2022年9月、かつてチェコの首相を務めたアンドレイ・バビス氏と当時の彼の補佐官が、過去に欧州連合(EU)の補助金を不正に使用していた罪で同国で裁判にかけられた。彼らは有罪判決を受けた場合、最大10年の懲役刑を課される可能性があるという。
チェコではソ連崩壊に伴う経済体制変更後、権力者による政治腐敗が問題視されるようになった。1993年までチェコと共に一つの国であった隣国のスロバキアも同様である。チェコとスロバキアの両国では、さまざまな分野で腐敗が進行している。腐敗、汚職に対して取り組むNGOであるトランスペアレンシー・インターナショナル(Transparency International、以後TI)が発表している腐敗認識指数(※1)の順位を見てみると、2021年時点でチェコが世界180ヶ国中49位(低いほど腐敗している)、スロバキアが56位である。EU内の順位では、27ヶ国中チェコが19位、スロバキアが22位と他の多くの加盟国に遅れをとっている。
この記事ではチェコとスロバキアの政治的腐敗について、歴史的背景や近年の情勢を探っていきたい。

スロバキアで行われたデモの様子(写真:Peter Tkac / Flickr [CC BY-SA 2.0])
チェコスロバキアの歴史
問題の背景を探るために、まずは両国の歴史について軽く振り返っていく。チェコは、16世紀以降ハプスブルク家の支配ののち、オーストリア=ハンガリー帝国の支配下に入った。一方でスロバキアは11世紀にハンガリーの支配下となり、その後チェコと同じくオーストリア=ハンガリー帝国の支配下に置かれる。1914年に第一次世界大戦が勃発し、オーストリア=ハンガリー帝国は戦争の渦中に入ることとなる。すると、のちにチェコスロバキアの初代大統領となるトーマシュ・マサリク氏は、戦時中の1915年にナショナリズムや民主主義の原則に基づき、チェコとスロバキアが合同で国家を建国することを主張した。1918年に、オーストリア=ハンガリー帝国が崩壊すると第一次世界大戦後、チェコとスロバキアは合同で独立を実現し、チェコスロバキア共和国が建国された。
1939年にナチスドイツに占領され、民主主義体制が崩壊するも、第二次世界大戦後の1945年にソ連の支援により、亡命していたエドヴァルド・ベネシュ大統領が戻り、共和国政府が再建された。しかし、1946年の総選挙で共産党が多くの議席を獲得し、国家権力の大部分に進出した。その後、1948年にはソ連の支援を受け、共産主義勢力によるクーデターが起こり、ベネシュ大統領が辞任した。このクーデタによりチェコスロバキアは共産主義国となり、ソ連の衛星国となった。1960年代には経済面の停滞により、人々の民主化・自由化を望む声が高まると、共産党が政治的・経済的改革に乗り出た。1968年に、「人間の顔をした社会主義」を目指した改革が進められたこの状況は「プラハの春」と呼ばれている。ところが同年夏、民主化運動を鎮圧するべくソ連とワルシャワ条約機構(※2)5ヵ国軍による軍事弾圧が行われた。
1989年にベルリンの壁が崩壊し、東側諸国で共産主義支配に対する抗議が勃発した。同年11月から12月にかけてチェコスロバキアで全国的に行われた抗議運動である「ビロード革命」によりチェコスロバキアも共産主義体制から脱出した。その後、新しい憲法や国家体制を検討する中で、チェコとスロバキア間の経済規模や人口の差が議論に挙げられ、1990年に完全な統合ではなくチェコとスロバキアの連邦共和国という形がとられた。しかし、1992年の選挙でそれぞれ就任した両国の首相は、政策の違いから分離の協議を始めた。協議の結果1993年に両国は平和的に分離し、チェコ共和国とスロバキア共和国が誕生した。
腐敗問題について
分離後、チェコは二院制、スロバキアは一院制の共和制をそれぞれとるのだが、政治腐敗について悩まされることとなる。これは旧ソ連国や衛星国に共通する問題の一つである。たとえば、冒頭で触れた腐敗認識指数のランキングについて、かつてソ連の衛星国であったEU加盟国に注目してみると、EU27ヶ国中でポーランドが17位、チェコが19位、スロバキアが22位、ルーマニアが25位、ハンガリーが26位、ブルガリアが27位といずれも低い順位であることがわかる。
ソ連の支配下にあった時代、各国の法律や政府機関はすべて共産党に従属しており、権力分立や司法権の独立、報道の自由などは存在していなかった。その結果、共産主義体制崩壊後の経済転換の中で、汚職が行われる機会が大幅に増加したとされている。共産主義体制が崩壊し、自由化・民営化した多くの国では、新たに得られた富と引き換えに官民の間で便宜が図られるということが一般的になった。贈収賄などの比較的低いレベルの行政腐敗から、役人による利己的な公的資源の流用、そのような公権力の濫用が一般化することとで構築された腐敗したネットワークによる国家の掌握まで、さまざまな段階において腐敗がみられてきた。ソ連時代の透明性に欠ける体制が残る中、自由化により富と権力がより強く結びつき、汚職や腐敗(※3)が広く蔓延した。

チェコの国会の様子(写真:OSCE Parliamentary Assembly / Flickr [CC BY-SA 2.0])
次に、両国に共通している汚職・腐敗を、特に問題となっている行政と司法の面から捉えていく。企業のリスク管理プラットフォームを運営している企業である、ガン・インテグリティ(Gan Integrity)の、各国の汚職に関するレポートの分類をもとに、チェコとスロバキアで行われている腐敗を見ていく。
まず、行政における腐敗について解説していく。両国ともに公共調達の分野での腐敗が問題になっている。企業と政府が契約を結ぶ際は、賄賂や不規則な金の流れが一般的だといわれている。政府側は特定の賄賂を支払った企業を入札の際に優遇し、企業側は他の企業に比べて有利な条件で、より多くの契約を手に入れることができるとされている。同時に企業や個人への的資金の流用も指摘されている。また、両国ともに、大部分の企業が行政機関からの営業許可等の公共サービスを受ける際に、贈収賄やコネを利用する傾向にあることが示唆されている。このことから公共サービスの分野における腐敗も窺える。
次に、司法における腐敗について見ていく。両国ともに本来汚職や腐敗を取り締まるべき立場である司法や警察の分野でも腐敗が蔓延している。裁判所や裁判官に対する贈収賄が広く横行しており、金と引き換えに有利な司法判断を得ているという傾向が指摘されている。また、司法の独立性も問題になっており、裁判における政治的影響が時折問題視されている。警察でも贈収賄や職権濫用が見られるが、さらに政治的影響により腐敗に対しての捜査が妨げられるということが指摘されている。
以下では2国の近年の問題について個別に紹介していく。
チェコの政治腐敗
ここからはチェコの中央政府における政治腐敗の近況を追っていく。分離後、現在まで選挙によりいくつもの政権が誕生したが、そのほとんどが汚職や政治的なスキャンダルで退陣している。民営化の大半が行われた1992年から1997年の期間においては、市民民主党(ODS)が政権を握り、上記で述べたような民営化に関係する多くの汚職が行われていた。1998年から2002年においては社会民主党(CSSD)が政権を握るが、前政権を運営していたODSをあくまで「契約上の野党」と位置づけ、実際には両党が重要な政治的、官僚的ポストを分担していた。その結果、この期間には政権に関連する汚職が急増したとされている。その後の政権でも政治的スキャンダルは絶えることがなかった。
このような状況下で社会の腐敗に対する認識も少しずつ変化していった。政界における腐敗は、分離後当初は社会的に問題視される機会は少なかったが、腐敗に関する調査や報道が年々増えていく中で、腐敗が政治的・社会的議論の中心となっていった。2010年から2013年にかけてはODSを中心に連立政権が形成された。この連立政権には政治の透明性確保や腐敗対策を掲げたヴェチ・ヴェジェイネ党(VV)も参加しており、政権内部からの腐敗の取り締まりを掲げた。しかし、この期間にも腐敗が改善されることはなく、最終的に首相本人に関連するスキャンダルで2013年に連立政権は幕を閉じた。
2012年から2018年にかけて腐敗認識指数のランキングにおいて改善が見られたが、この期間も腐敗は問題視されていた。そして2018年から2021年にかけての政権で、腐敗は再び悪化する。この期間に政権をとったのは億万長者であったアンドレイ・バビス氏である。彼は腐敗に対抗することを公約に掲げていたが、実際には彼の治世で腐敗は改善するどころか公的機関にさらなる混乱をもたらしたと言われている。

チェコのバビス元首相(写真:NATO North Atlantic Treaty Organization / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
バビス氏の政治戦略は、政治を専門家に委ねて問題を解決していき、人々に受け身でそれを享受させるというものであった。この手法は政治学者の政治学者のレンカ・ブスティコワ氏とペトラ・グアスティ氏が「テクノクラティック・ポピュリズム」と呼んだものと一致している。技術的な専門知識を利用することの魅力とポピュリズムを融合させたというと聞こえが良いが、その実態は行政府の権限が拡大し、政党や裁判所などが国民の手の届かないものになるというものだった。その結果、腐敗や汚職は公になりにくくなった。こうしてバビス氏は国家機関を掌握し、その権力を利用して資産を増やした。
バビス氏のスキャンダルで最も影響が大きかったのが、2007年にEUの補助金を不正に使用して自身が所有するリゾート施設を建設したことが発覚したというものである。これは彼が首相になる前、共産主義時代に公営企業であったアグロファート社を買収、所有していたことが発端となった事件である。彼は買収後、この企業を食品関係から不妊治療クリニックまで300以上の企業からなるコングロマリット(※3)に発展させ、多くの利益を得ていた。 このアグロファートのコングロマリットを通じてEUの補助金を集めるため虚偽の申告をしたとされている。そうして集めた補助金を投入しホテル・レジャー・会議センターからなる複合施設を2011年に完成させた。2019年4月にこの事件に対して、警察がバビス氏を起訴するように勧告した翌日、バビス氏は新しい法務大臣を任命して、起訴を免れた。
このスキャンダルは多くのチェコ国民の導火線に火をつけた。2019年のビロード革命30周年記念日の前日に、首都プラハでバビス首相の辞任を要求する大規模なデモが行われた。25万人以上の人々が集まったこのデモは、1989年のビロード革命以来、最大の抗議運動であった。集まった国民はデモの中でバビス氏の首相辞任や事件に関する説明責任を果たすことなどを求めた。これに対しバビス氏は、要求を拒否し、デモの発端となった事件に対してもでっち上げだと主張した。

チェコの首都プラハの風景(写真:Erik Cooper / Flickr [CC BY 2.0])
2021年に行われた、バビス氏が再選を目指す総選挙の期間にも、新たなスキャンダルが発覚した。タックスヘイブンを介した金融取引を2021年に暴露したパンドラ文書にバビス氏の名前が登場したのだ。彼は2009年に国外企業のグループを支配し、フランスにある自身の大邸宅の購入資金を複雑なオフショア構造により調達したことを暴露された。パンドラ文書によると、彼はタックスヘイブンであるイギリス領ヴァージン諸島に所有している企業から、アメリカのワシントンD.C.にある企業を通じてモナコにある子会社に金を移動させるという一連の秘密融資を用い、1,500万ユーロを調達したとされた。あるチェコの税務専門家は、この一連の財産の移動を会社や財産の所有権を隠すための複雑な構造であるとしている。
このような状況下で行われた2021年の総選挙では汚職や腐敗への対処が争点の一つになった。バビス氏の与党が新型コロナウィルスのパンデミックへの対策で支持率を回復する中、反腐敗を掲げるプリサハ党(Prisaha)が新たに設立され、着実に支持者を増やしていた。激戦が予想されていた選挙は野党の勝利に終わり、反バビスを掲げる5党による連立政権が誕生した。
スロバキアの政治腐敗
次に、近年のスロバキアにおける政治腐敗について解説していく。スロバキアではチェコと分離してから1998年まで、権威主義的・非民主主義的な政治が行われていた。1998年末の選挙により誕生した連立政権は腐敗の防止に取り組むことを掲げ、1999年末には国家の汚職防止プログラムの草案が作成された。しかし、その後も腐敗が深刻な問題となっており、2018年までにEUで最も腐敗した国の一つに挙げられた。
そんなスロバキアで2006年から2018年までの期間で3度にわたり政権を運営したのがロバート・フィコ氏である(※4)。彼の政府では犯罪者と有力な政治家との間の深い関係が指摘され、そこから生じる犯罪と政治的腐敗との関連性が高いことから、「マフィア国家」とまで示唆されていたこの体制は警察や司法にまで広まっていたため、多くの政治的腐敗や組織犯罪が公にされず、隠されていた。

スロバキアのフィコ元首相(写真:EU2017EE Estonian Presidency / Flickr [CC BY 2.0])
このような状態に対する国民の抗議は2012年ごろから高まっていたが、最も大きな抗議活動が行われたのが2018年である。フィコ政権と組織犯罪グループとの関係を調査していた若いジャーナリストの、ヤン・クチャク氏とその婚約者が2018年2月に殺害された事件がその発端であった。この殺人事件に対する警察の捜査から大量の証拠が集まり、それまで隠されていたスロバキアで横行していた数多くの政治的腐敗が明らかになった。その結果、1989年のビロード革命以来最大の抗議デモが2018年2月に催された。何十万人もの国民がフィコ首相と政権関係者の辞任を求め、全国で抗議行動を起こし、ジャーナリスト殺害からわずか数週間後の2018年3月にフィコ氏は首相を辞任した。
2020年に行われた総選挙でも国民の焦点は腐敗対策に向いていた。この総選挙では腐敗を厳しく取り締まることを公約に掲げた政党のオラノ(OĽaNO)が勝利し、3つの政党からなる連立政権が誕生した。
腐敗認識指数を発表しているTIは2020年以降の腐敗に対するスロバキア政府の対応は2つにわけることができると述べている。1つ目は新しい腐敗防止法や腐敗防止のツールを確立するなど、腐敗を防止するための制度の制定だ。2021年に政府は内部告発者保護局や最高行政裁判所等の機関を設置した。しかし、このカテゴリーについてはさらなる対策の必要性が指摘されている。
2つ目は司法や法執行機関の独立性の保障に関するものだ。前政権で問題になっていた、警察や司法にまで及ぶ腐敗への対策がこちらに当てはまる。2020年以来スロバキア当局は、元司法長官や警察および税務当局長官を含む数十人の高官を、腐敗の疑いで裁判にかけており、このカテゴリーについては大きな成功がみられると評価されている。これらの腐敗対策の結果の一部として、スロバキアの2021年の腐敗認識指数は、前年から100点満点中で3ポイント上昇したことが挙げられる。

スロバキアで起きたジャーナリスト殺害に対する抗議デモ(写真:Peter Tkac / Flickr [CC BY-SA 2.0])
まとめと今後について
これまで見てきたように、チェコとスロバキアでは近年政治的な腐敗が目立っている。ここでは最後に両国の現状について見ていく。
チェコでは、連立政権が2021年に新しい連立政権が発足し、腐敗の改善が期待されていた。しかし、2022年6月に、連立政権を構成している政党の関係者の汚職スキャンダルが報じられた。
一方のスロバキアでも腐敗改善への道のりはまだ長い。連立政権内で意見が合わず、政策決定に時間がかかったり、新型コロナウィルスへの対応に追われたりと、腐敗防止に割けるリソースが損なわれていることが指摘されている。また、腐敗のネットワークを構築していた人物がまだ政界に残っていることも問題視されている。
両国ともに腐敗改善への課題はまだ山積しているが、今後いい方向に進んでいくことを期待したい。
※1 各国の公共部門が、どの程度腐敗していると認識されているかを表す指標。0〜100までのスコアで表され、点数が低いほど腐敗していることを意味している。
※2 1955年に、ソ連と中央・東ヨーロッパの衛星国で結成された軍事同盟。西側諸国の北大西洋条約機構(NATO)と冷戦時代に対立した。
※3 コングロマリットとは、業種の異なる企業同士の合併・買収によって成立した、他業種にまたがる企業体のことである。
※4 フィコ氏は2006年から2010年、2012年から2016年、2016年から2018年までの3度にわたって首相を務めた。
ライター:Haruka Gonno
グラフィック:Takumi Kuriyama