世界で裕福な層が増加し、健康志向の食事が推進される中、魚介類の漁獲や生産・消費はともに年々増え続けている。例えば中国では、高級魚を食べることは一種のステータスとなっており、天然の魚介類から低脂肪のたんぱく質を摂取することを奨励するキャンペーンも行われている。このような状況の中、1961年には9.0㎏であった世界の一人当たりの魚介類の消費量は、2015年には20.2㎏にまで増加している。これは人口増加率のおよそ2倍であり、魚介類への需要は確かに高まっているということができる。さらに、世界人口の10~12%の人々が漁業や養殖業に関わる仕事で生計を立てているといわれており、職業や雇用の観点から見ても、漁業は非常に大きな役割を果たしている。
しかしながら現在、世界には乱獲や海洋環境の破壊など非常に多くの問題が存在し、このままいくと、2048年には魚介類の漁獲量が激減してしまい、世界の漁業業界が崩壊するのではないかという指摘がある。一体世界の海で何が起こっているのだろうか。そして、そのように危機的な状況に向かう漁業の現状を、報道はきちんと伝えているのだろうか。諸問題を紹介したうえで、日本の報道データをもとに分析していきたい。

投網を使って漁獲する漁師(写真:Quangpraha/Pixabay [CC0])
乱獲・過剰消費される魚介類
今日においてどれほどの魚介類が乱獲されているのだろうか。2018年の世界漁業・養殖業白書によると、世界の海洋漁業資源の約33%が過剰に漁獲されており、約60%がこれ以上獲る余裕がない状態になっているという。これまでは、自然繁殖能力によって補完され、個体数を一定に保つことができていたが、今日では自然回復のレベルを超えた量の魚介類が捕獲されている。また、2016 年には、養殖を除いたおよそ9,091万トンの漁獲が記録されており、1960年と比較すると約2.7倍も増加している。年々急速なペースで増加し続ける漁業生産であるが、漁獲量全体の80%は世界のたった23か国によって占められており、2017年に最も大きな漁獲割合を占めていた国は中国、次いでインドネシア、インドという順になっている。
このように、年々拡大する大規模な乱獲によって、今現在も海洋では様々な弊害が生じている。まず、第一に挙げられる問題が肉食系海洋生物の減少による生態系バランスの破壊である。
我々人間は、過去わずか55年の間にサメやクロマグロ、カジキといった海洋生態系のトップを占める大型肉食系魚種の90%を絶滅させてしまったといわれている。これらの大型肉食系魚種の激減は、プランクトンを餌とするより小さな海洋生物の増加を招き、今世紀においてはクラゲの大量発生などの問題が指摘されている。
以上のような乱獲を加速させてしまう要因として挙げられるのは、なんといっても過剰消費である。例えば日本は、世界のクロマグロの消費のおよそ80% を占めていると言われている。このような各国の過剰な需要に応じるべく、科学技術の進歩が推し進められてきており、漁業業界に非常に大きな影響を与えている。例えば、軍で用いられるものと同程度の性能を誇る魚群探知機を搭載した漁船が増えており、魚の捕獲と同時に加工、保存作業が行える設備を兼ね備えている大型のものもある。また、改良を重ねたエンジンは、性能や馬力の面で高いレベルに到達しており、より大きな漁獲網を用いた底引き網漁によって一度に根こそぎ捕獲することが可能となった。この漁法は、大型の網を用いるがゆえに、捕獲量をコントロールすることができず、完全に成長しきっていない稚魚も捕獲してしまうことから、乱獲を一層促進する大きな要因となっているといえる。

底引き網漁によって過剰捕獲される魚(写真:Asc1733/Wikimedia Commons [CC BY-SA 4.0])
さらに、政府による漁業業界への補助金も、乱獲を加速させる一因となっていると考えられる。世界各地の海洋保護に取り組む非営利団体オシアナによると、漁業に用いられている補助金の総額は年間16憶米ドルに上ると推定されており、これは世界の漁業生産額のおよそ25%に相当する。
天然海洋生物の過剰な捕獲の弊害に対して、養殖が有効な解決策として挙げられるかもしれない。しかし、ここでも看過できない問題が多数みられる。例えば、養殖魚の排泄物による海洋環境の汚染や、狭い生け簀のなかで大量の魚介を飼育することによって疫病が蔓延しやすい環境となるなどの問題が存在する。また、養殖は過程において莫大な量の餌を必要とし、養殖業界がこれ以上拡大し続けると、餌用の魚が乱獲されて激減することになるため、結果的に養殖業も持続可能な代替案になれるとは考えにくい。

生け簀での養殖(写真:Asc1733/Wikipedia [CC BY-SA 4.0])
破壊される海洋環境
海洋環境を破壊しているのは乱獲だけではない。多くの海洋生物たちが、気候変動や水質汚染などによる海洋環境の乱れに苦しんでいる。人間の活動によって増加している二酸化炭素の多くは海水に吸収されており、二酸化炭素濃度の上昇によって、海水が酸化するという現象が起こっている。これにより、海洋の水質そのものが科学的に変わってしまうため、海洋生物が受けるダメージも非常に大きい。例えば、海水に酸素が溶け込む余地がなくなってしまい、生物が呼吸困難に陥るといった危険性も指摘されている。ほかにも、甲殻類生物の甲羅や貝殻のカルシウム成分が酸化され、丈夫な甲羅を生成することが困難になってしまうといった問題が生じる。
海水の温暖化
海水は、二酸化炭素と同時に熱も吸収している。1955年以降、二酸化炭素排出による温室効果で生み出された熱の90%以上が海水によって吸収されているのである。調査によると、過去100年間の期間で海水上部の温度は10年ごとに平均で0.13℃ずつ上昇しており、このような海水温度の上昇は、あらゆる種類の海洋生物に広範な悪影響をもたらす。例えば、様々な海洋生物の餌となる植物性プランクトンが海水温度の上昇に耐え切れずに死滅したり、生息地域をより冷たい海域へ移したりしてしまうことによって食物連鎖が根底から瓦解する可能性があるのだ。しかし問題はそれだけではない。海水温度の上昇は、海の自然かくはん作用にも悪影響をもたらす。もともと、海面の海水は比較的密度が大きく重いため、それが下に流れ落ちることで自然と海中の水と混ざり合うような仕組みになっており、海面付近の酸素を深海に届けたり、逆に海底の栄養分を海面付近に運んだりする役割を果たしている。しかし、海水の温度が上昇することでこのメカニズムに狂いが生じ、多くの生物の生命を脅かす危険な状態となってしまう。さらには、温暖化によって多くの海洋生物が住処を変えざるを得なくなったと言われており、生物が移動することによって生態系バランスが大幅に崩れる危険性も懸念されている。
プラスチックごみがもたらす弊害
これまで、二酸化炭素濃度の上昇とそれに伴う気候変動の弊害について見てきたが、人間が引き起こす海洋環境への弊害には、プラスチックごみの問題もある。2050年までには海のプラスチックごみの重さが、世界中の海水魚の重量を超えるという衝撃的な報告がなされ、世界に向けて深刻な現状に対する警鐘が鳴らされることとなった。世界では、年間で800万トンものプラスチックが海に流出しているといわれており、これはごみ収集トラックが1分間に1台のペースで海に突っ込んでいくのとほぼ同じことである。もしもこのまま何の対策も取られないまま現状が進行していくと、2030年までには1分間にトラック2台分、2050年までにはトラック3台分という計算になると推定されている。
このように、海洋に流出するプラスチックの重量が増大する中、マイクロプラスチックの問題も甚大である。ごみのろ過装置を通り抜けて海に排出された合成化学繊維の屑やゴムのかけらを、海洋生物は体内に吸収してため込んでしまう。ごみのほとんどは胃の中に残るが、ナノレベルの非常に細かいものは筋肉の一部となってしまう場合もある。すなわち、このマイクロプラスチックはそれらを消費する人間の体内にも取り込まれる可能性が十分にあるということである。実際に、貝類を好んで食べる人は、年間に11,000個ものプラスチックのかけらを摂取している可能性があるという驚愕の研究結果がある。

海の環境を汚染するプラスチックごみ(写真:MonicaVolpin/Pixabay [CC0])
報道は事態の深刻さに気付いているのか?
ここまで、人間の営みによって多くの海洋生物が危険にさらされている現状について見てきた。ここからは、報道がこの危機的状況を伝えられているのかどうか、過去3年間の読売新聞の報道をもとに分析していきたい。今回収集したデータは、2017年から2019年までの読売新聞の記事の中で、漁業もしくは魚というキーワードが含まれる国際報道に限定しており、該当する記事数は158記事存在した。この158記事中、乱獲・水質汚染・環境破壊・プラスチック問題・気候変動といった海洋環境の問題に関する記事は74記事で、全体の約47%となっており、海洋環境に関わる記事は、報道量としては全体のおよそ半分を占めているということが分かる。それ以外の53%の記事のほとんどは、日本に対する中国や北朝鮮の漁船による領域侵害、または北朝鮮のミサイルによる漁業への影響に関する記事であった。すなわち、記事の約半分は、日本の経済的・領域的利権にのみ焦点を当てた記事ということが分かる。
それでは、上記の海洋環境に関する記事を、それぞれの項目についてさらに細かく分析していこう。全158記事のうち、海洋生物の乱獲に関する報道は56.5記事(※1)であり、全体の36%を占めている。すなわちこれは、上記の海洋環境の記事の76%を占めているということであり、報道量が非常に多いということが分かる。ただ、その内容を見てみると46.5記事がサンマとマグロの漁獲枠に関するものであり、乱獲に関する記事のおよそ82%がたった二種の魚の記事で占められていることになる。記事の主な内容は、サンマとクロマグロの漁獲枠をめぐる問題に関することで、その多くが日本の経済的利益の側面を重視する記事に偏っている。
先述したように、日本は世界のクロマグロ消費量の80%を占めており、漁獲枠の増大を提示するも、国際会議において各国から提案を支持されなかったことを取り上げ、関係国の理解を得たい日本側の思惑を伝える記事が多数見られた。例えば、「クロマグロ 漁獲枠15%増案 難航か 国際会議開幕 日本「粘り強く交渉」(2018年9月5日)」などの記事が見られる。また、サンマに関しては、中国や台湾による乱獲を懸念して、漁獲枠削減に向けた日本側の対応を主に伝えており、他国によって日本の利益が搾取されているという内容が強調される傾向にある。このように日本の経済問題と深く関係し、利益が絡んでくるものについては報道されやすいと言える。また、本記事で問題視した養殖に関する問題は、3年間で一切報道されていなかった(※2)。乱獲に関する記事が単に多いからといって、世界で起こっている乱獲の現状及び危険性を報道が伝えられているとは言い難いようだ。

豊洲市場で卸売りされるマグロ(写真:江戸村のとくぞう/Wikipedia [CC BY-SA 4.0])
次に、水質汚染・環境破壊に関する記事はどうだろうか。こちらも7記事と報道量自体が非常に少なく、世界の実情を伝えるには程遠いということが分かる。また、気候変動に関する記事は、上記のように海洋環境に甚大な被害を及ぼしているにも関わらずたったの1.5記事であるなど、報道が実情を捉えきれていないということが分析できる。
最後に、プラスチック問題に関する記事について見てみたい。プラスチックに関する記事は3年間で9記事であり、全体のおよそ6%に過ぎない。記事数は、ほかの項目と比べても非常に少ないといえ、海洋生物に与える危機という視点で書かれている記事はほとんど見られず、「先進国からの押しつけ限界 「脱プラ」 東南アジアの決断(2019年5月31日)」と見出しを打った記事など、国家間の責任の押し付け合いや、どの国が不利益を被るかという視点でしか問題をとらえることができていなかった。世界中のプラスチックごみが海洋環境に与える悪影響を網羅的に伝えることはできていないようだ。

海洋プラスチックによって命を落とす生き物(写真: Hemantraval/Pxfuel [CC0 1.0])
以上から世界の魚・漁業については、日本の経済問題に関するトピックなど、日本に影響が及ぶものに対する報道の反応はある程度見られることがわかる。しかし、魚の大量消費国、また気候変動を引き起こす大国として、どれだけ海洋環境に被害を与えているのかという「加害者」としての責任に目を背けている状況は否めない。世界各国が自国の利益を優先してきた結末として、海洋環境がどうなってしまっているのかに気づき、対策を講じなければ、崩壊の一途をたどるばかりだろう。そして、その危機的状況に警鐘を鳴らすのが報道の役目である。漁業の崩壊はもうそこまでやってきており、世界の人々がそれに気づかなければならないのは今である。海洋環境が完全に崩壊してしまってから対応しようというのでは、もう取り返しはつかない。そして、一つにつながっている海においては、自国の立場からの視点のみでは、問題を包括的にとらえることも、解決につなげることも難しい。報道が海の深刻な現状をありのままに伝え、消費者・生産者・漁獲者、そして政策を採る者たちが当事者意識をもって、よりグローバルな視点から問題に取り組む必要があるのではないだろうか。
※1 それぞれの記事を平等に計数するため、1つの記事で2つの項目を扱っている場合、それぞれ0.5記事として計数する。例えば、1つの記事が乱獲と環境破壊を報じている場合、乱獲に関する記事0.5記事、環境破壊に関する記事0.5記事としている。
※2 養殖に関する記事は、国内報道を含めると関連記事が多数存在するが、国際報道に限り、漁業もしくは魚というキーワードが入っている記事のみを対象とした場合は、記事が1つも存在しなかった。
ライター:Akane Kusaba
グラフィック:Yumi Ariyoshi
海洋環境に被害を与えている加害者としての視点をメディアが報じることで、日本の漁業の現状に警鐘を鳴らす本来の役割のうちの1つを果たすと考える。
現在の日本のメディアは本来果たすべき機能が機能していないことを痛感させられた。
メディアが報じなければ国民は知らないままだ。メディアが変わらなければ、現状は悪化していくだけで、国民や政府の意識は変わらないままだろうと感じた。
2050年に海のプラスチックのゴミの量の重さが魚の量を上回るというのは衝撃でした