2019年、経済状況の悪化や生活苦によって、世界各地で大規模反政府デモが相次いだ。チリでは首都・サンティアゴで発生したデモが各都市へ拡散し、現在までに20人以上が死亡。レバノンでは市民によるデモが拡大し、サード・ハリリ首相が辞意を表明する事態にまで発展した。他にも、イラク、イラン、エクアドル、コロンビア、ハイチ、インドネシアと、世界を見渡せば類似した背景を持つ大規模デモが多く発生したことが分かるだろう。
これらのデモは、経済が不安定な国家で積み重なっていた市民の不満を土台に、生活必需品の値上げや増税といった緊縮政策が引き金を引く形で始まったという。しかしながら、このように厳しい経済状況に耐えかねている人々が多くいる一方で、少し視点をずらせば世界中にその名を知られる大富豪も存在する。彼らの間にはどのような格差があり、また、何がそれを生んできたのか、本記事で探る。

チリでの反政府デモ(写真:Carlos Figueroa / Wikimedia[CC BY-SA 4.0])
格差の概況
まず、現在我々が暮らす世界にはどのような格差が存在するのだろうか。オックスファム・インターナショナルが毎年1月に発表する格差に関する報告書の2019年版によると、世界人口のうち資産が下位半分である約38億人の資産合計は、トップに位置する富豪たった26人の資産合計と等しいという。また、2018年に、その38億人の資産は11%減少したのに対し、10億米ドル以上の資産を持つ億万長者らは毎日25億米ドルというペースで富を増やし続けていた。さらに、スイスの金融企業クレディ・スイスの年次報告によると、世界中の富のうち45%は、たった1%の者たちによって独占されているというのだ。
格差は国内にもある。1980年代以来ずっと、多くの国で、国内所得のうち経済的に豊かな1%の人々へ向かう割合は増え続けている。豊かに見える高所得国でもトップ層による富の独占が起こっており、格差は深刻だ。例えば、イギリスでは裕福な10%の人々が国内の富の44%を手にしており、アメリカではトップ1%の家庭の世帯収入がその他99%の家庭に比べ約25倍だという。こうした格差は長年続いているようだ。裕福さ上位5分の1の国家と下位5分の1の国家を比べたとき、そこにそれぞれ住む人々の収入の比率は、1960年には30対1だったが、1997年には74対1へと、2倍以上拡大していた。
以上のような格差が生む貧困に対して、2000年の国連サミットで8つの「ミレニアム開発目標(MDGs)」が設定された。その1つ目のゴールは「極度の貧困と飢餓の撲滅」であった。付随する「1日1.25ドル未満で生活する人口比率を半減させる」という目標は、その数え方にいくつかの問題はあったものの、達成期限であった2015年には達成することができた。しかし、それが達成できたのは、中国とインドという膨大な人口を抱える国家が経済的に急成長したためで、他の多くの低所得国、特にサハラ以南アフリカでは目標が達成できなかった。確かに、最も貧しい国々の経済も少しずつ発展してはいるのだが、その足取りは遅い。高所得国の経済発展の速度はそれを遥かに凌ぎ、格差は広がる一方なのである。
MDGsに続く形で2015年の国連持続可能な開発サミットで設定された17個の「持続可能な開発目標(SDGs)」の1つ目は「極度の貧困をなくそう」。付随する目標として、「極度の貧困を、あらゆる場所で終わらせる」、「各国定義によるあらゆる次元の貧困状態にある、すべての年齢の男性、女性、子どもの割合を半減させる」ことを掲げたものの、依然として取り組みの具体的な方策は提示されていない。SDGsは「地球上の誰一人として取り残さない(leave no one behind)」ことを誓って設定されたのだが、このまま大きな変化がない限り、2030年にアフリカでは4億人以上が極度の貧困状態のまま取り残されてしまう見込みだ。
格差の背景
それでは、何が近年の経済格差を拡げているのか。国内の要因として挙げられるのは、過去の植民地支配による問題だ。低所得国の中には、植民地支配の過去を持つ国がほとんどだ。当時の宗主国の都合によって1つの天然資源や農作物に人手を集中させる体制が作られ、その輸出に頼りきるモノカルチャー経済が生まれた。独立後もそうした体制を大きく改善する経済的余裕はなく、現在もある程度残ったままとなってしまっている。モノカルチャー経済は国際市場での価格下落や不作によって簡単に大打撃を受けてしまい、国内の経済状況が安定しない。これは同時に工業化の遅れの原因ともなったため、これらの国々からは未だに工業製品の原料が主に輸出されており、原料を輸入・加工して輸出するといった付加価値を生む貿易ができなくなっている。また、政治の腐敗や横領といった国内政治の問題も指摘される。
国際的な背景はどうだろう。いくつもの観点から、持つ者が持たざる者を搾取していく構図が見て取れる。まず、国際貿易におけるケースを確認しよう。低所得国でビジネスを行う外資系企業が輸出入の際にタックスヘイブンを利用して資金の動きを眩ませ、関税や法人税を回避することなどによる不法資本流出の問題だ。世界の貿易の実に半分が、タックスヘイブンを経由してなされている。また、低所得国の企業や農園が売り手となる際には、買い手である先進国の企業が力関係を利用して値段をつけ、不当に低い価格で原料や製品が買い叩かれるアンフェアトレードも横行している。これが外資系企業による利益独占を生む。このように世界の富が低所得国から高所得国へと流れ出るという構図によって、格差は維持・強化されているのだ。

採石場で働く女性たち(写真:Nick Fox/Shutterstock)
さらには、世界中で警鐘が鳴らされている気候変動も一因と言えそうだ。干ばつ、海面上昇、異常気象と、生活を脅かす様々な問題が気候変動によって発生しており、それらは工業国が排出してきた温室効果ガスがその要因であるとされる。しかしそれらの問題へいかに対応できるかは、やはり経済力がものを言う。現在貧困状態にある人々は、気候変動への責任が小さいにも関わらず、例えば値上がりした食料を購入する、住居に空調設備を導入する、防波堤を築くなどの対応策を取ることが富裕層に比べて明らかに困難であり、さらに困窮した状況へと追い込まれていく。これが、気候アパルトヘイトと呼ばれる、現代社会の新たな格差の問題である。これにより、2030年までに約1億2千万人が貧困状態に陥ることになると予測されている。
確かに、政府開発援助(ODA)や直接投資(FDI)といった形での資本流入も存在する。しかし、流出のほうが圧倒的に大きい。例えば、アメリカ合衆国のグローバル・ジャスティス、イギリスのヘルス・ポヴァティ・アクションなど世界各国のNGOが共同で発表した2017年のデータによれば、2015年の1年間でアフリカ大陸に流入した資本は約1,620億ドルだったのに対し、不法資本流出・外資系企業の利益・気候変動の被害やその対応によって流出した資本は約2,000億ドル。アフリカ諸国は国際機関や高所得国から経済的支援を受けてはいるが、その収支は驚くべきことに、大きな赤字となっていた。このように、国際的な背景が複雑に絡み合って、格差に加担しているようだ。
これから
世界の格差を解消するため、すでにいくつもの方法が提案されてきた。まず、タックスヘイブンによる問題は、たびたび国際会議で議論の的となり、2015年の第3回国連開発資金国際会議(FfD3)では、国際組織レベルでの制度改革も議題に上がった。しかし、これはアメリカ、イギリス、日本といった高所得国の強い反対により、実現しなかった。他に、課税政策という方法もある。国内レベルでは所得税の税率を高めることが国内での富の再分配を手伝い、格差を小さくしていくのに役立つと言える。また国際レベルでは、外国為替取引に課税をすることで、投機取引による利益を抑制し、その税収を低所得国への支援に充てようという「トービン税」、他にもフランスをはじめ数か国で導入されている、国際便利用時に課される「航空券連帯税」などのアイデアもある。しかし、所得税の増税には国内で政治的発言力を持つ経済的トップ層からの反発、トービン税には高所得国らの反発など、それぞれ問題があり、どれも簡単ではなさそうだ。低所得国が国際貿易の際に付加価値を付けられない問題については、工業化を促進することも考えられるだろう。しかし、これほどまでに後れを取ってしまっていると、既に成長している生産大国と競争できるまでになるとは考えにくい。また、工業化と気候変動対策を両立しなければならないというのも大きな課題だ。
市民や企業による取り組みもある。例えばフェアトレードは近年、少しずつ知られるようになってきている。前述のアンフェアトレードが横行しているように、世界の貿易構造には不利な立場に置かれた生産者が多くいる。これはそうした状況の中で彼らにとってより公平・公正な取引を促進することを目指す取り組みで、最低価格の保証や長期的取引の促進、生産者への奨励金といった制度を設けている。ただ、これはあくまで適正価格でのやり取りに過ぎない。アンフェアな貿易に比べればずっと良いだろうが、状況を大きく改善できるとは言い切れない。また、既存のフェアトレード認証制度によって保障される最低価格や生産者への奨励金の額もあまりに低く、十分な収入源になっているとは言えない現状もある。

貨物船(写真:Lukasz Z/Shutterstock)
経済的な格差や不平等は、世界の政治・経済構造によって生み出され維持されてきた、相当に深刻で根深い問題だ。現状を見て分かる通り、改善するどころか格差は今も広がり続けている。しかし、それらを許容すべきでない問題だとし、アイデアを提案したり、取り組みを起こしたりし始めた人々もいる。経済的に豊かな者たちとそうでない者たちの格差について驚くべきデータを明らかにしてきたオックスファム・インターナショナルの報告書は、毎年1月に発表される。2019年版では、資産が下位半分である38億人分の資産はトップのたった26人分に等しいことが分かった。これまで、このトップ層はより少ない人数で38億人分を上回る資産を持つようになってきているが、果たして2020年版ではどうだろう。さらに格差は広がり、その人数は少なくなる結果となってしまうのだろうか。
ライター:Suzu Asai
グラフィック:Yow Shuning, Saki Takeuchi
持つ者が持たざる者を搾取する という言葉が印象的でした。1月のオックスファムの報告書、必見ですね。
格差が広がる一要因としてあげられていたモノカルチャーは、根付いてしまったからにはなかなか抜け出すのが難しいように思われます。現状の深刻さだけではなく、「先進国」「消費国」に強要されてそうならざるを得なかった歴史を、消費する側としては当事者意識を持って受け止める必要があると感じます。
「格差」という言葉はよく耳にしますし、世界的な問題になっていることは理解しているつもりでした。
ただ、思っていたよりその問題が大きく、いわゆる先進国も関わっていることは実感していなかったので、おどろきました。
高所得国と低所得国のGDPに関するグラフの乖離に衝撃を受けました。
世界的にみると貧困状況にいる人数は減っているが、アフリカに関しては不正なお金の動きが多く全く改善されず今後も続くことに衝撃をうけました。貧困の目標人数や割合にとらわれずに、本質的に貧困の解決に取り組んでいく必要性を感じました。
「アフリカが世界を支援している」ということがかなり衝撃的でした。