今、アフリカの化粧品関連の市場は急成長を遂げている。世界全体の年間成長率が4%であるのに対し、近年アフリカは平均で8~10%の成長率をたたき出している。ではなぜ今になって成長しているのか。逆に、これまでアフリカにおける化粧品市場の成長を阻んでいた要因は何か。その背景には、肌の色があると考えられる。歴史的な差別や格差が原因で、化粧品の開発や生産、そして流通というすべての工程において「白」に近い色の肌が基準となり、「黒」に近い色の肌がターゲット層として組み込まれることはなかった。しかし、近年ようやく状況が変化しつつある。この記事では、肌の色とアフリカにおける化粧品市場の関係を探る。

化粧をされている女性(写真:PxHere [Public Domain])
肌のグラデーション
人種というと、「黒人」と「白人」という分類が代表的であり、それに付随して肌の色も黒と白に分けられる。しかし、実際の肌の色は決して単純ではない。濃い茶色から薄い茶色、さらにはベージュや薄いクリーム色まで、実際はあらゆるバリエーションがある。これには人類誕生からその後の移動、交流が関係している。
私たちの祖先はアフリカで誕生し、進化した。赤道付近の地域では紫外線が強いため、人間にとって重要な栄養素である葉酸が紫外線で破壊されることを防ぐ必要があった。そのため、赤道付近の地域に留まった人々はメラニン色素を多く含む肌、つまり濃い茶色の肌になったのである。一方で、赤道付近から太陽の日光量が少ない地域に移った人々は、紫外線が少ない環境で葉酸と同じく重要な栄養素であるビタミンDを生成する必要があった。そこで、紫外線を一定程度吸収し、ビタミンDを生成するためにメラニン色素が少ない肌へとなっていったことで、肌の色が薄くなったと考えられている。このように、紫外線環境に適応する形で肌の色が変化していったため、地域ごとに人々の肌の色が少しずつ異なることになった。さらに、歴史を振り返ると、人々は必ずしも同じ環境に留まったわけではない。現在に至るまでに、人々の移動や肌の色が異なる親の間に子どもが生まれるなどの要因により、人々の肌と地域の関係性は複雑化し、肌の色も多様化した。
これらのことから、肌の色を二極化し「白人」、「黒人」という人種に分けることはできない。そもそも「人種」という概念に科学的根拠はない。明確に分類できないものにもかかわらず、それぞれの社会の都合により強引に分類し、作られた概念なのである。そのような「人種」という作為的に作られた概念を通して上下関係が形成される事例が歴史的に多く、軍事・経済的な権力を保持したグループが他のグループと差をつけ、差別し、場合によっては人間として扱わなかったこともあった。例えば、19世紀まで続いた奴隷貿易や奴隷制が挙げられる。世界ではベージュやピンクがかったクリーム色の肌を持つ人々が社会的に優位な位置づけとなり、そのような人々が多く住む欧米諸国に優位な社会構造ができてしまった。このような社会構造を形成する一端を担った国の制度や政策は長年の間存続した。例えばアメリカでは1960年代の公民権法まで、南アフリカでは1990年代にアパルトヘイト政策が廃止されるまで、茶色の肌を公的に差別する政治体制が維持されていた。

アパルトヘイト博物館の入り口(写真:Paul Seligman /Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
「肌色」という問題
茶色の肌を差別する制度や政策は公には撤廃されたものの、肌の色に基づいた差別は多くの国や地域で根強く残っている。それは人々の行動や言葉だけでなく、普段から使うモノにも影響を与えている。例えばクレヨンや絵具、ストッキングなどを、「肌色」として商品化、販売している国が未だにある。この「肌色」は、アジアでは薄橙色、欧米では黄味がかったピンクなどといったように、地域による違いはあるものの、大抵クリーム色やベージュに近い色で表され、濃い茶色が「肌色」として扱われることはない。
また、「肌色」とラベル化されていなくても、「肌色」を表す標準的(デフォルト)な色が商品に反映されている場合もある。例えば絆創膏はその一例として挙げられる。絆創膏の色には肌と同化させるという意図があるが、欧米ではクリーム色やベージュに近い色の肌になじむ色しか販売されてこなかった。しかし近年、濃い茶色の肌に合わせた絆創膏が様々なメーカーによって提供され始め、アメリカに本社を置く大手製薬会社も多様な肌の色に対応した絆創膏の販売を2020年に発表した。さらに、義手や義足など、日用品以外の商品においても、ベージュやクリーム色などで作られることがほとんどである。このような状況下で、ナイジェリアの芸術家が濃い茶色の肌に合った義手や義足を2017年に制作し始め、話題を呼んでいる。このように、近年ようやく多様な色の肌に向けた商品開発が行われるようになったが、一般化したとまでは言い難い。
デジタル社会に突入した現代において、新たに生じた「肌色」の問題もある。例えば、ネット上でメッセージのやり取りなどの際に使用する絵文字だ。大手IT企業アップルの製品に使われている絵文字は、正式に絵文字が導入された2011年から、2015年までクリーム色に近い肌の顔文字しか提供されていなかった。

肌の色のバリエーションが増えた顔文字(写真:RSNY /Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
また、商品のみならず、世界の最新技術にまで「肌色」が影響を及ぼし、人々の安全を脅かす可能性もでてきている。アメリカやオーストラリア、フランスの警察が使用しているIDEMIAという顔認識ソフトウェアは、茶色の肌の女性を認識する際に最もミスが多く、いわゆる「白人女性」に比べて10倍ミスをすることがわかっている。そのため、誤って犯人として特定されるリスクも茶色の肌の女性において最も高いと考えられる。市民の安全を守るという目的で使用されている顔認識システムであるが、いわゆる「白人男性」を中心としたデータによって開発されたことが性能にも影響していると言われている。このように、「肌色」という概念は深刻な問題を引き起こす可能性を持っている。
人々の健康に大きく関わる場面においても「肌色」の問題が見られる。欧米などの医科大学における皮膚科の研修において、特殊な症状を説明する目的以外で濃い茶色の肌が使用されることはほとんどない。そもそも皮膚科の治療や研究の際に用いられる「フィッツパトリック・スケール」という皮膚の色の分類法にも問題があるのだ。これは皮膚科学に多大な影響を与えたトーマス・フィッツパトリック医師が、皮膚がんの研究を進める課程で考案したもので、紫外線を浴びた時の反応に応じて肌の色を6つの段階に分類している。しかし、この6段階のうち、3つが薄いクリーム色あるいはベージュに近い色の肌を表している。その一方で、濃い茶色の肌のバリエーションが極端に少ない。このような医療における「肌色」の問題が原因で、医師たちは濃い茶色の肌に関する知識が不足しているため、皮膚がんなどにおいて不正確な診断を行ってしまう。その結果、治療が手遅れになり、患者が亡くなった事例も少なくない。
「美」と「肌色」
医療現場だけでなく、美容関連の商品も濃い茶色の肌を持つ人々の健康に悪影響を及ぼしている。古代エジプトやメソポタミアの時代から近代に至るまで、肌を白く見せるために化粧品が使用されてきた。これに前述の歴史的な差別が重なり、世界では「白い肌」が高い地位や特権、さらには美の象徴とされる傾向があり、これを利用したマーケティングが行われてきた。そのため、世界では多くの女性たちが「白い肌」に憧れを抱き、皮膚を脱色して「美白」になることを謳う商品を使用している。

カメルーンで販売されている肌の色を脱色する「美白」商品(写真:Jasmine Halki /Flickr [CC BY 2.0])
実際に、アフリカでは女性の4割が使用しているという報告もある。しかし、このような商品の中には水銀が含まれている場合も多いことから、世界保健機関(WHO)は内臓に悪影響を及ぼすとして警告している。水銀を含む「美白ケア」商品はインターネット通販の大手企業であるアマゾンでも長年販売されていたが、反人種差別を訴える活動家たちが運動を起こしたことで、2020年にようやく販売停止が決定した。
このように、肌の白さが世界の多くの地域で美の基準とされてきた。さらに、化粧品開発に携わる人や、ターゲットとされた層は「白い」肌を持つ人々が中心となっていたことで、濃い茶色の肌になじむ化粧品は長年開発されなかった。しかし、1960年代に多くのアフリカ諸国が独立し、アメリカなど多くの国で肌の色による差別のない平等な社会を求める運動が活発化したことで、茶色の肌に対する人々の意識も変化していった。1962年には、ニューヨークで西洋の美の基準に囚われないことをコンセプトとしたファッションショーが開かれ、「ブラック・イズ・ビューティフル(Black is Beautiful)」という運動へと発展した。このファッションショーは、茶色の肌を持つモデルたちがランウェイを歩く1つのきっかけになっただろう。その後もファッションや音楽などのあらゆる業界で活躍する活動家たちが努力を続けたことで、茶色の肌に対する認識が多くの国で変化していくこととなった。さらに、現在はSNSといったメディアの発達により、消費者の声が供給側に届きやすくなったことで、商品という目に見える形で茶色の肌に対する認識の変化が現れることとなった。
これらの動きの中で、世界の大手化粧品ブランドはファンデーション(※1)で幅広い色を提供するなど、濃い茶色の肌もターゲットとして含めた製品の販売を打ち出した。このことによって販売地域も拡大し、ケニアやウガンダなど、アフリカ諸国への進出を果たした。

ファンデーションの見本(写真:Lynn Friedman /Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
アフリカの化粧品市場
世界の大手化粧品ブランドが濃い茶色の肌に合う化粧品の開発を進めたということだけがアフリカ進出を可能にしているわけではない。これらのブランドが注目するだけの市場規模がアフリカに存在するのだ。現在、世界全体の美容関連の産業が生み出す4千億米ドルの利益のうち、3%はアフリカ地域が占めているという状態だ。しかし、冒頭で述べたようにアフリカ諸国における美容関連の市場は大きな成長を見せているため、今後はより大きな割合を占めるようになると考えられる。特に、サハラ以南地域で著しい成長を見せている南アフリカは、2018年時点で美容産業の市場規模は45億米ドルとなっている。
これほどアフリカの美容関連市場が拡大している状況の裏には、アフリカ全体の人口が増加したことで美容関連用品の消費量が増えたという背景がある。特に若者は美容やケアに多くの資金を費やす傾向があるため、人口の70%が30歳以下であるサハラ以南のアフリカ地域の化粧品市場が急速に拡大している。さらに、アフリカ各地で都市化が進み、中間所得者層と呼ばれる人々が増加したことも関係しているだろう。1日に2~20米ドル費やす経済力を持つ人々は、現在アフリカでは3億人以上に上る。アフリカの都市部において多くの中間所得者層が現代の流行に関心を持っているため、ファッションや美容に一定の資金を費やしているのだ。
アフリカ発の化粧品ブランド
アフリカ地域における化粧品市場が拡大していることに加え、製造技術などの発展や商品の普及・広告に役立つSNSの利用により、起業が容易になった。これらの背景から、自ら起業してブランドを立ち上げる人がアフリカで急増し、アフリカの化粧品やスキンケア市場への進出に成功した。中には、大きなブランドへと成長していくものもある。例えば、ケニアの大手化粧品ブランドであるスージー・ビューティー(Suzie Beauty)や、自然派の美容品を提供している南アフリカのブランドであるアフリコロジー(Africology)などである。このようなローカルブランドの良さとして、多くのブランド所有者がアフリカに住む茶色の肌を持つ女性たちであるため、ユーザーのニーズや茶色の肌の特性をよく理解した上で、地域の消費者にとって身近な商品が提供できることが挙げられる。さらに、国や地域によって需要も流通経路も異なるため、ローカルブランドとして地元の販売状況を考慮した販売方法が求められる。

シアバターのボディケア製品(Cathkidston /Wikimedia Commons [CC BY-SA 3.0])
また、ローカルなトレンドを押さえることも重要である。例えば最近アフリカではオーガニックの化粧品が人気を持ち始めている。オーガニック製品に使用される原料は、シアバターやバオバブ、マルラの実などである。これらの製品は化学薬品不使用のため健康に良く、アフリカで育った植物や果物を原料として使用していることも多いため、アフリカに住む人々にとって親しみやすいものとなっている。例えば、ケニアの化粧品ブランドであるスージー・ビューティーは、茶色の肌に合った高品質の商品を手ごろな価格で提供するというコンセプトで始まり、オーガニックな化粧品を販売している。このようなローカルトレンドを素早く察知し、商品に反映できるかどうかということも、ローカルブランドの成功にとって重要となるだろう。
これらのローカルブランドに政府が支援をする国も出始めた。タンザニア政府は、成長を続ける国内の化粧品産業に注目し、経済支援する策を打ち出している。この政策により、より多くの雇用を生み出し、経済効果をもたらそうという考えだ。
アフリカ地域独自の知識や技術は、国内やアフリカ内の化粧品業界のみならず世界にも影響を与えている。実際に、世界的な化粧品ブランドとアフリカの研究者が提携し、濃い茶色の肌を持つ人々に向けた商品開発に取り組んだという事例がある。この取り組みは、より多くの人が自分に合った商品を使用することにつながるとともに、アフリカの科学者たちが研究に必要な資金を得ることができたという点で、相互にメリットがあったと考えられる。
アフリカで成功したブランドもアフリカ以外の地域へとビジネスの幅を広げている。例えば、リベリアの化粧品ブランドであるエンジェルズ・リップス(Angel’s Lips)やナイジェリアの化粧品ブランドであるビーエムプロ(BMPRO)は、イギリスやアメリカ、カナダへとグローバルに展開している。

祭りで話をする女性たち(Katy Blackwood/ Wikimedia Commons/ [CC BY-SA 4.0])
以上のように、「黒い肌」への差別と「白い肌」への憧れは現在でも根強く残り、健康にも社会にも害を及ぼしている。刑事捜査や医療現場など、人々の安全に多大な影響を及ぼす場面においても肌の色の問題が潜んでいる。このように、肌の問題は見かけだけではなく、社会における様々な問題と関係している。一方で、社会における意識の変化と、アフリカでの化粧品・スキンケア市場規模の拡大が重なったことで、美容業界が茶色の肌にも目を向け始め、様々なブランドが多様な商品を生み出している。化粧品を含め、あらゆる場面において、肌の色の多様性・平等とは何かということを問い続ける必要があるのではないだろうか。
※1 ファンデーションは、そのユーザーの顔や首の肌に近い色が選ばれることが多い
ライター:Ayano Shiotsuki
アフリカの化粧品市場肌の広がり、全然知りませんでした!日本にも 美白 という言葉がありますが、色の多様性が広がっていってほしいと思いました。
私も無意識に「白くなりたい」と思い、「美白」化粧品を使用しています。
「白くなりたい」と思うことは悪いことではありませんが、自身の根底にある意識を見直そうと思いました。また、「白が美しい」と意味する「美白」という言葉の危険性も感じました。
珍しくポジティブな内容で非常に興味深い記事でした。
肌の色の言葉選びに配慮されていて、とても良い文章だなと思いました。
自分にとって、全く知らないトピックだったのでとても勉強になりました。
化粧品の製品紹介で「美白」を謳っているものも、肌が濃い人々の目線からしたら良い気はしないと思うので、無意識に使っている言葉にも気をつけるべきだと気付かされました。