ここ数十年、気候変動とそれが地球環境に及ぼす影響について集中的な議論がなされてきた。この問題は至る所でその影響が報告されており、世界全体での懸念事項となっている。しかしながら、他よりも影響を受けやすい地域や場所が存在するとの主張もあり、そのような地域の一つとして太平洋諸島が挙げられる。この地域は16の独立した国家と25の他国の属領で構成されており、世界最大の海洋である太平洋に点在している。一群の島地域の規模としては最大であり、30,000以上の島と計553,959㎢の面積を誇る。大規模な山岳島から低く平らな環礁まで、様々な島がミクロネシア、ポリネシア、メラネシアという3つの下位地域に存在している。面積が最大なのはパプアニューギニアであり、この地域における総陸地面積の83%を占めている。低平地な島が数多く存在しており、気候変動に関するいわば広告塔として長い間位置付けられてきた。
気候変動は、低平地の浸食や浸水を引き起す海面上昇、水の供給と農業に影響を及ぼす土壌の塩化作用などを招いており、太平洋諸島の脅威となっている。住人たちの多くが自然環境に大きく依存しており、環境変化は人々の生活に直接影響を与える。政治的要因も気候変動の脅威を助長していると言える。というのも、政府や当局は気候変動に対処し、適応するだけの能力を資金・技術・安全保障の各観点において持ち合わせていないからである。太平洋地域の環境機関である太平洋地域環境計画事務局(SPREP)は、気候変動は太平洋諸島の「共同体、インフラ、水の供給、海岸や森林の生態系、漁業、農業、保健」に影響を及ぼすと主張してきた。研究によれば海面上昇率は太平洋南西地域において最大となっている。また、海面上昇値については、世界平均が年間3~5mmであるのに対し、ソロモン諸島では1993年から年間7~10mmとなっている。オーストラリアの調査団による研究では、ソロモン諸島沖の地域では既に5つの島が水没し、6つの島が深刻な浸食作用を受けている事が明らかとなった。
1951年以降、ソロモン諸島では10年毎に0.15度ずつ気温が上昇しているが、その他太平洋諸国ではその程度はさらに大きい。10年毎の気温上昇値を見ると、キリバスでは0.18度、ミクロネシア連邦では0.19度、ツバルでは0.21度を示している。太平洋諸島地域では、サイクロンなどの極端気象がより頻繁に、かつより強度を増して生じるようになり、バヌアツ、パプアニューギニア、フィジー、ソロモン諸島ではインフラが破壊されている。エル・ニーニョ現象も太平洋にて深刻さを増している。2016年2月にフィジーを襲った猛烈なサイクロン「ウィンストン(Winston)」に見られる極端な気象変化を引き起こし、ソロモン諸島で6月に起こった「南半球のサイクロン」や1月に生じた「北太平洋のハリケーン」といった、かつてない気象事象の原因となっている。さらに、この地域では深刻な干ばつによって農作物の輸出が著しく困難となり、経済停滞が生じている。代表的な国としては、パプアニューギニア、サモア、マーシャル諸島、フィジー、トンガが挙げられる。

2016年に発生した猛烈なサイクロン「ウィンストン」。写真:NASA
これら極端な気象変化の影響は食料安全保障問題にも及ぶ。実際、マーシャル諸島での食料生産力の低さはサイクロンと干ばつが原因だと考えられている。クック諸島とキリバスでは洪水によっても農業活動が停滞している。土壌塩化による土地生産力の低下も食料安全保障上の脅威となる。ソロモン諸島のオントンジャワ環礁では土壌塩化が住民の食料と水供給に打撃を与えている。
気候変動は移住も促してきた。一例として、パプアニューギニアのカルテレット島(Carteret Islands)の住民移住が挙げられる。2008年にはこれらの移住民は「環境難民」と呼ばれた。近い将来には、気候変動によって太平洋全体で更なる移住が生じると予想される。中でも、ソロモン諸島のタロ島は環境変化によって移住を決めた世界で最初の州都とみられている。
これまでに経験され、将来的に予見される影響力も大きいことから、太平洋諸島では各国内で気候変動に関する構想や政策を制定してきた。それは状況への適応や改善、または移住を通して被害を最小限に抑えようとするものだ。太平洋地域環境計画事務局(SPREP)は加盟国がこのような構想や政策を立案し改善する事を支援している。気候変動の緩和への取り組みがコミュニティ内で推奨されるとともに、太平洋の数多くのコミュニティでは気候変動の被害から復興するプログラムが実施されている。また、教育を通して意識を高めることを目的として、気候変動の内容が学校のカリキュラムに組み込まれている国もある。より多くの人の関心を集め、状況に適応する方法を伝えようとする優れたメディアプログラムも増えてきている。他の地域組織や国際ドナーからの援助も忘れてはならない。独自の気候変動プログラム内で太平洋諸島を支援しているそ組織としては、太平洋諸島フォーラム(PIF)、メラネシア・スピアヘッド・グループ(MSG)、国連開発計画(UNDP)などがある。

南タラワ島(キリバス)で現実問題となっている海面上昇。写真:キリバス政府( CC-BY-3.0 )
太平洋諸島にとって気候変動は深刻な問題に思われる。しかしながら、著者がソロモン諸島で行った調査によると、政策決定者やメディアはこの問題をわずかにしか取り上げていないようだ。2014年1月から2016年12月の間に開かれた議会での議論の中で、気候変動に関する議題は4.1%に過ぎなかった。メディアに関しても、同期間の現地の新聞で気候変動に関連する記事は7.2%であった。ソロモン諸島においては、公衆・政策決定者・メディア間で乖離が生じているようだ。というのも、気候変動の影響を受けるのは一般市民自身であって、ソロモン諸島の多くが、気候変動を脅威として捉えることで優先順位の高い課題として扱われるべきだと考えるからである。しかし、その認識は国内の政策決定者やメディアに反映されてはいない。
著者がソロモン諸島で行った聞き取り調査では、224人の回答者(一般市民)のうち、100%が気候変動の影響を認知した、または経験したと主張している。89.5%が「極度に懸念している」または「非常に懸念している」と回答した一方で、残りの10.5%は「まあまあ懸念している」または「少し懸念している」と回答した。また、91.4%が「ソロモン諸島のような小さな島国は他の国よりも気候変動の影響を受けやすい」と考えている。さらに、多数派(84.4%)は、「国内的には、ソロモン諸島政府と地方コミュニティ、個人が気候変動に最も責任を負っている」としている。多くの人が気候変動に対して、政府がその責任を負うべきだと考えているが、政府が十分な役割を果たしていると感じているのは4.5%に過ぎず、22.9%は政府が気候変動に対処するための十分な資力や技能を有していないと考えている。
気候変動は太平洋諸島における日々の現実である。海面上昇、海岸線の消失、強力なサイクロンの発生、食料安全保障や人々の生計を脅かす干ばつ、そして生活基盤の破壊など、これらは決して看過できる問題ではない。各国内での政策や構想は既に存在するものの、十分なものとは言えない。ソロモン諸島での調査が示すのは、政府がいかに気候変動問題の優先順位をあげるべきだと大衆が考えていることだ。それは気候変動が将来の問題ではなく現在の人々の生活に直接影響を与えているからである。
ライター: Stella Tuene Bokelema
グラフィック: Kamil Hamidov
翻訳: Ryo Kobayashi