地中海に浮かぶ三つの島からなる欧州連合(EU)で最も小さい国、マルタ共和国で、2017年10月16日にジャーナリストのダフネ・カルアナ・ガリツィア氏が車に取り付けられた爆弾で暗殺された。そして、このジャーナリストが調査をしていたマルタ共和国首相の首相補佐官のキース・シェンブリ氏とマルタの観光大臣であるコンラッド・ミツィ氏は、2019年11月に辞任した。その11月末、ジョセフ・マスカット首相は、この一連の出来事から強く圧力を受け、2020年1月に辞任する旨を発表した。
このジャーナリストは、2008年から2017年に暗殺されるまで自身のブログでマルタの腐敗を暴き続けた。不正行為によって利益を享受する政治家、マフィア、ビジネスリーダーを容赦なく非難し続けた彼女の存在は、それぞれにとって都合が悪く、彼女は名誉毀損の罪で訴えられ、死の脅迫を受けていた。この暗殺はマルタがいかに腐敗しているかを象徴していると言える。

ダフネ・カルアナ・ガリツィア氏の死の追悼碑(写真:GRID Ethan Doyle White/Wikimedia [CC BY-NC-ND 2.0])
蔓延している腐敗のほかにも、マルタは租税回避や脱税を助長させるタックスヘイブンともなっている。さらに、パスポートの実質的な販売や船舶やヨットに対する減税など、国内外の富豪、企業、犯罪組織などに利用しやすいシステムが作り上げられている。では、このようなマルタ共和国の実態を説明していく。
問題の背景
マルタは長年にわたってローマ帝国、チュニジア、イタリア、フランスといった世界のあらゆる権力から征服または支配されてきた。1814年ごろイギリスに支配され始めたが、1964年に独立した。それ以来、保守的な国民党と社会民主労働党が交互に統治してきた。両者は島で有力な富豪たちと非常に密接な関係を持っていたため、公的権力と私的権力はしばしば融合しがちだった。そして、わずかな重工業と、耕作にそれほど適さない土地しか持たないマルタは、自立する方法を確立していく。そうして、合法、違法、また違法か合法か不明な金銭をEU内外で結び付け、保管してきた。次第に、そういった資金や商売にとって都合の良い基地になっていった。同時に、政府内も腐敗の温床となっていった。2004年にEUに加盟したマルタは、このようにしてタックスヘイブンやマネーロンダリング(資金洗浄)の中心地として発展していき、「EUの海賊基地」と呼ばれるようになった。

マルタ共和国周辺の地図
マルタの腐敗
マルタでは、政府と国内外の企業との裏の癒着が目立つ。そのマルタの腐敗の規模が莫大であることは、経済への影響度の高さが表している。2018年末に、欧州緑の党(The European Greens)が委託した調査によると、マルタの腐敗は経済に年間7億2,500万ユーロの損害を与えたことが判明した。これは、マルタのGDPの8.65%にあたる。また、これは、全てのマルタ市民に年間1,671ユーロの支払いが課されることに等しい。マルタの腐敗がいかにマルタの経済に悪影響を与えているかがわかる。
例えば、2018年、新しい発電所の建設事業に投資家のヨルゲン・フェネック氏が所有する17ブラック(17 Black)というドバイに登録されている企業が関わっていたとされ、その企業から、マルタのシェンブリ首相補佐官とミツィ観光大臣がパナマで所有する企業に金銭の支払いが予定されていた。この金銭は、政府からの契約を受注することを見返りに支払われる建設事業関連の賄賂だったのでないかとされている。フェネック氏は2019年11月、所有するヨットにてカルアナ・ガリツィア氏の殺害の疑いで逮捕された。

マルタ共和国のジョセフ・マスカット首相(写真:PES Communications/Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
また、マフィアに関するイタリアの警察報告書によると、マルタは麻薬密輸、銃器密輸、石油密輸や違法な人身売買による人の密輸といった組織的犯罪の中心地となりうる。マルタは報告書の中で最も言及されている国であり、金融の秘匿性の高さ、マネーロンダリングが容易なこと、地中海中部に浮かぶという地理的理由などにより、マフィアにとって都合の良い国だという。
マルタ国内での腐敗に対する国民の認識については、世界各国における腐敗認識問題について調査を行うトランスペアレンシー・インターナショナル(Transparency International)によるランキングから読み取れる。マルタは、2018年のランキングで上位51位を記録し、EU諸国のなかでは最低レベルであった。マルタのスコアは2015年の100分の60点から2018年の54点へと低下し、2018年の数字はこれまでで最も低いものだった。
タックスヘイブンとしてのマルタ
不透明な金銭をめぐる問題は国内にとどまらない。マルタはタックスヘイブンとしても知られている。タックスヘイブンとは、税制上の優遇措置を、域外の企業に対して戦略的に設けている国または地域のことである。マルタでは、制度上では地元企業・多国籍企業ともに35%の法人税を支払わなければならない。しかし、多くの場合、多国籍企業は実質的に約5%の法人税しか課されていない。これは、企業はマルタで支払った税金のうち7分の6の還付金を受け取ることができるシステムによるものだ。これに対し、EUの平均的な法人税は22%である。マルタは企業に対してEU内で最も低い税金システムを運用しているのだ。欧州緑の党によると、2012年から2015年までの間にマルタは多国籍企業の140億ユーロ以上の他国での租税回避に役立ったという。

首都バレッタから見たマルタ共和国(写真:Berit Watkin/Flickr [CC BY 2.0])
また、マルタの租税回避システムを利用して、企業はペーパーカンパニーなどを通じて資産をマルタで保管したり、取引を行う際にマルタを経由させることで、本来自国や他国であれば課されていたはずの規制から逃れようとする。欧州委員会によると、2016年、このようにマルタをオフショア市場(本拠地や実際に企業活動が行われている場所以外の地域)として管理・保管されている資産は52億ユーロで、マルタのGDPの48%を占めると推定される。この額は、2011年の23億ユーロと比較して約2倍になっており、マルタのオフショア市場の発展がうかがえる。タックスヘイブンやオフショア市場自体はなんら違法なことではないが、企業がマルタで租税回避することによって、本来自国で課していたはずの税金を徴収することができなくなるというEU加盟国からの批判が上がっている。
また、タックスヘイブンであるマルタのもう一つの特徴として、他国と実効的な情報交換を行っていないという秘匿性の強さがある。タックスジャスティスネットワーク(Tax Justice Network)による2018年の財政上の秘密保持の世界ランキングでは、マルタは上位20位に位置しており、マルタの秘匿性の高さがうかがえる。ゆえに、合法的とも捉えることができる租税回避のみならず、違法な脱税行為も問題となっている。脱税の目的のほかにも、犯罪や腐敗の隠蔽のためや、公共機関やビジネス関係者、家族から財産を隠蔽するためにオフショア市場は利用されている。
加えて、マルタの秘匿性が高いことから、マネーロンダリング(資金洗浄)が問題となっている。マネーロンダリングとは、犯罪によって得られた資金の出所をわからなくし、合法的な手段で得た金銭かのように見せかけることだ。2018年、マルタのピラタス銀行の創業者であるイラン人のアリ・サドル氏は、横領されたベネズエラでの建設契約の1億1,500万米ドルをマネーロンダリングした容疑で逮捕・起訴された。彼は、ベネズエラで違法に得た金銭の出所を隠すために、ダミー企業と外国に置いた銀行口座、そして広大なネットワークを利用して、その金銭をイランへ送ったという。また、彼が所有するピラタス銀行もマネーロンダリングとの関与が指摘されていた。

マルタの中央銀行(写真:Frank Vincentz/Wikimedia [CC BY-SA 3.0])
タックスヘイブンを利用する富豪にやさしいマルタ
タックスヘイブンであるマルタを利用する外国籍の富豪のためのプログラムがある。マルタ政府が立ち上げた、世界でも珍しい「ゴールデンパスポートプログラム」と呼ばれるものだ。マルタに約10万ユーロを投資すれば、マルタのパスポートが得られるというものだ。マルタのパスポートを得るということは、マルタの国民権を得るということである。つまり、EUの一員として約170の国にビザ不要で入国が可能になる。このプログラムによってマルタは約11億ユーロを得てきたと推定される。このプログラムによって、犯罪などの疑わしい目的を持った人間が、EU内を行き来できてしまうことが問題となっている。
また、マルタを利用するビジネスマンのために、ヨットの登録においても措置を設けている。マルタは世界で6番目のヨットの登録地である。そのひとつの理由として、地中海に浮かぶ小さな島国という地理的な利点が挙げられるが、それだけではない。EU内のすべての船舶の航行が付加価値税の対象となるが、マルタでは、船舶の長さや種類に応じて課税の割合が小さくなるシステムを導入し、5.4%まで引き下げることが可能である。加えて、マルタにある船舶が港湾使用料と税金に関して優遇措置を受ける外国政府との協定などを結んでおり、信頼性が高いことも一因である。そして、船舶をマルタで登録する際の手続きが簡単ということも一つの理由である。このようにして、マルタはヨットの登録の中心地にもなっている。

マルタ共和国にある船舶(写真:worldaroundtrip/Flickr [CC BY 2.0])
マルタの未来
マルタで最も広く読まれている媒体であるブログで、マルタの腐敗を調査し、暴き続けたダフネ・カルアナ・ガリツィア氏。彼女のブログは、多い日には新聞の総発行部数を超える40万人(マルタの人口は42万人)の読者を獲得したという。彼女の努力と彼女の死は、マルタにとってひとつのターニングポイントになってきている。彼女が暗殺されたこと、そしてそれにより権力者たちが辞任していることは、マルタの腐敗が大きく注目されるきっかけになった。爆弾を用いて派手に暗殺することで、犯人は、他にマルタの腐敗を暴こうとする者へ抑止をはかろうとしていたと考えられる。しかし、それは裏目に出てマルタ国内での政府への反発に繋がり、また、世界からより注目を集めている。腐敗にまみれたEUの海賊基地は、改善を迫られている。
アリ・サドル氏の逮捕・起訴の直後、マルタの銀行規制当局によってピラタス銀行の顧客、経営者、株主のあらゆる取引は凍結された。同時に、マルタ金融サービス機構は、サドル氏の銀行の取締役としての地位を剝奪し、彼の議決権を停止した。このようにマネーロンダリングといった不正行為に対して措置は取られている。腐敗問題に関しても、欧州評議会内のベネチア委員会による2018年12月の報告書は、マルタの権力の中心が首相官邸にあることを問題視し、腐敗したマルタ政府を改善するために、司法長官から独立した検察庁の設置、大統領の役割の強化、司法のより強い独立性を求めて勧告している。
このように、マルタは、EUからも国民からも改革を迫られている。腐敗との闘い、EU諸国との租税問題、また、マルタが実際に法治国家であるのかという疑問は解決されなければならない。首相補佐官や観光大臣といった政府関係者たちが辞任し、首相も辞任することを発表した今、問題にまみれたEUの海賊基地はどうなっていくのだろうか。
ライター:Ikumi Arata
グラフィック:Yumi Ariyoshi
以前からマルタは語学留学の場所としても人気ということで、とても興味を持っていましたが、これほどまでに腐敗が広まっているとは全然知りませんでした。
自分も格安で留学ができるということで、マルタへ行くことに興味を持っていた時期があったのですが、
ここまで政治の腐敗や脱税等の問題があるとは全然知りませんでした。
特に、お金を払えばパスポートを得ることができ、EUを自由行き来できるようになるという制度は非常に驚きました。
マルタのような農業や工業が進んでおらず、お金の経由地として発展してきた国は、どのように問題を防ぎ、自立していくべきなのか、考えさせられる記事でした。
ジャーナリストが守られる社会であってほしいなと思います。
世界中にタックスヘイブンやマネーロンダリングがはびこっている状況の下では、マルタだけでなく、EU全体・世界全体での取り組みがなければ根本的な解決にはつながらないのかと思いました。
ただ、マルタで内部から改革に向けた動きが出てきているのは希望なのではないでしょうか。