2019年6月、スリランカで43年ぶりに死刑制度に対して動きが見られた。スリランカでは、1976年以来死刑執行は一時的禁止の状態にあり、実行されることはなかった。しかし、大統領は同月麻薬犯罪で4人が死刑になることを発表した。スリランカで横行されている麻薬取引を取り締まるためだという。それに伴い、2人の死刑執行者の募集も行われた。応募資格は18歳から45歳までの男性のスリランカ人であり、「強靭な精神」を持つものとされ、100名もが応募した。
世界で死刑を廃止する動きもある中、それに逆行するスリランカ。そもそも世界全体における死刑の現状はどうなっているのだろうか。国はなぜ死刑を採用し、どのような罪に死刑を執行するのか。逆になぜ死刑に反対し、廃止するのか。この記事ではこれらに注目していきたい。

絞首台 (写真:mlhradio/Flickr [CC BY-NC 2.0])
世界全体の死刑の現状・傾向
2018年、世界全体での死刑執行件数は前年に比べて30%以上減少し、ここ10年で過去最低の件数となった。この背景には、主要な死刑執行国とされているイラン、イラク、ソマリア、パキスタンでの大幅な減少があったとされている。また、死刑廃止国が増えたことも考えられる。実際に、2018年末までで、106カ国が死刑を廃止した。法律としてはまだ保持しているが、実践的には死刑が行われていない国も含めると142カ国になる。しかし依然として、死刑採用国は56カ国にのぼる。死刑執行数が多い順に中国、イラン、サウジアラビア、ベトナム、イラクなどが挙げられる(※1)。

Amnesty Internationalのデータをもとに作成
これらの国はどのような罪に対して死刑を行なっているのだろうか。死刑になる罪としてすぐに思い浮かばれるのは殺人罪であろうか。しかし実際はそれだけではない。麻薬関連や反政府的行為、同性間の性交などに対しても行われているのだ。処刑方法としては、首切り、感電死、首吊り、毒投与、射撃など、国によって様々である。それでは、実際に各国の実態を詳しく見てみよう。
死刑採用国各国の実態
中国は世界トップの死刑執行数とされているが、実態は国家機密として公開されていない。国連などの国際組織が40年以上にわたって情報公開を要求しているものの、正確な死刑執行数は隠されたままだ。また、メディアでも一部の執行しか報道されないため、実態がより不透明になっている。中国最高人民法院は、2018年3月、ここ10年間で死刑執行の見直しを行い、極めて重い罪に限定して執行するようにしたと発表したが、未だに年間に数千人が処刑されているようだ。
次に、死刑執行人数トップ5を大きく占めているのが、サウジアラビア、イラン、イラクの3カ国である。GNVでも以前紹介したように、これらの地域の人権問題は深刻だ。共通している特徴は公平性を欠く裁判制度である。被告人は弁護士との接見を許されておらず、拷問下で「自白」を強制されることもある。イラクにおいては、IS(イスラム国)関係で逮捕された被告人を弁護しようとした弁護士らが逮捕されるということもあった。裁判官も政府との結びつきがあるなど、司法独立ができていない。また、死刑とされる罪も幅が広く、麻薬関連や不倫、同性間の性交、国教への背信や、テロ活動の疑いがあるという曖昧な罪で死刑となるケースがある。

イランにおける公開処刑の場 (写真:Mohsen Zare/Wikimedia Commons [CC BY 4.0] )
18歳未満に対して死刑が行われていることも大きな特徴だ。18歳未満に対する死刑は国際人権規約により禁止されている。それにも関わらず、実行しており、特にイランではその数が大きい(※2)。裁判所は被告人が犯罪を犯した時点で十分「精神的に発達」していたなどの言い分を残している。サウジアラビアにおいても、2019年6月、結果として死刑には至らなかったが、10歳時に反政府デモに参加したことや「テロ組織」の一員でデモの最中に殺された兄の葬式に参列したことなどの罪を理由に13歳時に逮捕され、死刑の判決を受けた少年がいた。処刑の方法に関しては、公の場での首切りを始め、首吊り、銃殺となっている。
しかしこの3カ国に共通する死刑の実態が全ての中東・北アフリカ地域に共通しているわけではない。イスラエルにおいては、1962年以来死刑執行は行われていない。チュニジアやアルジェリア、モロッコでも1990年代以降死刑執行が行われていない。他にも多くの国が死刑を廃止しており、この3カ国の特徴を中東・北アフリカ地域の特徴と片付けることはできない。
続いて東南アジアの実態を見てみよう。東南アジアの中でもベトナムは死刑執行数世界第4位であり、年間100人以上が処刑されている。この地域全体で特徴的なのは麻薬関連の罪に対する死刑が多いということだ。以前GNVでも紹介したように東南アジアにおける麻薬の問題は深刻である。インドネシア、マレーシア、シンガポール、ベトナム、タイは麻薬不正取引に関わる犯罪を死刑に処するとしている。また、フィリピンでは、死刑が一時的禁止の状態にあるが、麻薬の使用が疑われたものは街中で警察によって殺され、麻薬戦争が起こったことでも知られている。また、特にシンガポールでは所持していた麻薬がどんなに微量でも死刑とされており、その厳しさが分かるだろう。

インドネシアの空港。麻薬取引者には死刑と記されたウェルカムボード (写真:Jeroen Mirck/Flickr [CC BY-NC 2.0])
経済協力開発機構(OECD)諸国の中で死刑制度を採用し続けているのは、アメリカ・日本・韓国のみである(しかし韓国は1997年から死刑を執行していない)。他のほとんどの先進国が死刑を廃止していく中で、死刑を続けている。その実態はどうなっているのだろうか。
まず、アメリカから見てみよう。アメリカ全体での2018年の死刑執行数は25人で、世界第7位であった。しかし、アメリカはそもそも、州によって法律が異なる。現時点で50州中21州は死刑を廃止している。
死刑を採用している29州での死刑そのもの以外の問題として考えられる1つ目は人種による差別だ。白人が有利な立場にあり、アフリカ系アメリカ人が不当に扱われているとされている。2つ目は、精神障害者に対する死刑である。精神障害者に対する死刑は国際法で禁じられているが、実態には今までに何百人もの精神障害者が死刑執行されてきたと言われている。3つ目は、裁判の実態が任意的で不公平であるということだ。例えば、貧富の差で弁護士の質が異なり、被告人が不利に扱われていることなどがある。

アメリカの毒投与台 (写真:CACorrections/Wikimedia Commons [Public Domain])
次にアメリカと同様、先進国の中でも死刑を採用し続けるマイノリティ側にある日本の実態を見てみよう。2018年の死刑執行人数は15人であり、2008年以来最多となった。15人中13人はオウム真理教の元信者であった。また、日本では死刑実行制度の不透明さが問題とされてきた。1998年になって初めて死刑執行された人数が発表され、2007年になって初めて誰が死刑執行されたかが発表されるようになった。しかし依然として、死刑執行の時期が前もって発表されることはない。その時期の決め方も不透明である。公に発表されていないだけでなく死刑される本人でさえも、数十年間も待たされた挙句、直前に死刑執行を知らされるという場合が多い。
さらに、代用監獄制度(※3)という問題もある。法律上無くなったとも見える制度だが、実態は変わっておらず、この制度を利用して、警察が長時間の過酷な取り調べで被告人に自白を強要し、冤罪につながっていると言われる。
死刑に対する評価
ここまで各国の実態を見てきたがそもそも国はなぜ死刑を採用するのだろうか。1つ目の理由として犯罪の抑止という主張が挙げられるだろう。凶悪な犯罪を起こすと死刑にされると示すことによって、人々の犯罪を抑止しているという考え方だ。また、罪を犯したとされた人への報復としても考えられるだろう。
しかしながら実際には死刑が犯罪の抑止として機能していないなど、死刑を反対するのに妥当な理由が多くの研究結果に出ている。例えば、1988年と1996年に行われた調査では、死刑と終身刑の関係において、死刑の方が犯罪の抑制としてより効果があるという科学的証拠がないということがわかった。そもそも、犯罪を抑止するのは、死刑や終身刑という刑罰そのものよりも、犯罪捜査や逮捕、有罪判決の確率を高めることにあるともされている。

刑務所の牢屋 (写真:Thomas Hawk/Flickr [CC BY-NC 2.0])
他にも、イランでは1959年以来麻薬関連の罪で何千人もの人々を死刑執行して来たが、麻薬犯罪は減っていない。イラン当局自身も死刑制度はイランの麻薬問題を撲滅するのに機能していないと認めてしまっている。麻薬犯罪に対してかなり厳しい取り締まりを行なっているシンガポールでも同様に死刑は麻薬犯罪を抑止できていないという結果が出ている。
さらに、コストの問題もある。犯罪者を終身刑として面倒をみるのにかかるコストの方が死刑を執行するコストより大きいと思われがちだが、実際はその逆だ。その理由は裁判の形態にある。死刑の宣告についての裁判は他の刑罰の場合と比べて、より慎重な判断を要し、長い期間にわたって継続されることが多い。上告につながる場合も多い。その分被告人の捜査や、陪審員の選出、陪審団や弁護士への給料に多くの費用がかかっている。また、死刑囚を独房で監禁し、警備を強化することのコストも高いとされている。
また、実際に、死刑を採用することで、刑事司法制度に関する他の分野にお金をかけられていないという現状も発生している。例えば、被告人の更生システムや犯罪防止、麻薬中毒の治療プログラムなどが挙げられる。
以上死刑がシステム的に機能していない点を挙げたが、反対される理由は倫理的な面からも挙げられる。1つ目は、死刑された人が後に無実だとわかっても取り返しがつかないということだ。アメリカでは1973年以来160人以上の死刑宣告人が無実である証拠が見つかったことを理由に釈放されている。釈放されていたらまだ良いものの、実際に無実なのに死刑が実行された場合も少なくない。実際に多くの人が無実の罪で命を落としている。

2010年ジュネーブで行われた死刑反対に関する国際会議に各宗教の関係者が出席 (写真:World Coalition Against the Death Penalty/Flickr [CC BY-SA 2.0])
2つ目に、人間の命の価値だ。どんなに凶悪な殺人を行ったとしても、その罰としてその被告人の命を奪ってしまってはならないという考え方だ。全ての人間に生きる権利があるという人権を尊重した考え方でもある。また、死刑に賛成する理由として報復という面を述べたが、人を殺してはいけないということを、人を殺すことによって示すということは正義ではないと言えるだろう。他にも、死刑が採用されることで、国家によって人を殺すことが正当化されるようになり、社会も政府も残忍化されてしまうという考え方もある。実際にアメリカでは、死刑を廃止しいる州より死刑を採用している州の方が殺人の発生率が高いという結果も出ている。
死刑反対派の運動・対策
以上のような理由をもとに、欧州連合(EU)は死刑に強い反対の姿勢を見せているが、実際に世界に死刑を廃止するよう啓発活動も行なっている。実際、1982年にヨーロッパ会議でプロトコール第6としてロシア以外の当時のEU全加盟国が死刑廃止に批准した。現在ではロシアも死刑を廃止している。1998年には、死刑に関するガイドラインを採択し、EU内だけでなくEU外でも死刑を廃止していくことを目指す姿勢を見せた。死刑を採用している国に対して、死刑執行一時的禁止措置を取るよう提唱し、また、死刑にする罪の幅を狭めるよう呼びかける取り組みも行なっている。実際に、日本やアメリカにも死刑を廃止するよう要求している。
また、国連も1989年に初めて、自由権規約第2選択議定書を採択し、世界全体で死刑を廃止するよう要求した。その後も国連総会での死刑を採用する国に対して死刑執行を一時的禁止にするよう要求する決議を数回採択している。2018年の決議では193カ国中121カ国が支持し、史上最多の支持で承認された。
EUと国連以外にも死刑廃止を目指し、啓発活動を行なっている組織も存在する。スペイン政府の下発足した国際死刑反対委員会(ICDP)や人権保護のため活動するアムネスティー・インターナショナルなどだ。活動としては毎年各国の実態を述べた報告書の提出や、各地で死刑廃止を提唱する活動を行なっている。

2010年ジュネーブで行われた死刑反対に関する国際会議 (写真:World Coalition Against the Death Penalty/Flickr [CC BY-SA 2.0])
今回の記事では、死刑採用国の実態や死刑が行われている理由、死刑を廃止する理由を紹介して来た。現在では死刑廃止国は106カ国と世界の多数派であるが、アムネスティー・インターナショナルが活動を開始した1977年当時は16カ国のみであった。死刑反対派の活動の結果と言えるだろう。全世界での死刑廃止も遠い未来の話ではないのかもしれない。死刑採用国は今一度死刑の意義や効果について考える必要があるのではないだろうか。
(※1)中国の件数が大きくなってしまうのは人口の多さも1つの理由となっているだろう。また、北朝鮮も情報は非公開になっているが、毎年死刑を実行していると言われており、年によっては60件を超えるような場合もあるようだ。
(※2)1990年からの記録で、97人の18歳未満の子供が処刑されている。これは他に18歳未満に対して死刑を行なっている国々の合計の約2倍だ。
(※3)代用監獄:「本来は法務省所管の拘置所に収容されるべき勾留決定後の被疑者・被告人を、引き続き警察の留置場に収容する」
ライター:Maika Kajigaya
グラフィック:Saki Takeuchi
死刑執行と長く刑に処するのとではどちらが罪滅ぼしになるのだろう。殺人と麻薬所持とでは比較にならないが。。罪は罪としてたとえ人に被害を加えていなくとも一瞬にして命を絶つということに
違和感を感じる。死刑執行する側の課題も近年の死刑減少に影響しているであろう。人命の尊重について改めて考えさせられた。
死刑を廃止する理由にコストなどが含まれているとは知らなかった。倫理的な理由以外にも死刑を廃止すべき理由を知ることができてよかった。
死刑のコストは終身刑より低くないし、犯罪(とくに殺人)の防止にもならないし、続けて採用することは本当に意味あるかなと思った。
抑止効果のない死刑って誰も得しませんよね(むしろ、死刑執行者にとっても死刑囚や遺族にとって損)。死刑の存在意義が全くもってないことを教えてくれてありがとうございます。
具体例や数値等を的確に引用し、丁寧にまとめられていると思います。
存続派(国)の論拠となる〝抑止力としての死刑〟に、実質整合性がないことを初めて知りました。
また、未成年や精神疾患者への死刑は国際法で禁じられていること、同時にその国際法が必ずしも守らていないことも知ることができました。
この記事で引用されているデータでは死刑を廃止した国では警察官による現場判断による射殺が増えている点を無視しています。死刑廃止国は見かけ上死刑を廃止したに過ぎないという批判もあります。
その場で撃ち殺されるかもしれないことが抑止力になっている可能性が否定できていません。この場合、死刑による抑止力と代わりないことになりませんか。
まず、引用が非常に丁寧だと感じた。続いて内容に関しては、日本が実はマイノリティである事を国外との比較によって明らかにしてくれていてわかりやすかった。普段あまり考えるきっかけのない死刑制度の是非について考えさせてくれる有難い一助となった。
改めて死刑について考えることができました。
殺人罪については被害者遺族などの気持ちを考えると、死刑を廃止するか否かという問題はなかなか難しいものだと感じていましたが、国によっては実態が不透明で罪状自体に疑問が残るようなものばかりで、そういう現状を見つめ直す必要があることをしっかり認識しました。
とても読みやすい記事でした。
ただ最近のやたら無期懲役を乱発するだけの裁判に違和感を感じるのも事実ですが。死刑が犯罪の抑止力になるかどうかは素人の自分には分かりませんが最近の裁判は意図的に被害者が望まない判決ばかりを連発している様にしか見えないので何か別の目的があるような気さえしてきます。
死刑を廃止した国では警察官による現場判断による射殺が増えているというデータを無視した研究の価値は何でしょうか。死刑廃止国は見かけ上死刑を廃止したに過ぎないという批判もありますがそれはこの点にあります。
その場で撃ち殺されるかもしれないことが抑止力になっている可能性が否定できていません。この場合、死刑による抑止力と代わりないことになりませんか。
それらの国は機動刑事ジバンの対バイオロン法「第二条機動刑事ジバンは相手をバイオロンと認めた場合自らの判断で犯人を処罰することができる。第二条補足場合によっては抹殺することも許される」の賛同国かなにかですか。
刑罰は何のためにあるのかを考えさせられました。被害者のため?被疑者のため?社会全体のため?
いろいろな考え方はもちろんあると思いますが、この議論をすること自体がもっと必要だと考えます。廃止派、非廃止派それぞれが意見をして、互いの意見に耳を傾けることができればと思います。
考えるきっかけとなりました。
私は、どうしたら犯罪が減るのかという議論の末に各国で実用的な死刑制度が導入されたと憶測していますが、改めて考えても、死刑制度は(私の小さい脳みそで)考えうる最も実用的であり、最も犯罪抑制効果のある方法ではないかと考えます。
犯罪抑制についてだけ見たら恐らく死刑制度はほとんど意味がないのでしょう。しかし、他の方法では様々な倫理的な問題が噴出したりすると思います。コストや倫理的な側面も考慮して総合的に考えないといけない死刑制度について、倫理的にほとんど問題がないし実用的だからという理由が死刑制度採用の理由として7割くらいなのではないかと推測しています。
最も、全員が納得するような或いは画期的な方法が見つかればいいのですが。この内容は継続して議論していくべき内容だと思います。