2022年6月13日、エクアドル政府に対する大規模なデモ活動が開始された。生活必需品やガソリンなどの物価上昇に対する国民の不満が起こしたこの活動はおよそ2週間に渡り、交通や国内の経済活動を停滞させ、数人の死者が出た。最終的にデモの主体となったエクアドル先住民族連合(CONAIE、コナイエ)の主張を政府が受け入れる形でデモ活動は終了した。近年で最も大きなデモ活動となったこの背景にはさまざまな要因が絡んでいる。その要因についてこの記事で深掘りしていきたい。

2022年6月に起こったデモについて議論する国民議会(写真:Asamblea Nacional del Ecuador / Flickr [CC-BY-SA 2.0])
エクアドルの歴史
エクアドルは中南米の赤道直下に位置する、人口約1,780万人の国である。約1万年前には人類がこの地に移り住んでいたと考えられており、約5,000年前から2,000年前にかけて複数の先住民グループや政治的組織が形成された。その中でいくつかの先住民グループで構成されたとされるキト王国が最も力をつけた。13世紀に現在のペルーで成立したインカ帝国が1460年に侵攻し、キト王国を征服した。しかしインカ帝国内での武力紛争により、帝国は弱体化。
1533年にはスペインに侵攻、植民地支配され、現在のエクアドル周辺の地域は、他の南米の地域と同様に1563年までスペインの属州となる。その間、入植者から持ち込まれた病原菌や強制労働などが16世紀から17世紀にかけて先住民の人口を減少させることとなる。19世紀初頭にラテンアメリカ全体で独立の機運が高まり、1830年に現在の首都であるキトといった都市がいくつか結びつき、概ね植民地時代の国境のまま、エクアドル共和国として完全な独立を果たした。しかし安定した政治にはつながらず、20世紀後半まで政情不安が続いていく。また独立以降、先住民や貧困層は農奴としての低い地位であり、入植者の子孫といった一部のエリートが政権を握ったことで、先住民は政治的にも経済的にも蔑ろにされた。さらに先住民は自身の言語を話すことを禁じられるといった差別を受けた。
1930年代からアメリカの企業であるユナイテッド・フルーツ・カンパニーがエクアドルに進出し、エクアドルのテングエルの土地を大規模に買収し、バナナプランテーションを設立した。ユナイテッド・フルーツ・カンパニーは労働者が反抗しないように、福利厚生を充実させる一方労働者の生活を管理する強権的な姿勢も見られた。1940年代後半からエクアドルではバナナの輸出が盛んになり、1950年代には世界一のバナナ輸出国となった。しかしパナマ病といった病原菌の流行によりバナナの生産は激減し、ユナイテッド・フルーツ・カンパニーは1960年代半ばに撤退した。しかし30%ほどの輸出量の落ち込みはあったものの、エクアドルはそれ以降もバナナの輸出を続けた。
1970年代までエクアドルはバナナの輸出が経済的な柱であったが、1967年にオリエンテ海峡で石油が発見されると、原油の輸出は急速に発展した。これによって経済的に成長したと同時に、バナナや原油による富の多くは外資系企業によって国外へ流された。また社会的不平等、環境破壊や先住民の権利といった問題が挙がり、1980年代から1990年代にかけてリベラル派と保守派の政治的対立が続いた。また1986年に起こった世界的な石油相場の下落によってエクアドルは経済的に打撃を受けた。その後、国際通貨基金(IMF)の介入が行われたが、格差が広がり、1990年代後半にはハイパーインフレに近い状態に陥った。当時のエクアドルの貧困率は1999年時点で52.1%となった。
これに対し、当時のジョージ・ジャミル・マフアド・ウィット政権は自国通貨の米ドル化を主張したが、それに対して国民の不満が高まり、その影響を鑑みた軍部がクーデターを起こした。その結果、当時副大統領であったグスタボ・ホセ・ホアキン・ノボア・ベハラノ氏が大統領となる。しかし彼自身も自国の1999年からのインフレーションの対処法としてドル化は必須と考え、2000年にドル化政策が議会で承認され、米ドルがエクアドルの通貨となった。
2007年に貧困層からの大きな支持を受け、ラファエル・ビセンテ・コレア・デルガード氏(以下、コレア氏)が大統領に当選した。コレア政権は公共支出を拡大し、国民の所得を押し上げる一方、メディアへの規制強化といった強権的な側面も見られた。また2008年に憲法改正を行い、先住民の言語を憲法上で承認するといった先住民の社会的立場向上にも取り組んだ。またマンタ市にあるエクアドルの空軍基地を1999年からアメリカ空軍が使用していたが、コレア氏はその立ち退きを求めた。アメリカ空軍は2009年に基地から撤退し、基地はエクアドルに返還された。さらにはアメリカの機密情報を公開した内部告発サイトのウィキリークス創設者、ジュリアン・アサンジ氏をイギリスのエクアドル大使館で保護したことで、アメリカと外交的に対立することになる。

演説する元大統領コレア氏(写真:Cancilleria del Ecuador / Flickr [CC-BY-SA 2.0])
コレア氏は2013年の選挙でも再選を果たし、2017年まで、エクアドル史上最も長い任期を務めた。2017年にレニン・ボルタイレ・モレノ・ガルセス氏(以下、モレノ氏)が大統領に当選すると、これまでの政策とは打って変わった新自由主義的な政策(※1)を打ち出し、ウィキリークスのアサンジ氏をイギリス政府に引き渡すなど、アメリカとの対立を緩和させた。2021年にギジェルモ・アルベルト・サンティアゴ・ラッソ・メンドーサ氏(以下、ラッソ氏)が大統領に当選し、2022年現在、大統領を務めている。
貧困・経済対策
2022年6月に起きたデモの主体であるCONAIEのリーダー、レオニダス・イザ氏はエクアドル国民が貧困に直面し、この国の不平等と不正に怒りを露わにしていると述べた。この発言から推察されるように、今回起きたデモの背景には国内での経済問題が深く関係している。その端緒は2015年から見られていた。エクアドルの総輸出額の36%を占める原油の価格が同年に急落したことで、経済成長は減速したのだ。この流れを受けて、2019年当時のモレノ政権はIMFから42億米ドルの融資を受けることになったが、その条件として燃料価格の引き上げ、医療・教育の民営化、公共部門の大量解雇といった大幅な緊縮財政政策を提示された。これは結果的に貧困を悪化させるものであった。財政苦難に置かれた政権がこれらの条件を受け入れ、生活必需品である燃料費や生活援助などに対する補助金廃止を発表したことで、国民は大規模なデモを行った。このデモは一時的に大統領を首都から逃亡させるほどの全国的な規模のものになり、8日間のデモの末、政府は補助金廃止を撤廃した。
しかし経済的な回復は見込まれず、さらにその流れを加速させたのが2020年の新型コロナウイルスである。世界的なパンデミックによってエクアドルの企業の70%は麻痺し、国内の失業率は68%に達するという深刻な経済麻痺を迎えた。貧困層の人数は2019年から2020年の間に約320万人増加し、社会的不平等のレベルは10年前と変わらない水準にまで低下した。また先住民は、権利向上の流れが近年になってようやく認められるようになったが、貧困は依然として顕著である。2007年からのデータを見ても貧困率が45%を切ることはなく、2020年には先住民における貧困率が約60%となった。これらの状況に対して、政府は2020年9月末に新たなIMFによる支援プログラムを求め、40億米ドルの融資が2020年中に実施される形になった。

2021年にCONAIEと政府が話し合う様子(写真:Ministerio de Gobierno Ecuador / Flickr [Public domain.mark-1.0])
さらに国内のインフレが上昇し、2022年6月にはインフレ率が2015年以来最高値となった。エクアドルは原油輸出国であるが、ガソリンといった精製石油の大半は国外から輸入しているため、世界的な石油価格の高騰に伴い、国内のガソリン・ディーゼルの価格が急上昇した。その価格は2020年と比べて約2倍であり、国民の経済的負担は重く、生活がままならない状況であった。
さらにはエクアドルで原油の次に輸出量を誇るバナナ業界も打撃を受けている。ウクライナ侵攻でロシアに対して欧米諸国が課した制裁として同国へ輸出する事が不可能になったことが要因で、年間約7億米ドルの売り上げが失われると思われる。このような事態になっても、ラッソ政権は燃料価格を12%値上げするなど、IMFとの融資契約に沿った新自由主義的政策を続けようとしたために、今回の大規模なデモにつながったと考えられる。
先住民と環境問題
今回のデモは、エクアドル最大の先住民の権利団体であるCONAIEが主体となって行われたものだった。上に述べたように、生活費の高騰により、デモを起こしたのも事実だが、彼らの政府に対する要求にはエクアドルの環境問題も関わっている。
エクアドルの先住民というアイデンティティを持つ人は2020年時点で約110万人であり総人口の6%を占める。14の先住民グループが存在し、先住民のうち約25%がアマゾンの熱帯雨林に住んでいる。政府は先住民の生活環境及び自然環境が破壊されないため、環境保護区を作るといった保護政策をとっている。しかしその保護されたはずの区域で原油開発を政府が認めており、それによる環境汚染が国や企業によってたびたび行われている。最も大きなエクアドルでの環境汚染問題は、アメリカの多国籍企業テキサコ(現シェブロン)(※1)と合併したエクアドルの石油会社が1964年から1990年という約30年間にわたって、約6,400万リットル以上の有害排水をエクアドルの熱帯雨林に投棄したというものである。廃棄にかかる費用を節約するために行われたとされるこの行為によって、地元の先住民は癌や流産、先天性欠損症といった公害を受けてきた。

シェブロンの環境汚染について調査する様子(写真:Cancilleria del Ecuador / Flickr [CC-BY-SA 2.0])
これに対して1992年にエクアドルから撤退していた同社は、事業の基準通りに行っていたと主張し、先住民たちの訴えを一蹴した。1993年に3万人の先住民が立ち上がり、人権弁護士であるスティーブン・ドンジガー氏を通してシェブロンに対して訴訟を起こした。この判決は約18年後の2011年に行われ、エクアドルの最高裁はシェブロンの法的責任を認め、180億米ドルの補償を命じた。しかしこの補償に対してシェブロンは拒否し、いまだにこの補償は行われていない。さらにはこの訴訟を担当した弁護士であるスティーブン・ドジンガー氏はアメリカでシェブロンから訴えられ、不審な点が多かった裁判の結果、彼は約1,000日間にわたる自宅軟禁を裁判所から命じられた。彼は2022年4月に自宅軟禁の刑を終えた。
2006年にエクアドルは、1980年代から参入していたアメリカの石油会社オクシデンタルの契約を打ち切り、オクシデンタルの所有する資産を差し押さえた。エクアドルの最大手の投資家でもあったオクシデンタルは撤退し、エクアドル国営企業であるペトロエクアドルが国内の石油産業での存在感をますます強めることになった。しかし、ペトロエクアドルは外資の石油会社と契約して業務を委託することがある。このように石油による利益の大半は外資企業や中央政府に留まり、この業界がもたらす環境汚染で苦しむ先住民の手に渡ることは少ないと言えるだろう。
2018年にエクアドル政府はアマゾンにあるヤスニ国立公園内での原油掘削を縮小するか否かを国民投票で問うと、67.5%の投票人口が縮小に賛成した。その結果を受けた政府は公園内の原油採掘エリアを1,030ヘクタールから300ヘクタールに削減することを決定した。ヤスニ国立公園はアマゾンで最も生物多様性に富む地域の一つで、先住民の居住地でもある。しかし同時に原油埋蔵量の18.3%を占める地域であり、原油採掘はかねてより行われてきた。国民投票を行った翌年、政府は原油採掘の区域境界を引き直したものの、採掘には制限をかけなかった。
さらに2021年に発足したラッソ政権は、原油生産の倍増を掲げ、原油掘削のエリアを拡大するプロジェクトを推し進めた。プロジェクトを進める法令には原油採掘における規制緩和も含まれており、CONAIEは法令を完全に拒否した。しかし、政権が法令を覆すことはなく、先住民グループは政権に対する不信を募らせたのである。

2002年におけるCONAIEのデモの様子(写真:Donovan & Scott / Wikimedia Commons [CC BY-SA 4.0])
政治腐敗
上記のような問題の背景にはもう一つの原因を挙げることができる。2019年、403人のエクアドルのジャーナリスト、オピニオンリーダーに行われた調査で、エクアドルの最も重要な問題は汚職と答えた割合は最も大きな数値となった。世界的に見てもエクアドルの汚職率は高く、非政府組織であるトランスペアレンシー・インターナショナルが発表している汚職認識指数でも、エクアドルは180カ国のうち105位である。今回のデモ参加者の中には汚職をなくしたいと訴える人もいた。
2007年から大統領を務めたコレア氏は2012年から2016年にかけて、インフラ計画の契約と引き換えに800万米ドルの賄賂を受け取ったとして告発された。結果として2020年にエクアドルの裁判所で、汚職に関する有罪判決を受け、懲役8年の禁固刑を言い渡されたが、本人は関与を否定している。コレア氏の後任として大統領に就任したモレノ氏も、エクアドルにダムを建設した多国籍企業からモレノ氏の身内に賄賂が渡されたという告発を受けたが、真偽の程は定かではない。
またモレノ政権とアメリカの関係についても見ておきたい。アメリカはウィキリークスのアサンジ氏の引き渡しをエクアドルに求め、たびたび貿易措置といった経済的な圧力をかけていた。さらに、アメリカが最大の株主であるIMFからの融資条件として、アサンジ氏の亡命を取り消すことを提示したとされている。条件の中には、上に述べた石油会社シェブロンへの提訴取り消しなども含まれていたという。モレノ政権はこれらの条件を受け入れたとされ、既に亡命取り消しを完了し、シェブロンへの提訴取り下げへの動きが示唆されていた。
モレノ氏の後を引き継いだラッソ氏も就任から5ヶ月後に、国際ジャーナリスト調査連合(ICIJ)が発表した「パンドラ文書」により、国外に数百万米ドルの資産を隠していたことが暴露された。脱税容疑で捜査が行われ、議会では大統領の弾劾を求められたが、反対の議員の数が賛成を上回り、ラッソ氏は現在も大統領の職に就いている。

演説するラッソ氏(右)(写真:Samurai Juan / Flickr [CC-BY-SA 2.0])
政府は応えているか
今回のデモに対し、デモの主体となったCONAIEは政府に対して10の要求を提示した。具体的な内容としては農産物の価格統制、原油採掘の規制緩和の終了、燃料補助金の増額、燃料価格の低下、雇用の創出、保健と教育への予算の増加といったものである。政府はガソリンとディーゼルの燃料価格を15セント引き下げ、保護区域での原油探査・採掘活動を制限するといった内容で6月30日にCONAIEと合意に至った。また具体的な解決策を90日以内に提示すると発表した。
2022年9月、CONAIEと政府は新規の原油採掘と鉱業運営を一時的に停止するモラトリアムに合意した。このモラトリアムは、原油採掘活動を行う前に先住民の協議を受ける権利が記載された法律が制定されるまで継続される予定である。いまだ国民の経済状況は芳しくない。2022年9月時点で、エクアドルの中央銀行によれば、雇用停滞やデモの影響により今後3ヶ月でエクアドル国民の3分の1の経済状況が悪化すると考えられている。またラッソ氏が率いる行政府と元大統領コレア氏派閥で占める立法府の対立によって、政治的構造改革が押し進められる気配はなく、汚職の一掃は可能か疑問が残るところである。
2022年現在、約400億米ドルの対外債務を抱えるエクアドルでは経済問題は深刻である。この状況を打開するため、現政権は石油倍増や鉱業といった産業に重きを置いているが、それは同時に先住民や環境問題に向き合う必要性もある。石油の開発は経済成長につながるが、もたらされる利益の分配が平等にしなければこの問題は解決されないだろう。ペトロエクアドルの外資企業との提携の増加によって流出する利益は、ますます国内の先住民や貧困層の経済問題を深刻にする可能性が高い。開発を進めた場合には、先住民が住む地域での環境破壊を予防する必要もある。さらに、気候変動を引き止めるために脱炭素が急務となっているなか、エクアドルは石油開発を進める是非も問われるだろう。
貧困層の問題、環境破壊の問題を考慮しつつ、どのようにエクアドルの経済を発展できるのだろうか。これからも我々はエクアドルの行く末について引き続き、注視していく必要があるだろう。
※1 新自由主義とは、規制緩和を行い、政府の市場への介入を最小限にし、経済を市場の自由競争の結果に委ねるという考え方。
※2 30年間石油廃棄物を投棄していたエクアドルの石油会社テキサコは1992年にエクアドルから撤退後、2001年にシェブロンと合併される。その結果、テキサコの訴訟をシェブロンが引き継ぐこととなった。
ライター:Maika Ito
グラフィック:Yudai Sekiguchi