【この記事ではアルコールやアルコール依存といった内容を含みます。ご自身の心身の状態に注意してお読みください。】
爽やかな音楽・背景とともに楽しそうにアルコール飲料を飲む人。アルコールが消費される国では、このようなCMや広告が頻繁に発信されている。しかしながらアルコールを起因とする死亡者数は世界で毎年約300万人である。またアルコールに起因する死亡者と身体障害者はその両方の総数のうち20人に1人という数である。これはタバコを起因とする死亡者・身体障害者とほぼ同数、違法ドラッグの乱用を起因とする死亡者・身体障害者の5倍の数である。また、イギリスで行われた、アルコールや合法ドラッグ、違法ドラッグ全てを含んだ上でどれが最も利用者と非利用者に身体的並びに社会的な害を与えているかという調査ではヘロインやコカイン、タバコや大麻などを抑えてアルコールが1位になるという結果になった。なぜ、世界各地で薬物やタバコの規制は厳しくなる一方でアルコールに関しては野放しにされているのか、その実態に迫る。

店内にところ狭しと並ぶアルコール飲料(写真:Toronto Eaters / StockSnap.io [CC0 1.0])
アルコールがもたらす身体的影響
アルコールが及ぼすネガティブな影響というものは主に2つの種類に分けることができる。身体的影響並びに社会的影響である。ここではこの2つの視点からアルコールの影響に関して分析する。
まず身体的な影響として、飲酒は各種疾病を引き起こす原因になると言われている。まず前提としてアルコールは体から取り除かれるべき毒素である。人間のアルコール代謝は二段階に分かれており、体内に取り込まれることでアセトアルデヒドという比較的有毒な化合物へと代謝され、その後比較的無毒な酢酸へと代謝される。アルコールが摂取されアセトアルデヒドになった時点で、酒酔いの兆候である、顔面紅潮、頭痛、吐き気および心拍数の増加などが引き起こされる。飲酒の蓄積が原因となって引き起こされる疾病は肝硬変、急性および慢性膵炎、心不全、高血圧、うつ病、脳卒中、癌などである。また、飲酒の危険なところは身体への害が長期的に徐々に蓄積するため、体は悲鳴をあげているが、本人は気付かないということが起こり得ることである。
また、アルコールは脳に刺激を与え、報酬系の化学物質であるドーパミンを放出させる。これにより、脳がポジティブな感情と飲酒を結びつけるようになり、もっと飲みたいという欲求が生まれる。つまり一度体内に入れることでアルコールに依存してしまう可能性が非常に高い。もちろんアルコールを一度体に取り入れることだけで即座に依存症になってしまうというわけではなく、依存症になるには他にもさまざまな要因(※1)がある。また脳の病気であるため、当人の意思の弱さは関係ない。アルコール依存症になることで飲酒が習慣化され、結果として摂取量も増える傾向にある。それにより上述の疾病を抱えるリスクは大いに高まり、またうつ病を発症するなど、メンタルヘルスにも大きな影響を及ぼすことがしばしばある。その他の依存症と同様に、アルコール依存症の場合も血中のアルコール濃度が低下すると、依存患者は禁断症状と呼ばれる、震えや頭痛、不安感などの症状を発症する。これらの禁断症状から逃れるために、ときにはアルコールを飲むことがよくないとわかっていながらまたアルコールを飲むというサイクルを繰り返してしまう。
アルコール中毒には上述のような長期的な依存症の他にも、短期的に影響の出る急性アルコール中毒もある。急性アルコール中毒を発症すると、嘔吐や頭痛などを引き起こし、最悪のケースでは、血中のアルコール濃度の上昇により引き起こされる低血圧や昏睡、呼吸困難によって死に至ることや、自身の嘔吐物を誤えんして窒息死することがある。また、飲酒の影響は身体的に成熟した大人に比べて、まだ成熟しきっていない若者への影響が甚大であると言われている。特に若い脳に対するアルコールの影響はとても大きく、脳の萎縮を引き起こす原因にもなる。
アルコールの身体的影響は飲酒をした本人だけに降りかかるものではない。妊婦の飲酒は出生前の胎児に影響を与え、出生後に精神発達遅滞や先天異常を引き起こすことがある。これを胎児性アルコール症候群(通称FASDs)という。また飲酒する母親の母乳を通じて乳幼児に影響が出ることもある。

妊婦の飲酒に対して英語とスペイン語で注意喚起をするポスター(写真:Angie Linder / Flickr [CC BY-SA 2.0])
アルコールがもたらす社会的影響
ここまで、アルコールが身体に及ぼす影響を紹介してきたが、社会にもたらす影響も甚大である。ここではアルコールの社会的影響について見ていきたい。
社会的影響としてまず挙げられるのが、犯罪とアルコールの関連である。アルコールが起因する犯罪として、「飲酒運転事故」と「アルコールと暴力の関連」という2つを紹介したい。
まず飲酒運転に関して。2016年にはアメリカで10,497人が飲酒運転関連の交通事故で死亡した。これはアメリカ国内の交通事故死者数全体の28%を占めている。飲酒運転に関しては国際的に見ても強く取り締まっている国が多く、免許剥奪、場合によっては懲役刑が下されることも少なくない。それにもかかわらずいまだに被害は後を絶たない。ここで言及しておきたいのは飲酒運転事故による被害者は、アルコールを摂取して運転をした本人にのみならず、無関係の人間が巻き込まれることが少なくないという事実である。

飲酒事故を啓発する垂れ幕(タイ)(写真:Nathan LeClair / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
次にアルコールと暴力を伴う犯罪の関係性に言及する。アルコールの過度の摂取と暴力性には強い関連性があることが研究によって明らかになっている。これはアルコールの摂取により攻撃性などの衝動的な行動を通常抑制する脳のメカニズムが弱められ、不適切な状況判断や過剰反応につながるということが原因として挙げられる。例えば、酩酊状態にある人は些細なことで脅されたと勘違いする結果、相手に対して攻撃的になり、暴力へと発展することがある。また、怒りの感情だけでなく他の感情も過敏になる効果があるため、高ぶる悲しみや動揺などの感情に起因する自殺や判断ミスなどのトラブルが起こりやすくなるというリスクも指摘されている。2007年にオーストラリアで行われた調査によると、14歳以上のオーストラリア国民のうち約4.5%がアルコールに起因する暴力の被害者であった。アルコールが関連する家庭内・パートナー間の暴力も深刻な問題である。
また極端な場合、アルコールを伴う暴力は、殺人事件などに発展する恐れもある。2000年から2006年の間にオーストラリアで発生したすべての殺人の約半分(47%)がアルコール関連であると結論付けられたという調査結果もある。
飲酒は各種のハラスメントを引き起こすことも指摘される。日本には「アルハラ(アルコールハラスメント)」という言葉すらあるほど、アルコールの強要が問題になっている。アルハラをしたことがあると答えた人が1割程であるのに対して、受けたことがある人は約4割に上るという調査結果もある。
飲酒と貧困の間に強い関係性があるという指摘もある。貧困状態にあったり、社会生活に問題を抱えていたりする人の多くは日々のストレスや不安感から逃れたいという気持ちがあり、安価で手に入りやすいアルコールを飲むことでその不安感などを紛らわしたいと考える人もいる。これはアルコールが副交感神経に作用するダウナー系のドラッグであることと関連している。しかし、アルコールを飲むことで一時的に気持ちは紛れても、彼ら・彼女らが貧困に陥り、社会生活が困難になっている要因は、社会の構造的なものであるため根本的に問題の原因が取り除かれるわけではなく、ストレスや不安感も続く。そのため一時的な不安感からからの解放を求めて、アルコールを摂取することが習慣となってしまった場合、徐々に摂取量も増えてしまう。そうすると、健康被害が引き起こされたり、依存症のリスクが増加することでこれまでのように働くことができなくなる。もしくはアルコール代が家計を圧迫するようになってしまい、結果として貧困状態が悪化するケースがある。貧困状態でない場合でも、ストレスなどが原因でアルコールを利用するようになり、アルコールを一つの要因とする貧困に陥ることもある。
また、有害な飲酒と、HIV/AIDSなどの感染症の発生との間には因果関係が確立されている。これは飲酒により適切な判断ができない状態で危険な性交渉や接触を行うことで、感染症に罹るリスクが増加することが原因であると考えられている。
アルコールのマーケティングの問題とその影響
なぜこのようにさまざまな害を引き起こすアルコールが世の中に出回り、嗜好品としての地位を確立しているのだろうか。それにはアルコールマーケティングの極めて強固な特権的地位が影響していると考えられる。ここからはその問題の大きさを取り上げる。
アルコールの広告は非常に大規模かつインパクトのある形で行われている。まずその規模を見てみると、ビール世界最大手であるAB InBevは世界で9番目に多くの広告費を払っている企業であり、2017年の広告費は全世界で62億米ドルとされている。これは、全世界でマーケティングに多額の出資を行うことで知られる、清涼飲料水大手のコカ・コーラ社の40億米ドルという広告費を軽く凌駕する。そしてこれらの広告の特徴として、アルコールを魅力的なもの、楽しい時間や、よい気持ち、友情、成功に結びつけるようなイメージが形作られている。そしてスポーツや、青春の時間などといった爽やかなものと関連づけることにより、消費者にポジティブな印象を植え付けるのである。

スポーツと関連づけた広告で宣伝されるメキシカンビール(アメリカ)(写真:beavela / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
アルコールマーケティングではあらゆる手法が用いられている。その中で顕著なのが映画やドラマなどの娯楽作品の中で登場させるというものである。1996年から2015年の20年間のハリウッド映画年間トップ100作品、つまり合計2,000作品中87%でアルコールが登場している。映画の中でお酒が頻繁に登場しているのは偶然なのであろうか、もしくはアルコール企業のマーケティングの一環なのであろうか。もちろんお酒が登場する全ての映画にアルコール企業が出資をしているということではないが、アルコール企業が同社のアルコールが登場する映画のスポンサーになっているという事例が確認されている。またアルコールの特定のブランド名が同2,000作品中44%の映画で登場したことを踏まえると、マーケティングの一環となっている場合があることに間違いはないであろう。
上述した映画でのアルコール描写が若者のアルコール利用に大きく影響していると言われている(※2)。また、アルコールのマーケティングでは明らかに若者をターゲットにした広告や販売戦略が取られているとも言われている。若者はアルコールの企業にとって今後の潜在的顧客である。例えば、アメリカの中学校での調査によると中学2年生の時点で見たアルコールの広告の数が多ければ多いほど中学2年生でアルコールを摂取する可能性が高くなる。さらにアルコールブランドロゴが入った帽子やTシャツなどの販促品を所有している10代は、それらの製品を所有していない子どもと比較して飲酒をする可能性がほぼ2倍になるという調査結果もあることから、いかにアルコール業界のマーケティングが若者に効果的に機能しているかがわかる。他にもアルコール業界はスポーツ分野でのマーケティングを積極的に行なっており、視聴者層の多くを占める若者を標的としている。
またいわゆる酒に強いと言われるようなアルコール代謝能が平均を上回る人を強い人とすることがあり、これも社会的問題の一端を担っている。特に企業は飲酒割合の少ない女性にビジネスチャンスを見出している場合が少なくないため、世界保健機構(WHO)によれば「アルコールマーケティングの担当者は女性の飲酒をエンパワーメントと平等の象徴として描くことがよくある」と報告している。
マーケティングにおけるタバコとの違い
同様に身体的社会的害の指摘されるタバコ業界のマーケティングとはどのように違うのであろうか。タバコ業界ではその社会的な風当たりの強さから、世界的、特に高所得国では広告などの規制が厳しくなった。アメリカでは1998年に基本的和解契約として主要タバコ会社4社が18歳未満を標的にしたマーケティングを行わないことに合意している。この規制にはタバコブランドによるスポーツや娯楽イベントのスポンサーシップ、タバコの無料プレゼント、自動販売機での販売の禁止が含まれており、厳しく規制されているといえる。同じアメリカでも、若者に向けたアルコールのマーケティングを規制する取り決めはほぼ皆無であり、法律として21歳未満の飲酒を禁じているだけである。

タバコとビール(写真:Alex Brown / Flickr [CC BY 2.0])
また映画やドラマなどのテレビ番組の中での取り扱われ方にも大きな差が出てきている。タバコに関しては2000年にはハリウッドの興行収入上位100位の作品の中で98件にたばこの描写があったのが、規制の結果、2年後の2002年には22件に減少している。そして現在に至るまで、タバコ描写の減少傾向は緩やかに続いている。その一方でアルコールが登場する作品の数は20年の間で毎年平均5%ずつ増加している。
2つの有害な嗜好品。なぜここまで扱いが違うのだろうか。これには主に3つの理由が考えられる。
まず1つ目は有害性に関しての認識の違いである。アルコールにはタバコに匹敵する有害性(※3)があることが判明している。しかしアルコールの場合、科学的に判明している有害性と一般的に認識されている有害性の間に乖離がある。タバコを使用すると喫煙者の死亡リスクが大きく上がるということはもはや一般的な常識としての浸透している。これはアルコールの有害性に関する認識とはかけ離れている。また、タバコの使用には安全なレベルというのは基本的には存在しないため、規制の焦点は「禁煙」である。その一方でアルコールの使用には、場合によっては適度で健康によいという説もあり、その有害性についての認識が浸透しない。
2つ目は規制を求めるネットワークの違いである。アルコールに対して規制をかけようとするグループが3つの異なるアプローチ(公衆衛生、倫理的責任、医療的問題)に分断されたことで、規制を訴える声が分散したとされている。これのきっかけとなるのは禁酒法時代の政策の失敗である。19世紀後半から20世紀にかけて欧米諸国ではアルコール規制の動きが見え始め、禁酒法が制定されたがことごとく失敗に終わった。この時代を境にアルコールの規制を訴える人のアプローチは上記の3つに分かれることになり、訴えが分散してしまった。その一方でタバコに関してはそのような分断が比較的起こることなく、まとまった一つの声として規制を訴えたために規制の動きが推進されたというのだ。さらにタバコの規制に関して国際的なまとまりができ始めた時期がアルコールと比べてはるかに早いことも規制が進んだ理由の一つである。
3つ目は政策環境の違いである。タバコ規制の交渉プロセスにおいてタバコ業界は除外されただけではなく、正式に障害として認識された。そのため国際的なタバコ規制の文脈においては全く無視できるものではないにしろ、タバコ業界に対して配慮し、規制を弱める必要もなかった。そのようなタバコ業界の教訓からアルコール業界は規制の枠組みを支持する指針を取り、規制政策の中で一定程度の地位を維持することに成功した。その結果、アルコール産業は、過度な飲酒の危険性などは認めつつ、アルコールが社会にとって完全に有害であるといった認識が広がらないように努力を続けてきたのである。
アルコールマーケティング優遇のわけ
なぜ、これほどまでにアルコール業界は優遇されているのだろうか。
最も大きいと考えられるのはアルコールのもたらしている経済効果であろう。現在、世の中にはアルコールを飲む人が世界人口の42%を占める。また、2018年の全世界でのアルコールの小売売上高は1.5兆米ドルを超えると推定されており、これは同年の日本の国家予算である8,600億米ドルの約2倍という額である。アメリカが1年間で得るアルコールからの税収は約690億米ドルであり、これはアメリカの行政が行う、子どもの健康保険プログラムの5年間分の予算に匹敵する。また中国の酒造企業である「貴州茅台酒」が全てのセクターを総合した世界時価総額ランキングで2021年に16位であることを鑑みても、その経済効果は莫大であることが分かる。この経済規模の大きさがアルコール産業への規制のかけにくさを作り出している。

酒場にずらりと並ぶアルコール飲料(台湾)(写真:weichen_kh / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
また、他の業界でもとられている施策ではあるが、アルコール業界でも盛んにロビー活動(※4)が行われている。それが国境を越えることもある。例えば、世界貿易機関(WTO)の中でケニアが、アルコールの影響を念頭におき、アルコール飲料に警告のラベルを取り入れることを提案した際にヨーロッパ連合(EU)諸国が懸念を表明し、その政策を阻止した。これにはアルコール業界主導のロビー活動が関わっているとされている。
アルコールを禁じる国家
ここまでは主にアルコールが飲まれている国において、その利用がどのように社会に影響を与えているのかについて言及してきた。世界にはアルコールを禁止する国家も存在している。
アルコールを禁止している国家のほとんどはイスラム教の教義に則り法律を定めている国家である。特にサウジアラビアでは厳格にアルコールの禁止が定められており、アルコールを保持していた外国人が逮捕され、刑務所で過ごすことになるなどという事例も発生している。イスラム教の経典であるクルアーンの中で神はアルコールには何らかの利益があることを認めながらも、アルコールの有害性はアルコールがもたらすどんなメリットよりも大きいと判断したため、「酔わせる飲料を神は禁じている」とされている。イスラム教徒の大多数が、「酔わせるもの」つまりはアルコール自体の摂取が禁止されていると考えているが、実際にはアルコールを摂取しているイスラム教徒も一定数いるというのが現状である。
しかし、アルコールを禁じている国家でも、非イスラム教徒や、外国人のアルコール摂取を認めている国は多い。またイスラム教徒が過半数を占める国であるが、国家としての規制がないアラブ首長国連邦(シャルジャ州とドバイを除く)のような国家もある。
禁酒法があるのは法律がイスラム教に依拠している国だけではない。インドのいくつかの州では公衆衛生の改善を目的にアルコールを禁止している。これはインド憲法47条「市民の栄養レベル、生活水準、および公衆衛生を向上させる州の義務」を基とし、その義務を果たす一環であるとされている。

政府公認のアルコール販売店(インド)(写真:Michael Cannon / Flickr [CC BY-SA 2.0])
取られている対応
このようなアルコールの事情に関して誰もが全て黙って見過ごしているというわけではない。さまざまな取り組みが国際レベルから国の行政レベル、さらには市民団体の草の根レベルで行われていることも確かである。
国際的な取り組みの1つに、WHOが2004年に発表した「アルコールに関する方針」レポートが挙げられる。しかし、これはあくまでアルコールの国際的現状をまとめるに留まり、国際的な取り決めとしてアルコールを規制しようとする動きを推進するようなものではなかった。さらに2018年にはWHOが物品税と価格政策を通してアルコールの価格を引き上げる動きである「SAFER」を主導した。WHOから各国政府に働きかけ、価格を引き上げることでアルコールへの規制をかけようとしているのだ。しかしながらアルコールの規制に関しては、各国の法律や、慣例に大きく左右され、国際的枠組みの中で何か大きな取り組みをするというのは近い将来には考えにくい。

EUでのアルコール政策に関する会合(エストニア)(写真:EU2017EE Estonian Presidency / Wikimedia Commons [CC BY 2.0])
国家レベルでの規制の事例もある。最も一般的なアルコールの規制は年齢での取り締まりであろう。多くの国では20歳前後を境として、一定年齢未満の飲酒を禁止している。しかしながら飲酒が可能な年齢に関する法令がないという国も多く、また法令があったとしても実質、多くの人が守っていないというような場合も多く、有効な手立てになっているかには疑問も残る。
また酒税や値上げにより購入ハードルを引き上げることで規制している国もある。アルコールの値段が高ければ消費者のアルコール購入は抑えることができる。WHOの欧州地域事務所が53の国を率いてアルコールを減らす目標を採用した。その結果、欧州の多くの国でアルコール政策と介入を強化している。しかしながら値上げにも大きな懸念点は残る。それは、結局上述した、「貧困の負の連鎖」を引き起こす要因を作ることに繋がりかねないという点である。
他には販売場所、販売時間の制限も有用である場合がある。一例として、南アフリカで新型コロナウイルス対策の一環で、アルコール販売禁止期間を設けたら、外傷による入院が減少したというものがある。アルコールの販売禁止期間はあくまで一つの要因ではあるが、因果関係が存在するという専門家の見解がある。同様にドイツでもアルコールの夜間の販売規制と入院数の減少に関する因果関係が確認されている。また、中南米では選挙の前後にアルコールを禁止するという施策もとられている。また上述したように飲酒運転の規制強化もなされている。しかしながら飲酒運転に関しての制限が厳格化されたにも関わらず事故数にそこまでの変化がなかったというスコットランドの事例もある。
そして最後に草の根レベルでのアルコールに対する対応を紹介する。アルコホーリックスアノニマス(AA)が全世界、約160カ国のいたる所で活動している。これはアルコール依存症の当事者が集まり、自身の問題を他の参加者と共有することで支え合うことを目指そうとする自助団体であり、誰でも参加が可能である。アメリカでは男性がアルコール依存症治療をすることにより、妻に対する身体的および心理的暴力の両方が大幅に減少したということが研究で明らかになっている。

アルコホーリックスアノニマスの会合を知らせる看板(キューバ)(写真:Reinhardt König / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
またアルコールそのものの有害性を減らすような流れも出てきている。アルコールの体への影響を懸念し、低アルコール・ノンアルコールのシェアが拡大を続けている。2020年に、アルコール消費の75%を占める上位10カ国(オーストラリア、ブラジル、カナダ、フランス、ドイツ、日本、南アフリカ、スペイン、イギリス、アメリカ)のアルコール飲料市場において3%のシェアを占めており、2024年までにはここから31%増加すると予測されている。しかしこのトレンドは企業が純粋に消費者からの要望に応えた結果なのか、厳しくなる可能性のある規制に対して事前に予防をしようとした結果なのかは定かでない。
今後の展望・まとめ
本記事ではここまでアルコールの有害性と、それが野放しにされている現状について述べてきた。確かに適度な飲酒は嗜好品としての側面も有するだろう。しかしながら身体的な影響はおろか、社会的にさまざまな側面から我々に被害を与えているアルコールが、厳しく規制されることがないことへの違和感はないだろうか。その露骨なまでのマーケティングで、大勢の人々、とりわけ未来ある子どもや若者をアルコール依存症患者にしてしまう飲物。国家・草の根レベルでの規制はなされているも国際的枠組みの中で全く規制されていない現状を前に、批判的な目線を向けることを忘れてはならない。
※1 依存症になる要因は大きく生物学的要因、環境要因、社会的要因、そして心理的要因の4つに分けられる。
※2 フランス人の若者に対して、映画の中に出てきたアルコールがどのような文脈で描かれているかによってアルコールに対する欲望が変化するか調査したところ、ポジティブな場面、つまり友情の証やお祭りの場面などでアルコールが描かれた場合にはアルコールの消費欲求を高め、逆にネガティブな場面、つまりアルコール依存や暴力を伴うものなどの文脈で描かれた場合には消費を思いとどまらせるという結果になった。
※3 死者数に関してはタバコの方が多い(アルコールが約300万人、タバコが受動喫煙による死者約120万人を含む約800万人)。しかし導入部分にも記述がある通り、2つを原因とする死亡と身体障がいの発生数はほぼ同数であるためこのような記述をしている。
※4 ロビー活動とは、立法、または規制活動に関する政策および意思決定過程の策定または実施に、直接的または間接的に影響を与える目的で実行されるすべての活動のことを指す。
ライター:Yusui Sugita