大統領選挙や総選挙は、数年に1度のビッグイベントだ。政権が変わるか、変わらないかは、その国内のみならず、周辺の国々や、時には全世界に影響を及ぼす。それは、国家レベルだけではなく、企業や私たち個人にも及ぶ。選挙報道は、そのような国の政治情勢を理解する助けになる。

2007年のフランス大統領選挙での投票の様子 写真:Rama [ CC BY-SA 2.0 FR ]
昨年末から今年にかけて、アメリカ大統領選挙、フランス大統領選挙、そして韓国大統領選挙が新聞やテレビなどで大きく報じられていた。それらは、選挙結果が出る数か月前から、争点、各候補の経歴や政策や演説、世論調査などを掘り下げていた。しかし、全世界で行われる百数十の選挙すべてが、何か月も前から連日報道されているわけではない。各国の選挙はいったい、どれくらい注目されているのだろうか。
そこで、人口の多い国上位30か国の最新の大統領選挙および総選挙に関する報道量を見ていく。(※1)今回は、読売新聞の東京朝刊を用い、選挙結果の確定から6か月前までさかのぼって報道量を調査した。(※2)
まずは、どのような国の選挙報道が多かったのか見てみよう。下のグラフは、30か国のうち、選挙報道量が多い順に10か国の報道量を文字数で比較したものである。
グラフを見ると、アメリカの選挙報道量がとびぬけて多いことがわかる。1番多いアメリカと2番目に多いフランスの選挙報道量と比較すると、その差は4倍以上になる。今回の調査は、選挙6か月前からの報道量であるが、この数字だけでは日本でのアメリカ大統領選挙報道のすべてが反映されていない。実際、アメリカ大統領選挙に関する報道は、選挙実施の2年前から活発になり、2015年の1年間で報道量は80,218字であった。2015年から2016年の選挙結果確定日までの報道量を合計すると、上のグラフの数字の約倍増の519,995字になる。大半の国は、1か月前にまでさかのぼると、選挙に関する報道はほとんど見られないが、アメリカの大統領選挙は、2年近くも前から盛んに報道されていた。
また、選挙報道量の多かったこれらの10か国のうち7か国は、以前GNVで紹介した2015年の国際報道に登場する国トップ10にランクインしている。つまり、これらの国は、普段から報道されやすいということだろう。さらに、ほとんどが先進国で、発展途上国はミャンマーとインドネシアの2か国だけである。豊かな国が報道される傾向にあり、貧困国があまり報道されないという傾向は、国際報道全体だけでなく、選挙報道にも表れている。
さらに詳しく見ていくと、多く報道された国の選挙は、大きな変化が起きたものだといえる。例えば、2016年に行われたアメリカ大統領選挙では、トランプが勝利し、排外主義が台頭した。その流れから、2017年のフランス大統領選挙では、ルペンに注目が集まった。そして、2015年のミャンマー総選挙や2014年のインドネシア総選挙では、新勢力が旧体制を打破するという歴史的な出来事が起こっている。選挙による政権交代や大きな政策の転換は、その国だけでなく、周りの国にも大きな影響を与える。したがって、そのような選挙は比較的報道されやすくなると考えられる。
しかし、政権交代のあったすべての国の選挙報道量が多かったわけではない。次のグラフは、人口上位10か国の国別選挙報道量を文字数で比較したものである。これらの国のうち、アメリカ、インド、インドネシア、パキスタン、ナイジェリア、メキシコ、フィリピンの7か国で新大統領の誕生や政権交代が起こった。このうち、報道量が1万字を超えたのは、アメリカとインドネシアだけだった。最も少なかったメキシコは、全期間でわずか1,791字しか報道されていない。国によって報道量は大きな差があり、大きい国が大きく取り上げられる傾向は見られない。人口の多い国の報道量の差について詳しくは、Previous GNV articlesを参照してほしい。
さらに、この10か国の選挙の中には、大きな事件や出来事を伴ったものもあった。歴史的に意義のある選挙としては、インドネシアとパキスタンが挙げられる。2014年のインドネシア総選挙では、軍やエリート層出身ではない初めての大統領が誕生した。パキスタン総選挙では、これまで軍事クーデターによって何度も文民政権が倒されてきたが、2013年の選挙で、初めて連続で民主的な政権交代がなされた。また、危険にさらされながら選挙が行われた国もあった。2015年のナイジェリア大統領選挙は、武装勢力ボコ・ハラムによる攻撃やテロが相次ぎ、選挙を安全に行うことができないとして、当初の日程の6週間後に延期された。2014年のバングラデシュ総選挙では、各地で衝突が起こり、選挙当日にはおよそ20人が死亡し、440もの投票所が閉鎖された。このように、選挙に関連して重要な出来事が起こっていたにもかかわらず、報道量は伸びなかった。
ここまでは、国ごとの報道量について分析してきた。上の2つのグラフを見ると、欧米諸国が目立っている。では、地域別の報道量の割合はどうなっているのだろうか。下のグラフは、人口の多い国上位30か国の選挙報道量を地域別に表したものである。
北米だけで30か国合計の報道量の半数近くに上ることがわかる。次いで、ヨーロッパ、アジア、アフリカ、中南米の順に続く。北米、ヨーロッパ、アジアの占める割合がかなり大きい。その一方、アフリカと中南米の報道量が僅かである。ここで注意したいのが、各地域の国数である。30国のうち、北米がアメリカ1国のみ、ヨーロッパが7国、アジアが9国、アフリカが9国、中南米が4国という内訳になっている。このことから、アフリカと中南米の国々が、他の地域の国々よりも取り上げられにくいということが強調される。
そこで、アフリカと中南米の選挙報道量についてもう少し掘り下げてみよう。最も衝撃的だったのは、エチオピア、タンザニア、スーダンの選挙報道が皆無だったことである。つまり選挙の状況どころか、結果も開催された事実も一切報道されなかった。それ以外のコロンビア、アルゼンチン、南アフリカ、ケニア、コンゴ民主共和国についても、選挙があるという事実と結果が伝えられるだけで、内容についてはほとんど報道されてない。2015年のアルゼンチン大統領選挙では政権交代があったが、報道量は1,706字だった。2014年のコロンビア大統領選挙では、紛争の和平という大きな問題があったにもかかわらず、報道量は、564字しかなかった。ほかの地域とは違って、アフリカと中南米の選挙報道は、候補者や争点などの本来伝えられるべき情報がほとんど掲載されていなかった。
今回は人口の多い国を取り上げて、選挙の報道量について分析した。国や地域によって報道量に大きな差があるということがわかった。特に、欧米諸国の選挙が報じられやすく、アフリカ、中南米の選挙はあまり報じられていなかった。とりわけ、人口の多い国に対してもまったく報道されていない国があったことが衝撃的だ。ブラジルやインドのように、とても人口が多く、経済力のある大国であっても、注目されない国もあった。その一方で、人口上位30か国に含まれていない国でも、オランダ(6,768字)やカナダ(4,041字)といった欧米先進国の選挙は比較的報道されていた。政権交代などの政治的な変化の有無も報道量に少しは影響するように見えるが、報道されない地域の国にはそれほど当てはまらなかった。
あまり報道されていない国々については、これから政治的に大きな事件が起こったとしても、それほど報道されないということが懸念される。なぜなら、背景知識の蓄積がないために、問題への理解が追い付かないからだ。選挙はその国の政治を知るためのファーストステップであると考え、世界全体を視野に入れ、よりバランスのとれた報道をしてもらいたいものである。

ナイジェリアでの選挙運動(2015年), 写真:Heinrich-Böll-Stiftung/flickr [ CC BY-SA 2.0 ]
footnote
※1:30か国のうち、非民主主義国の中国、タイ、ベトナム並びに国際報道の対象にならない日本は調査対象から除外した。30か国の最新の選挙にさかのぼり分析し、調査は2011年11月28日のコンゴ民主共和国の総選挙から2017年5月19日のイランの大統領選挙まで及んだ。
※2:見出しに候補者名、政党名、「選挙」というワードのほか選挙を示唆するキーワードが入っている記事の文字数を国ごとにカウントした。
Writer: Miho Horinouchi
Graphic: Miho Horinouchi