「ハゲタカ」という言葉。実は生物学的にこの名を持つ鳥は存在していないのだが、腐肉食であるコンドル類もしくはハゲワシ類に用いられる通称として一般的となっている。どちらも死体に群がって腐肉を貪ることから、「ハゲタカ」は私利私欲のために弱者を食いものとする悪者への形容として使われることが多い。そんな不名誉な呼称を持つものとして有名なものの一つに「ハゲタカファンド」と呼ばれる企業たちが挙げられる。小説やドラマの影響もあり、この言葉を聞いたことがある人は多いかもしれないが、国家との関係を通して見てみると新たな様相が浮かび上がってくる。世界においてハゲタカファンドが国家に及ぼす影響を読み解いていきたい。

ハゲワシ(写真:Ian White/Flickr [CC BY-NC-SA 2.0])
借金が返せなくなったら
個人にしろ、企業にしろ、国家にしろ、様々な要因によって借りたお金を返せなくなる場合があるだろう。すなわち債務不履行に陥った際、それが個人もしくは企業であれば、「破綻」という選択を取ることが出来る。そこには整備された法による救済制度が広がっており、誰もが公正な手続きに則って破産手続きを行うことができる。最大限に資産を清算して、それぞれの債権者へ平等に返済を行えば、それ以上の負債については追求されることがない。返済能力を超えた債務は、端的に言えば帳消しになる。もちろん企業が破綻した場合は、その組織再生は出来なくなるが、一個人が返済のために、飢えるようなことや死に追いやられるようなことは決して起こらないのだ。
一方で、ある国家が債務不履行に陥ったとしても、そこに「破綻」の選択肢はなく、物事は突然と不明瞭に変わる。企業のように国家へ「破綻」を適用すると、国の存在を消さざるを得なくなるが、それは不可能だからである。
国家が債務不履行に陥ることをデフォルトと呼ぶが、デフォルト発生時の国際的な法の枠組みはそもそも制定されていない。第一に、国家の上に立って権力を行使する大きな存在がいないこと。第二に、国家の破綻はそれが個人や企業によるものに対し、債権者が担う債権回収の負担が比較的重く、いわゆる民間と同じ制度を簡単には採用できないこと。これらの要因により、デフォルト後の手続きはとても曖昧となっている。
将来また行うであろう借り入れのためには社会的な信用が必要であるから、デフォルトに陥った国家自身も、個人や企業の破綻時のように、借金を帳消しにすることは望んでいないという現状もある。そのため国家自らが主導となって、債務の削減や条件の緩和に取り組むのだが、これは非常に複雑なもので、交渉は長い時間を要することがもっぱらだ。この交渉は国家にとっても債権者にとっても深い疲弊を生む。

経済危機に陥ったギリシャで銀行を守る警察(写真:Wikipedia [CC BY-SA 2.0] )
ハゲタカファンドの仕組みと問題点
では、ここまでの背景を受けた上で、ハゲタカファンドがどのような仕組みになっているのかを見ていきたい。国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)が発行しているレポートによると、本来的な意味での「ハゲタカファンド(vulture fund)」は以下のように定義されている。
「利益回収を目的に、債務不履行となった債権やディストレスト債(経営危機に陥っている機関が発行する債権)を、購入・譲渡・その他の取引によって手に入れる民間商業団体」
これを国家の関係から読み解くのが、この記事の目指すところである。つまり、各国の政府や政府関係機関が発行している国家債券(ソブリン債)との関わりである。この国家債券の文脈において、ハゲタカファンドは「不良債権ファンド」と呼ばれることが多く、貧困国を主なターゲットに、その屍肉を食い漁る。
彼らのやり方はこうだ。まずデフォルトした貧困国の国家債券を、流通市場で実価値よりも遥かに低い価格で手に入れる。一度手に入れたら最後、訴訟・資産の差し押さえ・政治的圧力など、想定しうるすべての方法を行使して、利子・罰金・かかった弁護士費用とともに負債の全額返済を追求していく。
これだけ見ると、「違法に借金を取り立てているわけではない」「資本主義社会として当たり前のことでは」と思う方もいるだろう。ハゲタカファンドのどこが問題なのであろうか。
貧困国がハゲタカファンドのターゲットであることを紹介したが、彼らに貪られる国のほとんどは、重債務貧困国(HIPCs)と呼ばれる国々である。HIPCsは貧困度および債務の深刻度に関する一定の基準に従い、世界銀行と国際通貨基金(IMF)により、世界で40カ国ほどが認定されている(そのうち30を超える国々がアフリカのサブサハラに集中していることは忘れたくない)。
HIPCsはその貧困の緩和や発展のために資金が必要不可欠であるから、そういった国々の債務削減や条件緩和を受け入れ、救済のために債務の再編を促進する動きが、世界全体として見られている。
そもそも、HIPCsに代表される重債務国が背負う借金は、債権者側である先進国にも起因するところが大きい。冷戦下で形成された東西それぞれのスキームにおいて、戦略的・政治的な理由で、アフリカやラテンアメリカの独裁政権を支えるために多額な資金を貸与していたのは、他でもない先進国たちである。オイルショック時とその後では、オイルマネーで潤った先進国の銀行たちが、自国政府による保証に守られながら、その返済能力を考慮すること無く、途上国へ多額の資金貸与を行っていた。すなわち、債務を背負う側だけではなく、貸した側にも責任がある場合が多いのだ。
また、貧困国の抱える債務の多くは、かなり高い利子が課せられており(国家への貸出における利子などは世界的に明確な取り決めがなく、民間と比べると高く課せられてきた)、すでに元本を払い終えているのに、積み重なった利子だけを支払い続けていることもある。従って、債務国による再編または債務帳消しの交渉を、債権者全体で受け入れる流れはある意味で当たり前と言える。しかし、ハゲタカファンドはこの流れに真っ向から逆らい、貧しい国からお金を搾り取ろうとする。

世界各国の通貨(写真:Images Money/Flickr[CC BY 2.0] )
デフォルトに陥ったHIPCsの国家債券はその借金回収が難しく、債務再編交渉に突入すると長い時間を要することがしばしば。しかも、借金を回収することが現実的に難しい場合もある。従って、短期的な利益回収を求めていたり、債務が焦げ付くことを恐れる債権者の中には、デフォルトが発生すると、借金の回収を諦めたり、一部でも元金を回収しようと、早いうちにその国の国家債券を手放そうとする者も多い。ここに目をつけるのがハゲタカファンドであり、彼らが実価値よりも遥かに低価格で債券を手にする所以である。
国家債券を手にしたハゲタカファンドは、債務国とともに債権者全体で取り決めた債務再編計画を拒否し、むしろ満額の債務返済へ強い請求を行い始める。穏便な再建を滞らせるこの動きをホールドアウト(※1)と呼ぶが、世界的な重債務貧困国救済の流れを無視することは大きな問題と言える。
事例:ハゲタカファンドと戦ったアルゼンチン
2001年にデフォルトに陥ったアルゼンチン。記憶にある方もいるだろうか。当時の同国は810億米ドルに及ぶ莫大な債務を抱えており、この債務再編は国家存続の上で急務であった。債権者との交渉は難航したものの、約10年の年月を経て、2010年にアルゼンチンは92%以上の債権者たちと債務削減の合意に至る。債務の再編まであと一歩。アルゼンチンに差した救済の光であったが、米大手ヘッジファンドであるエリオット・マネジメント傘下のNMLキャピタルというハゲタカファンドはこれに応じなかったのだ。
彼らは債務再編の合意へ参加することなく、アメリカの裁判所においてアルゼンチンへの債務支払請求訴訟を起こした。焦げ付きを恐れて市場に安価で流出したアルゼンチンの国家債券を買い込み、救済の動きを無視して、暴利を貪ろうとしたのである。結果として裁判ではNML側の主張が認められ、アルゼンチンには巨額の借金支払い命令が下された。債権者たちで進めていた努力は完全に無視されただけでなく、彼らを差し置いてNMLへの返済を優先しなければいけなくなったのだ。

アルゼンチンを襲ったハゲタカファンドへの抗議運動(写真:Jubilee Debt Campaign/Flickr[CC BY-NC 2.0] )
そもそも債権契約においては平等原則が世界の常識であり、NMLだけを優遇した借金返済を行うことは、この常識からの逸脱を意味する。しかし、NMLはアルゼンチンが確かに借金を返済するよう、アメリカ裁判所にさらなる訴えを起し、同国への厳しい経済条件を設定。これによる金融逼迫に耐えきれなくなったアルゼンチンにはもはや為す術がなかった。NMLとの間に生じた約10年もの司法紛争によってアルゼンチンは疲弊しており、結局、借金の支払いを受け入れざるを得なかった。
ハゲタカファンドが及ぼす悪影響
アルゼンチンだけではない。ザンビアやコンゴ民主共和国を始めとする多くの貧困国がハゲタカファンドに苦しめられてきた。1976年から2010年の約35年間で、デフォルトに陥った26カ国に対して約120件の返済請求訴訟が発生している。驚くべきはこれがアメリカとイギリスの2カ国での訴訟に限った数字であり、他国での訴訟は含まれていないということだ。しかも、訴訟は72%という高い成功率を叩き出しており、ハゲタカファンドに苦しめられている貧困国の状況が見て取れる。
これまでハゲタカファンドに最も襲われた地域であるアフリカでは、デフォルト国に対して年間で平均8件の訴訟が提起されており、国によってはその返済請求総額がGDPの12〜13%を構成すると言われている。同時にアフリカは訴訟においての勝率が低く、その支払い総額は7億米ドルを上回る。
一度訴訟を起こされると莫大な費用と時間が必要となり、アルゼンチンのように支払い命令を受け入れざるを得なくなってしまう。借金の支払いに歳入が充てられるため、病院や学校などの公共施策に充てられるべき資金はなくなり、国は一向に豊かにならない。短期的な金策に苦しむ国は、公共事業を民間へ売却せざるをえず、国民の生活レベルが危機にさらされることだってある。ハゲタカファンドを中心にした負の循環が存在しているのだ。
また、支払い判決が下されると、債務削減に合意した債権者への返済は後回しとなり、ハゲタカファンドのようにそれを拒否した債権者への支払いが優先される。貸した側としての責任を全うしようと、債務再編計画を受け入れた人間が損を被る不公平な構図が、果たして社会の理想的な姿と言えるのか。疑問の尽きないところである。
ハゲタカファンドの隠れ蓑
貧困国から富を搾り取るハゲタカファンドの問題点を見てきたが、彼らに対抗する動きは無いのだろうか。

アルゼンチンを襲ったハゲタカファンドへの抗議運動(写真:Jubilee Debt Campaign/Flickr[CC BY-NC 2.0] )
もちろん動きはある。国連が主導している持続可能な開発資金に関する政府間専門家委員会(ICESDF)は2014年に発行したその報告書においてこのように述べている。
「国家債務危機は、持続可能な開発に必要な資金調達における、各国の取り組みを著しく妨げている。それは資本流出や平価切下げ、金利や失業率上昇に繋がる。債務危機を防ぐための効果的な債務管理は優先事項である。……(アルゼンチンのデフォルトに伴う債務危機について)一部の債権者たちが行ったホールドアウトは、同国の債務再編を遅らせる点において、先進国と発展途上国の両方にとって、深く懸念すべき動きだ。」
ハゲタカファンドの悪影響はしっかりと認識されているのだ。
債務危機に苦しめられていたアルゼンチンとギリシャの活動により、2015年の国連総会では「デフォルトに陥った国と債権者との間における紛争を解決するための一連の原則」を設定する提案がなされた。投票数は141票。賛成136票に対して、反対6票。棄権は41票だった。
問題は、この議題に反対票を投じた国々である。アメリカ、日本、ドイツ、イギリスといった強力な債権国が反対していたのだ。ヨーロッパ連合(EU)は、ギリシャによる強い請願があったのにもかかわらず、国家債務問題に関するその他全ての議題も含めて、棄権の立場を突き通した。
ハゲタカファンドの問題が解決しない背景には、ハゲタカファンドへの対抗活動をブロックする先進国の反対が存在している。ハゲタカファンドの動きを阻止しようと国内法を制定する国も無くはないものの、いわゆる国際社会において大きな発言力を持つ国々が、問題の解決へ真剣に取り組んでいないと言われても仕方のない現実がここにはある。
先進国は、「債務再編についてのルール制定が金融市場に不確実性をもたらす」と主張するが、果たしてそれは自国の利害に囚われず、物事を客観的に考えた結果なのだろうか。採択された決議には法的拘束力がない。間違いなく大きな一歩であるだろうが、この調子では根本的な解決はまだ先になると思わざるをえない。
ハゲタカファンド撲滅に向けて
貧困国をターゲットに、借金に苦しむ彼らを貪るハゲタカファンド。彼らへの借金返済は貧困国の国庫を逼迫させるが、国民のために充てられるべきお金が借金の返済に充てられるというのは、文字が表すところよりも深刻である。
医療現場に適切な資金が充てられなければ。水や電気といった生活基盤への投資がなければ。ハゲタカファンドは経済的な問題だけではない。ここには人の命にかかわる倫理的な問題がある。

ワクチンを摂取するエチオピアの子供(写真:UNICEF Ethiopia/Flickr[CC BY-NC-ND 2.0] )
国連総会で過半数の国が賛同したように、国家がデフォルトに陥った際の枠組みを国際的に制定する必要があるかもしれない。債権者における平等原則をしっかりと機能させ、一律にホールドアウトを許さないようにするべきかもしれない。国家のデフォルトを対処する裁判所のような機関が存在しないことも問題だろう。いずれにせよ、先進国か発展途上国かを問わず、世界全体で問題の解決に取り組むことが求められていることは確かであろう。
先に触れた通り、貧困国が背負う借金は、先進国もその責任を負うべきものが多い。冷戦やオイルショックなど、歴史のいくつかのタイミングで、自分たちの都合のためだけに、アフリカやラテンアメリカの独裁政権に無責任にお金を貸したのは誰なのか。デフォルトに陥った貧困国が提案する債務再編は、救済のためではなく、むしろ果たすべき責任を取るという点で、先進国側が進んで取り組まねばならぬことではないのだろうか。
返済の必要性が疑問視される債務に苦しめられる貧困国と、その借金をもとにしてさらなる利益を生み出そうとするハゲタカファンド。この問題の背景には歪な弱肉強食の構図が反映されているのかもしれない。
※1:債務の再編計画に反対し、穏便な再建を滞らせること。またそのような行動を取る債権者。
ライター:Tadahiro Inoue
グラフィック:Tadahiro Inoue
「借金を返せなくなったら」の説明から入り、知識が乏しい私にも非常に分かりやすい内容でした。
以前のGNVの記事で紹介していた不法資本流出のように、世界の貧困は、立場の強い先進国が貧困国から利益を搾り取ろうとする構図に起因する部分がかなり大きいことに危機感を覚えます。
また、そういった貧困は先進国が生み出している構図に、先進国の人が気付いていないことも非常に問題意識を抱きます。
ハゲタカファンドによって苦しんでいる人々がいる中で、「デフォルトに陥った国と債権者との間における紛争を解決するための一連の原則」を設定する提案に日本も反対票を投じていることに衝撃を受けました。私たち国民としても何とかしなければならないなと思います。
とてもわかりやすい記事でした。
泥沼、というか悪循環にはまってしまっているような状況で、解決がなかなか難しそうですね。
先進国の利己的な姿勢が少しでもなくなっていけばいいのになと思います。
貧困国がなかなか発展できない理由の一つに、先進国によるハゲタカファンドがあることを知って驚きました。貧困の問題は先進国の影響が大きく、そのことを先進国の人々が知っていくべきだと思いました。国際的な機関がないので問題解決は難しいですが、貧困解決にお金を貸すのではなく寄付などがもっと必要だと思いました。
経済面からの問題提起とても面白かったです。
資本主義のなかでどうやって改善していけるんだろう、、