アメリカは政治、経済、外交、軍事、文化において世界に多大な影響力を持っており、特に日本への影響力は強い。このようなあらゆる分野におけるアメリカの影響力が日本での報道量に関係していることは明らかである。日本のメディアによる国際報道においてもアメリカは常に話題の中心で、あらゆる出来事が報道の対象となっている。さらに、アメリカに関する報道だけではなく、アメリカ以外の国々に関する日本での報道においてアメリカが影響していたり、アメリカで重要視されている国や国際問題はその影響を受けて日本の報道でも重要視されたりする傾向があるような印象を受ける。つまり、国際報道における世界の見方までもがアメリカに影響されているのではないか。今回は日本における国際報道の他に、ニューヨーク・タイムズの国際面のデータ分析を用いながら、アメリカと日本の国際報道の関係についてより詳しく探っていく。

2015年ジョン・ケリー国務長官が岸田文雄外相(当時)と握手する様子(写真:U.S. Department of State / Flickr [United States Government work])
アメリカに集中する日本のメディア
日本のメディアにおけるアメリカへの関心は非常に強く、際立っている。国際報道がどれほどアメリカに集中しているかはこれまでのGNVの調査で明らかになっている。
GNVは2015年以降、様々な媒体のメディアにおける国別の国際報道量を調査してきたが、ほとんど例外(※1)なく、アメリカが圧倒的な差で日本において最も報道されている国となっている。例えば、2017年、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞の3社を対象にした地域別、国別の国際報道の割合を調査では、アメリカの一国に関する報道量が全体の28.1%も占めていた。また、2021年にはNHKのニュース番組「ニュースウォッチ9」での国際報道においてアメリカは全体の28.2%もの報道量を占めていた。
さらに、自ら報道活動をせずに、従来型のメディアからの報道をまとめて提供しているライン・ニュース(LINE NEWS)でもアメリカに関する報道量が極めて多い。朝昼夕に8個ずつ編集部が選んだニュースが配信されるライン・ニュース・ダイジェスト(LINE NEWS DIGEST)では2017年5月から12月の8か月間のうち国際報道全体の中でアメリカに関する報道が28%を占める。このようなアプリを通じて伝えられるニュースでもアメリカへの高い関心がうかがえる。
以上から、日本のメディアはその形態にかかわらず、国際報道全体で見てみると、アメリカに関する報道が占める割合が非常に大きく、関心がアメリカに集中していると言える。

東京のアメリカ大使館で選挙ゲームをする日本の学生の様子(写真:U.S. Department of State / Flickr [United States Government work] )
具体的な例を挙げると、選挙に関してもアメリカの報道量だけが突出している。GNVの調査では、2017年5月までの最新の選挙結果確定から6か月前までの報道量において1位の2016年のアメリカ大統領選と2位の2017年のフランス大統領選では、4倍以上の報道量の差がある。選挙報道が活発になる期間の長さにも大きな差があり、アメリカの大統領選に関する報道は、選挙実施のおよそ2年前から活発になるのに対し、ほかの国の選挙に関しては実施日の1か月前までさかのぼるとほとんど報道されない。
実際に調べてみると、2022年12月に実施されたアメリカの中間選挙に関しては、大統領選ではなく議員などの公職に関する選挙であるにも関わらず毎日新聞においてその1年半前からの2021年の6月から記事があり、2022年では国際面の「米中間選挙」という言葉を含む記事だけで54件(※2)見つかる。また、2024年11月に実施される大統領選について、毎日新聞では2022年7月にドナルド・トランプ氏が大統領選に意欲を示しているという内容の記事(2022年7月28日 「トランプ前米大統領:トランプ氏、首都入り 退任後初 米大統領選に意欲」)が見つかり、選挙実施の2年前になる2022年11月からは国際面において「米大統領選」という見出しを用いて多くの記事が取り扱われており、2023年8月までで67件の記事が見つかる(※3)。
日本はアメリカと政治、経済的に非常に大きな結びつきがある。安全保障面では日本はアメリカの核の傘に入っており、日米同盟、日米安全保障条約を中心に密接な関係性を維持している。経済面では、貿易と投資が盛んであり、日本企業による対米投資は累積直接投資額で第1位である。アメリカの大統領選の結果が日本に影響を及ぼすことは確かであるが、選挙実施の2年前は誰が大統領になるか未知数であるのに、これほど大きく取り上げる意義はあるのだろうかという疑問が考えられる。また、世界には約200もの国と地域が存在し、ほかの多くの国が日本と密接な関係を持っていることを考慮すれば、国際報道全体におけるアメリカ一国の占める割合は考え直す余地があるだろう。メディアの関心が偏ると、メディアを通じてしか世界の出来事を知ることができない読者の関心も偏り、ますます関心の集まる地域に報道が集中してしまう。
アメリカのレンズを通した世界
日本のメディアはアメリカへの関心が強くアメリカに関する報道が多くなるだけではなく、アメリカの観点から世界のほかの国々を報道することも少なくない。
アメリカが直接かかわっている事象については、普段報道量が少ない国に関しても注目をもたらす。例えば、GNVの調査では、2015年の日本の大手新聞3紙において、キューバ一国が中南米報道の約半分を占め、そのうち63%の記事にアメリカが登場した。キューバは普段日本での国際報道であまり注目されていないが、キューバとアメリカの関係を改善させたというアメリカとの関係性の変化に日本のメディアが興味を示したからだと考えられる。
また、日本のメディアがアメリカ政府の視点をそのまま報道する場面も見られる。例えば、アフガニスタンでタリバン勢力が2021年に政権を奪還した際のアメリカの対応について見ていく。アメリカは政権交代に対し、アメリカの銀行に保管されていたアフガニスタン中央銀行の資産を凍結したが、その半分をタリバンを介さずに返還するとし、政府関係者は記者会見においてこれを「人道支援」と堂々と発表した。しかし、残りの半分の資産については保管し続けることし、「奪取計画」のように見ることができる。いずれにしろ、このお金はアフガニスタンのものである以上、明らかにアメリカによる支援ではないが日本の各メディアは、アフガニスタンへの支援というアメリカ政府側の視点を強調し、ネガティブな部分を報道していない。このように日本のメディアはアメリカ政府やアメリカのメディアの視点や主張を単純に追う姿勢に徹することも見られる。

アントニー・ブリンケン国務長官を首相官邸で取材するの日本のメディア(写真:U.S. Department of State / Flickr [United States Government work])
このほかにも、2018年にサウジアラビアのジャーナリストがトルコのイスタンブールのサウジアラビア総領事館で殺害された事件が存在する。このジャーナリストは2017年にアメリカへ亡命し、ワシントン・ポスト紙などでコラム記事を書いており、アメリカの報道関係者に近いこともあり、アメリカや日本でも大きく取り上げられている。トランプ大統領(当時)が事件について発言してから日本での報道量が増え、その後の15日間で事件発生前の1年間のサウジアラビアに関する報道量に匹敵する3万字の文章量で報道された。アメリカに関係するこの事件への関心の高さと、普段のサウジアラビアへの関心の低さが明らかである。この事件をめぐりアメリカ政府の対応を問う報道が複数見られたが、日本に関連する内容はほとんど言及されず、石油でサウジアラビアに依存している日本の対応は問われることはなかった。このように、アメリカの視点で報道し、日本と重要な関係を持つ地域に関する報道においても、日本との関係よりもアメリカとの関係について報道することがある。
そして、アメリカが直接かかわっていない事象について、アメリカを通してその事象を見る記事も存在する。例えば、2023年のスーダン紛争に関する報道が挙げられる。読売新聞(2023年5月6日「スーダン 戦闘「長期化の可能性」」)では、スーダンでの紛争が長期化する可能性があるというアメリカの国家情報長官の見解が掲載された。この記事では、スーダン現地からでも、アフリカの支局からでもなく、アメリカのワシントンからスーダンについて報じられた。他の例では、朝日新聞(2023年5月17日「スーダン戦闘1カ月、暮らし壊滅 隣国への難民も20万人」)で、アメリカの対応に関する考論がワシントンから書かれている記事が見られた。
日本メディアで見られるアメリカへの執着は、アメリカに関する報道量だけではなく、アメリカのメディアとの密接な関係が影響しているとも言える。日本のメディアはアメリカの情報機関を度々引用したり、情報源にしたりしている。例えば、2023年8月の1か月間で、日本のメディアが国際報道でアメリカのメディアを引用している記事は、朝日新聞で27記事、毎日新聞で45記事、読売新聞で112記事存在する(※4)。
アメリカからの影響
これまで多くの事例を見てきたが、全体的な傾向としてアメリカによる日本の国際報道への影響は見られるのだろうか。GNVが過去に行った調査では、ニューヨーク・タイムズ紙と日本の大手新聞社3紙の関係を例に挙げると、これらが扱う地域は大陸別の報道量で見ると順位がすべて一致していた。特に、日本のメディアの関心が低い地域になればなるほど日本のメディアがとりあげる話題はアメリカのメディアが取り上げる話題に似てくるという見方がある。しかし、この調査は決定的な検証とは言えず、日本の国際報道がアメリカに影響されていることを裏付けるためにはさらなる調査が必要である。

ニューヨーク・タイムズ本社(写真:Adam Kinney / Flickr [CC BY 2.0])
日本のメディアによる国際報道には様々な要素が影響してくる。例えばこれまでGNVが行った報道量と様々な要素との関係についての調査では、貧困率、人口、国内総生産(GDP)、日本との貿易量、東京から各首都までの距離のデータと、報道量との関連性について統計分析を行った。統計分析の結果、貧困率、首都間の距離、人口の3つは報道量に影響を与えていることは確認できたが、各国と日本との貿易量と各国のGDPについては統計的に報道量との優位な関係は認められなかった。つまり、世界全体で見ると、日本との経済的なつながりは報道量に影響しないということである。日本のメディアは国際報道において、確かにアメリカを含むG7の各国や中国、韓国、北朝鮮、ロシアといった日本と関係の深い限られた国々には注目しているが、それ以外の国々との経済関係が強くてもあまり重要視していないように思われる。
今回の調査では、アメリカのメディアの国際報道が日本のメディアの国際報道に影響しているかを探っていく。アメリカの大手メディアであるニューヨーク・タイムズ紙の2019年の国際面で各国に関する記事数をもとに、アメリカでの報道量が日本メディアの報道量にどれほど影響しているのかを見ていく。以前2019年の日本の大手新聞3紙を対象にしたGNVの調査と比較するために2019年のデータを用いる。今回の調査で、ニューヨーク・タイムズ紙の各国に対する報道量と日本の新聞における国際報道量に相関関係が確認できた(※5)。つまり、日本のメディアが持つ世界に対する見方はアメリカのメディアの見方に影響されることが分かった。アメリカのメディアの関心が日本のメディアの関心と国際報道に影響を及ぼしていると言える。

大量のコンテナ(写真:NOAA's National Ocean Service / Flickr [Public Domain Mark 1.0])
アメリカに寄り添う国々の背景には
ここまで見てきたように、日本の国際報道はアメリカの国際報道やアメリカと世界との関係に影響を受け、日本と世界各国との関係において偏りが生じている。また、日本の国際報道において日本と各国との関係を元にした日本独自の視点が反映されにくい側面もあると言えよう。アメリカが持つ世界への影響力が大きいために、日本のメディアがその「力」に寄り添い、アメリカの視点が反映されるという理由がまず挙げられる。また、日本政府は政治・経済・安全保障などにおいてアメリカに大きく影響されてきた事実もあり、日本政府にも影響される日本のメディアはその影響をさらに受けるとも考えられる。報道機関は主体的に情報を得るというより、国内外の「エリート」から情報が与えられるのを待つという受動的な性格を持つ傾向が指摘されてきた。
次に、取材網が整っているかが関係する。取材網の偏りは報道機関の支局の数に表れている。例えば、朝日新聞の国外支局は全体で総局が5か所、支局が21か所あるうち、アメリカに総局が1か所、支局が3か所あるように、取材網が整っている。一方でアフリカや中南米などには支局が少なく、独自の取材能力が弱くなり、アメリカの情報収集能力に頼ることが多くなるとも考えられる。
まとめ
ここまで見てきたように、アメリカは日本のメディアの国際報道に影響を与えていることが統計分析を通じて確認できた。アメリカが持つ世界への影響力の大きさを考慮すると、アメリカの報道量が多くなることは避けられないかもしれない。しかし、日本のメディアが日本と各国の関係よりも、アメリカに影響されていて良いのだろうか。
※1 2022年前半の日本の大手新聞3社の国際報道において取り上げられた国別の報道量は、ウクライナが16.9%、ロシアが15.7%であり、アメリカの14.5%を上回った。
※2 毎日新聞データベース毎策を利用。
※3 毎策にて、キーワードは米大統領選、期間は2022年11月1日から2023年8月31日まで。対象は東京朝刊、東京夕刊の国際面。
※4 2023年8月の1カ月間で日本のメディアが国際報道でアメリカのメディアを囲繞している回数。検索条件は、全国版、朝刊・夕刊、国際報道のみ、キーワードは「AP通信 OR ワシントン・ポスト OR ニューヨーク・タイムズ OR 米報道 OR 米紙 OR 米メディア」
※5 回帰分析の結果は以下の通りである。
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報道量 |
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貧困率(7.5米ドル) |
-4.137*** |
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(1.480) |
人口 |
1.142*** |
|
(0.396) |
貿易量 |
0.116 |
|
(0.207) |
GDP |
-0.246 |
|
(0.517) |
距離 |
-2.550*** |
|
(0.625) |
ニューヨーク・タイムズ紙の報道量 |
0.270*** |
|
(0.0868) |
定数項 |
17.97** |
|
(7.374) |
|
|
観測数 |
164 |
R2 |
0.526 |
括弧内はロバスト標準誤差
*** p<0.01, ** p<0.05, * p<0.1
P値は統計結果の有意性を判定する基準の1つであり、一概には言えないため注意が必要であるが、値が小さいほど関係性があると考えられる。
ライター:Junpei Nishikawa
データ分析:Dilou Prospere