報道に映し出される「アフリカ」は、感染症が蔓延しており、そこでの人々は先進国やNGOからの援助を待っているイメージがあるのかもしれない。しかし、実際はアフリカで開発された様々なイノベーション(革新)が保健・衛生問題の解決に貢献しているのだ。ここでは、そのようなイノベーションを紹介していきたい。
通信・電子技術を活かしたイノベーション
近年、アフリカでは通信技術の発展がめざましく、携帯電話も著しく普及してきている。最初に、この通信技術をいかしたイノベーションを紹介したい。カメルーンには人口2,000万人に対し、心臓病の専門家が50人しかいない。しかもその大半は都会に集中している。医者にかかることができずに亡くなってしまう例もある。そこでカメルーンの技術者アーサー・ザングはカーディオパッド(Cardiopad)というタブレットコンピューターを開発した。カーディオパッドでは心臓の検査を行い、その結果を遠く離れた専門医に送ることができ、20分以内に解析される。
また、マラリアはサハラ砂漠以南では極めて深刻な問題である。マラリア原虫を保有した雌のハマダラカに刺されることで人に感染する。死に至ることもある。2016年、世界の91か国で2億1,600万件の感染が確認されており、死者は445,000人にのぼる。世界のマラリア患者の90%、死亡者の91%をアフリカの地域が占めている。マラリアの従来の検査方法である採血は、使い捨ての針やコットンなどのキットにコストがかかるうえ、衛生面の管理にも気をつかう必要がある。また、注射器を使って採血をした上で血液の検査をするため、検査に時間がかかる。それらの問題を解決するのが、採血せずにマラリアの検査ができるマティバブ(Matibabu)である。
注射器を使って検査していた従来の方法と比べると、一人当たりにかかる時間もコストも少なくて済む。これはウガンダのマケレレ大学の学生グループが開発した。光のセンサーと磁気を利用した機械に指を入れるだけでマラリアの検査を2分ですることができ、パソコンやスマートフォンでその結果をみることが可能だ。
安産に貢献するイノベーションもある。毎年、世界では約300万人の新生児が死亡し、200万件もの死産があり、20万人の母親が出産時に亡くなっている。そのうちの60%以上が発展途上国で起きている。特にサハラ砂漠以南のアフリカでは費用やアクセスの利便性が悪いことから事前に充分な健康診断が受けられていないことが原因の一つとなっている。そこで開発されたのが妊婦の腹部に当てて超音波を測ることのできる棒状の小型機器ウィンセンガ(WinSenga)である。
スマートフォンに繋げると超音波の結果をアプリで見ることができる。病院にある本格的な超音波の機械にアクセスできないところでの活用が期待される。また、妊婦も生まれてくる子の心臓の音を聞くことができるのだ。これはウガンダで当時学生だったグループが開発したものである。
機械以外でのイノベーション
ここまでは通信技術など現代の技術を利用したイノベーションをみてきたが、大がかりなテクノロジーを使わなくても今までにない柔軟なアイデア次第でイノベーションをもたらすこともできる。
世界では約7億5,000万人もの人々がきれいな水を簡単に手にいれられない状況にいる。アフリカの農村部では女性や子どもたちが安全な飲み水を手に入れるために毎日数時間かけて水源と家の間を往復しなければならない場合も少なくない。1991年、そんなアフリカの田舎に住んでいる女性や子どものために南アフリカで開発されたのがヒッポローラー(Hippo Roller)である。
ヒッポローラーの仕組みは極めて単純である。従来は頭の上にタンクをのせたりして水を運んでいたが、ヒッポローラーでは地面に転がすだけで従来の5倍もの水を1度に運ぶことができる。実際は90ℓの水を水平な地面の上で転がしたり押したりすることで10ℓの重さに感じられるそうだ。このヒッポローラーのおかげで従来と比べて水汲みを4分の1の頻度に減らすことができるようになり、女性や子どもは家事や農業、学校教育により多くの時間を使うことが可能になった。
安全な水の供給について今度は都会の視点から見てみたい。都会でも水の供給問題は発生している。ケニアの首都ナイロビの低所得者居住区キベラでは家々が密集しており、地上の衛生状態も良くない。そのような状況では水道管を通す場所を見つけるのが困難である。さらに、水道管が破壊され水が無断で使われることもある。そこで出てきたのが今までの発想を覆す画期的な水道管だ。それは水道管を地上ではなく、頭上に通すというものである。10万ℓの水を蓄えたタワーから重力を利用して上空のパイプに水を流し、水は人々の水源となる中継地点に送られる。中継地点に水を送ってキベラの住民が水源まで歩いて8分以上かかることがないようにしようというのが目標である。
頭上にパイプを通すことに関してもう1つの利点は防犯性があるということだ。頭の上にパイプが通っていたら、多くの人の目に触れるため、意図的に通行人に破壊されるリスクも少なく、永続的に使える。
また、先ほどマラリアの検査方法について述べたが、シンプルなアイデアでマラリアを媒介する蚊を寄せ付けない方法がある。それはマラリアを寄せ付けないファソ石鹼(Faso Soap)である。当時学生だった西アフリカのブルキナファソのモクタール・デンベレとブルンジのジェラード・ニヨンディコの2人の発想によるものである。この石鹼はシアバターやレモングラス、アフリカンマリーゴールドなどの天然材料を用いて作られ、蚊を寄せ付けない香りを放つ。石鹼が洗い流されたあとでも効果を持続させるために最新の美容用品のテクノロジーを利用している。10分の1㎜のカプセルに天然の防虫成分を入れて肌にくっつくようにし、少しずつカプセルがはじけて6~8時間もの間、蚊を寄せ付けないことができる。さらに、洗い流された石鹼が入っていく排水溝や水たまりでも蚊の繁殖を予防することができる。私たちは日常的に石鹼を使うので、有害な化学物質を含む防虫剤を買う余裕のないアフリカの家庭も手軽に石鹼を手にいれてマラリアを予防することができるこのシンプルな方法は人体や環境にもやさしく魅力的だ。
試行錯誤で進むイノベーション
もちろん、イノベーションは成功ばかりが続くわけではない。開発当初期待されたが、うまくいかなかった例もある。例えば煙の出ないストーブだ。このストーブは直接火で調理するより肺炎のリスクを減らするのではないかと大いに期待されたのである。世界には約28億人の人々が室内で薪、農業廃棄物、木炭や石炭などの固形燃料を使って調理している。煙の粒子は肺の細胞の機能を低下させ、呼吸器感染症などのリスクを高める。しかし、イギリスの医学雑誌『ランセット』に掲載された論文によると、このストーブだけでは効果がないことが分かった。どちらかというと換気の方が重要らしい。また、ネパールで行われた研究から固形燃料よりガスなどの液体燃料の方が50%粒子が少なく健康的であることが分かった。いかにして人々が入手しやすい手ごろな価格かつ持続可能で健康に優しい燃料を普及させるかが課題となる。とはいうものの、煙の出ないストーブは肺炎の減少にこそ繋がらなかったが、やけどが減り、燃料の使用量が減って効率よく炊事できるようになったなどほかの面で功を奏した報告もある。
発想がユニークで期待はされたが失敗した例もある。プレイポンプ(PlayPump)というものだ。子供たちが遊ぶときの動力を利用した仕組みだった。メリーゴーランド式の遊具で子供たちが遊ぶと水が貯水タンクに汲み上げられる。しかし、設置されたプレイポンプの多くが使われなくなった。いくつか原因は考えられるが、子どもたちが遊ぶのでは動力源が不安定で効率が悪いというのが主要な原因である。結果的に充分な水を汲み上げることができない所が多かった。
今までの世間に流れている報道からアフリカは保健・衛生面で技術が発達しておらず、状況が進展していないというイメージを持たれがちである。しかし、アフリカの技術のイノベーションはあまり報道されていないところでアフリカの中から起きていて進んできている。
また、新たなイノベーションだけでなく既存の仕組みをうまくいかして、タンザニアやガーナではソフトドリンク会社がソフトドリンクの冷蔵・運搬のノウハウを政府と共有し、それを一定の低温を保たなければならないワクチンの冷蔵・運搬に応用するプロジェクトが実施されたりもしている。
技術でのイノベーションがなくても慣習を変えることで状況を改善することだってできる。例えば、1980年代後半から1990年代半ばにかけてウガンダではHIV感染率を低下させることに成功したのだが、技術のイノベーションではなく、政府が避妊道具の普及をおこなって病気の広がりを防いだり、HIVという病気についてオープンに話し合える環境を作ることで国の人々の行動が変わってきたことが成功を招いたのであろう。機能性や効率性を追い求めた技術だけのイノベーションでなく、人間がその場で変えていくことのできるもの、より多くの人が生きていきやすい文化や風潮にしていくイノベーションも必要であることを忘れてはならない。
今も、アフリカ各地では新たなイノベーションが模索され続けているのだ。
ライター:Shiori Tomohara
人間の知恵の可能性を感じました。アフリカが「支援されるだけ」ではないことがもっと広まればいいなと思います。ファソ石鹸欲しいです。
このようなアフリカ発のイノベーションにこそ、投資すべきでしょう。
しかし、マスコミなどで、アフリカに対するステレオタイプが出来上がっちゃっていて、
このような側面に注目してもらえない。
注目されなければ、投資したくなる人の目に触れることもない・・・
アフリカには、原始的な生活ばかりでイノベーションがないというような偏ったイメージが広がっている中で、今回の記事は、意外でステレオタイプを払しょくするもので新鮮でした。これからも無意識に植え付けられているステレオタイプを払しょくするような意外性のある記事を期待してます!
自分の中でのアフリカのステレオタイプなイメージが強かったなと思いました、、
アフリカでこのようなイノベーションが為されているなんて全く知りませんでした。もっとこのような報道がされるようになって欲しいです。
知らないことばかりでした!面白いですね!
ファソ石鹸がほしいです
非常に興味深く拝読いたしました。
多くのイノベーションが学生から生まれていることを知り、可能性を感じました。
先進国が「支援する」というイメージでしたが、自分たちから変えていることを知りました。
アフリカで現地の学生たちが、自らの地域に貢献するようなイノベーションを起こしていることを知らなかったです。
先進国による支援ばかりが目立つなか、アフリカの地域に住む市民が自身で問題に立ち向かおうとしている姿ももっと報道されるべきだと思いました。
WinSengaっていうアプリがすごくいいなと思いました。
アフリカ以外にも、アクセスの悪さで苦しんでいる妊婦さんはいるのでぜひ世界中に広まってほしい!
学生が開発した例もいくつかあり、今後のイノベーションの将来性があるなと思いました。
正直、アフリカの大学生がこんなにイノベーションを起こしているなんて全然知らなかったし考えたこともなかったです。
アフリカ内だけでなく、同じような問題をかかえる地域(アジアとか、、?)や、世界でも評価されそうな物がたくさんあって、
同じ学生として刺激を受けたし、こういうところにもっとお金が渡ればいいのにって思いました。