アメリカ、日本、ヨーロッパなどで普段食べられているエビは、東南アジアで起こっている人身売買の被害者によって支えられている。この衝撃的な事実をご存知の方はいったいどれだけいるのだろうか。
アメリカ大手通信社AP(Associated Press)通信は、18か月以上に及ぶ船の追跡調査からこの事実を世に暴露した。2015年に報じた調査結果を大きな契機として海上奴隷問題とエビの収穫が関与していることが国際的な問題として認識され始めた。
さらに英国ガーディアン紙も6か月の調査結果から世界中のタイ産エビには奴隷労働の産物が含まれていると告発した。一つには国際的に有名なタイの多国籍食品会社CPフードも海上奴隷によるエビをアメリカの生まれの会員制倉庫型店コストコなどに納品しているという。これを一例にタイからアメリカ、日本、ヨーロッパ諸国、中国へと低価格でエビが供給されている。

エビ(写真:Peter Griffin [ CC0 1.0])
タイの漁船で海上奴隷となる人々は隣国ミャンマー、カンボジアからの移民労働者であることが多い。自国での迫害、貧困状態から逃れようと職を求める社会的弱者である場合が少なくない。数々の調査から以下のように被害者となるパターンが浮上した。生活を立てるための資金もない厳しい生活状況でいい仕事があると聞き、仲介者の非合法的な労働援助を助けと信じ、虚偽の外国や遠方労働場所への渡航書類を手にもち船に乗り込む。しかし着いたその先は契約内容と異なる環境、公海に浮かぶ船上で長時間過酷労働を強いられる、というものである。更には船長から不潔な水を飲むよう強制され、ひどい場合は休む間もなく1日20時間も拘束されて働く。海上に限らず地上では、輸出前のエビの皮むきや加工に女性や子供が関与することもある。身分証明書は剥奪され、持たされた身分証明書類は虚偽であることも多く法的に正式な証明書がない不利な状態に加え、更には逃げられない船上と人目に見つからない環境であるがゆえ脱出することは容易ではない。うその内容を知った彼らだが、書面上の契約にのっとり月給50ドル(日本円約5100円:9月9日現在)レベルの低賃金で数年~十数年の期間、家族や国を離れ勤続する。問題が世間の明るみにでた後、22年ぶりに労働から救出された事例もあるが依然被害者は多い。
社会的地位の低さと貧困から生まれるこの労働問題は複雑である。単純な貧困に限らず、公海における労働法の適用の曖昧さ、更には安価でエビを手に入れようとする先進国企業とそれを仲介する発展途上国の下請け企業、そして労働者と企業、さらに輸出先の企業間のサプライチェーン、の要素が絡んでいる。
タイやインドネシアの海でミャンマー人やカンボジア人が奴隷となっている事実には違う宗教をもつ民族問題、また政治的な問題が絡んでいることがある。仏教国家ミャンマーにはイスラム教徒の多いバングラデシュに近い西部ラカイン州に住むロヒンギャと呼ばれる少数民族が約110万人おり、彼らのイスラム教と、国家宗教が異なることを一因にロヒンギャ族は国内において地位が低く迫害を受けている。そして集団虐殺が行われてもおかしくない段階にきているとも報告されている。こうしてロヒンギャ族は隣国タイへ逃れたとしてもタイは難民条約に加盟しておらず難民の庇護制度が整っていない中、彼らは不法入国者として扱われる。そして逃げた先でも立場がなく仕事や生活を求めて人身売買、搾取の被害者となる。
今度は経済的面から関係国の特徴を整理してみると、タイは日本やアメリカを例に、先進国と貿易関係を持ち、2014年度アジア25カ国で、名目GDPは7位、一人当たり名目GDPは約5889ドルと比較的経済状況がよい。一方で過去数十年間にわたり軍事政権下にあったミャンマーは、名目GDPは16位、一人当たり名目GDPは約1278ドルで、依然として基本的人権や労働組合に対する大規模な侵害も存在している。これらの差から、タイより低い国内賃金をもつミャンマー人をタイの会社が利用することは大きなメリットになり、ミャンマーからの移民労働者が多くタイの水産業に雇用される。こうして安価な労働力をもって生産されたエビが大手先進国を中心に輸出され、食卓やスーパーマーケットに並ぶ。
現状、2015年9月17日報じられた記事によればAP通信の報道が火付け役となり、インドネシア政府やIOM(国際移住機関)が動き、半年で2000人を超えるタイ、ミャンマー、カンボジア、ラオス出身の人々が救出された。AP報道によれば悲惨な現状告発をうけてアメリカでは2016年2月オバマ大統領が、タイ、インドネシアの海産物をふくむ350品目以上の奴隷による生産物の輸入禁止を決定し、問題の解決に大きな一歩を踏み出した。しかしながら問題当該国のタイは、解決に取り組む宣言はなされているが、具体的な行動や取り締まりへは依然消極的なようである。

タイの漁船で働く移民労働者 (写真:ILO in Asia and the Pacific[CC BY-NC-ND 2.0])
この海上奴隷問題は企業利益と東南アジア内、また先進国と東南アジアの2つのレベルで存在する国家間格差、と多様な側面に原因をもち、ひとえに救助活動をするだけでは根本的な解決にならない。タイやインドネシアの企業側から考えると企業利益、ひいては国家利益確保のために、なかなか労働制度の取り締まりに動けないのであろう。それゆえタイ・インドネシア等の政府、そこから伸びるサプライチェーン先の先進国も安易にはこの人身売買仲介者やそれにかかわる企業を厳しく取り締まれないのかもしれない。世界全体が国際的な労働システムを見直し、改善、更には手薄な海上労働に、より詳細な規定策定を行うことで今後制度として海上奴隷が起きないようにしていくことが求められるであろう。
ライター:Aki Horino
グラフィック:JT-FSD
わかりやすくまとめられた記事で、東南アジアの水産業の労働実態と、その要因がわかりました。
結局は弱者が悪い労働環境に追いやられやすい、ということなのだと思います。弱者は教育を受けられず騙されやすい、弱者は自国で迫害され不法移民にならざるを得ない、弱者は所得が少なくどの労働に従事せざるを得ない、というようなことですね。
具体的に企業にアクションを取ってもらうために何が必要なのか考えていますがなかなか答えが見えません。