2020年6月12日、スウェーデンで真実委員会が設置されると発表された。真実委員会とは、国単位で設置され、人権侵害や政治的抑圧の被害者グループが受けてきた歴史的不正を追究し将来の和解を目指すものである。今回スウェーデンで設置される真実委員会は、伝統的に北極圏を生活地域としてきた先住民サーミが長年政府から受けてきた差別の歴史やその実態を明らかにする目的がある。サーミの人々に関する真実委員会の設置は2017年のノルウェー、2019年のフィンランドに続き3ヶ国目である。現在に至るまでサーミが受けてきた差別、そして現在新たに彼らが直面している環境や開発に関する問題とは一体どのようなものであるのか。

ノルウェーのサーミ議会(写真:Illustratedjc/Wilimedia Commons [CC BY-SA 3.0])
サーミとは
サーミは古くはスカンジナビア半島の北部からロシアのコラ半島にまたがった地域を生活圏としてきたヨーロッパ最大の先住民である。少なくとも紀元前11,000年にはこの地に居住していたと考えられており、その人口はノルウェーに50,000人、スウェーデンに20,000人、フィンランドに8,000人、そしてロシアに2,000人の計80,000人と推定されている。しかし、この人口に関する統計はアイデンティティをもとに作成されており、各国で正確な調査は行われていないため、正確な人口は不明である。宗教は地球との結びつきを重視した多神教を伝統的に信仰してきた。古くからコミュニティの言語として主にサーミ語が使用されてきた。サーミ語は隣接する方言地域間で明確な言語的境界がないとされているが、これまでに話者数の減少などもあり少なくとも10の方言が消滅した。特に近年ではサーミ語の学習機会や使用機会が限られていることから若者のサーミ語話者は少ない。2001年の時点で話者は25,000~30,000人と言われている。
極北に住んでいたサーミは厳しく寒いツンドラ気候に順応した生活様式を発達させたため、貿易などで関係性はあったものの周辺の国家に組み込まれることなく独立を保っていた。何世紀にもわたり、狩猟採集、漁業、トナカイの遊牧などさまざまなライフスタイルを維持してきた。とりわけサーミとトナカイ遊牧は切り離すことができないほど文化的に重要な意味を持つ。トナカイの遊牧を営むサーミは5~6家族で集落を形成し、トナカイの群れが季節ごとに食料を求めて移動するのに合わせて遊牧生活を送ってきた。その中でトナカイの肉を食べたり、皮を衣服にしたりして販売するなどトナカイを資源とした産業で生計を立てていた。しかし現在、トナカイ遊牧のみで生活するサーミはごく一部であり、サーミのほとんどが各国家により侵略される以前の土地や伝統的な生活から離れ、都市部で生活したり、遊牧や漁業以外で生計を立てている。また伝統的なサーミの集落に住んでいる人々でさえ、多くはサービス産業で生計を立てている。
サーミに関する問題を取り扱い各国と協議し、サーミとしての合意形成、文化や言語の保護に努めている機関として、サーミ議会がある。スウェーデン、ノルウェー、フィンランドにはそれぞれ一般的な議会とは別にサーミ独自の議会が存在する。特にこの3国間では、少数民族としてのサーミの地位を確立することに加え、条約を結んでより広い範囲でのサーミの自治権獲得を目指している。独自の文化、言語そして議会を持つサーミ。しかし、歴史を振り返れば長年にわたる差別や文化的同化の強制など彼らの存在やコミュニティは脆弱な立場へと押し込められてきた。そして現在においても多くの場面でサーミの権利がないがしろにされている。
差別の歴史
前述の通り、もともとサーミは現在のノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシアなどの国家から独立を保ち北極圏で生活していた。ところが15世紀以降、スウェーデンとノルウェーがサーミの住む土地に資源利用の点から注目し、派遣隊員を遠征させた。それぞれの国はサーミたちをその土地から追い出すことを目的とし、定住に際して税金を払わせるなどの一方的な制度を押し付けただけでなく、派遣隊員はトナカイを乱獲するなどの行為を行なった。これまでの生活様式を奪われたサーミの中には、遊牧や漁業などの方法で生計を立てることを諦めなければならない者もいた。この出来事を皮切りにサーミへの文化的同化の要求はますます厳しくなっていく。
17世紀のスウェーデンでは、キリスト教化がサーミに対して強制された。キリスト教への改宗に従わない者には罰金、投獄、さらには死刑といった罰を与えることで、協会での礼拝に出席することを余儀なくした。これによりサーミの伝統的な宗教はほぼ完全に破壊された。19世紀のノルウェーでも、政府によってサーミが生活を営んできた土地が押収される他、サーミ語の使用や慣習の禁止、キリスト教への改宗も強制された。それ以前の教育はサーミ語で行われ、宗教文書などもサーミ語で著されていた。ノルウェー政府の同化政策により、子供たちはノルウェー語で教育を受け、キリスト教の名前に改名されられるなど厳しく独自の文化や言語が抑圧されてきた。その結果、前述のようにサーミ語の多くの方言が絶滅することとなった。また20世紀前半のノルウェーにおいては、サーミの土地は政府に譲渡する義務があるという法が制定され、サーミとその文化を消滅させるためのさらなる積極的な取り組みが行われた。

伝統的なサーミの家族(写真:tonynetone/Flickr [CC BY 2.0])
第二次世界大戦後、国際労働機関(ILO)が1957年に先住民族条約(第107号)(※1)を締結した。これは先住民を抑圧と差別から解放するために採用された初めての国際的な文書である。しかしこの条約は支配的立場にある社会に先住民を統合することを前提としており、文化の消失は不可避であるという意味合いが強かった。これに対し、人権の視点からも強制的な同化を阻止すべきだという一部の先住民から反対意見があった。そうして1989年に、条約第107号は先住民族条約(第169号)(※2)へ改正された。この条約は世界中の先住民の権利回復を目的とした国際的な文書で、国家内で先住民の自決権を認めるとともに、土地への権利を含む先住民のあらゆる権利に関する各国政府の基準を定めている。ところが、改正前に条約に批准していた国が必ずしも改正後の条約に批准したわけではなかった。サーミに自己決定権を与えることによって国家の支配力が弱まるという理由から、改正後の条約に批准したのはノルウェーのみで、スウェーデン、フィンランド、ロシアは批准しなかった。
冷戦期間中にはロシアとの行き来が困難だった移動が1989年の冷戦終結に伴い再開したことや、1980年代から1990年代にかけての先住民の世界的な権利回復運動の流れを受けて、1990年代後半になって、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシアでサーミを先住民と承認する法が可決された。しかしスウェーデンやノルウェーでは憲法で文化と言語の保護を保障しサーミ議会を承認するも、実際には法律が施行されず暗黙の差別が続いた。フィンランドではサーミを民族として認識するもILO条約第169号に未批准であるため先住民の土地に関する権利が否定されたままであり、ロシアでも先住民の経済発展を目指す内容が憲法に記載されはしたが、政府が未履行状態であるなど、どの国においてもサーミの先住民族としての権利回復はないがしろにされてきた。2000年以降、スウェーデンではサーミ語を正式に少数民族の言語として、2011年にはサーミを国民として承認するも、サーミの土地と権利に関する法は制定されておらず、現在に至るまで差別は残存している。

北極評議会で発表するサーミ評議会のメンバー(写真: arctic_council/Flickr [CC BY-ND 2.0])
生活を脅かす環境問題
上記のような差別に加えて近年では環境問題や気候変動といった問題もサーミの生活に大きな影響を与えている。
そのひとつに放射能がある。1986年、ウクライナのチェルノブイリ原子力発電所で爆発事故が起こった。事故後、ノルウェーを含むヨーロッパの広範囲に放射性物質を含む雲が広がり、降雨や降雪と共に放射性物質が地上に降り注いだ。これらの放射性物質は地衣類やキノコが吸収しやすく、その地衣類こそがトナカイにとっての冬の食糧である。そのため、チェルノブイリ原発事故以降、放射性物質を含んだ地衣類を摂取したことでトナカイの体内に放射性物質が蓄積されていき、事故から30年が経過した今、ノルウェーでトナカイの体内から基準値を大幅に上回る放射性物質が検出されたことが明らかになっている。トナカイの肉はスカンジナビア諸国で広く食用されており、トナカイ遊牧で生計を立てるサーミにとって重要な収入源であった。しかし、放射性物質が検出されたトナカイの肉を販売することはできず、トナカイを家畜として飼育するサーミの生活は大きな打撃を受けることとなった。
さらに、世界的にも大きな問題となっている気候変動もまた、トナカイに大きな被害を与えている。特に北極圏は地球上の他の場所に比べて温暖化の進行が2倍早いことがわかっている。例えばスウェーデンでは産業革命以前の時代と比較して国土全体で平均気温が1.64度上昇している。高山地域ではこの気温上昇の傾向はさらに顕著で、1991年から2017年の冬の平均気温は、1961年から1990年の平均気温と比較して3度上回っていると発表されている。この温暖化により生じる問題のひとつがトナカイの食糧不足である。気温の上昇によって降雪の一部が雨になり、その後の気温低下などによって、地面に厚い氷の層が形成される。一般的にトナカイは季節に応じ食糧を求めて移動するが、トナカイの食糧がこの厚い氷の層の下に閉じ込められてしまうのだ。そして北極圏では秋に初雪が降るため冬期が長く、同時にトナカイが食糧を得ることができない期間も長くなる。夏期に滞在していた放牧地では牧草を食べ尽くし、冬期に滞在する地へ移動してもそこで長期間食糧が手に入らず、食糧不足に苦しめられ飢餓で命を落としたりする可能性が高まっている。さらに北極圏では初雪が降る時期も早いため冬季が長く、トナカイにとっては食糧のない期間が長くなってしまう。その結果、冬のトナカイの食料不足は深刻であり飢餓などの危険も増している。

トナカイの群れ(写真:Mats Andersson/Wikimedia Commons [CC BY 2.0])
さらに気候変動によって氷河が融解し、北極圏で様々な産業・海運が進出可能になったこともサーミの生活を脅かしてもいる。その例としてここでは北極海鉄道建設計画を取り上げる。近年、温暖化の影響で海氷が融解し、北極海の海運ルートが拡大しつつある。それに伴ってフィンランドの起業家たちがフィンランド北部の経済発展を試み、2019年に鉱業製品や石油、ガスを輸送するためのノルウェーからフィンランドにかけての鉄道建設を提案した。しかし鉄道の建設に伴いサーミから牧草地を奪う、電車がトナカイの放牧ルートを横断する、走行中の電車がトナカイに衝突する等トナカイ遊牧を営むサーミの生活にあらゆる被害を及ぼす可能性がある。さらに鉄道が開通するとインフラが整備され、線路周辺に新たな産業が進出することが予測され、サーミの土地の権利利益は奪われる一方である。
またフィンランドでは森林伐採が盛んに行われている。フィンランドに存在する森林は世界に存在する森林の1%にも満たないが、2018年時点で紙の生産量は世界9位と入るほどフィンランドの林業と製紙産業は盛んだ。森林伐採が行われているのはトナカイの群れが放牧される広大な国有地で、大規模な森林伐採の他、植物の生育循環の悪化や多様な生態系の破壊を招いている。前述のようにフィンランドはILO条約169号に批准しておらず、企業は環境やサーミへの影響を考えることなく林業を行っていた。これに対してヨーロッパの各地でデモや訴訟が起こったことを受け、最終的に2010年フィンランド政府は森林を保護することに合意し、最短でも2030年までは森林が確保されることが約束されている。これらのことからわかるように、サーミの生活は気候変動や環境破壊、各国の資源開発の推進などによって大きく影響を受けている。
「グリーン植民地化」
気候変動の悪化に伴い、その対策の取り組みとして、再生可能エネルギーや電気自動車の生産がひとつのカギと言われている。ところが再生可能エネルギーや自動車の生産を進めることもまた、サーミの伝統的な生活に対して負の影響を及ぼす場合がある。

アルタ川に建設されたダム(写真:Statkraft/Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
1980年頃再生可能エネルギーとして水力発電が着目され、ノルウェー北部のアルタ川にダムを建設することが提案された。しかし、アルタ川はトナカイの放牧地を通る川で、ダム建設はサーミの住む集落を水没させる危険にさらす他、トナカイの放牧ルートを遮断するなどの問題をはらんでいた。これに対し、ダム建設や建設に必要な道路建設を阻止するため、サーミ活動家やノルウェーの環境保護家らがデモを起こした。警察が出動し逮捕者もでたが、デモによる抵抗は続いた。しかし、最終的にはサーミに放牧地の所有権が認められていないことを理由にダム建設を中止させることはできなかった。デモが立ち上がったこととその反響は、後のサーミの言語と文化の保護を保障する憲法の改正や政治的代表を認める法律の成立につながったと言われる。さらにこの出来事が契機となりサーミの生活が再生可能エネルギー推進の背景で脅かされていることが広く知られるようになった。風力発電もまた再生可能エネルギーとして注目され、ノルウェーでは風力発電プロジェクトが進行している。1980年のダム建設によって集落の水没や放牧地の遮断が問題となったのと同様に、風力発電施設が山地に建てられることでサーミは新たな土地を奪われることとなり、ますますサーミは生活圏の縮小が強いられている。
世界的な再生可能エネルギーの需要の増加に伴い、そのエネルギー生産及び蓄電に必要な鉱物資源の需要も増加し、鉱山開発が進行している。電気自動車のバッテリーや風力タービンに使用される銅やコバルトがその典型的な例だ。スマートフォンに使用されるバッテリーは10g前後のコバルトを要するのに対し、電気自動車に使用されるバッテリーは最大3kgとはるかにたくさんのコバルトを要する。電気自動車のバッテリーの生産量を増やすためには膨大な量の銅やコバルトが必要であり、新たな鉱山開発地となる場所が求められたり、鉱山開発が進んだりしている。各国において鉱物資源が豊富な地域がサーミの生活圏と重複していることから、鉱山開発もまた、サーミの生活に影響を与えている。ロシアにはニケリ鉱山とザポリアニー鉱山、フィンランドにはケヴィスタ鉱山がある。そしてノルウェー政府は、サーミ議会の反発があったにも関わらず、世界有数の環境国としての名を保持すべくフィンマルクの地で銅鉱山を開発する計画を承認した。これをグリーン経済の促進だと支持する声が挙がる一方、歴史上最も環境に悪影響を与えるプロジェクトと非難する声も挙がっている。さらに鉱山廃棄物の投棄によって生態系が破壊されるという問題もある。
このように環境負荷の低いとされているエネルギーや機械、それに伴う設備を生産しようとする動きは一見称賛されるべきである。しかしその裏側では、サーミの居住地・生活やそこに存在する自然や生態系を少しずつ奪い破壊されている。社会的強者が生み出した環境問題やその解決策として求める利益のためにグリーン化が推進されるが、その実現のためのしわ寄せは社会的弱者の権利や利益が侵害されるという形で現れている。この構造が植民地主義と類似していることから、「グリーン植民地化」と呼ばれる。本来であればサーミの生活・文化を保護するために、開発事業を行う側は誠意を持って事前に十分な相談をし、どのように事業を行えば負の影響を最小限に抑えることができるのかを検討した上で同意を得て事業に取り掛かる義務がある。しかし、企業側は利益を生み出すことを最優先に考えているため、企業側や事業にかかわるコンサルタント等には十分の理解も時間もないまま、事業が進められることが多いと、この問題に取り組む研究者のスーザン・ノーマン氏は指摘する(※3)。トナカイの繊細な生態系についてサーミ側が持っている知識と、事業計画を急いでいる企業側との間に「情報の非対称性」が生じ、サーミが持っている懸念が考慮されないまま開発事業が進めらる結果、生活が脅かさていく。しかし、問題は企業側だけにあるわけではない。最終的にサーミの生活基盤を保護する義務を担っているのは政府の責任も大きい。さまざまな事業において、計画段階からの規制と許可、実施後の損害賠償に関する規定を設置するなど、重大な役割をもっているにも関わらず、その役割を十分に果たせていないのが現状である。問題の背景にはさまざまな当事者の複雑な利害関係があると彼女はいう。
これまでサーミが受けてきた差別の歴史、現在直面している問題を見てきた。時の経過と共に、彼らに対する扱いに変化は生じているものの差別はまだ残存しており、気候変動にも気候変動への対策にも生活を脅かされている。気候変動の緩和対策も必要だがサーミの権利保護も求められる。その両者のバランスをどのようにとるかは厳しい課題である。今後の展望に注目したい。
※1 ILO表記は土民及び種族民条約となっているが不適切な表現であるため、ここでは先住民族条約とする。
※2 ILO表記は原住民及び種族民条約となっているが不適切な表現であるため、ここでは先住民族条約とする。
※3 2020年10 月に著者とのインタビュー
ライター:Mayuko Hanafusa
グラフィック:Mayuko Hanafusa, Yow Shuning
取材協力:Susanne Normann(オスロ大学)
恥ずかしながら、この記事を読みまでサーミのことは全然知らなかったのですが、とてもわかりやすく解説されていて勉強になりました。単に差別があるというだけでなく、環境問題や気候変動対策としての再生可能エネルギーの開発など、様々な要因がサーミを妨げているのだと知ってとても驚きました。
再生可能エネルギーや自動車の生産を進めることはいいことばかりではありませんよね。サーミのような人々の生活に対して負の影響を及ぼさないように、これからグリーン政策がどのように進むべきなのかは重要な課題だと思います。
「グリーン植民地化」という言葉は初めて知りました。グリーン化は環境には良いといつも言われていますが、このような問題もありうることも考えながらグリーン化を考えるべきですね。
現在にいたるまで差別が続いていることに衝撃を受けた。
同じ人間であるにも関わらず、民族の違いをもって見下し支配してよいと思う傲慢さが悲しい。
環境破壊を代表する森林伐採、環境問題に貢献するための風力発電、どちらをとってもサーミの生活を脅かすので、サーミの生活保護と経済活動の両立の難しさを実感した。
気候変動の影響を受けているが、気候変動対策を行うことでもサーミの人々の生活に影響を及ぼすことに驚きました。
サーミの人々の生活を守りつつ、気候変動の対策を行うことは難しい問題だと感じました。
4か国にまたがって一つの民族が居住しているって大変ですね…
気候変動に対する取り組みはもちろん大切だし推進されていかなければならないと感じますが、アンフェアな形でサーミの方々の生活が脅かされてしまうのは良くないと思いました。対等な関係で気候変動への取り組みとサーミの生活のバランスの取れた計画を進めていって欲しいと思いました。