2022年2月、ジョー・バイデン大統領が記者会見でアメリカの金融機関に保管されていたアフガニスタン中央銀行の70億米ドルの行方について発表した。タリバン勢力が2021年にアフガニスタンの政権を奪還したことで、アメリカがアフガニスタン中央銀行資産を凍結していた資産である。この半分は、タリバン政権を介さない形でアフガニスタンに返すこととなった。バイデン政権はこれを「人道支援」と呼んだが、他国の資産を当該国に返還することと「支援」が同義でないことは言うまでもない。残りの半分の資産については、2001年の同時多発テロ事件の遺族らのために提供する可能性があるとして保管し続けるという奪取計画をバイデン政権は堂々と発表した。
このアメリカ政府による奪取計画について日本のメディアはどのように報じたのだろうか。朝日新聞は「凍結資産4000億円 人道支援活用へ」、毎日新聞は「米、凍結資産でアフガン支援 35億ドル活用」、読売新聞は「米、アフガン支援4000億円」(2022年2月13日)といった内容の見出しで記事を掲載した。日本経済新聞およびNHK についても、「人道支援」だと報じた。いずれの報道機関においても、アメリカの奪取計画について、「奪取」のニュアンスを伝えずに「残す」などと表現し、ネガティブな表現をしなかった。読売新聞はこの半分の資産の使い道にすら言及しなかった。つまり、アメリカ大統領の発言をそのまま伝達するにとどまり、この出来事の本質に迫ろうとしなかったのである。
このように、日本のメディアによる国際報道は、アメリカ政府やアメリカメディアの持つ視点や主張を単純に追う姿勢に徹することが極めて多い。つまり、それがたとえアメリカ発のプロパガンダであったとしても、日本のメディアはそれを鵜呑みにすると言わざるを得ない。なぜこのようなサイクルができてしまっているのだろうか。
アメリカは、政治的・経済的・軍事的にも、世界で最も強力である。また、情報の発信力が最も強い国でもある。日本をはじめとする諸外国にとっても、安全保障や経済などのハードパワーから文化などのソフトパワーに至るまでのあらゆる分野において、アメリカの影響は大きい。本記事では、アメリカ発の情報およびプロパガンダを分析するとともに、今回は民主主義と戦争という2つの観点に着目し、日本で伝わるアメリカのイメージと実態を探る。

アフガニスタン中央銀行の凍結資産の行方に関する報道(写真:Virgil Hawkins)
プロパガンダとは?
ブリタニカ大百科事典によると、プロパガンダとは「世論に影響を与えるために、事実、議論、噂、半端な真実、または嘘の情報を流すこと」である。必ずしも「嘘」とは限らないが、政府やメディアなどが、印象操作のためなど、意図的に事実を曲げたり、一部の情報や視点を取捨選択したりすることもプロパガンダにあたる。国や政府によって程度は様々だが、いずれの政府も国家権力や政権の地位を維持・強化するためにプロパガンダを行っていると言えよう。「戦争の最初の犠牲者は真実である」という名言があるように、特に戦時下ではその傾向が顕著になる。
民主主義国家では法のもとで市民の言論・報道の自由が確保される。つまり、理論上、市民はいかなる表現も露骨な検閲や統制を受けず、国家権力に対する批判も可能となる。そのため、民主主義体制においては、政府によるプロパガンダは市民に浸透しづらくなる、というのが一般的な解釈だ。
ところがアメリカは、その歴史をみてもわかるように、自らにとって有利な情報環境あるいは世論を構築するために、より巧妙なプロパガンダを発展させていった。第一次世界大戦後には、それまでオープンに使われていた「プロパガンダ」という言葉がネガティブな印象を持つという認識のもと、アメリカを中心に、徐々に「広報活動」や対外向けの「パブリック・ディプロマシー」などという言葉に変わっていった。また、アメリカ政府は、報道機関、教育・研究機関などとの関係を深めながら、自らにとって都合の良い情報の公開と発信のテクニックを磨き上げてきた。

彩る新聞(写真:ReadyElements / Pxhere [CC0 1.0])
専制主義国家に対抗する民主主義国家?
アメリカ政府によれば、同国は外交において「民主主義」や「人権」を重視し、世界でその価値観を促進させようとしている。こうした主張は大統領をはじめとする政府関係者の発言や公式文書に頻繁に登場し、日本のメディアでも同様の表現が頻繁に用いられる。例えば、日本の新聞は大統領一般教書演説のような主要な演説に関する報道において、要旨を掲載するが、それが比較的長い要旨であるため、アメリカが「民主主義」を重要視しているという主張が読者により伝わりやすくなっている。また、「基本的人権が侵されたときに黙っていることはできない」などと大統領の言葉を引用する朝日新聞の記事や、「民主主義の価値観が重要とも強調した」と大統領の言葉をまとめる読売新聞の記事にあるように、アメリカ政府の用いる表現を復唱することも多い。
他方、アメリカ政府の個別の行動が民主主義や人権の促進から逸脱していると報道機関が判断し、問題視する記事もある。例えば、2021年にアメリカ軍がアフガニスタンから撤退したことや、バイデン大統領による2022年のサウジアラビア訪問を民主主義促進の観点から問題視する記事である。しかし、これらのアメリカ政府の姿勢に対する批判は例外とも言える。バイデン大統領のサウジアラビア訪問を批判する朝日新聞の社説では、経済的・戦略的な利益を重要視することが「人権や民主主義の原則を曲げる言い訳にはならない」とバイデン大統領の姿勢を断じた。一方、この表現からは、アメリカには人権や民主主義の「原則」があり、普段は政府が民主主義の促進に積極的に取り組んでいるとのニュアンスも伝わってくる。そうしたニュアンスは、「外交政策に関するバイデン氏の言動で変わらないのは民主主義や人権問題へのこだわりだ」と主張する朝日新聞の記者解説記事(2021年12月)にも現れている。
また近年の言説で目立つのは、世界規模で「民主主義対専制主義」という構造が存在するというものである。これはバイデン政権が、米中対立をはじめ、ロシアによるウクライナ侵攻を背景とし、外交・安全保障姿勢の中で強調してきたものである。2022年だけで、朝日新聞は37記事、毎日新聞は23記事、読売新聞は11記事で、「民主主義対専制主義」の構造に言及している。報道ぶりについては、アメリカ大統領が掲げている構造として紹介したり、世界が「民主主義対専制主義」の対立構造の中で動いたりしているという指摘が大半を占める。中には、どちら側につくかを選択できない国があることや、この対立構造がもたらす問題を指摘する記事もあったが、3紙の中で、この対立構造自体が世界の実態を反映していない可能性に言及する記事は71記事中2件しかなかった(※1)。この2件ともが同じ朝日新聞の編集委員の見解であり、各々、「大国がかざす『価値観』の欺瞞(ぎまん)を知り抜いている。バイデン米政権が唱える『民主主義対専制主義』という対立軸は響かない」、「民主主義対専制主義の議論を、価値ではなく、パワーの対立と感じている国は少なくない」という主張であった。

サウジアラビアの皇太子と挨拶するバイデン大統領(写真:Saudi Press Agency / Wikimedia Commons [CC BY 4.0])
アメリカの外交政策と民主主義の実態
上述のように、アメリカ政府首脳と日本のメディアが発する情報からは、アメリカ政府は世界で民主主義を守り、促進しようとしているという事実が存在するように見える。しかし、その実態を探れば、アメリカ政府のメッセージに実際の行動が伴っていないことがわかる。
アメリカ政府はこれまで世界で数々の軍事的・政治的行動を繰り返してきており、その行動は民主主義を守ってきたと到底言えない。特に冷戦中にはこの傾向が顕著で、世界各地で数々の民主主義政権を転覆させたり、独裁政権を敷いたりしてきた。民主的なプロセスを抑圧する独裁政権を支える過程において、インドネシア、グアテマラ、ベトナムなどでは何百万もの死者がもたらされた大量虐殺や人権侵害・戦争犯罪を起こす軍事行動を手助けしてきた経緯もある。冷戦中にアメリカが選挙への干渉、クーデター、暗殺計画などを通じて他国政府の転覆を72回も試みたとする研究がある。その中には民主的に選ばれた政権が多く含まれている。別の研究では、1946年から2000年の間にアメリカが行った他国へのクーデターなどを除き、選挙介入で特定の候補に肩入れをするなど、直接的な干渉だけで、80回に上るとしている。これは、ソ連・ロシアによる選挙同様の干渉行動と比較して倍以上の回数である。
2000年以降も、アメリカ政府が実際に世界で民主主義や人権を促進しようとしているとは言い難い。例えば、トゥルースアウトの調査によると、2015年時点でアメリカが世界の「独裁国家」とされる国の73%に武器や軍事訓練の提供を行っていた。特に、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、エジプトといった中東・北アフリカ諸国に対する大量の武器提供と密接な友好関係が目立つが、これらの国は民主主義の度合いが極めて低い。2015年以降も状況が大きく変わったとも言えない。さらに、民主的に選出された政権を転覆させるクーデターにアメリカ政府が関与するケースも引き続き指摘されている。最近では、情報が隠される場合が多く、アメリカがどこまで直接関与したかが不明瞭なケースが多いものの、アメリカが転覆後に誕生する政権を積極的に支持あるいは新たな国家元首を指名し、転覆した政権の復活を阻止するケースは、ハイチ(2004年、2021年)、ホンジュラス(2009年)、エジプト(2013年)、ウクライナ(2014年)、ボリビア(2019年)などで確認されている。
こうしたアメリカの実際の対外行動は、民主的であると到底言えず、よって現在の世界を民主主義対専制主義という単純な二極構造で語れないことは明らかである。 政治体制間競争というより、アメリカの覇権や影響力をめぐる争いというべきではないか。

ボリビアでのクーデターに対するデモ(2019)(写真:Mandarina420 / Wikimedia Commons [CC BY-SA 4.0])
戦争とプロパガンダ:「世界の警察官」
続いて、日本メディアはアメリカが当事者となる戦争をどのように捉えているのかをみてみよう。第二次世界大戦後、アメリカは、ソ連との対立において世界各地で積極的に軍事行動をとるようになった。その一環でアメリカは自らが「世界の警察官」という役割を担う存在だというイメージを普及させてきた。冷戦後、アメリカが唯一の超大国となり、「世界の警察官」のイメージがさらに強まった。しかし2010年代に入ると、バラク・オバマ元大統領とその後のドナルド・トランプ前大統領が、アメリカはもはや「世界の警察官」ではないと発言した。バイデン大統領もこの考え方を引き継いでいる。
アメリカの他国における軍事介入を説明するラベルとして「世界の警察官」は日本の報道においても長年使われてきた。2018〜2022年の5年間で、朝日新聞26件、毎日新聞27件、読売新聞40件の記事で「世界の警察官」に言及した。アメリカの役割について「もはや世界の警察官ではない」、「(世界の警察官としての役割を)担い続けることができない」というように、アメリカが「世界の警察官」であり続けてきたことが前提となった文脈で示される記事が大半であった。こうした捉え方をした言及は3紙を合わせると全体の4分の3以上を占める。これらの新聞が「世界の警察官」をどのように解釈しているか、その定義は曖昧だが、読売新聞の社説(2022年)では、その役割について「全ての紛争の解決を主導する」という言葉で説明された。他にも、アメリカが2003年にイラク戦争を始めたことと「世界の警察官」という役割をつなげた朝日新聞の編集委員による記事(2019年)もあれば、冷戦後のアメリカによる様々な中東への軍事介入が「世界の警察官」の一環だったと主張する毎日新聞の記事(2019年)もあった。
しかし、3紙の合計93記事の中で、これまでアメリカが「世界の警察官」だったというそもそもの前提を問うた記事はほとんど確認できない。それどころか、「米国が世界の警察官の役割を果たした時代は戻ってこない。それを嘆き、警察官の再登場を願っても、平和と安定は取り戻せない」とアメリカによって維持されてきた「平和」な時代が終わったことを惜しむかのような表現を用いて報じる朝日新聞のアメリカ総局長の記事(2022年)もあった。唯一1件(※2)、読売新聞への寄稿記事(2020年)で、「第2次大戦以降、世界の覇権国となった米国は国益のために米軍を世界に展開してきたのであり、『世界の警察官』の役割はその外部効果にすぎない」と評された。
アメリカの軍事主義と国際法
一般に、警察とは、社会の治安や秩序を維持するという役目を果たす存在だ。しかし、マフィアやウォーロード(※3)も同じように武力を用いて「秩序を維持」する存在でもある。警察との違いは、社会全体として合意された公正な法律を元に機能する存在かどうかにかかっていると言えよう。
では、アメリカの場合はどうか。これを確認するには、アメリカによる世界での軍事介入の規模について確認しておく必要がある。冷戦終焉後の1991年から2022年までにアメリカが他国への軍事介入を行った回数は251回に上る。アメリカは、2013年時点で世界の70%の国にあたる134ヶ国で特殊部隊を展開させていた。また、2020年の時点で750の軍事基地を国外で構えていた。2001年以降のアメリカの介入を発端に始まった戦争では少なくとも90万人の死者を出したとされている。

北大西洋条約機構(NATO)に空爆されるセルビアの石油精製施設(1999)(写真: Darko Dozet / Wikimedia Commons [CC BY-SA 3.0])
こうした軍事介入の中で、国連憲章をはじめとする国際法に明らかに反するものがある。具体的には、1999年にアメリカが大規模な空爆によってコソボをセルビア領土から切り離して「独立」させたケース、また、2003年のイラク侵攻とサダム・フセイン政権の転覆、その後のイラク占領といったケースである。その他にも、2001年のアメリカのアフガニスタン侵攻が同年に生起した同時多発テロ事件の自衛権だったとして正当化されることがあるが、結局同時多発テロ事件に関わっていなかった当時のアフガニスタン政権を転覆させ同国を占領したことは自衛の範囲を明らかに超えている。また、2011年のリビアへの介入に関しては、国連安全保障理事会決議でリビア市民を保護することは承認されたが、反政府勢力による当時のリビア政権の転覆に加担したことは安保理決議を逸脱していた。
コソボやリビアをめぐって、アメリカ政府は「人道介入」として正当化しようとしたが、アメリカ政府などが数ヶ月にわたり民間インフラも狙った大規模空爆を行った事実を鑑みれば、それが「人道介入」であったとは言い難く、コソボおよびリビアにおけるアメリカの介入の動機を探っても「人道介入」という説明はアメリカによるプロパガンダに過ぎなかったと結論づけることができよう。
これ以外にも、アメリカは、パキスタン、イエメン、ソマリアでもドローンなどによる空爆を行ってきた。内部告発者によるリークによると、アメリカの空爆による犠牲者の90%は目標ではなかった。また、シリアでは、アメリカが過激派を含む反政府勢力に秘密裏に大量の武器を提供しつつ、シリア政府の脅威となるという期待からIS(イスラム国)の台頭を見守っていた時期もあった。現在もアメリカ軍がシリア領土内に違法駐留を続けている。その他に、アメリカは2005年、多くの国と連携し、世界各地から少なくとも136人を拉致し拷問なども行ってきた。
アメリカが経済措置を武器にするケースもある。例えば、アメリカ軍の非正規戦に関するマニュアルには、国際通貨基金(IMF)や世界銀行などでのアメリカの影響力を利用し、国際金融機関を他国に対する経済的脅しを行うことができると記載されている。また、2014年にはアメリカが敵対する石油生産国の経済にダメージを与えるために、世界の石油価格を急落させることで、世界全体を巻き込む石油価格操作を武器にしたとされている。ほかにも、コンピュータウィルスを武器にアメリカはイランなどに対してサイバー攻撃をしたこともある。

国際刑事裁判所(オランダ、ハーグ)(写真: OSeveno / Wikimedia Commons [CC BY-SA 4.0])
さらに、世界のマジョリティがとる行動や規範からも逸脱した行動をとる傾向にある。例えばアメリカは、世界の大半の国々が加盟している対人地雷やクラスター爆弾などを禁じる条約、武器貿易条約、国際刑事裁判所(ICC)に関する条約などに署名あるいは批准していない。ICCをめぐっては、アメリカ軍や政府関係者などが戦争犯罪の容疑や戦争犯罪の操作のためにICCの法廷に立たされることになれば、アメリカ軍は武力を用いてアメリカ軍や政府関係者を解放することが許可されるという法律まで採択している。これは、ICCの本部があるオランダのハーグを指して、「ハーグ侵攻法」とも呼ばれる。さらに、アメリカは、年によっては国連総会で採択される決議の約70%に反対票を投じており、その数は世界最多である。
このようなアメリカ外交の実態に鑑みれば、アメリカは「警察」よりも「マフィア」に近いと主張する研究者もいる。こうした主張によれば、アメリカは、国際法ではなく自らにとっての「秩序」を元に対外行動を展開しており、それに反抗する国や勢力あるいは個人を懲らしめる傾向(※4)がある。
プロパガンダ普及の背景
アメリカによる民主主義の促進のための活動や軍事行動をめぐり、日本でのイメージと実態との間にここまで差が開くのはなぜか。そして、なぜ日本のメディアが、アメリカ政府が世界で作り上げようとしてきたイメージの普及活動をこれほどまでに手助けするのか。日本の各報道機関はアメリカに総局や複数の支局を構えており、アメリカ政府主催の記者会見に出席したり、取材活動を行っている。つまりアメリカにおける日本の報道機関は現地報道機関と類似のメカニズムで活動する側面があるといえる。アメリカ政府と日本の報道機関との関係をみていこう。
アメリカでは、他国と同様に、メディアはその情報源を権力に過度に依存する傾向がある。そのため、政府からの情報の真偽を確認せずそのまま伝達してしまう場合も見られる。こうした行動を「速記ジャーナリズム」とも言う。「速記ジャーナリズム」における報道機関にとってのメリットは、低コストで容易にアメリカ政府が関与する事象について報じることができることだ。極端に言えば、記者会見に出席あるいは政府が準備したプレスリリースをまとめるだけで記事が完成してしまう場合もあるということだ。

記者の質問に答える大統領報道官(写真:Rawpixel [CC0 1.0])
また、政府の見解を復唱することが報道関係者にとって安全な道とも言える。ある問題において「議論が許される範囲」が暗黙のうちに定められ、そこから逸脱する報道関係者あるいは報道機関が除外されるとする研究がある。政府が推し進めようとする方針・物語から逸脱したり、異議を唱えたりするジャーナリストは、記者会見で質問を当てられなくなったり、記者会見への出席自体が禁じられたりする場合もある。さらに、所属する報道機関から解雇され、大手報道機関で採用されなくなるジャーナリストもいる。
メディアが影響を受けるのはアメリカ政府だけではない。シンクタンクもメディアの情報源にもなるが、影響力のあるシンクタンクの大半は、アメリカ政府・軍や軍需産業と密接につながっており、政府の見解やそれに近い情報環境が整備されている。また、報道が商業活動である以上、商品であるニュースを読者や視聴者、あるいはスポンサーに売る必要がある。そのため、国家間の対立や戦争に関する報道では、登場国や人物が度々「悪者役」「犠牲者役」「ヒーロー役」に当てはめられ単純な善悪物語によって説明される。さらに、ナショナリズムを強調することも報道機関の売り上げにつながるため、「自国側」の方針に合わせて、その役が決まる。
ここまでの問題は日米各々のメディアが直面する課題であるが、日本のメディア特有の課題もある。例えば、日本政府は外交方針を「日米同盟を日本外交の基軸」としているが、その日本政府と日本のメディアは密接な関係にある。そうした中、日本の報道においては、長年メディアが描いてきた強固な日米関係という物語やイメージに沿わない情報と視点は排除されやすい状況だといえる。

報道陣の前で懇談するアメリカ国務長官と日本の防衛大臣(写真:U.S. Secretary of Defense / Wikimedia Commons [CC BY 2.0])
危険なダブルスタンダード
2022年3月の読売新聞の社説で、同紙はロシアのウクライナ侵攻をめぐり、ロシアと中国を次のように非難した。
「ロシアのウクライナ侵略は、軍事大国による主権国家への露骨な干渉である。中国が『外部の干渉への反対』を掲げながら、ロシアの暴挙に目をつぶっているのは、明らかに矛盾している。中国は、自国やロシアなど専制主義国家の『力による現状変更』を正当化する一方、これに反対する日米欧の民主主義陣営の対抗措置を『干渉』と位置づけている。身勝手な理屈だ。」
この主張は概ねその通りだ。しかし、アメリカという「軍事大国」がロシアによるウクライナ侵攻を遥かに超える規模の「露骨な干渉」や「力による現状変更」を複数の国で行っていることを考慮すれば、アメリカの行動がメディアによって見過ごされ、「人道介入」や「世界の警察官」による正当な行動として評されるダブルスタンダードなジャーナリズムでいいのだろうか(※5)。そしてなぜ世界が罪のないウクライナの犠牲者には寄り添うのに、同様に罪のないイエメンの犠牲者に対しては無関心でいるのか。
日本のメディアは、アメリカ政府にも日本政府にも従属しないはずだ。そして、ロシアや中国などによるプロパガンダを認識すると同様に、アメリカによるプロパガンダに気づき、疑問を持つこともできるはずだ。さもなくば、プロパガンダを拡散する当事者としての役割を担い続けることになりかねない。
※1 アメリカが掲げる対立構造に対するロシアの反論に言及した記事や、そうした対立構造が単純化されていると主張する記事もあった。
※2 「圧倒的な唯一の超大国でも、世界の警察官でもない」とする朝日新聞のインタビュー記事(2022年)があるが、この表現が過去のアメリカ自身に対しても当てはまるのかについては曖昧で、記事の文脈から判断が困難であったため、ここではカウントしていない。
※3 ウォーロード(warlord)とは、私的利益を追求するための武装勢力を指す。政府の統治能力が低い地域で生まれ、その地域の実質的な支配者となる。反政府勢力と異なり、政府転覆は目指さず、政府軍との衝突も避ける。占領地域および活動地域内での安全保障環境を独占することによって経済活動をもコントロールし利益を得る。
※4 それは国家が相手だと、アメリカが徹底的に封鎖しようとするキューバ、個人だとアメリカの内部文書を数多く公開したウィキリークスのジュリアン・アサンジ氏がその事例となる。
※5 「人道介入」(コソボやイラク)に関しては、「人道介入 『抑圧からの解放』とイラク戦肯定論が浮上(解説)」読売新聞(2003年9月6日)、「世界の警察官」(イラクなど)については「米の関与縮小 中東に変化(解説)」読売新聞(2020年9月17日)の記事を参照。
ライター:Virgil Hawkins