将来的に枯渇が危惧されている貴金属が、意外なところに眠っている。その場所とは電気電子機器廃棄物(E-wasteまたはWEEE:Waste Electrical and Electronic Equipment、以下「電子廃棄物」と呼ぶ)の山の中である。電子廃棄物は年々増加しており、2019年には世界で5,360万トンが排出されたと推測されている。そしてこの中に含まれるリサイクル可能な金属資源は金額に換算すると570億米ドルに及ぶと言われていることから、現状の資源活用がいかに問題だらけであるかが窺える。さらに適切に処理されなかった電子廃棄物は有害物質を発生させるため、環境や人間に被害が及ぶという事態も起こっている。電子廃棄物に埋もれた世界はどのような事態にあるのか、この記事で探っていこう。

廃棄された基盤(写真:Rwanda Green Fund / Flickr [CC BY-ND 2.0])
電子機器及び電子廃棄物とは
まず、電子廃棄物がどういうものかについて詳しく見ていく。電子廃棄物の発生源である電子機器には様々なものがあり、国連大学では①温度交換機器(冷蔵庫、エアコンなど)、②液晶製品(テレビ、デスクトップパソコンなど)、③照明器具(LED電球、蛍光灯など)、④大型機器(洗濯機、電気ストーブなど)、⑤小型機器(掃除機、電子レンジなど)、⑥小型IT機器と通信機器(スマートフォン、ルーターなど)、の6つに分類している。
こうした電子機器の廃棄量は急速に増加しており、この背景は大きく分けて2つの段階から考えることができる。電子廃棄物増加の1段階目は、電子機器の利用増加だ。近年、世界で電子機器の消費量は毎年平均して約250万トンずつ増加していると推測されている。その一因として世界人口の増加が考えられる。これに加えて、所得の増加、工業化、都市化という3つの要素が影響している。
電子機器の消費増加を後押しする背景についてさらに詳しく見ていこう。まず、世界全体の中流階級人口(※1)は増加の一途を辿っている。2000年時点で世界の中流階級人口は約15億人だったが、2015年には倍の約30億になったというデータが発表されている。経済的に豊かな層が増えたことで、これらの人々が電子機器を購入する機会も増え、それが世界全体の電子機器の消費を押し上げた。次に工業化によって、生産性が高まり、大量の製品を安価に作ることが可能になった。これにより、消費者はより安価に電子機器を手に入れることができるようになった。そして、世界が急速に都市化したことも電子機器の消費量の増加と無関係ではない。都市部は農村部よりインフラが整っており、電気へのアクセスがよくなるため、都市部に暮らしている人は農村部に暮らしている人より電子機器を使用する傾向がある。世界で都市部に暮らす人の数は、1950年から2008年までに7億5,100万人から42億人にまで増加したといわれている。世界全体の所得の向上、工業化や都市化といった要素が電子機器にアクセスできる層を増やしてきたのである。

廃棄され、ガーナに輸出された携帯電話(写真:Fairphone / Flickr [CC BY-NC 2.0])
電子廃棄物増加の2つ目の段階は、利用から廃棄までのスパンが短くなっていることにある。例えば、アメリカでのデータによると、1997年の時点でデスクトップパソコン本体の平均使用期間が4~6年、そのモニターは6~7年だったのに対して、2005年にはどちらの製品も平均して2年ほどしか使われなくなっていた。使用期間が短くなっている背景には生産者、小売業者、消費者など様々な立場の人の意図がある。その中でも消費者の視点に着目すると新しい製品を買う理由は、経済的・技術的・心理的理由の3種類に分類される。まず経済的理由を考えてみると、修理費用が新品の価格とほぼ変わらなかったり、修理費用の方が高かったりすることから修理せずに新品を買うというケースは少なくない。また、技術的な理由には、長期使用による機能面での不都合などが発生する場合が挙げられる。具体的にはソフトウェアの更新で製品のサポートが終わったり、部品の製造が終わって修理できなくなったりすることで、従来の製品を使い続けられないなどがある。最後は心理的なもので、2つ目の技術的理由とも関連して、「より優れたものが欲しい」という純粋な物欲による購入がある。
これらは消費者が自らの選択として新たな電子機器を購入する理由のように見えるが、この選択は他のアクターからの作用を受けている可能性もある。その1つが生産者による「計画的陳腐化(planned obsolescence または built-in obsolescence )」である。計画的陳腐化とは、消費者が新しい製品を買うよう促すために、意図的に修理費用を高くしたり、設計段階で製品の寿命を短くしたりすることによって、消費者が頻繁にモデルチェンジをせざるを得ない状況を作ることを指す。このような問題を背景に、1つの電子機器の使用期間はだんだんと短くなってきている。それに伴い、新たに購入される電子機器、廃棄される電子機器の全体量も増加しているのだ。
世界の現状
ここまで電子廃棄物増加の原因を見てきたが、世界の人々は実際どれくらい電子機器を利用、廃棄しているのか。そして廃棄されたもののうちどれくらいが回収・リサイクルされているのだろうか。
まず、世界の電子機器の消費量を詳しく見てみよう。世界の電子機器の消費量は、ソーラーパネルを除いて平均すると毎年約250万トンずつ増加していると算出されている。利用状況は高所得国と低所得国とでは大きな差がある。いくつかの電子機器で所有台数を比較してみると、高所得国の場合は冷蔵庫0.7台/人・スマートフォン1.4台/人であるが、低所得国の場合は冷蔵庫0.02台/人・スマートフォン0.6台/人の所有率である。

1人1台のパソコンを持った学生たち(写真:Brett jordan / Flickr [CC BY 2.0])
消費量が増えれば廃棄量も増えていく。国連大学によると、世界の電子廃棄物の排出量は2010年に3,380万トンであったのが、2020年には5,550万トンにまで増加している。この数値は2030年には7,470万トンにまで上るとされている(※2)。つまり、この予測によれば、2010年~2030年までの20年間で排出量が2倍以上になるということになる。
これほど大量の電子機器はどのように処分されているのだろうか。処分のルートは主に4つあるとされている。それぞれのルートは、①国が定める法律に基づいて正式に回収・リサイクルされる、②特別な処理がされないまま一般廃棄物として処分される、③国が定める法律では認められていない方法で回収・リサイクルされる、④国が定める法律がなくインフォーマルセクター(※3)によって廃棄される、という流れである。このうち、適切なルートは①だけであるが、このルートは電子廃棄物の処分に関する法制度が整っていない国では存在しないルートである。加えて法制度がある国においても、経済的・時間的コストを削減するために避けられることがある。その場合に②~④のようなルートが利用される。
世界で排出される電子廃棄物のうち、①の正規の処分ルートをたどるものは、2019年時点でわずか17.4%(930万トン)であったとされている。残りの82.6%(4,430万トン)は記録が残っておらず、②~④の不適切なルートで処分されたと考えられる。排出量上位10カ国を示すグラフを見てみると、インド、ブラジル、ロシア、インドネシアでは適切に回収された電子廃棄物が圧倒的に少ないことがわかる。インドでは電子廃棄物の処分に関する法規制はあるものの十分に機能していない。また、ブラジル、ロシア、インドネシアは国内に電子廃棄物の処分に関する法律や規制が存在していない。そのため、これらの国々においてはそもそも正式な回収手段が確立していないことが、極端に低いリサイクル率を作り出している。
上述のように、大部分の電子廃棄物が②~④のルートで処分されているが、これらの電子廃棄物は国内で処分される場合と国外に輸出される場合がある。電子廃棄物が輸出される場合、電子廃棄物の処分に関する法制度のある高所得国から法制度が整っていない低所得国へ輸出されることが多い。しかし、電子機器を廃棄物として輸出すると、有害物質を含む廃棄物の輸出を禁止することを規定しているバーゼル条約に違反することになる。この条約は、相手国の承諾がある場合を除いて、使用可能な中古品以外の電子廃棄物の輸出を禁止するものであるため、本来なら電子廃棄物の大量輸出は行われないはずである。しかし、廃棄物であることを隠し、中古品、もしくはスクラップを装って大量に輸出されているのが実情だ。高所得国で回収された電子廃棄物の約80%が低所得国に輸出されていると報告されている。この貿易には違法に行われているものも含まれるため、輸出される電子廃棄物に関する正確なデータを得ることはできない。そのような中で、電子廃棄物の輸出状況を把握するためにバーゼル・アクション・ネットワーク(BAN:Basel Action Network)という組織がある取り組みを行っている。その取り組みとは、捨てる前の電子機器にGPSを取り付けて廃棄の流れを追うもので、実際にアメリカ、オーストラリア、カナダなどでこのような調査が行われた。調査の結果、廃棄された電子機器が実際に国外に輸出されたことが確認できている。
電子廃棄物が引き起こす問題
ここまで見てきたように、電子機器の廃棄が適切な方法で行われているケースは非常に少ない。そして大量の電子廃棄物が適切に処理されないことは世界全体に関わる重大な問題を引き起こしている。どのような問題が起きているのか、3つに分けて見ていこう。
まず1つ目の問題は、金属資源に関する問題である。冒頭にもあるように、電子廃棄物には多くの金属が含まれていて、リサイクルすることは技術上可能であるにも関わらず現状では行われていない。大量の資源が埋まっていることから、電子廃棄物の山は「都市鉱山」とも呼ばれている。金属の種類によっては、まだ採掘されていないものよりも既に採掘されたものの方が多いとされるものもある。また、いくつかの金属は既に供給不足が懸念されており、将来的に様々な金属が枯渇されることが予測されている。例えば、銅(Cu)、鉛(Pb)、亜鉛(Zn)、金(Au)、銀(Ag)、錫(Sn)などの採掘は、2050年頃までに現時点での技術的・経済的採掘可能量を超えるとされている(※4)。これはつまり、現在の技術で採掘や鉱物の探索を行っても、それに対する費用と収益の採算が合わないということである。

ガーナのアグボグブロシーで廃棄物を燃やす人々(写真:Fairphone / Flickr [CC BY-NC 2.0])
電子廃棄物の大量処分の2つ目の問題に環境への影響がある。既述のように電子廃棄物の多くは低所得国に輸出されるが、届いた電子廃棄物は焼却されたり、埋め立てられたり、または現地の人によって不適切な方法で金属資源が取り出されたりする。しかし、これらの電子廃棄物を不適切に扱うと空気や水、土壌など広範囲の環境を汚染してしまう可能性がある。金属資源を適切に取り出すにはそのための設備や道具が必要である。しかし、低所得国で電子廃棄物の処分に携わる人々の多くは設備や道具の揃っていない環境で、プラスチックなども含んでいる電子機器の部品を燃やし、リサイクルできる金属を取り出している。プラスチックを焼却するとダイオキシンなどの有害物質や粉塵粒子が空気中に放出され、広範囲の大気汚染に繋がる。また、埋め立てれば水銀、鉛などが土壌に浸透し、長期間にわたる土壌汚染をもたらす。さらに、土壌に浸透した汚染物質は植物系を汚染しつつ地下水に到達し、最終的には川などに流れ出て水質汚染をも引き起こすのである。このような汚染が起こる環境に生息する動植物は長期間にわたって汚染の影響を受けることになり、生態系の維持そのものも危ぶまれる。
3つ目の問題は人体への被害である。これは環境問題と切っても切り離せない問題で、この被害は汚染された空気を吸うことで引き起こされる呼吸器疾患などにはとどまらない。食物連鎖の関係で、人間は日常的に汚染物質を摂取してしまうことになる。これは癌や感染症のリスクを高めるだけではなく、妊娠中の死産や早産の危険性もあり、無事に子どもが生まれてきても神経系やDNAなどに先天的な欠損を抱える可能性も高くなる。
アジアとアフリカの事例
このような被害は、一部の地域で深刻な社会問題となっている。ここでは、特に深刻な状況にある国や地域を紹介する。

タイで大量に輸入された電子廃棄物(写真:baselactionnetwork / Flickr [CC BY-ND 2.0])
電子廃棄物の主な輸出先のひとつであるアフリカ諸国の中でも、ガーナやナイジェリアは規模が大きくなっており、ガーナの首都付近の地域(通称アグボグブロシー)は、世界最大の電子廃棄物処理場と言われている。この地域では安定した電子廃棄物の供給があり、金属資源を取り出し転売することは人々の収入源になっている。しかしここでも、取り出し作業は適切な整備と道具を用いて行われているわけではなく、人々は危険な状況での作業を日常的に行なってしまっている。ガーナでは電子廃棄物処理による経済効果を生み出そうと、ガーナ政府は電子廃棄物の輸入業者に年間1億米ドルの税金を徴収しようとしている。
また、ナイジェリアには約50万個の電子廃棄物を積んだコンテナが毎月500個も運び込まれていると推定されている。ここでもガーナと同様に、電子廃棄物から金属資源を取り出し転売する危険な労働が蔓延っており、10万人規模の雇用を生むほど社会に根差した産業になってしまっている。
こうした非公式の処理場では、作業に伴う火傷やケガだけでなく、皮膚病や呼吸器疾患、慢性的な頭痛などが報告されている。しかしインフォーマルセクターであるがために、労働者の怪我や病気に対する補償制度もない。症状や痛みを紛らわすために薬物が利用されているというデータもある。また、長期にわたり電子廃棄物の処理に携わる労働者の血中の重金属濃度の上昇が報告されており、これによる健康被害は計り知れない。

研削盤で電子廃棄物を分解するインドの労働者(写真:Greenpeace India / Flickr [CC BY-ND 2.0])
規模の差はあるものの、このような非正規の電子廃棄物処理場は世界各地に存在しており、アジアでは特にインドと東南アジア諸国において問題が深刻である。インドでは、首都ニューデリーのシラーンプル地区にインド最大規模の電子廃棄物処理場がある。ここでもアフリカ諸国と同様に電子廃棄物の処理が産業化しており、約5万人が働いている。しかし、アフリカ諸国と異なる点は、インドは電子廃棄物を国外から受け取っているだけでなく国内でも電子廃棄物を大量に排出しているということにある。年間80万トン以上の電子廃棄物がインド国内で排出されており、毎年30%ずつ排出量が増えているにもかかわらず、法律など規制が不十分なために全体の1.5%しかリサイクルされていない。
また、東南アジア諸国は最近になって電子廃棄物の輸入量が急増している。その背景には中国における廃棄物輸入に関する法制度の厳格化がある。かつては世界で排出される電子廃棄物の約70%が違法に輸入されていたと言われるほど大規模な処理場が中国にあった。しかし20年以上にわたる過程を経て、2018年には廃棄物の輸入を制限する法律が施行された。それにより、行き場を失った電子廃棄物は規制が緩い東南アジア諸国へと輸出されるようになっていった。例えば、タイでは2018年にオーストラリアからだけで25トン の電子廃棄物を輸入しており、これは2017年と比較しておよそ500倍に及ぶ。しかも、国内の産業で発生した有害廃棄物に対する規制しかなく、国外からの電子廃棄物は埋め立てられている。このような状況に対して、 2020年にタイでも電子廃棄物の輸入を禁止する動きが出ている。しかし、電子廃棄物を受け入れる側の国で規制が導入されていっても、電子廃棄物を排出し輸出している国での規制を行っていかない限り状況は根本的に解決しない。増え続ける電子廃棄物は新たな処分先を求めて、より規制が整っていない国へと輸出されていくことになる。
対策
ここまで電子廃棄物が引き起こす環境問題、社会問題に触れてきたが、現状を改善するためにどんなことが行われているのだろうか。制度的側面と技術的側面の2つの側面からのいくつかの動きを簡単に紹介する。

ルワンダのリサイクル施設(写真:Rwanda Green Fund / Flickr [CC BY-ND 2.0])
問題は未だに存在するものの、様々な国で電子廃棄物の処分に関する制度が整えられようとしている。欧州連合(EU)では、2003年に電子機器の生産者に対して処分までの責任を課すWEEE指令が発効されている。さらに、2019年には「修理する権利」という概念から、冷蔵庫・洗濯機といった家電製品の修理可能期間(※5)を最長10年まで保障させる法律が発効されており、最近では修理可能な製品の幅を広げる動きも始まっている。また、電子廃棄物に関する規制を持たない国が多いアフリカでも、ルワンダやナイジェリア、ガーナなどを含む一部の国では、ここ数年間で処理に関するガイドラインやリサイクル・修理のための施設が設けられている。ただ、ルワンダでは電子廃棄物の管理に関する法律が可決されたが、ナイジェリアやガーナでは依然としてインフォーマルセクターによる処分がほとんどである。また、インドでも2011年に電子廃棄物に関する法律が施行され、認可されたリサイクル業者が年間8万トンを処理できる程度には施設の設立が進んでいる。しかし、ナイジェリアやガーナと同様に、電子廃棄物の大部分がインフォーマルセクターによって処分されており、施設が十分に活用されているとは言えない。
世界の電子廃棄物の処理を担う国々における規制の導入や適切な処理能力の向上は状況を改善させはするが、根本的な解決策ではない。根本的な解決のためには、世界を行き来する電子廃棄物の排出国である高所得国がこの問題に対して取り組む必要がある。しかし、電子廃棄物の排出量が世界の上位10ヵ国に入るアメリカがバーゼル条約に批准していないなど、電子廃棄物を排出し、輸出する国々での対策は依然として進んでいない。
電子廃棄物処理にまつわる問題を技術的に解決しようとする動きもある。例えば、微生物を用いて電子廃棄物から金属を抽出する「バイオリーチング」という技法の研究が進められている。この方法は、微生物によって金属同士を溶かして分離させ、必要な物質だけを抽出する、というものであり、環境への負担が少ない方法としても知られている。 他にも、製品自体を修理しやすいものにすることで電子機器の寿命を伸ばすことに取り組んでいるメーカーもある。例えば、専門的な技術がなくても使用者が壊れたパーツを自分で簡単に取り替えることができる設計を実現したスマートフォン(フェアフォン:Fairphone)が挙げられる。

分解されたFairphone(写真:Fairphone / Flickr [CC BY-SA 2.0])
まとめ
電子機器にまつわる問題は廃棄だけではない。原料となる鉱物資源の採掘から生産過程におけるまで様々な問題が存在し、これまでGNV でも紹介してきている。今回紹介した電子機器の廃棄に関して、いくつかの国は対策を講じ始めているが、その規模とスピードは問題の深刻さと比較しても十分とは言えない。さらに電子機器を最も使用し、廃棄している国々がこの問題に真剣に取り組もうとしていないことは根本的な解決を遠ざけている。電子廃棄物が環境問題や資源の枯渇といった問題だけでなく、世界で脆弱な立場にある人たちの生活や命をも脅かす問題とも直結していることを忘れてはいけない。日常的に電子機器を利用する我々はこの問題とどのように向き合うべきなのか、責任が問われている。
※1 ここでは、「中流階級」は1人当たりの1日の収入が10米ドル~100米ドルの人を指す。
※2 2020年と2030年の数値は2019年の時点での推測となっている。2021年5月現在、2020年のデータは発表されていない。
※3 インフォーマルセクター:経済部門で正式に記録されない活動を指す経済学用語のこと。
※4 この状況は埋蔵量ベースを超えるとも表現され、それ以上の採掘は現実的ではないとされている。
※5 生産者が部品などの生産をやめてしまうことによって、根本的に修理が不可能にならないようにする。
ライター:Minami Ono
グラフィック:Minami Ono
電子廃棄物が低所得国へ輸出されている実態は初めて知りました.生産・運用での環境への影響だけでなく,廃棄までのプロセスを一体として製品を評価し,設計していくことが工業製品を生産する企業に課されている課題なのだと思います.マテリアルリサイクル技術の発展にも注目していきたいです.
こういう世界の現状についてなかなか知る機会がなく、読んでいて関心しました。
教員を目指していることもあり、学校等の教育現場でも科目の勉強だけではなく、
世界の問題を学生のうちから考えることが必要なのだと気づかされました。
確かに近年はスマホも2年で乗り換えるのが主流になっていて、電子機器の寿命は短くなっていると思います。その潮流も生産者の思惑によってデザインされたものというところが印象的でした。
対策のところで条約や設備の話が出ていましたが、そのような制度や設備を整えることは、「電子廃棄物は途上国に輸出して処理させれば良い」という考えの促進につながるかもしれないと感じました。「処理の責任を負わされた先進国にとっては、途上国を利用した方が安く楽に済む」、「この金属を取り出す作業が途上国の中で一つの産業(のようなもの)として収入源になりつつある」という事実に拍車をかけることも考えられ、処理にまつわる問題は廃棄物そのものだけでなく、社会構造などにも目を向ける必要があると感じました。
電子廃棄物の処理を貧困国に押し付けていること、消費行動の背景に生産者による計画的陳腐化という事象があることなど、自分が知らなかったことばかりでした。消費者が消費行動を見直すだけでなく、問題の背景を理解した上で企業や政府へ対策を求めることも必要だと感じました。
電子廃棄物という存在や、その処理を途上国に押し付けていることなど知らないことばかりで驚きました。より一層の法規制とともに、私たち先進国の国民の意識も変えていかねばならないと感じます。電子製品を売っている生産者からしたらこのような問題は大っぴらにしたくないはずなので、積極的に消費者が調べ、自身の購買について見直す必要があると思いました。
これほどまでに電子廃棄物が適切にリサイクルされた割合が低く、電子廃棄物の処分をめぐって大きな問題が生じていることをこの記事で初めて知りました。この問題に限らず、高所得国は低所得国を都合よく利用している事例が多いと思います。国際的な枠組みを作ったり、各国が国内の法規制を整備したりすることによって、商品の「ゆりかごから墓場まで」を大切に考えるべきだと思いました。
低所得国へ電子廃棄物を送っている現状に驚きました。高所得国の国がそれを知らないという現実が問題だと感じました。
アフリカでは紛争鉱物問題をめぐる児童労働や紛争が起きているのにも拘らず、国際社会は電子機器に眠る資源を適切に有効活用することなく廃棄しており、環境問題に拍車をかけていた。SDGs達成に向けて社会は名目上は頑張っているのかもしれない。しかし、このような事象を知らないまま、我々が電子機器を分別せず適当に捨てたり、法律を制定したりしない限りは不平等は改善されないだろうし、電気自動車が代替になっても環境問題は根強く残り続けるのではないだろうか。日本でも電子廃棄物に限らず様々な廃棄物を海外に輸出して海外が処理を受け持っているといった現状もある。やはり最善の術は我々がこのような現状を学び行動に移していくことだろう。簡単なことのように見えるがそれさえもが難しいのが現状である。
高所得国が低所得国に処理を押し付けているという大きな事実を、高所得国である日本の多くの人が知らないということに焦りを感じました。
自分も当事者であることを忘れてはいけないと強く感じました。