毎年約10憶人が国境を越えて世界を旅していると言われている。交通手段の発達などに伴って人々は様々な場所に足を運べるようになり、観光産業は世界GDPの5%を占めるなど、世界経済においても重要な役割を果たしている。そんな中で、現在アフリカの観光産業は著しい成長を遂げており、その在り方も徐々に変化している。実際に、アフリカの観光産業はアジア太平洋地域に次ぎ、世界で2番目に急成長を遂げている。大陸内の移動が増えただけではなく、2018年には大陸外から6,700万人の旅行客がアフリカを訪れ、13年前の2005年に比べ、その数は約1.8倍に増加した。しかしそんなアフリカ観光にも成長を妨げてしまっている問題がある。今回はアフリカ観光急成長の理由とその変化、そしてそこに潜む課題を詳しく見ていきたい。

サバンナのサファリツアー(写真:Alex Berger/Flickr [CC BY-NC 2.0])
アフリカの観光
まずはアフリカの観光についていくつか紹介したい。アフリカの観光地は広大な自然や歴史的産物、文化的なものなど多様であり、国によってもその毛色は大きく異なる。世界遺産も142か所存在し、その所有数は南アフリカが1番多い。
自然に関する観光地でいうと、タンザニアのキリマンジャロ国立公園やザンビアとジンバブエの国境に位置するヴィクトリアの滝は世界的にも有名な観光地である。また、ケニアのマサイマラ国立保護区や南アフリカのクルーガー国立公園ではサバンナでのサファリツアーも行われており、ライオンやキリンなどの野生動物を至近距離で見学することができる。一方サバンナ以外では、ルワンダのヴォルカン国立公園やウガンダのブウィンディ国立公園では野生のゴリラを見ることもできる。さらに、セイシェルやモーリシャスにはリゾート目的で訪れる人も多く、きれいな海も魅力の1つだ。それだけにとどまらず、大陸北部にはサハラ砂漠が、ナミビアにはナミブ砂漠が広がり、森、海、砂漠、植物、動物など様々な見方をすることができる。
次に、歴史的、文化的な観光地でいうと、代表的なのはエジプトのピラミッドやチュニジアのカルタゴ遺跡などである。どちらも紀元前から続く長い歴史を持つ。他にも美しい石造りの街並みが残るザンジバルのストーン・タウンや、ジンバブエにある石造建築遺跡、グレート・ジンバブエなども魅力的な観光地だ。セネガルのゴレ島は奴隷貿易の拠点になっていたことから負の世界遺産に登録されており、また、南アフリカにはアパルトヘイトミュージアムがあるなど、アフリカの歴史を語る上で欠かせない奴隷貿易やアパルトヘイト(※1)についてもより直接的に学ぶことができる。一方で、南アフリカは主要なワインの生産地でもあることから、ワイナリーを巡ってワインを堪能できるワインツアーも行われている。このように、歴史や文化を学ぶ、食を楽しむなど様々な楽しみ方ができる。
アフリカ観光成長の理由
そんなアフリカの観光はなぜ近年急成長を遂げたのだろうか。その理由は主に積極的な政策変更と観光産業への投資にある。例えば政策面では、エチオピアの首都アディスアベバにある、ボレ国際空港のフライト接続の改善が挙げられる。1999年からの空港拡大プロジェクトにより、ターミナルや滑走路の新設、駐機場の増設などが行われより多くの飛行機を受け入れられるようになった。その結果、世界屈指のハブ空港(※2)であるドバイ空港を上回るアフリカへのハブ空港へと成長し、ボレ空港がアフリカ他地域への玄関口としての役割を果たしている。

エチオピア航空の飛行機(写真:Alan Wilson/Flickr [CC BY-SA 2.0])
また2004年にはアフリカ連合(AU)で観光行動計画(Tourism Action Plan)が採択され、アフリカ全体の経済活性化や雇用創出のためのさらなる観光の発展を目指して、インフラへの投資や観光マーケティングの強化などが進められている。例えばケニア政府は、かねてより問題となっていた車の渋滞緩和に向けて、マリンディ、モンバサ、ルンガルンガをつなぐ高速道路の拡張に約11憶米ドル投資した。また、南部アフリカ地域観光機構(RETOSA)は南部アフリカの周遊観光の活性化を目指し、実際に南アフリカの空港などで訪れた観光客の満足度を調査するなど、観光マーケティングも積極的に行っている。このようにインフラ整備やマーケティングにも注力し、観光客増加を図っているのだ。
一方、観光客を増やす政策だけではなく、ビジネス目的でアフリカを訪れた人がレジャー目的で滞在を延ばすための取組みもある。というのも、2000年代からアフリカでは経済成長が進んでおり、それに伴ってビジネス訪問者も増えているのである。このビジネス訪問者増加の波を上手く観光に取り込んだことがアフリカの観光産業成長に一役買っているのである。例えば、南アフリカのクワズールナタール州観光局はケープタウンで開催されたワールドトラベルマーケットアフリカ(WTM Africa)(※3)に出展し、ビジネスとレジャーを1つの旅行で同時に行う「Bleisure」促進計画を提案した。これにより、アフリカ観光投資サミットとの提携も決定し、ビジネスだけでなく観光目的もかねてその場所を訪れる旅行を促進している。

各国の代表によるアフリカ観光討論会(写真:Ministry of Environment – Rwanda/Flickr [CC BY-ND 2.0])
成長の裏側
しかし、急激な成長を遂げているアフリカ観光であるが、そのさらなる成長を妨げてしまっている点も少なくない。特に「移動」の面には様々な問題が潜んでいる。移動の不便さは人々がその場所を訪れるのを断念する原因にもなりうる。特に空路の面においては、アフリカには世界人口の16.8%が暮らしているにも関わらず、その航空市場は2~4%にとどまる。
空路の中でもまず、フライトの利便性において様々な課題がある。先述したエチオピアのボレ空港も確かにハブ空港として成長したが、大陸外の国からの直行便というのはまだまだ数が少ない。世界一の旅客数を誇るアメリカのアトランタ国際空港でもアフリカ5か国への直行便しかない。また、アフリカ大陸内のフライトも不便な点がある。大陸内の国々で直行便を通す際にも、それには両国の了承を得る必要があり、様々な法的障壁を乗り越える必要がある。実際に、自国の航空会社を保護するために他国の航空会社に様々な規制をかける国もある中で、直行便を通すのは難しい部分もある。それにより、大陸内の移動であっても一度ヨーロッパや中東を経由する必要がある場合もある。飛行機の燃料に対して世界平均の2倍以上の税金もかける国もあるなど、アフリカの航空券は相対的に高額であるにも関わらず、一度ヨーロッパや中東を経由することでさらに高額になってしまう。それだけではなく、アフリカ大陸内には大きな空港や航空機のメンテナンスのための施設が少なく、インフラ面でもまだまだ不十分な点が多い。
また、アフリカにはまだあまり格安航空(LCC)(※4)が浸透していない。LCCそのものが12社と少ない上に、路線も限られている。その運航は国内線が主であり、国際線であってもほとんどは大陸内にとどまる。モロッコのLCC、「ジェット・フォーユー」だけが、ヨーロッパへの路線を持っている状況だ。価格を重視してフライトを選ぶ人々にとっては、LCCが少ないというのは痛手となる。

タンザニアのムワンザ空港(写真:Stefano C. Manservisi/Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
さらに、多くのアフリカの国で入国の際にビザが必要である。包括的に移動の自由が定められた協定は少なく、何か国かを回ろうとするとそれぞれの国でビザを取得する必要がある場合がある。アフリカの国のパスポートを持つ人であっても、他のアフリカの国を訪れるのには平均して80%の国でビザの取得が必要だ。そして、そのビザが高額であるのも問題の1つである。カメルーンやギニアではビザの申請料だけで1万円相当以上かかってしまう。代行取得をしようとすると、その手数料などでさらに高額になる。アフリカの観光産業をさらに盛り上げるためには、アフリカの人々の大陸内の移動を活性化することが効率的な手段であるが、低所得国の多いアフリカにとってそれは難しい部分もある。
そして、アフリカの移動手段で問題があるのは空路だけではない。陸路においてもアフリカの広大な土地をカバーするには物理的に限界がある。経済的な理由からも、高速列車などはあまり発達しておらず、車やバスを使った移動でも、道路の整備が不十分であったり、国境を越える際の手続きに長時間かかったりなど、不便な点は多い。特に国境越えでは審査に時間がかかるだけではなく、役人に賄賂を請求されるパターンもある。
開かれつつある門戸
しかし、様々な問題点も特に空路の面において制度の改革が進められている。2000年代初頭、南アフリカとケニアが航空サービスの自由化を取り決めた。その結果、両国間の交通量は69%増加した。また、2014年1月にはウガンダ、ルワンダ、ケニアで共通のビザが発行され、西アフリカ経済共同体(ECOWAS)でも加盟国15か国の間で自由に移動できる「ECOWASパスポート」が採択された。これらの共通ビザによって、それぞれの国でビザを取得する必要がなくなるため、コストや手間が削減できる。

アフリカ諸国のパスポート(写真:BBC World Service/Flickr [CC BY-NC 2.0])
また、2018年1月にはアフリカ連合(AU)が主導し、アフリカの経済、観光を統合することを目標として、単一アフリカ航空輸送市場(SAATM)が始動した。具体的には、アフリカ諸国間の接続性の強化や航空券の価格の引き下げ、定期便の増加など、主に航空の自由化が進められた。そしてそれに伴って雇用の増加やアフリカ連合(AU)で定められた関税を撤廃しアフリカ内貿易を改善するなど、経済面の改革も行われている。現在、アフリカ連合(AU)に加盟している55の国・地域のうち、27の国・地域が単一アフリカ航空輸送市場(SAATM)に参加している。
さらに、「環境に配慮した移動」への取組みも行われている。近年、環境に優しい旅行を考え、航空業の気候変動への影響の大きさから、飛行機に乗ることを恥とする「フライトシェイム」(Flight Shame)の考えが広まりつつある。その考えに基づき、飛行機よりもはるかに二酸化炭素排出量の少ない鉄道での旅行を好み、遠く離れたアフリカへのフライトを躊躇する人も出てきているのである。そこで、南アフリカは観光業と環境の両方を守るために、飛行機から出る二酸化炭素の削減に取り組んでいる。具体的には、炭素認定(ACA)プログラムを導入し、二酸化炭素排出量の管理、削減に取り組んでいる。実際、2018年には347,026トンの二酸化炭素を削減した。
このようにアフリカの観光産業をさらに盛り上げるために、特に移動に従事した改革が次々に行われているのである。
さらなる問題
確かに移動面の問題は注目され改善が進められているが、アフリカ観光においてはそれ以外にも見過ごせない問題がある。主に観光と「人」の関係、それとビジネスとの両立に関わる問題だ。実際アフリカでは観光の対象として「貧困」や「子供」が利用されているのである。例えば低所得者居住地を見学する、いわゆる「スラム街ツアー」もその1つである。特にアフリカ最大の低所得者居住地と言われる、ナイロビの「キベラ」はツアーに参加することで簡単に見学することができる。スタディツアーとして実際に目で見て感じることで、その実情を考え理解するという目的で行われ、現地に詳しい人が参加者に案内する。中にはそこに暮らす人々と交流するといった内容を含むものもある。ツアーを通して実情を理解し、そこでの経験が何かそこで暮らす人々の生活や貧困の改善に役立つのではなく、それが単に貧困を見世物にするようなツアーになってしまうことが問題視されている。

キベラ(写真:GRID Arendal/Flickr [CC BY-NC-SA 2.0])
また、孤児院の観光、学校のボランティアも子供の搾取に繋がりうる。確かにそれは現地の子供への理解に繋がったり、孤児院や学校への寄付やボランティアが子供たちの生活の向上に役立ったりする部分もあるかもしれない。しかしそれが貧困の根底にある問題への誤解を生み、現状を理解しないまま、「助けている」という形になってしまうと逆効果になってしまうことも少なくない。また、そもそも孤児院という生活形態自体もあまり望ましいものではないにも関わらず、それが観光と繋がることで、孤児院のビジネスの一環になってしまい、観光客からの寄付がこのビジネスの維持、促進に加担することになってしまう可能性もある。
それだけではなく、観光客と現地の人々との経済的格差が問題を生むこともある。貧困に苦しむ現地の人々が、その日の生計を立てる手段として、土産物などを売るために子供にも労働を強いたり、観光客に対して売春の取引をしたりするケースもあるのだ。お金を持つ観光客との需要と供給が一致した結果である。
このように「移動」以外でも、搾取や力関係など、まだまだアフリカ観光には問題が潜んでいる。
これからの発展に向けて
近年、アフリカの観光は急成長を遂げており、特に交通面において様々な改革が行われている。それによって自由な行き来が可能になりつつあるが、しかしまだまだ不便な点、改善すべき点は多くある。そしてそれは「移動」の面だけにとどまらない。アフリカ観光の問題点は、そこで暮らす「人」に関わる問題にも発展する。特に貧困や子供の搾取の問題は、制度の改革などで容易に解決できる問題ではなく、様々な視点からとらえる必要があり、解決には時間を要するだろう。今成長が注目されているアフリカの観光に再考すべき部分がある。

南アフリカの道路(写真:South African Tourism/Flickr [CC BY 2.0])
※1 アパルトヘイト:20世紀に南アフリカで行われていた人種差別政策。白人と非白人を分けて統治していた。
※2 ハブ空港:各地からの航空路線が集中し、乗客や貨物を他の空港へ中継する機能を備えた地域の拠点となる空港。
※3 ワールドトラベルマーケット(WTM):旅行、観光関連のビジネス関係者向け見本市。
※4 LCC:ローコストキャリア(Low Cost Carrier)の略称。効率的な運営により低価格の運賃で運航サービスを提供する航空会社。
ライター:Wakana Kishimoto
自分もアフリカを訪れたいという思いあるのですが、アクセスや交通費の面で厳しい部分があり、まだ行けていないのが実情です。
また、もしアフリカに行けた場合は、単に観光だけでなく、経済格差等の現状を知ることができるような場所も訪れたいと考えていましたが、それが現地の方の負担を強いたり、見世物のように扱うビジネスに繋がるということに気付かされました。
成長が観光に頼りすぎたら良くない点もありますよね。気候変動の中で世界遺産のビクトリアの滝がカラカラになってしまい、観光には影響が出ます。観光のためだけではなく、アフリカ大陸に住んでいる人々のため交通面において様々な改革が行われてほしいです。
アフリカの観光の問題は交通面だけでなく、貧困が見世物になってしまう問題が潜んでいることを初めて知りました。