#PrayForAustralia(オーストラリアのための祈り)。これは2019年の終わりにツイッターでよく見られていたハッシュタグで、このハッシュタグが用いられているツイートには燃える森林、消火活動を続ける消防士、傷つく動物たちの画像が貼られていた。2019年から2020年にかけてオーストラリアでは深刻な大規模火災が問題になり、2020年に入ってからは各メディアでの報道が増えていった。2月の時点でこの大規模火災に対して懸命な消火活動が続けられているが、被害は広がり続けている。

オーストラリア・セセノックで懸命な消火活動を続ける消防隊員(写真:Quarrie Photography/Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
2019年はこのような大規模火災がオーストラリアだけではなくアフリカ、南北アメリカ、北極、アジアの地域でも起こっており、世界各地で火災が猛威を振るった年となった。どの火災も地域にも世界にも大きな影響を与えているが、すべての火災が同じようにメディアによって注目されたわけではない。今回の記事では世界各地で起こった大規模火災について日本での報道量とその原因について考察する。
世界各地でおきる火災
2019年から2020年にかけて世界各地で起きた大規模火災は気候変動の影響などもあり年々規模が大きくなっているものも多く、また森林火災は大量の温室効果ガスを発生させるため、逆に気候変動への影響も懸念されている。地球規模の影響を生み出す大規模火災はどこで起きて、その地域はどのような被害を受けているのだろうか。被災面積が広い順に6つの地域の火災について紹介していく。(被災面積に関しては各火災の焼失面積を参考にしているが、正確な数字ではなく、また何をもって焼失とするかもあいまいなため詳しい記述は避けている)。
アフリカ大陸は地球で一番火災が多い大陸であり、その焼失面積は赤道より南の部分だけでも日本の国土の約3個分に匹敵する。その中でもアンゴラとコンゴ民主共和国では特に火災が頻繁に起きており、2019年の8月23日から24日の48時間だけでもアンゴラでは6,902件、コンゴ民主共和国では3,395件の火災が起きている。これはこの48時間における焼失面積では世界で1位と2位の数字である。人や動物への被害は分かっていないが、アフリカ中部の地域では甚大な被害を受けている。この火災の原因は焼き畑の文化といわれているが、食料の確保のために必要以上の森林が燃やされており、深刻な問題になっている。

アフリカ中部の火災発生地点(写真:Jeff Schmaltz, NASA)
毎年、夏には火災が発生するオーストラリアだが2019年は気温が40度を上回る時期が早く到来したため例年より早く火災が発生し、2019年9月から始まったその被害は懸命な消火活動にもかかわらず増え続けている。2020年1月5日時点で23人の人々、約5億匹の動物が亡くなっている。原因としては乾期における落雷、ダイポールモード現象などの異常気象や発火性の強いユーカリの木などが考えられている。
この地域でも毎年火災が起きているが2019年はその火災が自然鎮火しないという異常事態が起きていた。ブラジルのアマゾン地域は「地球の肺」と呼ばれている地域の一つであり、地球にある酸素の約20%をアマゾン地域の森林が作り出している。焼失面積は九州地方の面積約1つ分でその原因としてはブラジル政府が森林伐採を積極的に行う方向に政策を転換したため、多くの森林が伐採され、アマゾン地域の湿度がどんどん下がり、火災が起きやすく、また鎮火しにくくなっているのである。

アマゾン地域で切り倒されていく森林(写真:Matt Zimmerman/Flickr [CC BY 2.0])
④北極
GNVの記事でも2019年潜んだ世界の10大ニュースにも取り上げられた北極火災。シベリア、アラスカ、カナダ、グリーンランドなど人のあまり住まない地域での火災のため人的被害こそないものの、その規模は大きく、北極火災で生じた煙の面積は700万㎢でこれはEU(ヨーロッパ連合)をすっぽり覆うほどの広さである。原因は気候変動による乾燥と熱雷、強風とされている。
同じくGNVの2019年潜んだ世界の10大ニュースにも取り上げられたインドネシアの火災。東南アジアに位置するインドネシアではインド洋の海面温度が変化するダイポールモード現象と野焼きによって大規模な火災が発生している。泥炭土と呼ばれる可燃性の土の上で火災が起きている影響もあって被害が深刻になっている。この森林火災による2019年9月と10月の二酸化炭素排出量は世界最大のCO2排出国のひとつであるインドネシアの年間排出量に匹敵し、煙の被害は隣国にも影響を及ぼしている。
アメリカの西海岸に位置するカリフォルニアでも毎年火災が数多く発生しており、2019年には一件の火災で400㎢が焼けるものもあった。2019年は緊急火災警報が連日発令され、電線の断線が火災の原因になりうることから各電力会社は数十万世帯の規模で計画停電を行うなど対策が講じられているが根本的な解決にはなっていない。
どの火災が重点的に取り上げられているのか
上で見てきたように、2019年は大規模火災が世界各地で起きていたが日本の報道機関はどの火災に注目し報道してきたのだろう?2019年の一年間の読売新聞の報道量と各火災が定期的に発生していることを考慮して2010年からの総報道量を計ってみた。(※1)
数字からまず言えるのは読売新聞で2019年に書かれた6つの地域の火災に関する報道量は極めて少ない。ブラジルの記事が14記事、オーストラリアでの火災も2020年になってからSNSやインターネットを中心に注目度が上がってきたため2020年1月22日時点まで合わせると14記事まで増えた。しかしインドネシアの火災が3記事、カリフォルニアの火災が2記事、アフリカ中部と北極の火災は記事が1つもなかった。
ここで火災の性質も規模も違うが6つの地域の火災の報道量と比較するため2019年に日本で最も報道された海外の火災であるパリのノートルダム火災を紹介する。2019年4月15日から4月16日にかけてフランス、パリで世界遺産にも登録されているノートルダム大聖堂が炎上した。この火災によって建物上部の尖塔が焼け落ちた。このニュースは日本でも読売新聞の2019年の海外10大ニュース第2位に選ばれており、日本で起きた首里城火災に引けを取らない高い注目を浴びた。
6つの地域の火災について上のノートルダムの火災に関する報道量と比較するとその少なさが目立つ。ノートルダムの火災が起きたのは4月だがそこからの9か月で79もの記事が書かれている。これをブラジルの火災と比較すると5.6倍の報道量となる。日本で大きな話題となった首里城の火災に関する記事は210記事書かれているが新聞の内容の国内と国外の報道量の割合が10:1であることを考えるとノートルダムの火災は日本のニュースと比較しても一定数取り上げられている。
火災報道の決め手は
では何を基準にして報道量が決定するのだろうか。今日災害について報道機関が報道するときに主要の判断要素にすると考えられるのは以下の3つの点であろう。1つ目が被害面積や死亡者数といった数字の大きさ、2つ目がその災害が普段起きない出来事か(つまり新規性)、3つ目がその災害がどれほど日本に影響を及ぼすかであろう。この3つのポイントと照らし合わせながら6つの地域の火災を見ていこう。
まず1つ目については被害面積が大きいほど報道量が増えることになる。この傾向が正しければアフリカ中部の火災が多く報道されるはずだが、アフリカ中部に関する報道は2010年から1度もなく、オーストラリアとブラジルに関する報道は一定数あるが、それに続く北極に関する報道は2010年からわずかに1記事である。さらに北極地域の火災に続くインドネシアの火災が北極地域のものよりも報道されている。またカリフォルニアの火災は規模が小さいにもかかわらず2010年から見ると比較的多く報道されていることからも報道量と被害面積に相関関係はみられないことが分かる。また死亡者数に関してもアフリカ中部、ブラジル、インドネシアに関しては死亡者の情報がまとめられていなかったり報道されていなかったりするため相関関係があるとは言えない。ただ人への影響を考えてみると、インドネシアの火災は煙が東南アジアに広がっており被害が大きくなる可能性があるため報道され北極の火災は人への影響が出にくいため報道されにくいと考えることはできる。

煙に覆われるクアラルンプール(写真:Benjy8769/Wikimedia Commons [CC BY-SA 4.0])
2つ目については各火災が2019年に初めて起きたり、例年よりも規模が大きかったりするときに報道量が増え、毎年起きているものなら報道量が減るというものである。各報道機関が伝えるニュースの語源は「新しいこと」を示す「new」からきているのであって各火災の新規性が重要視されるのである。その点からみるとどの火災もある程度前から起こっており2019年は例年より規模が大きくなっている。この点から6つの火災について新規性が報道量を左右する判断要素になっているとは言えないと考えられる。
最後に3つ目についてはその災害が日本に大きな影響を与えれば与えるほど報道量が増えるということになる。6つの火災は発生場所を問わず、大規模の火災が地球全体で気候変動を加速させるという意味では日本にも影響を与えるが、火災が日本に影響を与えるのは直接的には煙が日本に到達するとき、間接的には観光や商業活動など日本との交流が活発な地域に火災が及ぶときが考えられる。それに対してそうでない地域の火災は取り上げられにくいはずなので、北極やアフリカ中部の火災が取り上げられていないことはこの傾向に合致する。しかし地理的に近く日本が直接的に影響を受ける可能性が最も大きいインドネシアはアマゾンの火災に比べると報道量はかなり少ない。つまり火災の報道量と日本に対する影響は強い相関関係があるとは言えないのである。
海外の火災からメディアを遠ざけるもの
これまで見てきたように、火災に対する報道量を左右すると思われる要因は実際に見てきた報道量を必ずしも説明できておらず、矛盾がある側面もあった。そこで新たに「隠れた」要因を3つ追加する。
まず1つ目は影響力の大きい海外メディアの影響である。ブラジルの2019年の7月と8月の森林伐採の面積が前年度比で3倍以上になっていることなどに注目して欧米諸国の各メディアは2019年の8月の下旬に一斉に森林伐採、森林火災の記事を書いたりニュースを報道したりして地球の環境への影響があることに警鐘を鳴らした。読売新聞のブラジルの火災の記事が書かれたのは8月下旬以降であり、欧米諸国による報道が勢いついてからである。日本メディアがブラジルの火災を取り上げたのは欧米メディアの行動の影響があると言える。実際に2019年に起きた森林火災についての英語報道を調べてみると、ブラジルの火災が1番多く、その次にオーストラリア、アメリカと続いた。これと各火災の報道量を照らし合わせると日本のメディアは海外のニュースを取り扱うとき海外の主なメディアがどれくらい報道しているかを一つの観点にして判断していると考えられる。
2つ目はメディアの海外拠点の数と配置と地理的優先順位である。調べたい地域が取材拠点から遠ければ遠いほどその地域に行くことは地理的にも金銭的にも厳しくなり、また交通インフラが整っていない地域には取材に行くことが難しい。もし取材に行くことができたとしても滞在にはさらに費用がかかり、また拠点がないと滞在が難しい地域(熱帯雨林や北極など)もあるため取材に割ける時間は少なくなってしまい、中身のある記事を書くことは難しくなってしまう。読売新聞の取材拠点はシドニーとロサンゼルスにありインフラも整っているのでオーストラリアとカリフォルニアにはアクセスしやすい。またリオデジャネイロにも拠点がある一方アフリカ中部や北極には拠点がなくアクセスしにくい。支局の配置は全般的な報道機関の関心の強い地域と関心の弱い地域を示していることから読売新聞の国際報道への関心はアジアやヨーロッパに偏っており、アフリカには向いていない。よって北極やアフリカの火災は取り上げられていないとも考えられる。
3つ目は日本がその火災に影響を与えている可能性があるということである。インドネシアの火災についてはその火災が起こっている地域とパルプ材伐採を行っている地域が合致している部分が多い。これは林業において植林のために敷地を燃やすことが原因である。日本は木材を大量にインドネシアから輸入しており、また火災が起こっている地域でパルプ材伐採をしている8社のうちの1社が日本の丸紅の関連企業なのである。つまり、日本の企業がインドネシアの森林火災の一因となってしまっているとされている。日本の政府や企業が世界の問題に加担しているとき日本のメディアはそのことについて報道を避ける傾向にあるとも言える。それに対してブラジルの火災についてはブラジルの大統領を批判することが多く、日本の政府や企業は批判の対象になりにくい。よってインドネシアは日本に近く、日本と関連が強いにもかかわらず、遠くて関連が弱いブラジルのほうが多く報道されていると考えられる。

コンゴ民主共和国で川の対岸が燃える写真(写真:CIFOR/Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
2019年、日本の周りでは日本の国土を焼き尽くして余りある面積が火災に見舞われていたがその火災に対する報道量はその規模に見合ったものではない。報道の実際の要因は複雑なものであるがその結果、世界の火災に対する現状を十分に伝えられていないのではないのだろうか?海外での森林火災は海外での地震の時の津波のように日本に直接被害を及ぼすようなことは少ない。しかし森林が燃えると二酸化炭素がでたり酸素を作り出してくれる木々が無くなったりすると環境の面などで最終的に日本にも被害が及ぶ可能性がある。そのことを認識して森林が燃える音に耳を傾けるべきである。
※1 読売新聞の2019年及び2010年~2019年における全国紙、地方紙の報道量を集計
ライター:Yoshinao Araki
グラフィック:Yumi Ariyoshi