2023年8月、ピクシス・オーシャンと名付けられた貨物船が、中国からブラジルへ向けて、初めての長距離航海に出た。この貨物船は、動力源の一部として風力を組み込んだ船である。ウィンドウィングスと呼ばれる高さ37.5メートルの鋼鉄製の帆が2つ備え付けられており、航海中に帆を用いて風力発電を行うことで、航海中に使う燃料を従来より最大で30%削減することができると期待されている。この貨物船を運用しているカーギル社によると、1つのウィンドウィングスごとに1日あたり1.5トンの燃料を節約できるという。
実は、このウィンドウィングスは、欧州連合(EU)が支援している海運の脱炭素化技術プロジェクトのうちの1つである。海運業界では、EUだけではなく、国際的に脱炭素化が目指されている。2023年7月にはイギリスで開催された第80回海洋環境保護委員会(MEPC80)において、国際海事機関(IMO)が、2050年ごろまでに船舶から排出される温室効果ガスを実質的にゼロにするという戦略を採択した。
本記事では、海運によって排出されている温室効果ガスの現状と、海運業界がそれにどう対応しようとしているのかをみていく。

ピクシス・オーシャンと同じく翼を備え付けたオーシャンバードという船のイメージ図(写真:Wallenius Marine / Wikimedia commons [CC BY-SA 4.0])
海運によって排出される温室効果ガスの現状
海運における温室効果ガスの現状についてみていく前に、まずは海運について概要を整理する。
海運とは、海上を利用して、商品や人の輸送を行うことである。海運は世界貿易の80%以上を占めており、特に原材料や機械部品、燃料、食料などの輸送で大きな役割を果たしている。
海運に用いられる船には、貨物船や旅客船など様々な種類がある。ここでは、主に、貿易に用いられる貨物船の種類について概説する。貨物船は、積載する貨物の種類に従って大別される。輸送用のコンテナを載せたコンテナ船、石油や原油、ガソリンなどの液体を運ぶタンカー、鉄鉱石や石炭、穀物などの固体の乾貨物を運ぶばら積み貨物船(バルクキャリアとも呼ばれる)、貨物を載せた車両を運ぶロールオン/ロールオフ船(RORO船)などが主に使われている。また、旅客用には、主にレジャー目的で使用されるクルーズ船や、貨物や車両運搬にも用いられるフェリーが存在している。これらの船は主に重油を動力源にしており、国際海運では2022年時点でほぼすべての船が化石燃料で動いている。
国連貿易開発会議(UNCTAD)によると、新型コロナウイルスの影響により2020年では前年比で大きく落ち込んだ海上貿易だったが、2021年には回復した。2022年の世界の海上貿易量は120億トンを超えたという。海運は2023年以降、年間およそ2%の成長が見込まれている。

大量のコンテナが荷下ろしされている港(写真:Kelly / pexels)
ここからは、国際機関が収集したデータを用いて、海運における二酸化炭素及び温室効果ガスの現状についてみていく。今回は、IMO(※1)、国際エネルギー機関(IEA)(※2)、UNCTADが公開しているデータを用いる。
さて、IMOの2020年の調査によると、国際海運、国内海運、漁業を含めた海運全体での温室効果ガス(※3)、二酸化炭素の排出量はともに、2012年から2018年にかけて増加している。2018年には、海運による二酸化炭素の排出量は100億トンを超えており、また、二酸化炭素以外の温室効果ガスも含んだ排出量は人類が排出している温室効果ガスのうちの約3%を占めている。
また、IEAによると、国際海運のデータに限られるものの、2018年以降も二酸化炭素の排出量が以前と変わらず同水準にあることが分かる。2020年には新型コロナウイルスの影響で、一時的に排出量が落ち込んだものの、2022年にはすでに2018年と同じレベルにまで戻ってきている。UNCTADが2023年9月に出した海洋に関するレポートからも、この傾向は変わっておらず、二酸化炭素の排出量が高水準に留まっていることが読み取れる。
海運から排出される温室効果ガスが増加傾向にある理由は複数考えられる。まず、世界貿易とその運搬の大半を担う海運がともに拡大傾向にあるため、その結果として二酸化炭素の排出量が増えていることが挙げられる。そのほか、航行距離の増加や航行速度の向上、湾港の混雑などの様々な原因によっても燃料の使用量が増加し、その結果として温室効果ガスの排出量が増加している。また、船舶の老朽化が進んでいることも要因の1つとして挙げられている。老朽化した船は一般的にエネルギー効率が低く、排出量が多くなりやすいと指摘されている。

大量の排気ガスを出している船(写真:Cyprien Hauser / Flickr [CC CY-ND 2.0 DEED])
実は、海運は、陸上輸送などの輸送方法に比べると、二酸化炭素の排出量は少ない。2018年時点での運送業界から排出される二酸化炭素量の割合をみてみると、陸上輸送(※4)と鉄道が旅客・貨物合わせて全体の約75%を占め、残りの25%のうち、空路が約12%、海運が約11%を占めている。しかし、それでも海運からの二酸化炭素の排出量は、世界全体の人為的な排出量のおよそ3%を占めており、ドイツ一国が排出するあらゆる二酸化炭素の量とほぼ同等である。
このような状況下で、海運の脱炭素化の必要性は、ますます切実に訴えられている。
IMOが提示する脱炭素化の大枠
ここからは、海事分野の世界的な取り決めを行っているIMOが提示する脱炭素化のための筋道を追っていく。
まず、具体的な施策について説明する前に、船舶による海洋汚染全般を防止するための条約であるマルポール条約(MARPOL)について取り上げる。これ以前にも1954年の油による海洋汚染を防止するための条約(OILPOL条約)が存在したが、海上輸送の増大に伴う船舶による海洋汚染をより包括的に防止する目的でMARPOLが1973年に採択された。そして、1973年に採択された条約が発効する前に、多発したタンカー事故に対応する形で1978年に議定書が採択されたため、この議定書が元の条約を吸収し、現在まで複数回の改正を経る形で存在している。この条約には汚染の原因ごとに6つの附属書が設けられており、2005年に発効した附属書Ⅵが大気汚染に関するものである。2023年時点で、MARPOLの締結国は161か国、選択議定書である附属書Ⅵの締約国は105か国である。
冒頭でも述べたように、IMOは2023年7月、2050年ごろまでに国際海運からの温室効果ガスの排出量を実質的にゼロにするという戦略を採択した。これは、21世紀中の早いうちに排出量ゼロを目標としていた、IMOが2018年に出した初期戦略と比べて、より強力に脱炭素化を推し進めるものである。2015年のパリ協定で定められた、世界の平均気温上昇を産業革命以前と比べて2度より十分に低い状態で維持するという長期目標、また、1.5度に抑えるという努力目標を達成するために、海運業界もより踏み込んだ削減目標を打ち立てたといえる。

IMO戦略が採択されたMEPC80の様子(写真:International Maritime Organization / Flickr [CC BY 2.0 DEED])
2023年版のIMO戦略では、特に、炭素強度(※5)の削減が目標に盛り込まれている。これらの目標を達成するために、IMOは技術革新や代替燃料の世界的な推進が必要であるとし、新しく造られる船舶のエネルギー効率の向上を目指すほか、使用時に二酸化炭素を排出しない燃料・技術の使用目標や温室効果ガスの削減目安などの段階的な目標も定めた。具体的には、2030年までに2008年比で温室効果ガス排出を20~30%削減、2040年までにも同じく2008年比で温室効果ガス排出を70~80%削減、などである。
今回定められた方針以外にも、IMOは以前から様々な取り組みを提案・実施しており、それぞれの戦略は、短期、中期、長期の取り組みに分けられている。ここからは、短期的な取り組みを中心に、IMOが行ってきた、または、行う予定の取り組みの概要について説明していく。
2018年の初期戦略で提示された目標の達成のために策定された複数の短期的な取り組みの一部が、2023年1月から開始された。燃料を削減することで、炭素強度を低下させることを目的としており、既存船の燃費性能を規制するEEXI規制(※6)や、船舶の燃料の炭素強度を報告させ、それを評価するCII制度(※7)の導入、船舶の効率的な運航計画の作成を義務付けるSEEMP(※8)の更なる厳格化などが実施された。そのほか、新造船に関しては、すでに2013年に開始したEEDI規制(※9)が存在している。これらの政策はすべて、先ほど取り上げたMARPOLの附属書Ⅵに組み込まれており、法的な拘束力がある。
しかし、このような短期的な取り組みで実施された規制は、温室効果ガスの排出を抑制するには不十分だという指摘もある。例えば、現在のEEXI規制の基準では、EEXI規制なしと比べて、2030年までに船舶から排出される二酸化炭素の量をおよそ1%減らすに過ぎないという。また、新造船への乗り換えは、燃料価格と運賃に後押しされたもので、EEDI規制が新技術の採用や船舶の効率改善を促進したわけではないと指摘されている。ただ、EEXI規制やCII制度などの取り組みについては、遅くとも2026年までにはその有効性が再検討される予定である。

日本の神戸市にある川崎重工の造船所(写真:663highland / Wikimedia commons [CC BY-SA 3.0])
今後、具体的な取り組みが実施される中期的・長期的な政策についても概略しておく。中期的な方策としては、技術的な分野では船舶の燃料の温室効果ガス強度を段階的に削減するための新たな基準の策定と、経済的な分野では海運からの温室効果ガス排出に対して汚染者負担の価格設定メカニズムを導入するという2点が大きなものとして挙げられた。また、長期的な目標としては、現在使われている化石燃料に代わるアンモニア、バイオ燃料、電力、水素、風力などの新たな動力源や技術の開発が挙げられている。これらの計画は未だ詳細が決定しておらず、中期的な計画については2025年までに内容を決定、長期的な計画については2028年までに概要を整理するという予定になっている。
技術的な取り組み
さて、ここからは海運業界の脱炭素化を進めるために行われている様々な技術的な取り組みについて説明していく。技術的な取り組みには、現行の技術によるものと新たな技術開発が求められるものがある。それぞれについて具体的な例を見ていく。
まず、現行の技術で対応できる問題として、湾港の混雑について取り上げる。この問題は港の処理能力を超えて貨物船が到着することで発生している。この湾港の混雑のせいで、サプライチェーンの遅延・混乱と輸送コストの増加、そして長時間の停泊によってより多くの燃料が使用されるために、二酸化炭素排出量の増加が発生している。
湾口が混雑している原因は様々だ。2019年に始まった新型コロナウイルスによるパンデミックの影響でオンライン注文による個人消費が増加して貿易量が増えたことや、そもそもの港のインフラ不足、労働力不足、ストライキなど、複数の要因が絡み合っている。
これらの問題を解決するために、スムーズな貨物の処理や船舶の効率的な湾港滞在スケジュールを実行するためのデジタル化のさらなる推進や、港を通過するのにかかる時間の長さやインフラ不足、労働生産性の低さが原因で船舶の滞在時間が長い傾向にある低所得国の港の効率改善などの案が出されている。
そのほか、船舶の減速航行やルート計画の見直しなどによっても、温室効果ガスの削減が見込まれている。減速航行については、航行速度が速くなるほど燃料の消費量が増加することと、燃料の消費量が増えるほど船舶からの温室効果ガスの排出量が増加することを踏まえると、減速航行をすることで温室効果ガスの排出をかなり抑えられることがわかる。例えば、船舶の速度を従来よりも10%低下させると、船舶からの二酸化炭素排出量を27%減らすことができると試算されている。

港にてコンテナの受け渡しを行う船とトラック(写真:JAXPORT / Flickr [CC BY-NC 2.0 ])
次に、海運業界での脱炭素化に向けた技術開発に焦点を当ててみていく。
まず、IMO戦略の章でも触れたように、化石燃料に代わる再生可能な新しい燃料の開発が重要視されている。新たな燃料とは、例えば、合成燃料(e-fuel)であるグリーン水素(※10)やグリーンアンモニア(※11)、メタノール、バイオ燃料などである。温室効果ガスの排出量が少ない燃料を用いようという動きは海運業界でも活発化している。
ただ、懸念点も複数ある。まず挙げられるのは、このような燃料を導入するには、高い費用がかかるということである。そのほかには、このような二酸化炭素排出量が少ない燃料を製造するためにエネルギーが必要であり、かえって大量の化石燃料が使われる場合があることである。二酸化炭素の排出を削減するためのエネルギーの製造過程で大量のエネルギーが使われては本末転倒である。また、そもそも、こうした代替燃料を扱うことのできる人材や補給可能な港が不足しているという問題点もある。このように、代替燃料の導入には様々な障害があるためか、IEAの予測では、2030年時点でも、国際海運でのエネルギー消費量に占める代替燃料の割合は13%ほどに留まっている。
また、代替燃料だけでなく、そのような燃料を使用する、あるいは既存の動力源と組み合わせて用いるための船舶も製造する必要がある。既存の船を改修する方法と新しく造船する方法があるが、現在すでに化石燃料を動力源にしている既存の船については、そのまま代替燃料を用いることができず、相応のコストをかけて改修する必要がある。
新造船については、様々な燃料を利用するための船が世界各地で開発されている。例えば、日本の造船会社が開発した水素とバイオ燃料を動力源とする観光船が、2023年9月、進水式を行った。代替燃料を用いることで、従来よりも二酸化炭素の排出量を53~100%抑えることができるという。ただし、これらの燃料の製造過程や輸送過程では化石燃料が必要になることを考慮すると、全体的な二酸化炭素の排出量は想定されているより多くなるだろう。アンモニアについても、まだ実際に稼働してはいないものの、ギリシャでは将来的にアンモニアを用いる予定の船舶がすでに2022年には完成している。しかし、これらの新造船は、本記事冒頭で触れた風力を用いた船も含め、試験運用の段階のものが多い。そのうえ、世界中の船舶のごくわずかを占めるに過ぎない。

メタノールを燃料とするステナ・ジャーマニカと呼ばれる船(写真:Wolfgang Fricke / Wikimedia Commons [CC BY 3.0 DEED])
そのほか、海運業界で活用が期待されている技術として、船内での二酸化炭素回収がある。二酸化炭素の回収とは、工場などから排出された二酸化炭素を、大気から分離して集め地中に貯留する、さらにほかの産業に利用するという技術である。すでに発電所や工場などでは使われている技術であり、陸上で使われている技術を船舶に移植することができるという利点がある。例えば、オランダのJR運送は、2023年末までに10隻の船舶に二酸化炭素回収装置を設置予定である。回収した二酸化炭素は一旦コンテナに貯蔵され、その後農業などのほかの産業に利用される予定だという。
個別の政策・法律
それでは、技術面以外ではどのような対応策がとられているのだろうか。世界各国では海運によって発生する二酸化炭素・温室効果ガスに対してどのような政策が取られているかみていく。
まず、この海運分野の温室効果ガス問題で、強力な脱炭素化政策を取るのがEUである。EUは2005年から、EU域内で排出量取引制度(EUETS)(※12)を実施している。対象となる企業は、定められた排出枠のなかで二酸化炭素を排出し、必要であれば排出枠の取引も行うことができる。そして、2024年から海運の部門でもこの制度が段階的に導入されるようになる。海運会社は、2024年からは排出量の40%分、2025年からは70%分、そして2026年からはすべての分を賄えるように排出枠を購入する必要がある。この制度は、EU域内の港間を行き来する船舶だけでなく、起点または終点のどちらかがEU域内である国際海運の船舶の排出量のうち50%も対象にしている。国境を越えて移動する船舶からの排出は見逃されやすかったが、そのような船舶も取り締まれるようになった。
さらに、EUは、2023年7月に新たな海事規則(FuelEU)を採択した。このFuelEUは、EUが欧州の脱炭素化を推進するために実施している政策パッケージであるFit for 55(※13)の一部で、海事部門の脱炭素化を推し進めるものである。FuelEUは船舶の燃料の温室効果ガス強度を削減することを目的としている。その目的を達成するため、軍艦などを除いて総トン数5,000トン以上の船舶で使用される燃料の温室効果ガス強度の上限を策定し、それらの船舶が港湾に滞在する際に陸上電源に接続することを義務付けるという。
世界貿易の中心地の1つであるシンガポールでも、世界の海運業界の脱炭素化の流れを受け、脱炭素化を牽引するようになっている。シンガポールは、特に、海運での化石燃料の代替燃料となりうる低炭素水素(製造や利用に伴う二酸化炭素の排出が少ない水素)の開発やその供給経路の確立、研究の支援に取り組んでいる。それ以外にも、船舶の電化を進めている。再生可能エネルギーを使用して充電されたバッテリーを船舶の航行に用いることで、二酸化炭素の排出を抑えられると期待されている。ただ、小型船の電化は可能でも、大型船を支えるだけのバッテリーは技術面で実現が困難であるという指摘もある。

ホノルル港で行われている海運のための水素燃料電池開発プロジェクト(写真:Sandia Labs / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0 DEED])
また、多国間の取り組みとして、グリーン海運回廊という政策が挙げられる。グリーン海運回廊とは、官民が連携して、運航時に温室効果ガスを排出しないゼロエミッション船の運航を促進するための、主要な港の間の航路のことである。この概念は、2021年にイギリスで開催された第26回の気候変動枠組条約締約国会議(COP26)において大きく取り上げられ、その期間中に、グリーン海運回廊を推進するためのクライドバンク宣言(※14)も発表された。この宣言が二酸化炭素排出量の少ない船舶の開発へのインセンティブになると歓迎する意見もある一方で、宣言内容が具体性を欠き、また強制力がないことを批判する意見もある。
2023年7月時点で、20以上の航路が開発段階にあり、クライドバンク宣言が目標としていた2025年までに6つの航路というのをすでに上回っている。例えば、世界で貿易量が多い航路の1つである、アメリカのロサンゼルス港と中国の上海港の間では、2022年に太平洋を横断する形でのグリーン海運回廊の設置で合意し、その後の2023年9月にはその計画の概要を発表している。
厳しい道のり
2023年、世界の海運ルールの旗振り役であるIMOが、海運業界により踏み込んだ脱炭素化の目標を提示した。しかし、技術革新の難しさやコストの高さ、海運が世界各国を横断する産業だということもあって、脱炭素化への道のりはまだ道半ばといったところである。
また、そもそもこの2023年のIMO戦略自体も複数の観点から批判を受けているという問題点もある。例えば、現状の温室効果ガスの排出削減スケジュールでは、気温上昇を1.5度未満に抑えるという目標は達成できないとの批判がある。ほかには、IMO戦略に炭素税の導入が見送られたことも批判されている。海運業界への炭素税の導入に向けた圧力は2023年の初頭から高まっており、2023年6月に開催されたパリでの金融サミットに引き続き、7月のMEPC80でもマーシャル諸島などの太平洋諸島諸国が中心となって炭素税の導入を訴えてきた。しかし、中国などを中心に炭素税の導入に強い反対があり、IMO戦略には炭素税自体は採用されず、「経済的要素」という表現に落ち着くことになった。

パナマ運河を航行中の船(写真:Malcolm K. / Flickr [CC BY-NC 2.0 DEED])
こうして対応が遅れていく間にも環境を取り巻く状況は悪化していく。例えば、パナマ運河では、異常気象の影響で深刻な干ばつが起こり運河の水量が減少したため、2024年ごろまで船舶の通行を制限し続ける必要があるという。そして、通行が制限されたことにより船舶の停泊時間が増大しているため、二酸化炭素の排出量も増加していると推定される。地球温暖化が引き起こす悪影響が、巡り巡ってさらなる温室効果ガスの排出につながっているというのは皮肉な話である。
今後実施されていくIMO戦略の中長期的な政策は、これから数年の間に具体的な内容が決まっていく予定だ。温室効果ガスの排出量削減に有効な政策がきちんと採択されるか、これからも注視していく必要がある。
※1 IMOは、1959年に設立された、国際貿易を行う船舶の安全性の向上や、船舶による環境の汚染の防止を目的に活動する国連機関の1つである。
※2 IEAは、第一次石油危機後の1974年に設立された、経済協力開発機構(OECD)内の独立機関であり、エネルギーに関する統計や政策などを提供している。
※3 IMOの調査における温室効果ガスには、二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素が含まれている。
※4 ここで用いたデータにおける陸上輸送とは、旅客では車、バイク、バス、タクシー、貨物ではトラックを指し、鉄道輸送を含まない。
※5 炭素強度とは、活動量当たりのエネルギー消費量で表される単位であり、「エネルギー使用量」を「経済活動量」で割ることで算出する。IMO戦略では、輸送作業あたりの単位として用いられている。
※6 既存船のエネルギー効率設計指標(EEXI)とは、総トン数(※15)400トン以上の国際航行に従事している既存の大型船に対して、その燃費性能に基準値を設定し、基準を満たすように規制するものである。基準を満たせない場合は、何らかの改善措置を講じる必要がある。
※7 燃費実績格付け制度(CII制度)とは、総トン数5,000トン以上の特定の種類の船舶に対して、一年間で使用した燃料の燃費実績を主管庁に報告させ、それをランク付けで評価する制度である。
※8 船舶エネルギー効率管理計画書(SEEMP)とは、2013年から開始されている、総トン数400トン以上の船舶に提出が義務付けられた、効率的な運航方法計画のことである。2019年には総トン数5,000トン以上の船舶に燃料消費量などのデータの収集と報告の義務付け、2023年にはCII制度の導入というように、段階的に厳格化されている。
※9 エネルギー効率設計指標(EEDI)とは、新造船に対して、その燃費性能に基準値を設定し、それを満たすように規制をかけるものである。
※10 グリーン水素とは、再生可能エネルギー由来の電力を用いて、水を電気分解して製造した水素のこと。製造過程のエネルギー源に再生可能エネルギー由来の電力を使用することで、二酸化炭素を大気中に放出することなく生成可能である。しかし、電気分解の際に大量のエネルギーを必要とするため、そのすべてを再生可能エネルギーで賄おうとすると、非常に高コストになるという懸念点がある。
※11 グリーンアンモニアとは、上記の方法で生成されたグリーン水素と空気から分離された窒素を合成して生成されるアンモニアのこと。液化天然ガスを利用する通常のアンモニアの製造過程と異なり、製造中に二酸化炭素を排出しないことが特徴である。
※12 EUETSとは、対象地域内の特定の企業から排出される温室効果ガスの総量に制限を課し、その上限を毎年引き下げることで温室効果ガスの排出量削減を目指す制度である(キャップ制)。企業は排出のために必要な分だけ排出枠を購入しなければならず(一部、無償で排出枠が割り当てられる産業もある)、排出量が排出枠を越える企業は、市場取引により、余っている企業から排出枠を購入する必要がある(トレード制)。EUETSによって得られた収入は、EUの脱炭素化のための資金に充てられている。この制度には、EUに加盟している27か国のほか、アイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェーが参加している。
※13 Fit for 55とは、欧州気候法に基づいて、温室効果ガスの排出量を1990年比で最低でも55%減にするために、EUが実施する気候変動に対する政策パッケージである。EUETSの改革やFuelEUの採択、炭素国境調整メカニズム(EU域外から輸入される特定の製品に対し、温室効果ガスの排出量の申告とその量に応じた課徴金の徴収を含んだ制度)の設置などが含まれている。
※14 クライドバンク宣言には、アイルランド、アメリカ、イギリス、イタリア、オーストラリア、オランダ、カナダ、コスタリカ、シンガポール、スウェーデン、スペイン、チリ、デンマーク、ドイツ、日本、ニュージーランド、ノルウェー、パラオ、フィジー、フィンランド、フランス、ベルギー、マーシャル諸島、モロッコの計24か国が参加している。
※15 総トン数とは、船の大きさの指標であり、1969年の船舶トン数測度条約で定められた方法により算出される数値である。船の内側の容積に条約で定められた係数を掛けることで求められる。
ライター:Ayane Ishida
「2018年には、海運による二酸化炭素の排出量は100億トンを超えており」とありますが、正しくは10億トンではないでしょうか。