のニュースが大きく、少女像の問題も挙げられている。4位のイギリスは、EU離脱に関する内容が約半数を占めた。シリア関連の報道の全ては、4月4日に浮上した化学兵器の使用疑惑とその対応に関するものだった。マレーシアに関する報道は、同国で発生した金正男氏殺害関連のものしかなかった。フランスに関する報道の大半は、大統領選挙に関するものだったが、対象期間中には決戦投票はまだ行われていなかった。
これまでは、トランプ現象及びその他に一面に掲載されたトピックに着目した。しかしその陰には、一面に載せられなかった重大な出来事もあった。
2017年3月11日、世界は、国連の誕生(1945年)以来の最大の人道危機に直面していると、国際連合人道問題調整事務所(OCHA)の所長であるスティーブン・オブライアンが、発表した。それは主に、イエメン、南スーダン、ソマリア、ナイジェリアの4ケ国で、大規模の飢餓が発生しており、2,000万人以上が食糧不足に陥っている。迅速な対策を取らなければ、年内に140万人の子供が飢え死にする危険性があると国連が警鐘を鳴らした。いずれの場合においても、その飢餓を引き起こしている要因としては、武力紛争の存在が大きいとされている。この衝撃的な事実に対して、毎日新聞は317字の短い記事を国際面に載せたものの、一面に載せることはなかった。南スーダンに関する記事は同期間内に一面に掲載されることはあったが、そのすべてが日本の自衛隊によるPKO派遣に関するものだった。
イエメン紛争の激しさを考慮すると、報道の乏しさが特に目立つ。2011年に再発したこの紛争は数多くの周辺国を巻き込んでいる。サウジアラビアが中東諸国と連合を組み、アメリカなどから軍事支援を受け、空爆を繰り返し、地上軍も投入している。さらに、イエメン周辺において海上封鎖も実行している。これらの行動は飢餓の主要な要因の一つとなっている。軍事的な側面においても、人道被害においても、規模が非常に大きいこの紛争でも、毎日新聞の一面にのぼることはなかった。
紛争以外にも、世界各地でテロ事件も多数起きている。2017年1月から4月までに2,782人もがテロの犠牲者となった。その内、30人以上が一度に亡くなった事件は7ヶ国で17件にのぼる。その国は、アフガニスタン、イラク、シリア、ソマリア、トルコ、マリ、パキスタンだった。どの事件も一面に掲載されなかったが、ヨーロッパで発生したテロ事件の中には掲載されるものはあった。それはロシア(10人死亡)、イギリス(5人死亡)、フランス(1人死亡)の事件であった。
変動するアメリカの政治は日本にとって重要であり、注目されるのも理解できる。しかし、世界を理解するには、広い視野を持つことも重要であろう。一方で、メディアには、世界各地からの情報を報道する際のバランスが求められるだろう。