2020年7月、エチオピアが進めている、青ナイル川におけるグランド・エチオピアン・ルネサンス・ダムの建設が完成に近づいており、貯水が始まった。エチオピアのタナ湖に源がある青ナイル川はナイル川の支川として、雨期の間ナイル川に流れる水の8割を供給する。ナイル川は大昔からエジプトの象徴として、北東アフリカの農業と経済に欠かせない存在である。その中で下流へ流れる水の量が減り、これを死活問題とみたエジプトとスーダンがダムの建設に反対してきた経緯から国家間の摩擦の原因となっており、紛争にエスカレートする恐れがあると指摘されてきた。
このような水を巡る問題が2000年代に入ってから増えており、より深刻になる傾向がある。その背景には世界の人口増加や気候変動などがある。北東アフリカだけではなく、世界中で水不足や川・湖の使用権利を巡る対立などが紛争の種になっている。さらに、紛争が発生してしまえば、水資源が攻撃などで失われたり、水資源そのものが紛争の中で「武器」になったりすることもある。水を巡る紛争の頻度と規模が今後もさらに悪化していくとみられている中で日本のメディアはこの問題と傾向を認識し、国際報道で十分に注目しているだろうか。

干からびた運河、インドのラージャスターン州(写真:Editor GoI Monitor/ Flickr.com [CC-BY-SA-2.0])
世界の水不足問題
米国の世界資源研究所(World Resources Institute: WRI)のデータによると、世界人口の4分の1が住んでいる17ヵ国ではウォーターストレス(water stress)が非常に高い状態にある(※1)。ウォーターストレスというのは水への需要が供給を上回る時期があることを指しており、非常に高いというのは、1年間に使われた農業・工業・家庭用の水の量が利用可能な水資源のうち80%以上を占めている状態を表す。このような状況下では水資源の供給が不安定になると水資源が枯渇してしまう恐れがある。現在では、農業が最も水資源を利用しているセクターである。世界的に見ると、農業が取水された水資源の70%を占める。例えば、牛肉1キロを生産するためには、15,400リトルの水が必要で、鶏肉の場合は4,325 リトル、穀物においては1,644リットルの水が使用される。参考として、人間が健康に生きるために必要な水の量は最低50リットルである。ところで、過去50年間、人口が40億人増えたこともあって、世界中で家庭で消費されている水量が6倍に増加し、工業と農業で消費される水量がそれぞれが3倍と2倍に増加した。

World Resources Institute (Aqueduct) のデータを元に作成
世界保健機関(WHO)のデータによると、世界に住む人の3人に1人は自宅で水道へのアクセスがなく、住宅から離れている井戸や源・川・湖などから水を手に入れる。さらに、約20億人が排水に汚染されている飲料水を使用している。現在の傾向が続けば、2025年までに、世界人口の半分もの人がウォーターストレスの高い地域に暮らすことになる。しかし、ウォーターストレスの原因は人口や経済活動の増加だけではなく、気候変動も大きくかかわっている。温度の上昇や降水量の減少及び砂漠化の悪化などで、世界中で史上最大と呼ばれている干ばつが観測されている。今後、地球の乾燥地帯ではより乾燥が進行し、湿潤な地方では降水量がより増加することが予測されている。WRIの指標では、ウォーターストレスが非常に高い17の国のうち、12ヶ国が中東、北アフリカにある。この地域には、世界人口の約7.5%が住んでいるが、世界の淡水量の1.4%しかない。武力紛争が集中するこの地域では、水不足が問題となり対立、摩擦の原因となっているとされる。
パシフィック・インスティチュート(Pacific Institute)は2000年から2019年までの20年間で水を巡る紛争や暴力事件を合計676件記録している。その件数の約3分の2(466件)が2010年以降に発生しており、水資源と紛争の問題の悪化は明らかである。最も事件が多い地域は西アジア(中東)の国々で、主にイエメン、イラクとシリアに集中している。特に、イエメンは記録されている件数が最も多く、26%(131件)もの件数を占めており、2015年のサウジアラビアが率いる連合の軍事介入以降に特に悪化している。次に事件が多い地域はサハラ以南アフリカで、マリ、ケニア、ソマリアなどで多くの紛争との関連がみられている。もう一つ事件が多い地帯として挙げられるのは南アジアであり、インドとパキスタン間の摩擦が目立つ。以下に、水と紛争との関係の3パターンについて、事例を交えながら紹介していく。
紛争の引き金となる水問題
人間は昔から様々な資源を巡り、紛争を引き起こしてきたが水資源もその例外ではなく、現在では人口増加と地球温暖化により水不足状態はさらに悪化し、紛争の原因となることが多くなっている。この原因としては家庭や村レベルで井戸の水を巡る対立、汚染や不十分な水道の配備から発生する水不足に対するデモ、さらに国同士で川・ダムなどの水資源の使用権をめぐるものが含まれる。特にウォーターストレスが高い地域で紛争の引き金となっている場合が特に多く、ここでは、ケニア、シリア、キルギスの事例を紹介する。
ケニアの乾燥された北部地帯では、水資源へのアクセスがしばしば争いの種になっており、パシフィック・インスティチュートが2010年以降に記録した10の事件では約140人が殺害された。ほとんどの事件は穀物を生産する農場主と移牧の牧畜民との間に発生している。この争いは長年続いているが、気候変動と水資源の分配や管理における問題により、深刻化しており、例えば、水が不足している中で新しく建設される水関連のインフラを巡るアクセスやもたらされる利益が紛争につながる事例もある。
シリアも水資源と紛争が関連している。2006年から2011年の間に、シリアは史上最大な干ばつに苦しんでいた。2009年までに、約80万人が不作のため仕事と食料を失い、主食の小麦と大麦の収穫がそれぞれ47%と67%に減少した。また、政府の農業政策と農場主の多くが利用する地表灌漑の効率の悪さから干ばつがもたらした水問題がより深刻となった。その結果、2011年までに約150万人が地方から都会と都会を囲むキャンプに避難し、干ばつが原因となって起こった飢饉と不景気、そして政府の汚職に対する反政府デモが2011年3月に首都ダマスカスやアレッポ市で発生した。「アラブの春」の一環でもあったこのデモはシリア紛争の出発点として考えられている。
中央アジアのキルギスも水不足に悩まされている。ウズベキスタン東部からキルギス、タジキスタンに広がるフェルガナ盆地の農村でこの地域を流れるナルイン川とカラダリヤ川の水を巡る争いが激しさを増している。この争いは国境を越え、2018年により深刻になった。タジキスタンからキルギスへと運河の水が流れるが、前者によってその水量が制限されたため暴力へと発展し、殺害事件も報告されていた。さらにキルギスが自身の水問題を解決するために、ウズベキスタンに流れるナルイン川にダムを建設する計画がある。ウズベキスタンはキルギスのダムに反対して抗議し、紛争にエスカレートする恐れがある。
紛争によって損なわれる水資源
武力紛争が発生した結果、直接的、または間接的に害を受ける(故意の有無を問わず)ことがある。例えば、紛争のとき水資源の戦略的な価値は高く、井戸・浄水場・貯水槽等などが敵の給水を断つために狙われる場合がある。また、水資源を狙っていなくても大規模な爆撃などで水関連施設が破壊されたり、紛争における汚染で水を使うことができなくなったりする場合がある。ここではイエメン、ウクライナ、コロンビアの事例を紹介する。

イエメン:安全な水(写真:EU Civil Protection and Humanitarian Aid/Flickr.com [CC-BY-SA-2.0]
この問題においてはイエメン紛争が特に目立っており、紛争の結果、2015年の時点で130万人以上がきれいな水へのアクセスが不可能になっていた。2015年から、パシフィック・インスティチュートが水道や浄水場などの水関連設備を狙う事件を121件記録している。これは2010年以降の全世界で起きた事件の約4分の1を占める。主にサウジアラビアが行ってきた数々の空襲により、敵対するフーシと呼ばれる反政府勢力が支配している都市の水道がほぼ全壊している。この状態で多くの市民が唯一頼れるのは民営の水タンク車である。しかし、水不足に加えてガソリン不足で水の輸送費用が飛躍的に上がり、2018年の時点で約193万人が水を買えなくなった。その上、切断された水道による水不足が公衆衛生危機をもたらし、国内でコレラなどの水系感染症が膨大に増加した。
2014年から続いているウクライナ東部紛争においても水資源が問題となっている。一時的にではあったが約230万人が紛争のためきれいな水へのアクセスを失った、もしくは失う危険に晒された。紛争の中心地となっているドネツク盆地では送水管や送電線などの公益事業が交戦者にとっての標的となってしまう。2017年には水処理場が継続的に砲撃を受け、ドネツク市の周辺の光熱水が24時間以上ストップした。ドネツク盆地の水道設備の大部分が70年前に設置されたため、定期的に整備が必要であるが、水道局員は砲撃の合間に臨時的な補修しか行うことができず、水道の故障がもたらす上水の汚染が時間の問題となっている。
コロンビアの紛争でも水資源が攻撃の標的となってきた。政府軍および準軍事組織と反政府勢力と間の紛争は60年間も繰り広げられてきたがその中で2014年に、中央コロンビアで反政府勢力(FARC)によって水路が攻撃され、約20万人がきれいな水を手に入れられなくなった。また、2015年にアルヘシラス市の水処理場が1週間で2回襲われ、ミラ川の近くでは反政府勢力が石油輸送管路を爆撃したため、川に石油が約1万バレルも流れた。この汚染により、ミラ川からの水資源に頼る約15万人が18日間きれいな水を補給できなかった。
紛争の武器となる水資源
最後に、紛争において水が武器として使用されているケースについて触れたい。それは意図的に水不足状態を引き起こすことで水資源の制限すること、川を汚染させること、あるいは洪水を引き起こすためにダムなどの破壊・放水などをすることが含まれている。このような事件の影響は非常に大きく、人だけではなく、環境にも大きな被害をもたらす。ここではイラク・シリア、インド・パキスタン、イスラエル・パレスチナの事例を紹介する。
イラクとシリアの一部を一時的に支配していたIS(イスラム国)は水をたびたび武器にしていたとされている。2016年の時点でISはイラクとシリアの主要なダムを多く支配しており、ユーフラテス川とティグリス川の水資源をコントロールするようになった。そのダムを利用して、一方では、敵対する農村への配水を制限して、他方では、ダムから放水して、下流の地域に住む人々を避難させることもあった。モースル市での戦いで、ISはイラク軍の進軍に対して、いくつの給水所への電力を切って、東モースルの水道を切断した。市民は水を補給するために、ISが支配している地域に避難して、結局ISに人間の盾として利用されていた。

イラク最大のダム、モースルダム (写真:Rehman Abubakr/ [CC-BY-SA-4.0], via Wikimedia Commons)
南アジアにおいても水が武器として使われているとされている。パキスタンとインドの間で争われているカシミール地方をめぐる対立でも水資源が対立の武器となった。2019年2月に、パキスタンに支援を受けるとされる武装勢力がインド軍のバスを爆撃し、40人が殺害されていた。それに対して、インド政府がインドからパキスタンに流れるインダス川の流れを止めると脅した。また、その後8月にインドが一方的にインダス川の支流のダムから放水を行い、下流にあるパキスタンの地域に洪水を起こしたとパキスタン政府がインド政府を批難した。2つの政府はインダス川の水資源と流動情報を共有する協定で結ばれている。しかし、パキスタンは、インドの行動が協定に違反し、戦争行為だと主張した。
イスラエルとパレスチナとの間でも、水資源が大きな問題となっており、イスラエルの武器のひとつでもあると指摘されている。例えば、イスラエル政府がガザ地区を実質的に封鎖しており、あらゆる物資の輸送などをコントロールしている状態である。上水の設備のメンテナンスもできない状態で、そこに暮らす200万人の97%はきれいな水へのアクセスがない状態にある。また、イスラエル軍が占領するヨルダン川西岸に住んでいるパレスチナ人のうち、294,000人は水へのアクセスが制限されている。パレスチナ人を退去させ、イスラエルの入植者地区を拡大させるために水道施設の設置を拒否したり、破壊したりしていることがたびたび報告されている。
報道されない水と紛争
以上述べたように、水を巡る紛争はさまざまな形で表れており、またその数も激しさも近年増加傾向にある。さらにこのような紛争は1つの地域に限られておらず、気候変動などによって利用可能な水量が減り、世界中で問題となっている。では、日本のメディアはこの現実を認識し、その重大性に見合った報道を行っているのだろうか。
この疑問を探るべく、2010年から2019年12月31日までに読売新聞(※2)の国際面に掲載された水と紛争に関する記事を調査・分析した。ところが、該当する記事がほとんどなかった。10年間で水と紛争の問題に言及している記事はたった13に過ぎず、年に1件か2件しかなかった。さらにこの13件のうち、水と紛争を中心に書かれた記事は2つしかなく、それ以外の記事では紛争のいくつかの要素の中に水問題が含まれていた程度であった。水紛争の深刻さから考えて、極めて少ないことが明らかである。

エチオピア。新しくできた井戸を囲む人々(写真: Julien Harneis / Flickr.com [CC BY-SA 2.0]
次に、水紛争に言及する13記事を地域別に見たい。ウォーターストレスが最も深刻な問題となっている中東・北アフリカ地域をまずみよう。この地域に関連する記事は10年で5件あった。その中で水と紛争を中心に書かれた記事は1つのみで、それは死海およびヨルダン川の水位や取水量をめぐるイスラエル・パレスチナとヨルダンの問題についてだった。その他に、記事の中で水問題に言及したものとして、シリアについては2件、イラクとパレスチナのガザ地区についてはそれぞれ1件あった。世界で水と紛争との関連が最も深刻な状態にあるイエメンに関する言及は一切なかった。
アジアにおける水源と紛争についてはどうだったのか。この地域における水紛争に言及した記事は7件掲載された。その中で、チベット水源をめぐり中国とインドとの摩擦がひとつの短い記事の中心テーマとして取り上げられた。2013年、事前に説明のない中国のダム計画に対してインドが抗議をしていた内容であった。その他の記事は紛争に関する記事で水問題が一部として含まれたものであり、3件はインドとパキスタンの間のカシミール紛争に関する記事だった。残りの記事は、中国のウイグル自治区とベトナムに関する記事だった。水資源と紛争の関係が問題視されているアフガニスタンや中央アジア諸国に関する言及はなかった。
水問題が深刻なアフリカ大陸については、10年で唯一言及されたのは南スーダンに関する記事(2014/6/19)で、「国連施設の避難民には衛生的な水が必要量の約7分の1しか供給できていないという」という文のみであった。また、ヨーロッパと南北アメリカに関する言及はなかった。
まとめ
ウォーターストレスが低く供給が安定しているところに住んでいる人々にとっては、「水が足りない」、「明日、蛇口から水が出ないのかもしれない」、「戦わないと、水は手に入らない」などの心配事は想像しにくいと思われる。しかし、世界に住む人々の3分の1はそのような現状に苦しんでいる。「次の大きい戦争は水を巡るものとなる」といった指摘はたびたびされるが、現時点ですでに世界各地で水資源が関連する紛争が多発しており増えつつもある。本記事に紹介したような傾向が続けば、懸念されるようなさらに大きな紛争の発生は遠くないのかもしれない。しかしながら、ここから引き返せないわけではない。対策に力を入れれば、水問題は解決できるものである。しかし現状について知らなければ対策に向かうこともない。日本の報道を見る限り、水と紛争に関する情報は皆無に近い状態となっている。この情報不足の改善から始めてもいいのかもしれない。
※1:WRIにとって、5つのウォーターストレスレベルは:低い・やや低い・やや高い・高い・非常に高い。ウオーターストレスが非常に高い17ヵ国は:カタール、イスラエル、レバノン、イラン、ヨルダン、リビア、クウエート、サウジアラビア、エリトリア、アラブ首長国連邦、サンマリノ、バーレーン、インド、パキスタン、トルクメニスタン、オマーン、ボツワナ 。
※2:全国版(東京版)の朝刊において次のキーワードを検索した:水・汚染・紛争・水源・取り合い・摩擦・資源。その中から水と紛争に関する記事のみをピックアップした。
ライター:Yosif Ayanski
グラフィック:Yow Shuning
日本の報道量の少なさに驚きました。