【この記事は、人工妊娠中絶や性犯罪といった内容を含みます。】
近年、ラテンアメリカでは国境を越える大規模な社会運動の末、中絶権を保障する法整備が相次いで行われている。その中で最も注目に値する動きとしては、2020年12月にアルゼンチン、2021年9月にメキシコ、さらに2022年2月にコロンビアで中絶が合法化されたことが挙げられる。一方で、中絶権が保障されてきたアメリカでは2022年6月、最高裁判所が中絶権を容認する判決を覆し、中絶権は憲法上の権利として保障されなくなった。
これらの出来事はどれも中絶権を巡る比較的大規模なニュースであるが、日本の報道量には顕著な地域差があることが判明した。本記事ではまず、ラテンアメリカ諸国の中絶権を巡る法的規制や社会の動きを解説する。そして、それらを日本のメディアがどれほど報道したのかについて、アメリカの中絶権を巡る報道と比較しながら分析する。

合法的で無料の中絶権を求める女性(写真:ProtoplasmaKid / Wikimedia Commons [CC BY-SA 4.0])
中絶合法化へ歩みを見せる国
そもそもラテンアメリカで中絶が禁止、あるいは厳しく規制される背景には、宗教的観念がある。ラテンアメリカではキリスト教のカトリックを信仰する人口の割合が多いが、カトリックでは、誕生しているかどうかに関わらず生命は全て神聖なものであり、胎児も含め罪のない人間の命を奪うことは道徳的に誤っていると考える。この観念から中絶を強く非難し、法律で厳しく制限する国が少なくない。一方で、女性が自身で中絶を選択できる権利、安全に中絶を行える環境、性暴力を受けた女性の保護を背景に中絶が求める声があがっている。
そのようなラテンアメリカにおける中絶合法化は1965年のキューバに始まり、1995年のガイアナと続く。これらの国々はそれぞれ妊娠12週、妊娠8週(※1)までの中絶を認めている。その後は、2010年代から2023年現在にかけて5ヶ国が中絶の合法化に向けた動きを見せてきた。以下でそれぞれについて取り上げよう。
1ヶ国目がウルグアイである。ウルグアイでは1938年から中絶が全面的に禁止されていた。1985年以降、4回ほど中絶を合法化する法案が議会に提案されたが、どれも承認されなかった。また2008年になって中絶を合法化する法案がようやく議会で承認されたものの、当時のタバレ・バスケス大統領がその法案に対して拒否権を行使し、中絶の合法化には至らなかった。しかしホセ・ムヒカ大統領へ政権交代した後の2012年10月、上院での投票により、妊娠12週目までの中絶が完全に合法化された。
2ヶ国目がアルゼンチンである。アルゼンチンでは1921年から妊婦の生命が危険にさらされている場合などの特定の条件下でのみ中絶が合法化されていた。2010年代には、母体の危険に関わらず中絶の合法化に向け動き出していたが、2018年になっても、上院は妊娠14週目までの中絶を完全に合法化する法案を否決し、この法的規制が変わることはなかった。2020年になって状況は一転し、その年の12月に妊娠14週目までの中絶が完全に合法化された。加えて、誰もが中絶手術を無料で受けられることも法律で保障された。

メキシコのカトリック教会でローマ教皇がミサを行う様子(写真:Aleteia Image Department / Wikimedia Commons [CC BY 2.0])
3ヶ国目がメキシコである。メキシコでは1931年以来、レイプによる妊娠時を除いて中絶が禁じられてきた。しかし2007年に首都メキシコシティでの中絶を限定的に認めるようになると、2019年にはオアハカ州、2021年にはイダルゴ州とベラクルス州が中絶の完全な合法化に踏み切った。そして2021年9月、最高裁判所は、中絶禁止は違憲であるという判決を下した。この判決を受け、2021年にコアウイラ州、コリマ州、バハカリフォルニア州、2022年にゲレロ州、シナロア州、バハカリフォルニアスル州が中絶を容認し、32州のうち中絶を合法化した州は10州となった。州によって中絶権の認否が異なるため、中絶を合法化していない州もまだ多くあるが、事実上中絶は憲法で認められた権利となった。
4ヶ国目がコロンビアである。コロンビアでは1936年から中絶が全面的に禁止されていた。変化があったのは80年後の2016年、中絶の全面的な禁止は女性の権利を侵害すると憲法裁判所が判決を下した。この判決に伴い、妊婦の生命が危険にさらされている場合、レイプや近親相姦による妊娠の場合、胎児に異常がある場合の3つの場合にのみ中絶の合法化を認めた。これらに当てはまらない場合の中絶は犯罪であり、患者も医師も最長54カ月の禁固刑に処されることとなった。この法律がさらに変化したのが2022年2月のことで、憲法裁判所によって妊娠24週目までの中絶が完全に合法化された。
5ヶ国目がチリである。チリでは1989年から中絶が全面的に禁止されていた。しかし2017年8月、チリ議会は、妊婦の生命が危険にさらされている場合、レイプによる妊娠の場合、胎児に異常がある場合のみ中絶を認める法律を成立させた。また2022年には中絶権を盛り込んだ新憲法が起草された。同年9月に実施された国民投票で新憲法への賛同が得られれば、チリは憲法に中絶権を明文化した世界初の国となるところだったが、新憲法は否決されたため依然として完全な合法化への道は続いている。

メキシコの最高裁判所(写真:ProtoplasmaKid / Wikimedia Commons [CC BY-SA 3.0])
法を動かす草の根の力
このように中絶権を保障する法整備がラテンアメリカ諸国で着実に進行している。ではなぜこれほどまでに中絶の合法化に向けて同じような動きが同時に複数の国で起こっているのだろうか。その背景の1つに、「緑の波」と呼ばれる運動がある。
遡ること2003年、アルゼンチン全国女性会議(ENM)の議題に中絶を合法化する取り組みが盛り込まれた。この会議は、アルゼンチンのあらゆる地方から女性が集まり、男女平等を達成するための方法について話し合う集会で、この出来事が次第に中絶合法化に向けて社会が動き出す転機となった。
2005年になると、アルゼンチンで中絶法改正を支援するための市民団体「合法的で安全かつ自由な中絶の権利のための全国キャンペーン」が結成された。そこでキャンペーンのシンボルとなったのが緑のバンダナだ。緑色には活気と健康の意が込められ、キャンペーンに参加する皆で緑のバンダナを身に着けることで参加者同士の連帯感を示した。それと同時に「中絶は医療であり、多くの女性にとって生命線である」というメッセージを発信し、アルゼンチンの限定的な中絶機会に異議を唱えた。
このキャンペーンは2015年に起こったフェミニズム運動「ニウナメノス(Ni Una Menos)」により勢いを増す。ニウナメノスはスペイン語で「1人の女性も犠牲になってはならない」と意味し、この言葉をスローガンにデモ活動が実施された。そして暴力や殺害などから女性を保護するための政策の制定を議員に要求した。当初は女性への暴力や殺害に注目していたものの、次第に女性差別全体へと目が向けられるようになり、中絶権は性暴力を受けた女性を守る1つの手段であることからその重要性が議論されるようになっていった。
この運動はSNS上などで瞬く間に拡散され、若年層をはじめとする多くの個人と市民団体を巻き込み、年々その規模は拡大していった。そして2018年には何十万人ものデモ参加者が、中絶合法化を支持して緑のバンダナや衣服などを身につけてアルゼンチンの街を練り歩いた。この様子から中絶合法化を求める運動は「緑の波」運動と呼ばれるようになった。草の根レベルでの、国民一人一人の力が団結することで1つの大きな運動へと発展し、国への要求を続けたことは、結果として2020年の中絶合法化へ繋がった。

アルゼンチンでの緑の波運動に参加する女性たち(写真:María Belén Altamirano / Wikimedia Commons [CC BY-SA 4.0])
アルゼンチンの中絶合法化は他の国々でも「緑の波」を巻き起こすきっかけとなった。ラテンアメリカではアルゼンチンの他にも多くの国で緑の波運動が行われ、閉ざされた、あるいは限定的な中絶機会に対する異議が唱えられた。その結果、エクアドルではレイプによる妊娠時の中絶が合法化され、チリでは新憲法を通じて中絶権を保障しようとする動きへとつながっていった。さらにメキシコとコロンビアでは中絶の合法化が実現した。緑の波はラテンアメリカにとどまらず、アメリカにも広がった。2022年5月に最高裁判所内から文書がリークされ、従来の中絶権を合憲としていた判断が覆される可能性が高いことが明らかになると、アメリカの複数の州で緑のバンダナを身に着けたりメッセージを掲げたりするデモ活動が行われた。
中絶を厳しく制限する国
緑の波の力でラテンアメリカの複数の国では中絶合法化に向けた法整備が進行するが、一方では近年中絶を厳しく規制してきた国もある。その国々をいくつか紹介しよう。
まずニカラグアである。ニカラグアでは2006年11月、全面的に中絶を禁止する法律が承認された。それまでの130年間は特別な状況下での中絶が許されていたが、ニカラグアのカトリック教会が中絶を禁じる法案を議会に働きかけた。そして議会でその法案が可決されたことによって法改定が実施された。その結果、どのような場合であっても中絶は犯罪であり、中絶を行えば6年から30年の禁固刑に処されることとなった。
次にホンジュラスである。ホンジュラスでは2021年1月、中絶禁止を明文化する憲法改正案が議会で承認された上に、中絶に関する法案の改正に必要な票数が3分の2から4分の3に引き上げられた。以前から中絶は全面的に禁止されており、緊急避妊薬の使用や販売も違法と厳しく規制されていたが、法案が強化され覆すことが難しくなったことでより法的規制が厳格化した。
またアメリカも中絶権を厳しく規制する国の1つとなった。アメリカでは、1973年のロー対ウェイド事件判決(※2)が2022年6月に覆された。ロー対ウェイド事件判決とは、憲法で保障するプライバシー権に中絶権があてはまるとして中絶権を容認した判決だ。この判決に基づいてこれまで中絶権が保障されてきたアメリカだったが、今回最高裁判所がこの判決を覆したことで、中絶権は憲法上の権利として保障されなくなった。そしてそれと同時に、各州に中絶に関する法律を自由に制定する権限が付与された。この影響で2023年1月現在、13の州がレイプによる妊娠の場合や近親相姦による妊娠の場合を除いて中絶を禁じているが、最終的には州の約半数が中絶を全面的に或いは一部規制する可能性があると予測されている。
ラテンアメリカにおける報道の量と内容
ここまで、近年中絶権を巡って揺れ動いてきたラテンアメリカとアメリカの現状、市民運動、そしてその法的規制について述べてきた。日本では、一定の条件のもとで22週目までの中絶が母体保護法14条で認められている。しかし配偶者の同意の必要性に関して物議を醸しており、日本も中絶問題と無縁とは言えない。ではこのようなラテンアメリカにおける中絶権を巡る動きがどれほど日本で報道されたのだろうか。今回は、中絶権を巡る社会及び法的規制が大きく動いた2019年〜2022年の4年間の報道量について、「中絶」をキーワードに朝日新聞、毎日新聞、読売新聞の3社それぞれを調査し、国際報道のうち中絶を主とする内容の記事のみを抽出した(※3)。
ラテンアメリカにおける中絶権を巡る動きについて該当記事を計上した結果、報道量は朝日新聞が5記事、読売新聞が3記事、毎日新聞が0記事と4年間でわずか8記事(※4)のみだった。8記事のうち取り上げられていた出来事は、2020年のアルゼンチンの中絶合法化に関して3記事(朝日新聞で2記事、読売新聞で1記事)、2021年のメキシコでの中絶に対する罰則を定めた州法の違憲判断に関して1記事(読売新聞)あった。そして2022年の報道では、エルサルバドルの死産・流産の犯罪化に関して2記事(朝日新聞)、ブラジルの中絶を認めない保守的な価値観に関して1記事(朝日新聞)、さらにラテンアメリカにおける緑の波運動に関して1記事(読売新聞)あった。

アルゼンチンの国民議会(写真:GameOfLight / Wikimedia Commons [CC BY-SA 3.0])
一方で、どのような出来事が報道されなかったのか。まず2020年のアルゼンチンの中絶合法化の過程である。上記の通り、この出来事を扱う報道は3記事ある。しかし読売新聞では、アルゼンチンについて言及されている1記事の内容は中絶を非犯罪化する法案が可決された事実のみだった。長い時間と多大な労力が費やされた中絶合法化に向けた運動など、その過程についてはほとんど報じられていない。朝日新聞では中絶権賛成派及び反対派双方のデモに関する記事が1件あった。それ以外にも、法的に禁止された状態で行われる中絶の危険性が記述されていた。一方で、合法化に至るまでの道のりが伝えられていない。このような報道では、背景状況を知らない読者の理解を促すことは難しいだろう。
次に緑の波運動である。読売新聞で1記事この運動が取り上げられているが、この記事は2020年以降のアルゼンチンでの緑の波運動を主としており、その影響としてメキシコ、チリ、コロンビアの中絶要件の緩和やエルサルバドル、ニカラグアの中絶要件の厳格化についての言及はある。しかしこの報じ方では、2020年以前の緑の波運動の動きはわからない。さらにアルゼンチン以外での緑の波運動についてはほとんど触れておらず、「ラテンアメリカで緑の波が拡大している」という一言に集約されている。各地で大規模な抗議運動を引き起こしている緑の波運動であるが、この一言で地域の傾向や運動の規模を伝えきれるのだろうか。
そしてコロンビアの中絶合法化である。読売新聞では上記の緑の波運動に関する記事内で少し言及されていたが、コロンビアのみに焦点を当て報じた記事は0記事だった。コロンビアでの中絶合法化は、アルゼンチンやメキシコの中絶合法化の影響を受けて実現したとされている。さらに、コロンビア社会だけでなく他のラテンアメリカの国々にも比較的大きな衝撃を与え、今後他国の中絶合法化を後押しするかもしれないものと考えられそうだが、それでも日本ではほとんど報道されなかった。

コロンビアの憲法裁判所(写真:Torax / Wikimedia Commons [CC BY-SA 4.0])
最後にチリの中絶合法化に向けた動きである。コロンビアと同様に、この件も先に挙げた読売新聞で報道された緑の波運動に関する記事内で少し言及された程度だ。また、今回の報道量調査では計上していないが、新憲法の草案や国民投票を主とする記事の中で、新しく憲法に盛り込まれる変更の1つとして列挙されていた記事もいくつか見られた。しかしチリにおける中絶の合法化を主として扱う報道は全くなされなかった。
アメリカにおける報道の量と内容
では、アメリカにおける中絶権を巡る動きはどれほど日本で報道されたのだろうか。ラテンアメリカの報道と同様の方法で調査した結果、報道量は朝日新聞が30記事、毎日が40記事、読売新聞が40記事の計110記事で、それはラテンアメリカ数ヶ国での大きな動きに対する報道の約14倍もの多さとなった。110記事を年別で見てみると、2022年に報道量が集中し、69記事(朝日新聞で20記事、毎日新聞で25記事、読売新聞で24記事)と最も多かった。3社共通して2019年から2021年においてはどの年も10記事以下(※5)であり、4年間の報道量のうちの約6割を2022年の記事が占めることとなった。
これほど2022年の報道量が多い理由は、やはりロー対ウェイド事件判決が覆されたことにあると分析の結果明らかになった。というのも69記事のうち、ロー対ウェイド事件判決の違憲判断に関する記事は44記事にも及ぶからだ。4年間の報道量を出来事別で見てみても、この件に勝るものはなかった。2番目に多く報道されたのは、2021年に施行された妊娠6週目以降の中絶を禁じるテキサス州法に関する記事で18記事、その後には2022年の中絶規制が争点の1つとなった中間選挙に関する記事で16記事と続く。ロー対ウェイド事件判決の違憲判断に関する報道では、先に述べたアルゼンチンの中絶合法化のように法律が変わったという事実を伝える記事だけでなく、法律が変更される前の動きや法律の内容、法律の内容変更後の政治や社会への影響など、多くの記事であらゆることが報道されていた。このことからもロー対ウェイド事件判決の違憲判断がどれほど報じられたかが明らかだろう。
2022 年の報道ではこの違憲判断の他に、複数の州における中絶の法的規制厳格化に関する記事や中絶規制に対するデモ集会に関する記事、中絶の法的規制が争点の1つとして注目された中間選挙に関する記事が取り上げられていた(※6)。

中絶権違憲判決に対するアメリカ最高裁判所前での抗議(写真:Ted Eytan / Wikimedia Commons [CC BY-SA 2.0])
報道の差が意味するものとは?
報道分析より、中絶問題においてラテンアメリカの全ての国に対する報道量は4年間8記事であるのに対し、アメリカの報道量は4年間で110記事と、その差は歴然である。そして毎日新聞がラテンアメリカの中絶問題に関するあらゆる出来事を一度も記事の対象にしていないことも印象的であった。これまでに述べてきたように、ラテンアメリカでは複数の国で中絶権を巡る大きな動きがあった。また国境を越えて連携し中絶合法化を訴える大規模な市民運動も活発的に行われた。それにもかかわらず、ラテンアメリカの報道量はアメリカの報道量の1割にも満たない。同じ女性の身体、同じ中絶の問題であっても、アメリカでの出来事は大きく注目され、ラテンアメリカへの関心は非常に薄い。
なぜこのような差が生まれるのだろうか。報道量に差が生まれる要因は様々だが、やはりラテンアメリカに関する報道が日常的に少ないことが大きく影響するだろう。そもそも、大手新聞社各社がラテンアメリカ地域においてブラジルとキューバにしか支局を配置していないことも、この地域を重要視していないことがうかがえる。さらにGNVでも過去の記事で取り上げているが、ラテンアメリカにおける報道量は国際報道のうちのたった2%前後だ。
では、ラテンアメリカの中絶をめぐる動きは報道価値が低いのか。むしろその逆である。緑の波運動に限らず、ラテンアメリカでのフェミニズム運動は国境を越え地域や大陸レベルで起こっており、その運動の規模は注目に値するだろう。また、この運動は活動家の団結力が強い点や人権団体などの大規模な組織が運動の後ろ盾となっている点など、現在のアメリカにとって学びがあると言われている。そして何より人権に包含される中絶権は人類共通のもので、国や地域による差はないはずである。日本でアメリカの中絶問題が取り上げられているように、同じ人間として、人権あるいはフェミニズムの一環としてその理解を促すために日本で報道する意義は大いにあると考える。

中絶権運動のシンボルである緑のバンダナ(写真:Fotomovimiento / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
今回は中絶権に焦点を当てて、報道上のラテンアメリカ諸国とアメリカの取り扱いの違いを比較した。このような報道の偏りは、中絶権に限った話では決してない。日本では報道されないがために、知られることもなく埋もれていく出来事が世界で起こり続けている。もちろんそれらを全て報道することは到底できないが、報道機関は読者が世界を知る主要な情報源である。だからこそ報道機関は、読者が世界で起こる問題を捉えられるように伝える役割を果たしてほしいものである。そのためには特定の国や地域ばかりに注目したり、歴史ある問題の一点を取り上げたりするのではなく、バランス良くかつ俯瞰的に報道することが大切なのではないだろうか。
※1 一般的に、妊娠前最後に月経が始まった日を0週0日とし、妊娠37週0日から妊娠41週6日を正産期として出産する。妊娠の兆候が見られるのは妊娠5~6週目辺りで、超音波検査で約1cmの胎児及び胎児の鼓動が確認することができる。妊娠8週目辺りからはつわりが起こりやすくなり、妊娠13週目にかけて安定期に入る。その頃に胎児は約10cm、約30gの大きさまでに成長し、顔や体が確認できるようになる。妊娠18週目から妊娠20週目ごろになると胎動を感じるようになる他、性別を認識することができる。そして妊娠30週目ごろでは胎児は約30cm、約1kg、最終的に出産期には約50cm、約3kgにまで成長する。ただし、出産までの週数や状況、胎児の成長度合いには個人差がある。
※2 元々はテキサス州在住だった妊婦ロー(仮名)が中絶手術を受けようとした際に、テキサス州では妊婦の命に危険が及ばない限り中絶できないと知り、異議を唱え訴訟に踏み切ったことが事の発端である。訴訟相手となったテキサス州の地方検事の名前ウェイドと合わせて、ロー対ウェイド事件と呼ばれている。
※3 報道量を調べるにあたり、朝日新聞のオンラインデータベース「朝日新聞クロスサーチ」、毎日新聞のオンラインデータベース「毎索」、読売新聞のオンラインデータベース「ヨミダス歴史館」を利用した。2019年1月1日から2022年12月31日までの4年間において、「中絶」キーワードに入力して検索し、朝刊夕刊問わず国際報道の中から該当記事のみを抽出した。ここでの国際報道とは、各新聞社の国際面に分類されている記事だけでなく、その他の面で日本国外において発生した出来事を扱う記事も含む。
※4 8記事の詳細は以下の通りである。
朝日新聞:
2020年 12月25日「中絶法案、割れるアルゼンチン 合法化の審議大詰め、賛否双方デモ」
2020年12月31日「中絶合法化の法案、アルゼンチン可決」
2022年 7月6日「死産した女性、禁錮50年判決 エルサルバドル、加重殺人の罪」
2022年9月14日「11歳が妊娠、母親が中絶認めず 保守的価値観強いブラジル、波紋 親族から暴行、1年半前にも男児出産」
2022年12月13日「(世界発2022)死産・流産が殺人になる国 カトリック信者多い中米エルサルバドル」
読売新聞:
2020年 12月31日「中絶合法化の法案可決」
2021年 9月9日 「メキシコ 中絶合法化に道 最高裁、罰則付き州法『違憲』」
2022年 8月22日「中南米 中絶合法化動き 「緑の波」運動 支持拡大」
※5 2019年~2021年の報道量は以下の通りである。
2019年:朝日新聞が1記事、毎日が3記事、読売新聞が3記事の計7記事
2020年:朝日新聞が3記事、毎日が3記事、読売新聞が3記事の計9記事
2021年:朝日新聞が6記事、毎日が9記事、読売新聞が10記事の計25記事
※6 2019年は計7記事で、内訳は中絶の法的規制を巡る論争やデモに関して4記事(毎日新聞と読売新聞で各2記事)、例外を除いて中絶を禁止するアラバマ州法に関する記事が2記事(朝日新聞と読売新聞で各1記事)、妊娠6週目以降の中絶を禁じるジョージア州法に関する記事が1記事(毎日新聞)となった。
2020年は計9記事で、内訳は、妊娠15週目以降の中絶を禁じるルイジアナ州法に関する記事が5記事(朝日新聞で1記事、毎日新聞と読売新聞で2記事)、中絶規制反対派のデモ集会に関する記事が3記事(3社それぞれ1記事)、最高裁判所の保守化に関する記事が1記事(朝日新聞)となった。ただ、中絶規制反対派のデモ集会ではドナルド・トランプ前大統領が演説を行っており、該当記事の見出しにも全てトランプ前大統領の名があったため、デモ集会よりもトランプ前大統領の意思及び行動に焦点が当たっている印象を受けた。
2021年は計25記事で、内訳はテキサス州法に関する記事が18記事(朝日新聞で4記事、毎日新聞と読売新聞で各7記事)、妊娠15週目以降の中絶を禁じるミシシッピ州法に関する記事が3記事(3社それぞれ1記事)の他、ジョー・バイデン大統領の中絶規制に対する姿勢に関する記事(毎日新聞)、中絶権を巡るデモに関する記事や勢いを増す派閥に関する記事(どちらも読売新聞)が、それぞれ1記事ずつあった。
2022年は計69記事で、内訳は1973年判決の違憲判断に関する記事が44記事(朝日新聞で13記事、毎日新聞で17記事、読売新聞で15記事)、中絶規制が争点の1つとなる中間選挙に関する記事が16記事(朝日新聞で4記事、毎日新聞で5記事、読売新聞で7記事)(※7)、さらに例外を除いて中絶を禁止するオクラホマ州法に関する記事が3記事(朝日新聞で2記事、毎日新聞で1記事)あった。そして妊娠22週目までの中絶を合法化するカンザス州法に関する記事が3記事(3社各1記事)の他、バイデン大統領の中絶規制に対する見解に関する記事(毎日新聞)、妊娠6週目以降の中絶を禁じるアイダホ州法に関する記事(読売新聞)がそれぞれ1記事ずつあった。
※7 中間選挙の記事のうち、中絶規制について取り上げているものを計上した。その判断基準としては、中絶規制についての説明があるもの及び見出しに「中絶」の文字が含まれているものを計上した。一方で、記事内に「中絶」の文字が含まれていても選挙の争点として列挙されているだけで説明がされていないものは計上していない。
ライター:Mayuko Hanafusa
グラフィック:Mayuko Hanafusa