女性に対する性器切除、または損傷を指すFGM(Female Genital Mutilation)という言葉をご存知だろうか。長期にわたり伝統的な慣習として行っている国が多いが、女性への負担は大きく、健康的な利益はないと言われている。そんなFGMが近年、主にアフリカを中心に激減した。東アフリカでは、14歳未満の少女を対象とした調査で1995年から2016年の20年の間に71.4%から8%の実行率になったことが分かっている。これほどの減少の背景には一体何があったのだろうか。この記事ではFGMとその減少について詳しく紐解いていきたい。

FGMに対抗する少女たち(写真:UNICEF Ethiopia/Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
FGMとは?
まず、FGMとはどういうものなのか説明したい。FGMとは医学的ではない理由による女性の外部性器の一部、または全部の切除、その他女性の性器への損傷を指す。損傷とは針で刺す行為や、焼灼行為などを含んでいる。具体的には、大きく分けて以下の4つのパターンがある。
医学的根拠に基づいたものではないFGMは女性の身体に大きな負担をかける。FGMの被害としては、大量出血や排尿、妊娠、出産への障害、破傷風などの感染症や精神的な病気の惹起のほか、性行為時の痛みなどが挙げられ、最悪の場合死に至ることもあるなど、当人にとっては命がけの行為なのである。そんなFGMは特に世界人権宣言第25条を基に世界保健機関(WHO)や国連児童基金(UNICEF)によって女性、子供に対する人権侵害であると主張されている。
そんな大きな危険を伴うFGMであるが、古代エジプト時代にはすでに始まっていたとされ、実行時期としては主に乳児期から15歳ごろまでの間で、生後2、3日で行われる場合もある。多くは地域の長老など医療的な訓練をきちんと受けていない女性によって行われ、伝統的な医療従事者、薬草師、当女性の親戚なども実行者となりうる。
そんなFGMは世界の約30か国で行われており、地域的にみるとアフリカ、中東、アジアの国々に多い。現在、それらの国々で少なくとも2憶人の女性がFGMを受けており、毎日約6,000人の女性が新たなFGMの対象になっていると言われている。

2016年現在。 国連児童基金(UNICEF)のデータを基に作成。
なぜFGMは行われるのか?
女性への身体に利益はないと言われているFGMがなぜ古代エジプト時代から現在に至るまで行われ続けているのだろうか。それにはいくつかの理由が挙げられる。まず、女性は結婚するまで処女を保ち、結婚して家庭に入るものという観念や女性の自立、主張を望ましくないとするような男性優位的な立場を基にFGMが行われている場合がある。結婚前、結婚後の女性の性的衝動を抑制し、女性のセクシュアリティを管理するというのがFGMを行う目的となっているのだ。
また、FGMの浸透、定着に伴って、FGMはもはや社会的義務であると捉えられるようにもなった。FGMを実行する多くの地域でFGMを受けなければ結婚できない、一人前の大人として認められないなどと考えられており、FGMは女性の教育と結婚準備のために欠かせない成人式的な儀式であるとされている。また、それに加えて女性が結婚を通して男性に経済的に依存することで生計を立てていくことが通例となっている社会では、FGMを行うことが、女性が生きていくための手段にもなるのである。
さらに、女性の性の管理という側面が宗教的意味での処女の重要性とも重なり、その宗教が直接的にFGMを支持していない場合でも、その教義がFGMを正当化する根拠として利用されることもある。そのような観念も含めてFGMは「清いもの」、「美」を象徴するものと考えられている場合もある。
FGMの減少
様々な地域で様々な背景を基に行われているFGMであるが、その実行率は近年減少傾向にある。14歳までの少女208,195人を対象に、1990年から2017年にかけてアフリカ29か国、中東2か国(イラク、イエメン)でFGM実行率に関する調査が行われた。その調査によると、特に減少が顕著であった東アフリカでは、1995年から2016年の間に71.4%から8%に減少した。加えて北アフリカでは1990年から2015年の間に58%から14%に、西アフリカでは1996年から2017年の間に73.6%から25.4%に減少した。どの地域も10~15年の間に40%以上減少していることが分かる。

2018年に国際連合経済社会理事会(ECOSOC)で行われたFGMに関する会議の様子(写真:UN Women/Flickr [ CC BY-NC-ND 2.0])
しかし、同じアフリカの中でも国によって実行率は様々である。先ほどの世界地図からも読み取れるように、15~49歳の女性の中ではソマリア、ギニア、ジブチなどでは90%以上とFGMがほぼ普遍的なものであるのに対し、カメルーンやウガンダでは1%前後であるなど、同じアフリカの中でもかなり幅があるため、アフリカで一般的に同じような割合でFGMが減少しているとは言い難い。また、中東での実行率に着目してみると、1997年から2013年の間に1%上昇しており、一概に世界中すべての地域でFGMが減少しているとは断言できないのである。しかし、アフリカを中心としたFGM実行率の大幅な減少は大きな意味を持つであろう。
FGM減少の背景
アフリカを中心とするFGM減少の背景には一体なにがあったのだろうか。そこにはあらゆる立場の人々の努力が見て取れた。
まず重要なのは、法律による対策を中心とする政府レベルでの変化である。現在、アフリカではFGMが行われている国28か国中22か国でFGMの実施が法律で禁止されている。しかし、長期にわたり続いてきた伝統を変えるという点においてもFGMを禁止する法律の制定は簡単なことではなかった。西アフリカでの事例を挙げよう。1991年、ブルキナファソが西アフリカで最初にFGMを罰する法律を取り入れた。そしてベナンが2003年に、ギニアが2016年にFGMを禁止する法律を取り入れるなど、他の国々も続いた。他方、リベリアでは2013年の時点で15~49歳の女性の40%ほどがFGMを受けていたが、長らくFGMを禁止する法律は制定されてこなかった。2006年に女性大統領として就任したエレン・ジョンソン・サーリーフ大統領は、女性の権利などをテーマに活動していたが、彼女がFGMを禁止する大統領令に調印できたのは就任から12年経った2018年だった。このリベリアでの大統領令を受け、現在ではマリが西アフリカ唯一のFGM非廃止国となっている。

リベリアのエレン・ジョンソン・サーリーフ元大統領(写真:European Parliament/Flickr [ CC BY-NC-ND 2.0])
また、FGM実行率の高い国、ソマリアもFGM廃止に向かう道のりを歩んでいる。ソマリアでは2012年に憲法でFGMが禁止されたが、2006から2011年にかけて行われた調査では、64.5%の女性がFGMを続けるべきだと考えていることが分かっているなど、FGMが深く定着している。そんなFGM支持率の高いソマリアでは票を失うことを恐れて、国会議員らによる積極的かつ具体的なFGM実施に対する罰則規定などは設けられてこなかった。しかし、2018年にFGMによって10歳の少女が死亡したことを受けて、国内で初めて訴追が発表された。このことはFGMが深く根付いた国、ソマリアでFGMへの意識が変わる大きなきっかけとなるであろう。
FGMが伝統として深く浸透している地域では、一方的な法律による規制だけではFGMをなくすことはできない。これまでの習慣を続けるべきだと考える人々にも納得してもらう必要がある。そのような意味で、伝統的指導者たちの啓蒙活動や説得は有効な手段となりうる。人々の信頼が厚く、国単位よりももっと小規模な地域単位で存在しうる伝統的指導者の意見は、より民意に反映されやすく説得力があるのである。また、それらの伝統的指導者たちが相互に協力し、FGM廃止を目指している動きもある。例えば、2018年8月にケニアのナイロビではアフリカ17か国から指導者らが集まり、内容を各指導者たちが自分の地域に持ち帰り、人々に広めていくという目的のもとに会議が行われた。そこではアフリカ連合の主導する子供の結婚、FGM、その他有害な文化的慣行を終焉させる取り組みに貢献するための計画案が議論された。
それだけではなく、数々の宗教指導者たちもFGM反対の声をあげている。例えば、ソマリアの宗教師であるイブラヒム・ハッサン氏は、FGMはイスラム教によって支持されていないと述べ、FGMを終わらせるキャンペーンに取り組んでいる。FGMは宗教的に支持されているものではないと、宗教指導者が直に述べることは人々の誤解を解く上で重要であり、法律という形ではなく、信頼のある指導者たちが直接人々に説くことはFGMに対する意識を変えるために有効な手段であると考えられる。

エチオピアで行われた母親同士のFGMの勉強会(写真:UNICEF Ethiopia/Flickr [ CC BY-NC-ND 2.0])
先にも述べたが、やはりFGMは長く続く伝統的慣習であり、FGMを受けなければ一人前の女性として認められないという考えが人々に定着しているために、その廃止や人々の意識の改革は一筋縄ではいかない。そこで、FGMの全てを否定するのではなく、その伝統性、文化的特性を理解、尊重し、「大人になるための儀式」という側面に重点を置いた、FGMに代わる新たな儀式の採用が拡大している。代替儀礼、ARP(Alternative Rites of Passage)トレーニングと呼ばれるもので、FGMとは何かという根本的な点から、その危険性などを少女たちに伝えるだけではなく、その他健康や文化などについても教育を行い、彼女たちが将来のために最善の選択をすることを目的としている。今後、FGMの廃止がさらに進むとともに、このような儀式の採用も一層拡大していくだろう。
権力を握る政府や地域、宗教の指導者だけの活動にとどまらず、FGMの対象となる女性本人、母親、学校のレベルでも変化が起きている。近年では、FGMを受ける予定だった人々が自らFGMに抵抗し、反対する場合も増えている。また、国際機関などの支援、多額の投資により、以前と比較してより多くの人が教育を受けられるようになったために、FGMについての知識を持つ母親も増え、自分の子供にはFGMは受けさせないという意思を持つ人や、自分の娘に自分と同じような苦しみを経験させたくないと考える人も増加している。
また、FGMを受ける対象となるような幼い少女は、自分の母親、姉妹などが当然のものとしてFGMを受けている状況下では、自分にもFGMは不可欠なものであると考えてしまう。FGMに関する知識、健康被害などの教育が不十分であることもこのような状況が引き起こされる要因の1つだろう。そこで近年では学校レベルでFGMに関するセミナーを実施してFGMの危険性を伝える活動なども行われている。ケニアのある学校では、生徒たちが両親にFGMを廃止して自由に自分たちの生活を送ることを促す歌を歌う取り組みや、FGMから逃れてきた少女たち、他の少年少女、その親たちが加わったFGM廃止を求める行進を行うなどの活動が実施されている。
このように、様々な人々の変化、努力によってFGMは減少に導かれたのである。

ケニアの少女たちによって行われた少女の権利のための啓発キャンペーン(写真:UN Women/Flickr [ CC BY-NC-ND 2.0])
消えない課題
様々な人々や組織の活動によって徐々に減少しているFGMであるが、消えない課題も多く、0%への道のりは遠い。伝統として受け入れられているFGMを失くすことは容易なことではなく、その地域の文化、価値観への配慮が必要である。そのため、「正しい」とされるような知識だけを与えることはあまり効果的であるとは言えない。また、法律だけで解決しようとする行為もあまりに短絡的である。法に触れるとは分かっていても隠れてFGMは行われ続けてしまうだろう。FGMを行う人々が本当にFGMは実施するべきではないと感じられなければどんな活動も意味をなさない。いくら善意であっても外部からの鈍感な介入はFGM減少に逆効果となりうるのである。
いまだに課題は残るものの、アフリカでのFGM減少はやはり大きな意味を持つものである。女性への利益はないといわれているFGMは伝統だからという理由で見過ごせる問題ではない。しかし、文化的要素も大きく絡むFGMは慎重に扱われるべき問題なのであり、繊細な対応が今後も求められるであろう。

FGMを受けているお母さん。娘にはFGMを受けさせないと決めている。(写真:UNICEF Ethiopia/Flickr [ CC BY-NC-ND 2.0])
ライター:Wakana Kishimoto
グラフィック:Saki Takeuchi
すごいですね。頑張ってください。
伝統や慣習といったものは深く根付いているもので、解決が非常に難しい問題だと考えていたので、今回のFGMの大幅な減少は非常に興味深かったです。
禁止する法律や外部の圧力などトップダウンによる方法では、当事者達の理解を得られず根本的な解決にはならないと理解した上で、伝統的指導者といった当事者達が信頼のおいている人による啓蒙活動などの草の根レベルの活動が大切なんだと改めて気づいた。草の根レベルでの活動がここまでアフリカ全土に広がり実を結んでいることは、他の国際問題に対する大きな希望であり、モデルケースになるように感じた。
これほど数字として結果が出ていることに驚きました。
ただ、依然として、同じ立場である女性でさえFGMに賛成している人もいると聞いて伝統・考え方を変えることの難しさを実感しました。
FGMの問題、存在については知っていましたが、減少している地域もあるとは驚きでした。FGMは伝統に基づいた習慣であるからこそ、その全てを否定するのではなく代替儀式を導入しているというのはすごくいい方法だなと感じました。
FGMが男性優位的な理由から存在しているって言うのを考えると、女性だけじゃなく男性にもFGMの危険性を周知する必要があるのかなと感じます。
根絶までは長い道のりになるのかもしれませんが、一刻も早くFGMにより心身共に苦しむ女性がいなくなることを、心から願っております。
根絶のために協力できることがあるのなら知りたいです。
本当に難しい問題に取り組まれる方々に敬意を表します。FGM、初めて知りました。感染症で卵管が閉塞するリスクも有る気がします。一日も速く、根絶されます様、願ってやみません。全ての人や物、自然が尊重される社会に成ります様に