近年、欧米での人種差別が報道で話題となっている。アメリカでは、ドナルド・トランプ大統領が移民対策として、移民の難民申請制度の厳格化や移民による犯罪の被害者のためのホットラインを設置するなど移民を「敵」とした規制を強めていることが話題になっている。また、黒人への差別も話題になっている。2019年2月、アメリカで起こった黒人への暴行事件などの人種差別事件を彷彿とさせるシーンが多いことで話題を呼んだ、チャイルディッシュ・ガンビーノの楽曲「This Is America」のミュージックビデオ(MV)が最優秀MV部門でグラミー賞を受賞したこともその証左だろう。ヨーロッパにおいても移民・難民の増加による衝突が問題となっており、各国で右翼系政党の人気が高まり、ポピュリズムの傾向を強めている。
このような事件や政策は大きく報道されてきたが、果たしてこれでメディアが世界における人種差別の現状を包括的かつ客観的に映し出せているのだろうか。世界における人種差別問題と日本における人種差別報道について詳しく見ていきたい。

アメリカにてナチの旗を持つ民衆 (写真:Moses Apostaticus [CC BY 2.0])
世界における人種差別・排外主義の全体像
そもそも人種差別とはどのようなものだろうか。「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」の定義によれば、「人種差別」とは、「人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するもの」をいう。つまり、人種差別は一義的なものではなく、肌の色、民族、階級、国籍など、差別の対象となる背景は様々で、どんな違いも差別の要因となりうる。
近年の報道により、人種差別が強まっているというイメージを持っている人は少なくないかもしれない。実際、専門家や国連関係者も排外主義が「世界中で」強まっていると言う人も存在する。しかし、実際に「世界で」排外主義が強まっているといえるのだろうか。
世界各地で行われている調査などによると、北部を除くヨーロッパでは、人種差別は増加傾向にあるが、世界全体で増えていると必ずしも言えず、また減っている地域も多いようだ。ただし、世界が包括的に見れるデータが不十分だというのも事実である。
また、注目の対象になっている欧米よりもむしろ、南アジアや中東・北アフリカの方において人種差別意識が強いというデータも存在する。例えば、南アジアでは、約2億6,000万人がカーストによる差別の影響を受けており、欧米以上に差別が深刻な地域も多数存在する。
このような人種差別に関するイメージと現実のギャップはなぜ生まれるのか。私たちのイメージを形成する報道に問題があるのではないか。これらをひもとくために、実際のデータを基に、日本でどのような人種差別報道がなされているのか詳しく見ていこう。
報道される人種差別
朝日新聞の20年間(1999年~2018年)の「人種差別」報道を分析(※1)した。下のグラフから分かるように、人種差別が強まっているイメージと同様に、ヨーロッパにおいて移民や難民が増加やトランプ氏の台頭、欧州政治の右傾化などが起こった2015年あたりを境に、人種差別の報道量が急増している。
また、この人種差別の報道量を国ごとに分類した。下のグラフから見て分かるように、欧米、特にアメリカの報道量だけが極めて多い。世界では、アメリカ以外にも報道すべき地域が数多くあるにもかかわらず、人種差別報道の約半分が1つの国だけに集中している。また、アメリカの次に多かったのはフランスであり、報道の全体の約1割を占めている。フランス国内の右傾政治やその移民政策の報道が非常に目立った。ヨーロッパの他の国もトップ10に多く登場しており、全体としては約4分の1が欧州の報道であった。また、南アフリカは、アパルトヘイト政策など歴史に関する特集記事や南アフリカで開催された差別反対世界会議に関する記事が多く、3番目に多い登場回数となった。
このように、欧米の国々が人種差別報道で登場する国の75%以上を占めるほどの偏りが明らかである。では、人種差別関連の報道において、どのような人種差別が報道されているのだろうか。下のグラフは、人種差別報道の内容を被害者主体ごとに分類したものだ。
グラフからも分かるように、全体を通して黒人(※2)が人種差別の被害者として書かれている記事が120件(約35%)と最も多かった。その黒人への差別に関する報道のうち、82件(約68%)の記事でアメリカが登場しており、大きな偏りが見られた。また近年はトランプ大統領の登場や欧州政治の右傾化により、移民が差別の被害者として書かれている記事も54件(約16%)と多かった。その54件の移民への差別に関する報道のうち、なんと51件(約94%)が欧米での内容だった。
宗教の差別でいえば、イスラム教徒が差別の被害者として取り上げられている記事51件中30件(約59%)と最も多く、そのうち9件がアメリカでの出来事だった。また、全世界の人口の0.2%にも満たないユダヤ人が20件(約6%)の記事で被害者として取り上げられおり、人口の割に報道が多かった。
以上のように、日本で報道される人種差別報道は、欧米を主体として、「人種」、「国籍」、「宗教」などの異なるアイデンティティを持つ人々への差別にスポットライトが当てられている。つまり、私達の世界の人種差別のイメージは、欧米中心の国際報道によって作られている可能性が極めて高い。この報道の偏りの背景には、日本との関係の深い、強い先進国として普段から欧米報道を大きく取り上げる日本のメディアがある。アメリカのメディアから影響を受ける傾向も、さらに貧困国をないがしろにする日本のメディアの現状も挙げられる。

リビア紛争から逃れ、スーダンに帰国する出稼ぎ労働者とその家族 (写真:UNAMID [CC BY-NC-ND 2.0] )
報道されない人種差別
日本で報道されない人種差別とはどのようなものなのだろうか。差別が蔓延しているにもかかわらず、ほとんど報道が為されていない地域の現状を例として詳しく見ていきたい。
南アジア
南アジアには、古くからカースト制度という規則や慣習に基づいた社会的経済的な統治方法が存在する。カースト制度は、人々をバラモン、クシャトリア、ヴァイシャ、シュードラの4つの階級に分け、社会的地位だけではなく、職業、結婚相手なども階級によって決めるべきという差別が根底から根付いているさらに4つ階級とは別に、「ダリット(Dalit)」という最下層の不可触賤民と呼ばれる人々がおり、死体の処理といった卑しい仕事をさせられ、残虐行為の対象となっている。
現在、南アジアの約2億6,000万人がカーストによる差別の影響を受けているとされており、市民権や政治的、経済的、社会的、文化的権利が侵害されている。これらの差別は、キリスト教徒や仏教徒、イスラム教徒、シク教徒にも広がっている。このような状況にもかかわらず、以前のGNVの記事で紹介したように、これらの現状に焦点が当てられた報道が少ないのが実情だ。今回収集したデータにおいても、南アジアが取り上げられたのは人種差別報道の全347記事中4記事であり、そのうち3記事は他国絡みの政治に関するもので、各国内のカースト問題や宗教差別を取り上げた記事は存在しなかった。

自らの権利を主張するダリットの女性 (写真:UN Women Asia and the Pacific’s shotostream [CC BY-NC-ND 2.0] )
中東・北アフリカ
今回収集したデータでは、中東・北アフリカは347記事中25記事で取り上げられていたが、そのほとんどがイスラエル・パレスチナの関連でアラブ人あるいはユダヤ人への差別についてであった。しかし、イスラエルによるアラブ系住民・パレスチナ人への差別以外にも、この地域においてさまざまな差別関連の問題が存在する。特に、建設業や家政婦などで中東に来る出稼ぎ労働者や難民への差別・虐待が深刻だ。出稼ぎ労働者の賃金は極めて低く、全く同意していない奴隷のような労働をさせられていることが報告されている。また、2022年のカタールワールドカップの建設中に、4,000人以上の低賃金労働者が亡くなるという予測も出ている。
また、サウジアラビアでは、スンニ派イスラム以外の信者への差別や抑圧が非常に強い。神への冒とくやイスラム以外の宗教への改宗は死刑に処する法律制度となっている。
北アフリカでも人種差別は多く残る。エジプトでは、ヌビアなどの少数民族やサハラ以南のアフリカ出身の出稼ぎ労働者、難民などへの差別が深刻であり、肌が黒いほど差別が激しくなると言われている。
またリビアでは、奴隷貿易が移民の増加によりなんと再び行われている。2014年~2016年の3年間で15万人が危険を顧みずリビアから地中海へ渡ろうとするなど、リビアは移民や難民の経由地となっており、そこで取り締まりを受け拘留された人々が多く存在するが、その人々「奴隷市場」で奴隷としてオークションに売買され強制労働を強いられることがある。
このように、中東・北アフリカ諸国で悲惨な人種差別が存在するにもかかわらず、今回収集した中東・北アフリカの25件の人種差別に関する記事の中には、これらの事情に言及したものはなかった。

ドバイの建築現場で働く出稼ぎ労働者 (写真:Imre Solt [CC BY-SA 3.0])
中南米
中南米には過去に奴隷として連れてこられた歴史もあり、アフリカ系の子孫が数多く生活している。このような黒人が人口の大きな割合を占める中南米においても、依然として人種差別が問題視されている。ブラジルでは、国民の自己のアイデンティティの認識に基づけば、人口の50.7%が黒人あるいは黒人を含む複数の人種が入り混じった人々であるが、白人と比べて教育水準や賃金が低い傾向があり、肌の色による差別があることは明らかである。
コロンビアでも、他の人種に比べて最貧困層にアフリカ系の人々が多く、紛争時にも多くのアフリカ系の人々が強制立ち退きを命じられるなど卑劣な扱いを受けている。また、グアテマラやボリビアでも、アフリカ系や先住民の人々は経済面や教育面、雇用面などにおいて白人の人を比べて差別的な処遇を受けているとされている。中南米で見られるこのような現象をピグメントクラシー(pigmentocracy)と呼ぶ研究者もおり、肌の色に基づいた社会的地位が変わるということを指している。
これらの差別に対して、各国で生活水準を改善するための政策や人種差別撤廃のための法案も実施されてきたが、依然としてラテンアメリカのアフリカ系の人々に対する経済面や教育面などにおける差別は残っており、アメリカ以上に人種差別問題が深刻であるといえるのかもしれない。しかし、アメリカでの黒人差別が黒人差別報道全体の120記事中82記事(約68%)であるのに対して、中南米での黒人差別は1つの記事でしか言及されていなかった。

ブラジル貧困街の少年達 (写真:Zé Carlos Barretta [CC BY 2.0] )
以上のように、日本では報道されない世界において、今日もなお多くの人種差別問題が残っている。このような状況にもかかわらず、日本の報道の偏りによって、「世界」の人種差別のイメージが、「欧米」での人種差別報道のイメージによって形成されてしまっており、欧米を主体としてしか人種差別問題について知ることができていない。報道されていない地域には、欧米以上に差別意識が強く、悲惨な出来事が起こっており、明らかに私達が普段目にする情報と現実との間にギャップが存在しているが、このままで良いのだろうか。人種差別の撲滅に向けて、まずは世界の人種差別の現状を客観的かつ包括的に報道し、問題意識を向けることから始める必要があるだろう。
※1: 「聞蔵Ⅱビジュアル」にて、検索ワード「人種差別」、紙面:国際面、【本紙】と【地域面】の発行社は【東京】を選択、期間:1999年~2018年の条件で検索した結果から算出したものである。
※2: 本記事中の人種を表す用語は朝日新聞の記事中の言及によるものである。
ライター:Yutaro Yamazaki
確かに差別=黒人というようなイメージをもっています。日本ではスクールカーストなどと簡単にカーストというワードを使用しますが、現実にそのような卒業することのできない社会構造が存在すること、もっと認識を深めないといけませんね。
日本人もよく何気ない会話の中で、外国人を差別をしているなーと感じることがあります。肌の色や宗教の違いで区別した発言のみを差別だと思っているからこそ生まれる発言かもしれません。差別への認識が薄い現状を生み出すのも、変えうるのも報道ですね
記事をよんでハッとさせられました。人種差別ときけば黒人、移民問題ときけば欧州、宗教対立ときけばイスラム教をすぐに思い出してしまうのですが、それらが非常に偏った認識であり、実情とは異っていたことを痛感しています。
今回の差別の問題に留まらず、様々な問題について同じことが言え、報道が持つ力の危うさを感じました。一方で現状を変え、事態を好転させられるのも報道。報道が変わるには国民の意識を少しずつ変える必要があるため、このサイトのような活動がさらに増えていけば良いのになと思います。
ウイグル族やチベット族を蹂躙して、移植用臓器の摘出や同族婚の禁止等による民族抹消というとてつもない残虐行為を行っている中華人民共和国のことは一言も触れない記事を見て、恣意的な印象操作を強く感じました。
偏向報道を問題にするなら、このことに言及しないことは許されないと考えます。
ウイグルやチベットの人々への弾圧・迫害が極めて深刻な問題だという意味ではまったく同感です。
ただし、本記事では①報道される人種差別問題、②報道されない人種差別問題を取り上げています。
①に関しては、20年分の報道データを客観的に分析するために、「人種差別」というキーワードが新聞に掲載された場合、ピックアップした上で分析をしました。ありのままのデータを集計しています。日本の新聞がウイグルやチベット問題を報道する場合、「人種差別」としてではなく、「弾圧」や「迫害」として取り上げていることが多いため、「人種差別」をテーマにした記事ではデータに反映されません。つまり、「報道される人種差別」に関して、この記事はメディアの傾向をそのまま反映しています。
②に関しては、報道されない事例をピックアップしています。当然、報道が極めて少ない問題だというのが条件となります。大きな人種差別問題を抱えながら、ほとんど報道されていない3つの地域をピックアップしています。20年間の報道量は、南アジア:実質0記事、中東・北アフリカ:実質0記事、中南米:実質1記事。ちなみに、同期間でウイグルの人々への迫害やその関連の事件を含めたとしたら、200以上の記事になります。深刻ではあるが、報道されていない問題ではありません。