2020年10月、再生可能エネルギー会社が初めて、時価総額で世界最大のエネルギー会社となった。一時的ではあったが、風力・太陽光発電を中心とするネクストエラ・エナジー社(米)が、エクソンモビール(米)やサウジアラムコ(サウジアラビア)といった世界最大の石油会社を抜いた。ネクストエラ・エナジー社がエネルギー企業において先頭に立ったことは、過去15年間の石油産業の衰退を示唆している。その背景には石油産業がもたらしている環境への大きなダメージもあるが、利益が期待できる産業ではなくなっているという事情もある。
では、日本のメディアはこのような変化を含め、石油業界の現状と未来を捉えることができているのだろうか。この記事では石油業界の現状を探り、この動向に関する報道を分析した上でそのあり方について探っていく。

沈む夕日、石油精製所にて(写真:Pontla/Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
石油と世界
まず、世界における石油の現状について見ていこう。石油産業は、19世紀半ばに、アメリカで世界初の商業用油井が発見されたことから始まった。それに伴い、鯨油に代わる灯油が求められるようになり、石油の需要が急伸した。また、産業革命や二度にわたる世界大戦などを経て、石油はガソリンや武器の生産に活用され始めたため、石油の需要は一層増加した。今となっては、我々の生活の隅々にまで浸透しており、燃料や様々な物の原料として使われている。燃料の例を挙げると、ガソリン、軽油、ジェット燃料、重油などの輸送燃料や発電用燃料などがある。また、タイヤなどのゴム製品やあらゆるプラスチック製品、衣類に使われており、化学繊維、洗剤やシャンプーなどの日常製品の原料としても使われている。
では、どのような国や企業が、世界の石油の需要と供給を左右するのだろうか。2019年時点では、世界の主要産油国の5カ国はアメリカ(19%)、サウジアラビア(12%)、ロシア(11%)、カナダ(5%)、中国(5%)である。この5カ国の生産量を合わせると、世界の石油の5割強を占めている。その一方、世界の主要消費国の5カ国は、アメリカ(20%)、中国(14%)、インド(5%)、日本(4%)、サウジアラビア(4%)である。これらの石油の採掘、生産、精製をするのは石油メジャー(国際石油資本)である。第二次世界大戦後から1970年代まで、石油メジャーのうち、7つの巨大企業(いわゆるセブン・シスターズ(※1))が世界の石油生産をほぼ独占していた。 しかし、1970年代に入ると、中東などの国を中心に組まれた石油輸出国機構(OPEC)(※2)が力を発揮し、1973年の第一次石油危機をきっかけに、石油価格の決定権を握るようになった。 2019年の時点で、OPECは世界の総生産量の約40%を占めている。 現在でも、OPECは生産調整などによって石油価格に大きな影響を及ぼす存在であり続けている。 OPECを含み、シノペック(中国)やサウジアラムコといった産油諸国の国営石油会社は、世界の総石油埋蔵量の65.7%を保有している。これに対し、石油メジャーといった民営石油会社は総石油埋蔵量の34.3%しか保有していない。

ガソリンスタンド(写真:Tony Webster/Flickr [CC BY-SA 2.0])
石油業界の課題
私たちが今まで大いに依存してきた石油業界は現在、どんな課題を抱いているのか。まず、化石燃料の一つである石油はやがて枯渇するということが挙げられるだろう。化石燃料には石油のほか、石炭や天然ガスなども含まれている。現時点で分かっている埋蔵量と年間生産量を鑑みると、このまま石油を使い続ければ50年ほどでなくなると見られている。 新しい油田が発見されれば埋蔵量が増加し、海洋掘削や水圧破砕(フラッキング)のような技術を開発することによって、海底、シェール層からも石油を採取できるようになったが、石油はあくまでも人間の消費速度以上には補給することのできない天然資源である。そのため、石油の供給不足をまかなうためにも、世界経済の発展に必要な代替燃料が求められている。
また、石油の利用が環境に大きな負荷をかけていることも大きな課題である。石油を燃焼することによって大量の二酸化炭素が発生する。現在大気中にたまっている二酸化炭素は、主に石油をはじめとする化石燃料から生じたものであり、温室効果ガスの8割を占めている。二酸化炭素は、熱を閉じ込め、地表の平均温度を上昇させる効果を持つ。その結果として、海面が上昇し、気候が変動しているのだ。国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書によると、世界平均気温は早ければ2030年までに、産業革命時と比較して1.5℃上昇してしまい、動植物に壊滅的な状況を引き起こすとされるほか、さらに1億人が極度の貧困状態に陥ると推測されている。
二酸化炭素排出による気候変動を悪化させることだけでなく、石油の利用および採掘と生産課程も環境にも悪影響を与えている。石油の利用において漏れが発生することは珍しくない。例を挙げると、2020年に島国モーリシャスで起きた貨物船の重油流出は、希少な珊瑚礁や多様な海洋生物の死滅を引き起こすとされ、重大な環境災害とみなされている。 採掘においても石油漏れはつねに発生している。例えば、ナイジェリアのニジェールデルタは、ロイヤル・ダッチ・シェルやエニといった石油メジャーの過失によって、繰り返される原油の流出で深刻な汚染を被っている。 2020年1月から8月までのたった8か月間で、ニジェールデルタで操業している石油・ガス会社らは3,347バレルの原油(532,078リットルに相当)を流出させた。こうした環境問題の深刻さに対する認識が強まってきた中で、「脱石油」の動きが高まってきている。

モーリシャス沖合での重油流出事故(写真:IMO/Flickr [CC BY 2.0])
支えられている石油業界
上述した石油をめぐる課題が多いものの、依然として石油業界は政府や銀行、投資家などに支えられている。その背景には、石油産業と政治とのしがらみもあるが、それとは別に石油は現在の社会と深いつながりもある。エネルギー部門にせよ、交通部門にせよ、私たちは石油に依存している状況だ。しかし、石油産業は必ずしも自力で利益を上げてきたわけではなく、各国政府はこれまで税金から大いな助成金を石油産業に注ぎ込んできた。各国政府は少なくとも年間合計7,750億米ドルから1兆米ドルの化石燃料補助金を提供している。経済協力開発機構(OECD)と国際エネルギー機関(IEA)は、化石燃料の生産と使用に対する各国政府の補助金は、2013年から2016年まで減少傾向だったが、2017年に再び増加に転じたと報告した。また、石油業界は投資銀行の融資を受けている。温室効果ガス削減を目指す国際的取り組みであるパリ協定 が採択されたものの、それ以降も化石燃料産業に対する銀行全体の資金調達は毎年増加している。世界の巨大銀行の33銀行が2016年から2018年までの間、化石燃料に1.9兆米ドルを融資した。このうち6千億米ドルは、化石燃料を積極的に拡大している100社に融資した。
石油時代の終焉?
しかしながら、政府からの助成金や銀行からの融資があるにもかかわらず、利益の見込みの低下や環境問題に対する認識の向上によって、石油業界の衰退は着実に進んでいる。2005年以降、石油の株は市場全体で運用実績が低下しており、総合500種株価指数を計るスタンダード・アンドプアーズ(米)では、平均の約9%の年間収益増加に対して、石油の年間収益増加は約2%にとどまっている。投資する側にとって、石油業界は、利益を期待できる業界ではなくなってきている。同時に、投資は業績が好調で未来が期待されている再生可能エネルギー業界へとシフトしている。IEAが2020年に発表した「世界エネルギー見通し」によると、太陽光発電はすでに史上最も安価な電力源になっている。この動向は10数年前から始まっている傾向ではあるが、近年徐々に強まってきている。また、2020年に入り、新型コロナウィルスの危機がこの傾向に拍車をかけている。
その結果としてここ数年、石油業界に以前から高額を融資した投資銀行、莫大な金額を動かしている大手投資ファンドや年金ファンド、巨大な宗教団体などは、次から次へと化石燃料関連企業から投資を引き上げることを決めた。世界各地で化石燃料からダイベストメントの始まりである。ダイベストメントは投資(インベストメント)の対義語であり、投資を撤退することを意味する。年に、石油で莫大な財産を築いたロックフェラー家は化石燃料関連への投資のダイベストメントを行い、保有する石油大手エクソンモービルの株式も売却すると表明した。同様に、世界最大の投資ファウンドのブラックロック(米)と大手機関投資家ストアブランド(ノルウェー)社は2020年に、化石燃料のダイベストメントを行うことを宣言した。

タフツ大学で、化石燃料からのダイベストメントを支持するデモ(写真:James Ennis/Wikimedia Commons [CC BY 2.0])
投資ファンドだけでなく、2020年にC40世界大都市気候先導グループ(C40)(※3)の12大都市が化石燃料投資からダイベストメントを行い、持続可能な経済を支える再生可能エネルギーなどの気候変動対策に融資すると表明した。また、ローマ教皇フランシスコでさえ2020年に、世界中にいるカトリック教徒に対して化石燃料からのダイベストメントを呼びかけた。カトリック教会が管理するファンドはすでにダイベストメントをしている。さらに、石油会社との保険契約を結ばないことを決定した大手保険会社もある。これらの例からわかるように、石油からのダイベストメントの勢いが強くなりつつある。
その一方、石油からのダイベストメントは良い結果ばかりではない。ダイベストメントは逆に二酸化炭素排出量を増加させる可能性があるという説がある。ダイベストメントをすることにより、石油メジャーに対して圧力をかけることができるが、民営石油会社は現在世界の石油の埋蔵量の34%しか保有していない。その一方で、ダイベストメントに影響をあまり受けない非民主主義の産油諸国の国営石油会社は、世界の石油の多くの生産を担っている。こういった国営石油会社は、今後石油メジャーの市場占有率を奪い、事業を拡大させる可能性がある。 また、すでに不安定な原油価格は、石油からのダイベストメントによってさらに不安定になる。なぜならば、投機資金の大量流出により、原油価格は大幅に変動しているからだ。

バルバドスのアクラ・ビーチでのプラスチック汚染(写真:Muntaka Chasant/Wikimedia Commons [CC BY-SA 4.0])
最後に、石油の需要が弱まる中で、石油メジャーはその存続のために石油を原料とするプラスチックや化学物質の増産にシフトしようとしている、とされている。プラスチックの供給が過剰になるため、プラスチックの価格が下がると、プラスチックを再生利用しようとしなくなり、環境に悪影響を及ぼす可能性もある。
報道の実態
これまでは、石油業界の様々な動向を見てきたが、日本のメディアはこのような動きを伝えることはできているのだろうか。また、日本における石油関連の国際報道には、どのような傾向がみられるだろうか。2017年10月1日から2020年9月30日までの3年間、毎日新聞の国際面に掲載された記事のうち、記事の中に「石油」「原油」「重油」の単語が含まれている記事を集計した。その結果、計492記事と、比較的少ないものとなった。これらをもとに、まず登場した国・地域、記事の内容について分析を行った。はじめに、報道された国別で傾向を調べた。以下のグラフは、全492記事の中に登場した回数の多かった国トップ10を掲載している。
報道量が最も多かったのはアメリカで、計108記事(22.0%)である。普段から日本の報道に注目されており、世界の主要産油国のトップであるアメリカが一位を占めているのは不思議ではない。また、アメリカのほかに、イラン(12.1%)、サウジアラビア(8.2%)、ベネズエラ(4.5%)、ロシア(4.0%)、中国(2.7%)のような主要産油国に関する報道も比較的に多い。日本は主要産油国ではなく、国際面に絞ったにもかかわらず、輸入国として石油・原油の価格の変動に影響を受けるため、日本に関する記事が多い。モーリシャス(2.2%)がこのランキングに入っている理由としては、日本企業の所有・運行する貨物船が2020年にモーリシャスの沖合で重油流出事故を起こしたことが挙げられる。
では、報道の内容を見てみよう。石油に言及した492の記事を、石油が記事の中心的な話題となっていた記事に絞り込んだ。該当する149記事の内容を以下のように分類した。
報道の内容の多くは、サウジアラビア石油施設攻撃などの石油をめぐる紛争や、アメリカによるイランと北朝鮮に対する原油の禁輸制裁という政治的摩擦についてである。石油をめぐる紛争・摩擦に関する記事は59記事となり、39.6%を占めている。次に多く報道されているのは、原油先物相場や国際収支などにおける石油価格(24.2%)である。石油関連事故のカテゴリーは11.4%を占めたが、17記事のうち、13記事は前述したモーリシャスにおける重油流出事故についての記事だった。また、石油生産関連のカテゴリーには、近年石油の供給が需要を上回っていることを受け、石油の減産をめぐる議論が多かった。その次の石油会社に関する記事は、主に石油メージャ出光興産(日本)と昭和シェル石油(日本)の統合について報道されていたが、サウジアラムコの株価と企業価値の報道もあった。
報道されない石油業界の傾向
最後に、報道されていない石油業界の側面を取り上げる。石油が中心テーマとして書かれた149記事(※4)の中でみると、まず、石油が気候変動への影響についての記事はひとつもなかった。さらに、先ほどの調査からわかるように、石油業界による他の環境破壊に関する報道もわずかしかなかった。石油漏れに関しては、モーリシャスの重油流出事故しかなかった。また、そのモーリシャスの重油流出事故に関する報道でさえ、現状を十分に反映しているとは言えないものであった。この事故を題材にした3記事のうち、環境破壊とその清掃活動を中心にした記事は1記事のみであった。残りの12記事の内容は重油流出に対する賠償請求と処理となった。
さらに、石油からのダイベストメントという近年加速している大きな動きの現状、メリット、デメリットなどについての情報はなかった(※5)。また石油との関連で紹介された再生可能エネルギーに関する記事は7つしかなかった。その内容も充実しているとも言えない。例えば、2018年2月21日に掲載された「石油:世界需要、30年代ピーク 再エネ、EVで鈍る 英BP予想」という記事は、「再生可能エネルギーの伸びが著しい」という石油メジャーBPの関係者からのコメントにとどまり、石油業界からのダイベストメントなどを含む理由や背景に言及することはなかった。2020年10月の報道の中で、再生可能エネルギー会社が初めて、時価総額で世界最大のエネルギー会社となったというエネルギー業界における重要な展開を報道されなかった。

再生可能エネルギー発電所(写真:Kenueone/Wikimedia Commons [CC0 1.0])
今まで述べてきたように、石油に関する報道は少なく、その限られた報道の中でも内容は偏っており、石油業界の現状と動向を捉えているとは言えない。多くの国では、二酸化炭素といった温室効果ガスの排出規制、または脱炭素に向けた国際的な取り組みか始動したとみられる。2020年10月に日本が脱炭素目標を宣言し、化石燃料を使用した従来の発電の仕方を、再生エネルギーに転換する姿勢を示したとはいえ、ほかの国の取り組みに遅れをとっており、その実現に向けたプランも明らかになっていない。しかし、毎日新聞による国際報道を見ている限り、自国政府の言動を追う形となっているとも言える。このままの状態で、日本は脱炭素に向けて一歩進められるだろうか。そのためにも、石油をはじめとした化石燃料に関する報道における改善が求められる。
※1 セブン・シスターズ:石油市場のシェアの大部分を寡占する7つの石油系巨大企業の複合体の総称である。その7社はエクソン(米)、モービル(米)、ソーカル(米)、テキサコ(米)、ガルフ(米)、ロイヤル・ダッチ・シェル(英・蘭)、ビーピー(英)である。
※2 石油輸出国機構(OPEC): 国際石油資本などから石油産出国の利益を守ることを目的として、1960年9月14日に設立された組織である。2020年11月現在、13カ国が加盟している。その13カ国はイラン共和国、イラク、クウェート、サウジアラビア、ベネズエラ、リビア、アラブ首長国連邦、アルジェリア、ナイジェリア、ガボン、アンゴラ、赤道ギニア、コンゴ共和国ある。
※3 C40(Cities 40)世界大都市気候先導グループ(C40 Cities Climate Leadership Group):気候変動対策に取り組む世界の大都市によって構成された都市のネットワークである。
※4 石油との文脈ではないが、毎日新聞の記事で気候変動が取り上げられることは少なくない。
※5 石油が中心テーマでない過去の記事では、ダイベストメントを取り上げられることはあったが、極めて少ない。
ライター:Yow Shuning
グラフィック:Yow Shuning
石油からのダイベストメントがここまで進んでいるとは知りませんでした。また、再生可能エネルギー会社が世界最大のエネルギー会社になったことについては驚きました。石油依存はまだまだ続くと思っていたので、少しだけ嬉しく思いました。
しかし、石油と環境の関係の報道は少なすぎですね。これからも人々の環境問題についての意識を高めないといけないなと改めて感じました。
ダイベストメントという言葉を初めて耳にしました。世界的に見れば大きなムーブメントになってるにも関わらず、これまで知らなかったので、今後さらに世界の動向に目を向けていかなければと感じました。
石油関連の環境問題を日本の報道機関がとりあげていないというのは驚きでした。今後脱炭素化を考える上で重要であるエネルギー関連の課題を解決するためにも、しっかり情報を入手できる状態を整えるべきだと感じます。
確かに環境問題に対して、日本は先進国であるにも関わらず遅れている印象を受けます。しかし、震災後原子力発電のリスクが強調されるようになった今、石油に頼らずに、逆にどうすればいいのだろうかと思っている人が多いと思います。石油よりクリーンなエネルギーは、石油程受け入れられていないのが現状です。
この記事の作者が仰るように、もっとみんなの目がクリーンエネルギーにも向くように、報道は変わらねばなりません。地球全体で取り組まないといけない課題だと思います。
石油業界の歴史がわかりやすくまとまっていて、何故石油がこれほどメジャーなものとなったのか理解できました。また、日本における報道の実態に目を向けたのは非常に面白いと思いました。日本にとって、石油関連事項はCO2排出量削減や再生可能エネルギーへの移行というよりも、政治的に考えられている現状を知ることができて興味深かったです。
石油からのダイベストメントがこれほど大きな動きになっているとは知りませんでしたし、ローマ教皇がダイベストメントを世界中のカトリック教徒に呼びかけたという事例もあるとも驚きでした。もっと包括的な報道が行われていくことを期待します。
非常に興味深い記事でした。記事で言及されているように、確かに日本人は環境問題に対して関心が薄く、諸外国に比べて対策に後れを取っていると言わざるを得ません。ただ、教育関係の仕事に従事し高校生を指導して約20年経ちますが、大学では環境問題を学びたい、将来は環境問題改善に貢献できるような職に就きたいという子が以前に比べて明らかに増えてきています。小さな芽かもしれませんが、日本も少しずつ変わってきていると信じたいです。今年も環境問題に関心がある生徒がいるので、この記事を紹介したいと思います。