エリトリアとエチオピアの緊張高まる

by | 2026年03月25日 | GNV News, Gender/Sexuality, Middle East and North Africa, Coexistence/Migration, Politics, Education, Law/Rights, Conflict/Military, Economy/Poverty

GNVニュース 2026年3月25日

エチオピア軍は大量の兵力と武器をエリトリアとの国境に移動させており、さらなる紛争が起こる可能性が示唆され、緊張が高まっている。その背景には、エリトリア軍がエチオピア領に派兵されているという、エチオピア側の主張にあり、今回の動きはそれに対するものである。2022年に終結したエチオピア北部国境付近のティグライ州の紛争の際、駐留していたエリトリアは未だエチオピア領内から撤退していないとされる。2026年2月にエチオピア政府は、エリトリア軍の撤退を求める書簡を出した。この中で、エリトリア軍は長らく留まっているのみならずエチオピア国内の反政府勢力を支援していると指摘された。しかし、エリトリア側はこれを否定している。

両国を含む「アフリカの角」地域ではすでにソマリアとスーダンで紛争が続いている。エリトリアとエチオピアはそれぞれSudanの紛争に何らかの形で関与しており、今回の紛争が発生すれば周辺地域を巻き込む広範な衝突になるおそれがある。

Eritreaは、1993年にエチオピアから分離独立して間もない国である。両国の緊張はこの頃から続く未画定の国境問題に端を発する。1998年には、両国間の国境上に位置するバドメ地域をめぐり、約8万人の死者を出した本格的な軍事衝突が起こった。両国は2000年に停戦し、アルジェ和平合意において中立組織であるエリトリア・エチオピア境界委員会(EEBC)の定める国境を受け入れることに合意した。しかしながら、2002年の最終決議でバドメ地域はエリトリアに帰属することとなったものの、エチオピアがこれを拒否したためその後もしばしば衝突が続いた。

解決の兆しは一時2018年に見え始め、エチオピアの新しい首相の下でエリトリアとの国交が回復され、バドメ地域からエチオピアの軍が撤退し、国境が解放されたが、長くは続かなかった。

2020年にはさらに大規模な、ティグライ紛争が起こった。2018年までエチオピアの政権を握り、その後もティグライ州の自治を担っているティグライ人民解放戦線(TPLF)が、新たなエチオピア政府と対立し武力衝突が発生した。するとエリトリアがエチオピア政府に味方する形で軍事介入した。この紛争では大規模なatrocityによる人道危機、民族浄化が発生し、Approximately 600,000 peopleが死亡したと推定されている。2022年にプレトリア和平合意が結ばれたものの根本的な解決には至っておらず、和平合意締結後も人権侵害が残り、移行期正義がなされないままである。

また、2022年の和平合意はエチオピア政府とTPLFの間で結ばれたもので、エリトリアはその当事者ではなかった。そのことが両国のcrackをさらに深めることとなった。さらに、エリトリアの分離独立後エチオピアはRed Seaへつながる沿岸を失い、内陸国となった。エチオピアは再び紅海への経路を確立しようとしている。その意向がエリトリアに懸念をもたらしている。

エリトリアについてもっと知る⇒「Eritrea: a dictatorship with growing influence in the region"

エチオピアについてもっと知る⇒「Ethiopia's Great Reform: Can New Prime Minister Abiy be the Messiah?"

 

エチオピア北部ハウゼンの通りで破壊された装甲車両(2021)(写真:Yan Boechat/VOA / Wikimediacommons [Public domain])

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