子を持つか、持つとしたらいつ、何人持つのかを自分で決める。性感染症や暴力・強制の恐れのない安全な性生活を送る。安全に妊娠・出産する。そうした性と生殖に関する健康・権利(セクシャル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ)について、自分自身が決定権を持つことができている女性は、全体の約半数しかいないという衝撃的なデータが明らかにされた。
2030年の達成を目指す持続可能な開発目標(SDGs)においてもジェンダー平等が大々的に掲げられるなど、女性の権利運動は進展してきているようにも思えるが、このような結果となってしまっているのはなぜなのか。本記事では女性の性と生殖に関する健康・権利の現状とその背景を探る。
目次
現状
2020年2月、UNFPA(国連人口基金)は、低所得国を中心に世界57か国(※1)を対象として行った、性と生殖に関する健康・権利における女性の自己決定権についての調査の結果を公表した。回答者は15歳から49歳までで、結婚状態にある少女・女性たちである。内容は「生殖に関するヘルスケア」、「避妊法の利用」、「性的関係」という性と生殖に関する健康・権利の主要な3分野についてだ。「生殖に関するヘルスケア」の分野では、妊娠・出産時のケアや性感染症、生殖器の健康状態といった女性のヘルスケアについて、クリニックを受診するかどうかなどの決定に関われているかが問われた。また、「避妊法の利用」では、避妊を行うかどうかについて決定するのは自分自身であるか、配偶者・パートナーであるか、あるいはその両者による共同決定であるかが問われた。そして「性的関係」で問われたのは、性行為をしたくない時に拒否することができるかどうかだ。これら3分野を総合すると、自分自身が決定に参加することができていると回答した女性は、全体の55パーセントに過ぎなかったのだ。
55%といっても、地域によって大きく差がついている。比較的水準が高かったのは東南アジアや中米で、75%から80%の女性が自己決定権を持てている。対してサハラ以南アフリカ、中央・南アジアでは、そうした女性はどちらも半数以下だ。サハラ以南アフリカの調査結果をさらに細かく分けると、比較的良い結果が出たのは南アフリカやナミビアを含む南部アフリカで、その割合は64%だった。対して、コートジボワールやナイジェリアを含む西アフリカ、コンゴ民主共和国など中部アフリカは、どちらも4割に満たない結果であった。そして、西アフリカのマリ、ニジェール、セネガルの3か国は最も結果が悪く、性と生殖に関する健康・権利についての決定に参加できている女性はなんと10%未満しかいなかった。
分野ごとではどうだろうか。ヘルスケアについては、調査対象国内の75%ほどの女性は自らの意思で医療にアクセスできる状況であるようだ。しかしここでも、中央・南アジアとサハラ以南アフリカ、特に西アフリカと中部アフリカは状況が悪く、4割以上の女性が夫など自分以外の人による決定に従っている。また、避妊法の利用について自分で決定できる女性は90%ほどだった。地域ごとに見ても全ての地域で80%を超えたほか、国ごとでも全ての国で70%を超えている。経口避妊薬など、配偶者・パートナーの協力を必要としない方法が存在するためか、この3分野の中では最も女性が自己決定権を発揮できている分野であると言える。そして、性的関係については調査に参加したうち75%の女性が決定権を持っているようである。地域別でも全ての地域で60%は超えているが、一部の国々は極端に悪い状態で、特に西アフリカのマリ、ニジェール、セネガルでは、およそ7割から8割の女性が配偶者・パートナーとの望まない性行為を強いられている可能性があるという結果が出た。
以上のように、地域によって女性の自己決定権の程度には著しく差があることが分かるが、一国の中でも近年大きく状況が変わった国もある。例えばコンゴ民主共和国では、2007年の調査から2014年の調査の間で、パートナーとの性行為を拒否できると回答した女性の割合が51.1%から73.8%にまで向上した。ルワンダやザンビアでも、数年間で性と生殖に関するヘルスケアに自らの意思でアクセスできる女性の割合が10ポイント近く向上した。ただし、良い変化ばかりではない。性的関係の自己決定権についてはジョーダンで15.5ポイント、ガーナで13.3ポイント、エチオピアで10.0ポイント低下したほか、一度4.0ポイント向上するもその後の調査でまた12.8ポイント低下してしまったナイジェリアのような国もあり、残念ながら一概に状況が改善してきているとは言えないようだ。以上が女性の性と生殖に関する健康・権利における自己決定権の現在の概況である。
背景
それでは、何が女性たちの自己決定権を左右しているのだろうか。同じ国の中でも様々な要因によって違いが生じている。UNFPAの調査によると、最も大きな影響を与えているのは教育の程度だ。世界全体の3分野を総合したデータでは、全く教育を受けていない女性と初等教育を受けた女性を比較すると、自己決定権を持っている割合は、後者が前者に比べて38ポイント高かったという。具体例を挙げると、タジキスタンでは、自身の性と生殖に関するヘルスケアについて決断できる女性は、全く教育を受けていない女性のうちでは10%にも満たなかったのに対し、高等教育を受けた女性のうちでは70%以上にもなった。教育を受けることは情報へのアクセス・社会経済的地位の向上など、人生に大きな変化をもたらす。そのため、家庭内のコミュニケーションにおいても自己主張がしやすくなり、発言力が大きくなるのである。また、性教育に限定して考えても、性や生殖について正しい知識・情報を得ることができれば、それが自己決定をするための土台となるため、やはり重要である。
そして、年齢が高くなるほど女性の自己決定権の程度は大きくなっていく。各年代のうち変化が大きいのは20歳から34歳にかけてであり、35歳を超えてからは年齢が高くなっても目立った変化はなかった。例えば、パキスタンで自身のヘルスケアについての決定に関与できるのは、15歳から19歳の少女のうちはほんの25%ほどだが、45歳から49歳の女性では70%を超える。家庭の富の大きさも要因の1つで、モザンビーク国内でパートナーとの性行為を拒否できる女性の割合は、最も貧しい家庭のグループでは45%ほどであることに比べ、最も裕福な家庭のグループでは80%に近くなった。これらに加え、女性の性と生殖に関する健康・権利における自己決定権を高める要素としては、初婚年齢の高さ、新聞・テレビ・ラジオなどのメディアに触れられる環境であることなどがあった。ただし、居住地が都市部であるか農村部であるかは、目立った違いを生まなかった。
では、なぜ国家間でこれほどの差が出たのだろうか。まず、国内での比較と同様の要素として、教育・貧困は大きく影響しているだろう。教育を受ける機会が限られている国、貧困が蔓延している国では女性の自己決定権が発揮されにくくなる。また、法整備における差も1つの要因となる。冒頭のUNFPAの調査は、世界人口の75%が住む107か国を対象に、各国が性と生殖に関する健康・権利を平等に保障するための法整備をどれほど進めているかについても明らかにした。ここで、法整備は「産科医療」、「避妊・家族計画」、「性教育・情報」、そして性感染症などについての「性の健康」の4分野に分けられている。性と生殖に関する健康・権利において自己決定権を持てていると回答した女性が80%を超えたフィリピンでは、性教育・情報に関する法整備の達成度合いは100%、性の健康についても95%であった。対して、自己決定権を持てている女性がわずか7%しかいなかったセネガルでは、避妊・家族計画分野での達成率は22%、性教育・情報の分野ではなんと0%である。法整備を進めている国では、若い世代が教育を通じて正しい情報を得られたり、性感染症の検査を簡単に受けることができたりと、性と生殖に関する健康・権利が平等に獲得されやすいと言えるだろう。しかし、人工妊娠中絶が合法である国のうち28%は配偶者・パートナーの同意を条件としているなど、配偶者・パートナーの介入を前提として法整備をしている国もあるため、単に法律が存在するというだけで女性の自己決定権が担保されるとは言えない。
他に、社会の風習もまた関連しているだろう。男性優位の文化が根強い地域では、そもそも女性が夫に対して意見することが難しいうえ、性や生殖についてオープンに話し合うことがタブー視されやすく、女性の自己決定が阻害されている。そして、そうした地域では、女性には教育を受けさせないという家庭も存在する。加えて大家族であることがステータスとされる地域となれば、女性の意思や健康に配慮せずに夫が避妊に反対する場合もある。他に、児童婚など、本来教育を受けるべき年齢の、身体的に妊娠に適さないほど若い少女と結婚することが認められ、男性にとって権威の象徴にすらなっていることもある。また、宗教も無視できない要因だ。例えば、イスラム教やキリスト教の一部では教義上、避妊や人工妊娠中絶をしてはいけないとされている。以上のような要因のために、自己決定権に関して女性が置かれる状況が国内・国家間で大きな差が生まれているのである。
影響
女性が性と生殖に関する健康・権利について自ら決定できていない現状は、どのような影響を及ぼしているのだろうか。まず、なんと言っても女性自身やその子供への健康面への影響である。世界では毎年およそ30万人の妊産婦が亡くなっており、また、260万人の赤ちゃんが子宮内で亡くなる死産となっている。これらの例の多くは、検診を受けてこなかったことで異常に気付かず処置が遅れてしまうなど、現代の医療技術をもって十分防ぎうる原因によるものである。地理的要因や金銭面の問題で適切な医療ケアにアクセスできないという問題もあるが、自己決定権がないと妊産婦の健康診査を受けられなかったり、不調があってもヘルスケアへのアクセスが遅れたりして、助けられるはずの、そして生まれてくるはずの多くの命が失われてしまう。また、命が無事であっても障害が残ることもある。例えば、長時間に及ぶ分娩で産道が損傷し、激しい痛みや尿失禁を引き起こす、これも防ぎうる産科フィスチュラを患ったことで、周囲から差別を受けたり仕事に就けなくなったりする。出産時のヘルスケアの不足は女性の身体だけでなく、自尊心や社会経済的地位にも影響を与えるのだ。
妊娠・出産以外で、一部の国で伝統として残っている少女の女性性器切除(FGM)にも、決定権の欠如の側面がある。女性のセクシュアリティを管理するという目的で行われてきたこの慣習は通過儀礼にもなっており、当事者の女性の意思で拒否することはほとんど不可能だが、妊娠・出産への障害、感染症の恐れのほか、最悪の場合は死に至るなど、少女・女性にとって非常に大きな負担となっている。このように、ヘルスケアの自治権の欠如によって、女性の人生の様々なステージにおいて深刻な影響が発生しているのだ。
また、女性の決定権の欠如は教育にも影響する。児童婚をさせられた少女は自己決定権を持ちづらい年齢であるため、避妊法の利用や性行為の拒否において不利な立場に置かれやすいと考えられるが、そうした背景で早期に望まない妊娠をした少女は、差別や金銭面などの要因で学校に通い続けることができなくなってしまう。一度教育の機会を奪われた少女は、その後労働市場でも不利な戦いを強いられ、社会経済的地位を高めることが難しい。性と生殖に関する健康・権利における女性の自己決定権の欠如が、教育や賃金といった他の分野における女性の権利拡充を阻む要因ともなるのだ。
対策
こうした深刻な状況を変えるため、近年は様々な策が講じられるようになってきた。その背景には、性と生殖についての意識の変化がある。1980年代ごろに見られた動きだが、人口増加を懸念した各国政府が家族計画や母子保健の仕組みを導入したほか、HIVウイルスの感染拡大によってコンドームの使用も増加したことで、人々の意識が向上し、改善が見られるようになったのだ。例えば、ウガンダでは1980年代から1990年代にかけ、HIVウイルスの感染を大きく減少させることができた。これは、それまでタブー視されてきた性と生殖に関して、女性も自由に話し合うことができるよう政策で促したのが大きな理由だとされている。
そうした流れを汲んで近年も多くの対策が実施されている。そのうち、いくつかの例を紹介しよう。世界規模では、2000年、教育におけるジェンダー格差をなくすことを掲げ、国連女子教育イニシアチブ(UNGEI)が始動し、ジェンダー平等を実現するための各国の教育政策への支援などを行っている。また2016年には、児童婚を廃絶するための取り組みをUNFPAとUNICEF(国連児童基金)が立ち上げた。児童婚が特に深刻な状況である12か国を対象に、児童婚の慣習をなくすための予算を増やすことを各国に要請しているほか、教育を受けられれば児童婚をさせられる可能性が下がるということで、少女たちの学費の支援もしている。
地域・国単位では、まずアフリカのFGMへの取り組みがある。政府レベルで法律によってFGMを禁止したほか、地域の伝統的指導者や宗教指導者が人々に直接FGM廃止を訴えかけた。FGMを受けさせられる少女・女性自身や、その親が立ち上がって拒否するケースも増え、実施件数が大幅に減少した。
母子保健の事例としては、ネパールの例がある。ネパールでは、国土の3分の1が山脈であるという地理的特徴や女性の地位の低さから、女性の医療機関へのアクセスが困難であった。そこで、ヘルスセンターを各地に設置したほか、人工妊娠中絶を合法化して安全な手術を受けられるようにし、妊婦死亡率を減少させたのだ。エクアドルでも、女性活動家らの働きかけによって、原則禁止されている人工妊娠中絶の要件を緩和する法案が提出されるなど、変化の兆しが見えてきた。性と生殖に関する健康・権利の分野においては、上記のUNFPAの調査にあったように、法整備と女性の自己決定権に一定の関連性が見られる。そのため、ここで紹介したアフリカ各国、ネパール、エクアドルなどの例のような法整備によって、状況は好転していくだろう。このように、いくつかの国や機関は積極的に行動を起こしているのだ。
しかし、国際機関や政府の政策だけで問題は解決しない。最終的に女性が決定権を持てるかどうかは、それぞれの家庭で決まる。その場合、女性が1人で決めなければならないというわけではない。配偶者・パートナーと共同で意思決定に参加したほうが、ヘルスケアへのアクセスはより高くなるというデータや、ウガンダの例からも、配偶者・パートナーと性や生殖について話し合えることが重要だと言える。
自らの性と生殖に関する健康・権利において決定権を持てていない女性が、世界には大勢いる。国内でも教育・年齢・所得といった環境によって状況に大きく差が開いており、改善されるべき大きな課題を残したままだ。また、性と生殖に関する分野で女性の権利の水準が低いことで、教育や賃金といった他の分野での不平等も固定されてしまう。問題の背景は複雑だが、改善を見せている国や地域のやり方に倣い、対策を講じていく必要があるだろう。
※1 調査対象国57か国の内訳は、サハラ以南アフリカから36か国、南アメリカ・カリブ海地域から7か国、中央・南アジアから5か国、東・東南アジアから5か国、北アメリカ・ヨーロッパから2か国、西アジア・北アフリカから2か国。
ライター:Suzu Asai
グラフィック:Yumi Ariyoshi
現状から対策まで流れが分かりやすく、理解が深まったすてきな記事でした!まだまだ自分で決定権を持てていない女性が世に多くいることが身にしみて感じられました。これから対策を講じる国や地域が増えていくことを願います。
リプロダクティブヘルスについて自分自身で決定権を持つことができる女性が全体の約半数しかいないというのはとても衝撃的でした。国際組織での運動や国の政策があっても、最終的な女性の決定権はそれぞれの家庭で決まるという言葉が印象的で、確かにそうだなと思いました。そういった中でも、教育と法整備を両立させて、課題解決へと向かっていくといいなと思いました。
日本のように、性に関する話をすること自体が憚れる社会の風潮がある場合、制度だけでなく、長期的な教育が必要になると思います。