2022年9月、アゼルバイジャンとアルメニアの国境沿いで武力衝突が発生し、両軍で約280人が死亡した。これはアゼルバイジャンとアルメニアが支配権を争ってきたナゴルノ・カラバフ地域を巡るものであり、これまでにも幾度となく軍事衝突が発生してきた。衝突の度に停戦協議が行われるも、恒久的な解決には至っておらず、緊張状態が続いている。ナゴルノ・カラバフは国際的にはアゼルバイジャンの一部とされているが、アルメニア系住民が多く居住している。1990年代に武力紛争を経てアゼルバイジャンから事実上独立し、アルメニアに支えられ、「アルツァフ共和国」(別名ナゴルノ・カラバフ共和国)として統治されてきた。本記事では、この問題に関する主に近年の動向と、他国から受ける影響について探っていく。

ナゴルノ・カラバフで行われた記念式典に参列する人々(写真:David Stanley / Flickr [CC BY 2.0])
ナゴルノ・カラバフとは
ナゴルノ・カラバフと呼ばれる地域は、アルメニア、イラン、ジョージア、ロシアと国境を接するアゼルバイジャンの南西部に位置する。ナゴルノ・カラバフ地域の住民のうち、95%がアルメニア人のアイデンティティを持つ人々とされている。約100年前には、当時のソビエト社会主義連邦(ソ連)が周辺地域の分割統治を進める中、この地域をアルメニアに編入するはずであった。しかし1923年にソ連はナゴルノ・カラバフ自治州を設立し、アゼルバイジャン内にあるという地理的な理由に基づきアゼルバイジャンの管轄とした。地域住民の多くは不満を抱き、長年にわたって多くの住民がアゼルバイジャンからの分離独立とアルメニアへの編入を目指した。1988年にはナゴルノ・カラバフ自治州議会がアルメニア共和国への加盟を宣言する決議を採択したが、アゼルバイジャンはこれを認めず、分離主義者を鎮圧した。
1991年のソ連崩壊に伴ってアルメニアとアゼルバイジャンが国家として独立を果たすと、この2国間でナゴルノ・カラバフ地域の支配権をめぐる本格的な武力紛争が起こった。軍備増強がアルメニアと比べて遅れていたアゼルバイジャンは、ナゴルノ・カラバフ地域を含むアゼルバイジャン南西部の大部分をアルメニアの支配下に置かれた。この紛争で3万人が死亡し、100万人が難民となった。1994年5月にロシアの仲介によって停戦議定書への調印が交わされたが、恒久的な解決には至っていない。その後も断続的に、ナゴルノ・カラバフ地域を含みアゼルバイジャン・アルメニア間で武力衝突が発生している。2016年4月や2017年5月の戦闘は民間人を巻き込む結果となった(2010年代の情勢悪化の背景について詳しくはこちらを参照)。そして2020年に再び大規模な軍事衝突が発生した。
第二次ナゴルノ・カラバフ紛争(2020年の紛争)
2020年9月27日から11月10日にかけて、第二次ナゴルノ・カラバフ紛争が発生した。双方が先制攻撃を仕掛けられたと主張し、激しい戦闘を繰り広げた。アゼルバイジャン・アルメニア共に6,500人以上の兵士が犠牲となった。「ナゴルノ・カラバフ共和国」及びアルメニアがナゴルノ・カラバフ地域を実効支配する結果となった1990年代の第一次紛争から一転して、この第二次紛争ではナゴルノ・カラバフ地域の約4割を含む周辺のアゼルバイジャン領土をアゼルバイジャンが奪還した形となった。
アゼルバイジャンが実質的な勝利を収めた背景には何があるのだろうか。まずは軍事力の強化が挙げられる。アゼルバイジャンはトルコとの間で、1992年に軍事訓練に関する協定を締結し、以降アゼルバイジャン軍の士官候補生や青年将校らはトルコ陸軍士官学校等で軍事教育を受けることとなった。アゼルバイジャン軍がトルコの軍事演習に参加し、統率のとれた軍隊へと強化された。
また、カスピ海の恵みである石油や天然ガス事業によって莫大な収入を得てきたことが挙げられる。特に2000年代に入って新たなガス田が発見され、エネルギー資源による収入は2010年から2015年にかけて過去最高水準に達した。アゼルバイジャンはこれを軍事費に充て、トルコとの武器貿易で軍用無人機やドローンを購入した。偵察用・攻撃用無人機を使用してアルメニアの防空システムを次々と破壊し、大きな打撃を与えた。このように、第一次ナゴルノ・カラバフ紛争の頃よりも強力となったアゼルバイジャンが勝利を収めた。
44日間にわたる戦闘の後、ロシアが2020年11月9日に停戦を仲介した。停戦協定により、アルメニア軍は2020年12月1日までにナゴルノ・カラバフ地域を含むアルメニア占領地から撤退することとされ、アゼルバイジャンはナゴルノ・カラバフ地域の南部を奪還した。そしてロシアの平和維持部隊約2,000人がナゴルノ・カラバフ地域に派遣されることとなった。ただ、その停戦体制は脆弱な状態であるとされ、実際に2022年9月の衝突を引き起こした。紛争の根底にある問題は解決されていないのである。

トルコの航空宇宙産業を視察するアゼルバイジャンのアリエフ大統領(写真:President.az / Wikimedia [CC BY 4.0])
なぜ衝突するのか
なぜアゼルバイジャンとアルメニアはナゴルノ・カラバフ地域を巡って争いを続けるのだろうか。幾度にわたる停戦協議が恒久的な平和をもたらしていないことには一体どういった背景があるのだろうか。まずは当事者であるアゼルバイジャンとアルメニアの視点から考える。
まず既述の通り、領土とアイデンティティを主な論点とする歴史的な確執が解決されていない。ナゴルノ・カラバフ地域は領土的にアゼルバイジャン国内に位置するため、国際的にもアゼルバイジャン領であると認識されており、アゼルバイジャンとしては領土を譲りたくない。しかし実際にはアルメニア人というアイデンティティを持つ人々が多く居住している。アルメニア政府は、アルメニア系住民がアゼルバイジャンによって数十年にわたって人権侵害を受けてきたと主張してきた。
アルメニアのニコル・パシニャン首相は2022年4月、ナゴルノ・カラバフ地域のアルメニア系住民の権利が保障されるのであれば、アルメニアはナゴルノ・カラバフ地域をアゼルバイジャンの一部とみなす用意があると発言した。対して優位に立つアゼルバイジャンは、包括的な解決を目指しており、領土の返還がなければ交渉できないと主張しているため、合意に至ることが出来ていない。
次に、アルメニアとアゼルバイジャンの国内情勢が紛争に与える影響について見ていく。アルメニアでは2018年、汚職などの腐敗が指摘されていた当時の政権に抗議する大規模な街頭デモが行われ、政権は退陣に追い込まれた。その後ニコル・パシニャン氏が首相となり、2020年の武力紛争後の停戦合意で、アルメニアの占領地の一部を返還することに応じた。これにアルメニア国内からの批判が相次ぎ、彼は一度辞任に追いやられた。
パシニャン氏が2021年8月に再度首相の座に就任した後も、アルメニア内の期待感は薄い。しかし野党に対抗勢力はおらず、誰が首相であっても第二次紛争の結果を変えることはできなかっただろうと見られている。アルメニアで行われた世論調査によると、軍事力を強化する一方で和平への道を歩むべきとしたのは56%、和平を目指すと同時に防衛の準備をするべきとしたのは28%であった。つまり、平和を求めつつも、自国を守るための軍事力の強化が必要と考えている人々は8割を超えている。またナゴルノ・カラバフに関しては、独立国家として認めるべきと回答したのは35%、アルメニアの一部として自治を確立させるべきと回答したのは50%であった。ここから、85%の人々が領土を譲らない考えであることが分かる。

握手を交わすアルメニアのパシニャン首相とロシアのプーチン大統領(写真:Kremlin.ru / Wikimedia [CC BY 4.0])
対するアゼルバイジャンでは、イリハム・アリエフ大統領が2003年から現在まで19年もの間、権威主義的な支配体制を敷いている。長年にわたって、経済政策の失政や組織的な汚職、新型コロナウイルスへの粗雑な対応などが問題視されてきた。しかし第二次紛争で実質的に勝利したことで人気はかつてないほど高まり、アリエフ大統領は「自国の領土を大幅に回復した」という功績を手に入れた。
勢いに乗ったアゼルバイジャンは、新たな機会を伺っているという見方がある。さらに軍事的圧力をかけるのか、軍事衝突を伴わない平和的解決を検討しているのか、いずれにせよ現状ではアゼルバイジャンが優位に物事を進められると言える。軍事紛争への勝利による「愛国心」の熱が冷めないうちに、アリエフ大統領がどのような手を打つのか注目されている。
他国による影響
これまで歴史や内政について見てきたが、ナゴルノ・カラバフ問題の全貌を把握するには、地域の大国が与える影響力も重要である。アゼルバイジャンとアルメニアに近づく各国にはどのような思惑があるのだろうか。
武力紛争が勃発した当初から、欧米諸国による関与がみられてきた。全57か国が加盟する欧州安全保障協力機構(OSCE)のうち、ナゴルノ・カラバフ紛争の解決のために、ミンスク・グループと呼ばれるものが1992年に設立された。ロシア、アメリカ、フランスが共同議長を務め、三者にはアルメニアとアゼルバイジャンの首脳と個別に、あるいは首脳会談の形で交渉を行う権限が与えられている。しかし、これまで交渉や調停を主導してきたものの、領土問題は依然として難航したままである。このため、ミンスク・グループは成果を上げることが出来なかったと評価されている。ウクライナ侵攻によってロシアが孤立を深めていることもあり、今後も大きな役割を期待することは出来ない。

ミンスク・グループの議長と会談するアゼルバイジャンのアリエフ大統領(写真:President.az / Wikimedia [CC BY 4.0])
ミンスク・グループ以降も、ロシア、トルコ、イラン、アメリカなどの国々が個別に影響を及ぼしてきた。
ロシアは地域安全保障条約に基づき、アルメニアと軍事同盟を結んでいるため、アルメニアが攻撃を受けた際にはロシアが動き、保護する関係であるはずだ。しかし2020年の紛争の際には、アゼルバイジャンがアルメニアへ攻撃を仕掛けたことをロシアは黙認した。というのも、実はロシアはアゼルバイジャンにも武器を輸出しており、両国とも関係を持っている。これは、ロシアにとって重要な存在となっているトルコがアゼルバイジャンを支援していることに関係しているとされている。ロシアとトルコは何世紀にもわたって密に関わり合ってきたのであり、露土戦争をはじめ、激しい対立関係も長く続いてきた。しかし2022年に入り、ウクライナ侵攻を仕掛けたロシアに対して西側諸国が経済制裁を科した際にトルコは参加しなかった。トルコとの友好関係を重要視するロシアは、トルコが支援するアゼルバイジャンに対しても融和的にならざるを得ないのである。
ナゴルノ・カラバフ問題における自身が果たす役割の大きさを認識しているロシアは、ウクライナ侵攻において厳しい状況が続いているにも関わらず、ナゴルノ・カラバフ問題を調停するつもりであると主張している。2020年紛争の停戦協定においては、ロシア軍の平和維持部隊が少なくとも2025年までナゴルノ・カラバフ地域に留まることが規定されている。ロシアは、積極的な解決というよりも、現状を維持することによって、地政学的に重要なナゴルノ・カラバフ地域における存在感を維持したいという見方もある。
次にトルコについて見ていく。アゼルバイジャンとは民族、文化、歴史、宗教などの観点において強い結びつきがあり、トルコはアゼルバイジャンの独立を承認した最初の国である。アゼルバイジャンは、トルコを経由してヨーロッパ市場へとガスや石油を供給できる重要な拠点であり、アゼルバイジャンのエネルギー資源の輸出がトルコに経済的利益ももたらすため、強固な関係を築いてきた。
2020年の武力紛争でアゼルバイジャンが躍進した背景に、トルコの支援があったことは既述の通りである。アゼルバイジャンとしてはこの強力な後ろ盾があるうちに問題を解決したいと考えているという指摘もある。トルコでは2023年6月に大統領選が控えており、現行のレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領が落選した場合には、アゼルバイジャンへの強力な支援が弱まる可能性があると指摘されており、これを恐れるアゼルバイジャンは再び先手を打つかもしれない。

銃弾の痕跡が残るナゴルノ・カラバフ内の壁(写真:Adam Jones / Flickr [CC BY 2.0])
一方、トルコはアルメニアとは国交が無い。トルコとアルメニアの間には、第一次世界大戦期に当時のオスマントルコによってアルメニア人の大量殺戮と強制退去が実行された暗い過去がある。トルコはこれを否定してはいるが、この20世紀の大虐殺の歴史は、今でも両国の関係を冷え切ったものにしている。1993年にはナゴルノ・カラバフ問題におけるアゼルバイジャンとの連帯を示すため、トルコはアルメニアとの国境を封鎖した。トルコは新たな地域大国としての権威を高めるべく、軍事力を積極的に行使する形で中東や北アフリカ等の地域の問題に介入している。ナゴルノ・カラバフ問題においても、平和的解決よりむしろ軍事的解決を促す可能性がある。トルコはシリアやリビアをはじめとした世界の様々な地域で、ロシアと互いの影響力を争っているという背景もあり、ロシアと同様に今後もこの地域への関与は継続するだろう。
次にイランについて見ていく。イランはナゴルノ・カラバフ問題に対して、基本的には中立の姿勢を取ってきた。しかしアゼルバイジャンと国境を接するイラン北西部周辺には、アゼルバイジャン系住民が多く居住している。彼らがアゼルバイジャンへの支援を求めるデモを行ったことを受けて、2020年の紛争ではアゼルバイジャンを支持した。ただ、イランと厳しい関係にあるトルコの支援によってアゼルバイジャンが勝利したことで、トルコの影響力が増し、イランとしては面白くない情勢となっているという側面も指摘されている。しかしイランにはこの問題を調停する力はないとされており、傍観するしかない。
次にアメリカの動きを見ていく。ナゴルノ・カラバフ周辺地域を通る鉄道やエネルギー資源輸送用のパイプラインといったインフラは、周辺国と利害関係のあるアメリカにも影響を持つ。2022年の軍事衝突の際にはアゼルバイジャンへの非難を表明した。しかし、その影響力は必ずしも大きいとは言えず、ロシアやトルコにリードされてきた。
しかし、アメリカの動きは活発化していると言える。2021年4月24日、アメリカのジョー・バイデン大統領は、1915年から1923年にかけて当時のオスマントルコによるアルメニア人へのジェノサイドが行われたと認める発言をした。これは、アメリカ内で一定の勢力を持つアルメニア系アメリカ人に配慮した発言であるとみられている。アルメニアの人々は、集団虐殺という迫害から逃れるためにアメリカにも渡ってきた。そのルーツを持つアルメニア系移民の団体等は徐の発言を歓迎している一方で、オスマントルコの系譜を継ぐトルコはこれを否定し、強く非難している。アメリカはナゴルノ・カラバフ問題に関して、アゼルバイジャン側で大きな役割を果たしているトルコに警戒感を与えたと言える。
また、2022年9月の武力衝突後には、アメリカはアゼルバイジャンを非難する声明を発表した。11月にはアゼルバイジャンとアルメニアの外相会談をアントニー・ブリンケン米国務長官が主催し、和平に向けての話し合いが行われた。影響力の行使を争うロシアやトルコに加わり、今後も仲介役を試みるのか、アメリカの動きが注目される。
最後に、仲介役として躍り出たヨーロッパ連合(EU)について見ていく。EUは2020年11月の停戦以降、アルメニアとアゼルバイジャンの首脳を4回引き合わせた。しかし目立った成果を上げることは出来ず、外交努力は失敗に終わったと評価されている。優位に立つアゼルバイジャンが、自国の提示する条件をアルメニアに全面的に認めさせようと強硬な姿勢を取っていることで、EUが仲介の役割を果たせなかった。
EU加盟国は2022年2月に始まったウクライナ侵攻に対してロシアにあらゆる経済制裁を科し、反発したロシアからガスの供給を停止されている。このためアゼルバイジャンからのエネルギー資源の輸出に期待を寄せているが、影響力を行使できる見通しは低い。

ナゴルノ・カラバフの街に展示されている戦車(写真:David Stanley / Flickr [CC BY 2.0])
今後の展望
ここまで見てきたように、ナゴルノ・カラバフ問題はアゼルバイジャン・アルメニア間だけでなく、様々な国の利害が絡み、構造が複雑化している。ロシアによるウクライナ侵攻を巡って大国間の対立が増していることで、ミンスク・グループによる仲介のような多国間外交が難しい状況となっている。また、トルコの政治情勢や欧米諸国のエネルギー需要なども引き続き影響を及ぼすだろう。
問題の核心が解決されないまま緊張状態が続いているため、不用意な軍事的行動が大規模な衝突に転じる危険性が高い。一方で、アルメニアのパシニャン首相とアゼルバイジャンのアリエフ大統領は、2022年10月31日に行われたロシアのプーチン大統領との三者会談で、ナゴルノ・カラバフ問題について武力行使をせず平和的に解決することに合意した。この合意が長期的な解決に繋がるよう、当事者及び関係者による外交努力が求められる。
ライター:Manami Hasegawa
グラフィック:Haruka Gonno