ノルウェーは多くの気候変動対策を実施している。例えば、ノルウェーはほぼ全ての電力を再生可能エネルギーでまかなっており、2020年には、再生可能エネルギーが発電量の98%を占め、そのうち水力発電が92%を占めていた。また、ノルウェーは国民1人当たりの電気自動車使用率が世界の中で最も高く、2019年に販売された自動車の42.4%が電気自動車だった。
しかし一方で、ノルウェーは石油・ガス産業に大きく依存している。2021年、ノルウェーは石油産出量で世界第11位、天然ガス産出量で世界第9位だった。石油・ガス産業は、ノルウェーの国内総生産(GDP)の14%、輸出の40%を占めており、2023年にはヨーロッパ連合(EU)の天然ガス輸入の44.3%を供給している。また、石油・ガス産業に従事する人は約20万人であり、これは全労働者の5%以上を占めている。
この記事では、ノルウェーの石油産業の発展の歴史について述べたうえで、果たしてノルウェーが今後、気候変動対策に積極的でありながら石油産業に依存しているという矛盾にどのように対処していくのか探っていく。
目次
ノルウェーの石油採掘の歴史
1959年に、オランダのフローニンゲンでガス田が発見されたことにより、北海にも油田があるのではないかと考えられるようになった。そこで、1962年にアメリカの石油化学会社であるフィリップス・ペトロリアム社がノルウェー当局にノルウェーの大陸棚(NCS)での地質調査を行う許可を求める申請書を提出した。NCSに石油が埋蔵されている可能性を受けて、1963年5月、ノルウェー政府がNCSに対する主権を宣言した。国連海洋法条約(UNCLOS)第77条第1項・2項によると、大陸棚において沿岸国は天然資源を探査・開発する排他的権利を有する。政府がNCSの主権を宣言したことにより、NCS上の天然資源はすべて国が所有し、政府のみが探鉱・生産認可を授与する権限を有することとなった。以降、ノルウェー政府はNCSの権利について個々の企業と交渉している。
1965年第1回ライセンスラウンド(※1)が行われ、地理的に区切られた大陸棚の78の鉱区をすべてカバーする22の生産ライセンスが複数の石油会社に与えられた。このライセンスによって、企業は鉱区内で探鉱、掘削、生産の独占権を有した。最初の油田は1966年に掘削されたが、採掘に至る量は存在しなかった。1969年のエコーフィスク油田の発見により、ノルウェーの石油開発は本格的に始まった。初期段階では外国企業が北海での探鉱を独占し、ノルウェーの油田・ガス田の開発を担った。1972年には、各石油ライセンスの50%を国有とするという原則が導入され、ノルウェーの国営石油会社スタトイルが設立された。年々石油の生産量が増加していく中で、2001年にはノルウェーの国営石油会社スタトイルが民営化されたが、2019年時点で国が同社の67%の株式を保有している。
石油の利益を国益に:石油基金
1990年にノルウェー政府は石油産業の利益を活用するために石油基金(Oljefondet)を設立した。その収益を年金に割り当てることから、この基金は2006年にはノルウェー政府年金基金グローバル(GPF-G)という名称に変更された。2021年の時点で、その資産が1兆米ドルにも達している。
この基金が設立された背景には、石油価格の不安定さがある。例えば世界のどこかの油田で火災が発生したり、自然災害が起こると石油価格は急上昇するし、世界の石油埋蔵量の約80%を管理する石油輸出国機構(OPEC)の決定は原油価格の変動に大きな影響を与えている。また、世界の景気や需要・供給にも大きく左右される。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が発生した2020年には、経済活動が大きく衰退したことにより、石油需要が急減し、石油価格は史上初めてゼロを割り込んだ(※2)。
そこで、この基金が石油産業からの多額の利益の一部を運用し、不況の際に多くの支出をすることでノルウェー経済が世界の原油価格に翻弄されることを防いでいるのだ。しかし実際のところ、2019年時点でファンドの価値のうち石油・ガス生産からの収入が占める割合は半分以下である。石油から得た資金を世界各地の株式、債券、不動産、再生可能エネルギーやインフラへ投資することによって基金の収入源が多様化されている。
現在、ノルウェー中央銀行の運営の元でこの基金は世界74カ国の9,000を超える企業の株式を保有しており、これは世界の投資総額の1.5%に相当する。また、世界有数の都市に数百棟のビルを所有することで、賃料収入も得ている。このように投資対象を広く分散することで、ファンドが損失を被るリスクを軽減している。GPF-Gの設立はノルウェー経済の安定に貢献しており、この基金のおかげでノルウェーは最初に石油を採掘して以来、毎年財政黒字を達成している。
石油産業の現状
2023年時点で92の油田が運用され、原油等の生産は1日約226万バレルに上ると推定され、その約9割は他国に輸出されている。2021年、ノルウェーは415億米ドルに値する原油を輸出しており、その輸出先第1位はイギリス(117億米ドル)で、その後にスウェーデン(61億5,000万米ドル)、オランダ(61億2,000万米ドル)、中国(61億米ドル)、ドイツ(21億1,000万米ドル)が続いた。
前述した通り、NCSの石油・ガス田はノルウェーの経済発展に必要不可欠である。しかし、国際エネルギー機関(IEA)は2021年5月に、2050年までに二酸化炭素の排出量をゼロにするためには、世界のエネルギーシステムの完全な変革が必要であり、新たな油田やガス田を採掘してはならないと主張した。また、世界の発電量の約90% が再生可能エネルギーによるもので、太陽光発電と風力発電が合わせて70% 近くを占める必要があるとも述べた。しかしノルウェーは、このIEAの提唱に逆行した政策をとっている。確かに、ノルウェー国内は再生可能エネルギーが発電量の大部分を占めているが、上述の通り、ノルウェーで採掘されている原油や天然ガスは他国に輸出され、消費されている。
ノルウェーは石油の生産を減らすどころかむしろ増加させている。2019年には57の坑井が掘削され、過去最高の83の新規生産ライセンスが発行された。また2020年には、新型コロナウイルスのパンデミックにより原油価格が暴落したことを受けて、石油会社が新たな掘削への投資をためらったため、ノルウェー議会は石油投資を奨励するために、石油・ガス会社に対して一時的な税制優遇措置を導入した。
2022年1月にはノルウェー政府が53の新たな石油生産ライセンスを発行し、政府は1年間で石油産業から約1,110億米ドルの収入を得た。2022年には、ロシア・ウクライナ戦争が勃発しロシアが原油の供給を削減したため、ノルウェーがロシアを抜いてヨーロッパ最大のガス供給国となった。
環境保護との兼ね合い
冒頭でも述べたとおり、ノルウェーは国内においては環境保護対策を積極的に行う姿勢を示している。海洋掘削活動は1991年から炭素税の対象となっており、2022年時点で、国内の温室効果ガス排出量の約85%が、EU排出量取引システム(EUETS)(※3)の対象か、炭素税の対象となっている。炭素税とは、二酸化炭素の排出量に応じて課される税金のことであり、炭素税の導入によって企業が化石燃料の使用を控えることが期待されている。また、2021年に発表された政府の気候変動対策計画には、海洋での二酸化炭素排出に課している炭素税の税率をさらに引き上げることが含まれていた。
さらにノルウェーは、地球温暖化を産業革命以前と比較して1.5℃以下に抑えることを目的としたパリ協定(※4)を世界で初めて批准した国である。2017年6月には、ノルウェー議会が気候変動法を採択し、2030年までに1990年比で二酸化炭素排出量を50%~55%削減することと、2050年までに1990年比で排出量を約90~95%削減し低排出社会になるという目標を法律で定めた。GPF-G も環境保護のための活動を積極的に行っており、2017年には350億米ドルの投資に相当する石油・ガス会社の株式を放棄すると発表した。
気候変動は世界の食糧生産にも悪影響を及ぼす可能性がある。気候変動により2050年までに食料生産が30%減少するという予測もある。そこで、ノルウェーは栄養不足が深刻な低所得国に対して、生産性向上のための技術革新などの対策を支援している。
しかし実際のところ、ノルウェー政府が本当に環境を保護したいと考えてこのような対策をとっているかは疑念が生じる。具体的に言えば、炭素税の対象となるのは国内で消費されたことから発生する排出量のみであり、採掘され輸出される石油が国外で消費された場合、その排出量は対象とされていないのだ。また、パリ協定おいても二酸化炭素の排出量は化石燃料を採掘した場所ではなく、消費した場所でカウントすることになっている。このことによって、2020年にノルウェーから輸出された石油と天然ガスがノルウェー国内で燃焼された場合、ノルウェーの年間総排出量の約9倍にあたる約4億5,000万トンの二酸化炭素が排出されるにもかかわらず、ノルウェーは排出量を正味ゼロにすることができるのだ。
このように、ノルウェーは、自国内で発生する二酸化炭素の排出については責任をとるが、輸出される石油や天然ガスが気候に与える影響に対しての懸念は排除しているように思える。さらに、GPF-Gが石油・ガス会社の株式を大量に放棄した件においても、実際は環境保護以外の思惑が指摘されている。環境問題への懸念から将来的に、原油価格は下落すると予想されている。よって、GPF-Gは石油・ガス会社の株式を保有することによって、自社の価値が下落することを懸念して株式を放棄したのではないかという疑問がある。
また、冒頭でノルウェーは国民1人当たりの電気自動車使用率が世界の中で最も高いと述べたが、実際のところ電気自動車はそこまで二酸化炭素の排出を減らさないと指摘されている。電気自動車の大部分はバッテリーで構成されており、その製造にかかる原料の採掘や製錬などで大量の温室効果ガスが発生する。さらに、電気自動車の充電のために使われる電力が再生可能エネルギーによって発電されたものでなければ、温室効果ガスの排出量は多くなってしまう。
その他の石油産業や気候変動対策の問題点
石油産業が環境にもたらす問題点は、石油の使用によって二酸化炭素が排出されることだけではなく、深海底を掘削することによって海洋生物の生息地が破壊されることもある。2024年1月、ノルウェー議会はノルウェー本土全体とほぼ同じ面積である28万1,000平方キロメートルを、鉱物の深海底採掘のための探査・開発のために開放することを決定した。この決定は科学者や環境保護活動家から批判を浴びている。彼らは決定のプロセスにおいて採掘が影響を及ぼすであろう生態系の広さが考慮されていなかったと主張している。この海域には希少な種が生息する場所もあるが、海流を通じて採掘の残留物や採掘の際に使用した化学物質が広大な範囲に広がることによって、これらの種が有害な影響を受け生態系が破壊されると指摘 している。
また、石油産業や気候変動対策は先住民の生活に影響を及ぼすこともある。石油や天然ガスを輸送するための鉄道建設に伴い、伝統的に北極圏を生活地域としてきた先住民サーミの人々から牧草地を奪ったり、彼らが営むトナカイの遊牧ルートが横断されたりした。さらに、気候変動対策として再生可能エネルギーや電気自動車の生産が注目されているが、それらもサーミの伝統的な生活に対して負の影響を及ぼしている。水力発電のためのダム建設はサーミの住む集落を水没させる危険にさらす他、トナカイの放牧ルートを遮断した。風力発電も、発電施設が山地に建てられることでサーミは新たな土地を奪われることとなり、生活圏の縮小が強いられている。また、電気自動車の生産のためには大量の鉱物資源が必要であり、鉱山地域がサーミの生活圏と重複していることから、鉱山開発もまた、サーミの生活に影響を与えている。
今後の展望、まとめ
ここまで、気候変動対策に積極的に力を入れていることを他国や環境保護を重要視する団体などにアピールしつつも、石油産業に依存しているというノルウェーの矛盾した態度を見てきた。
では、ノルウェーの国民はこの現状をどうみているのか。ノルウェー国民の過半数もまた石油産業が持続することを願っているようだ。2021年の調査で、ノルウェーの石油・天然ガス探査の継続に賛成している国民の割合は59%であり、否定的だったのは23%であった。ノルウェーの教育費は他国と比べて安く、49週間ある育児休暇中も給料が全額支給される。また、平均寿命が世界平均よりも10年ほど長く、高齢化する社会であっても安定して年金が受け取れるなど、ノルウェーの福祉国家としての体制は、石油産業から得られた利益によって維持されている側面がある。したがって、政府だけでなくノルウェー国民自身も石油産業から得られる恩恵を享受しているため、この産業を手放せずにいるのではないだろうか。
ノルウェーは今後、気候変動対策のリーダーか石油輸出のリーダーか、どちらの立場を選ぶのだろうか。その選択の道しるべとなるかもしれない判決が2024年1月に出された。ノルウェーの沖合にある海底油田・ガス田の開発計画をめぐり、気候活動家たちがノルウェー政府を相手に勝訴したのだ。彼らはエネルギー省が2021年と2023年に承認した3つの油田の開発計画について、排ガスの環境への影響が正しく評価されてないとして、開発計画は無効であると裁判で主張していた。裁判所は判決文において、排ガスの影響は法律によってきちんと考慮されなければならず、この承認の過程においてそのような排ガスの影響評価が実施されていなかったと述べた。この判決により、開発計画の承認の有効性が法的に判断されるまで、政府は有効な開発計画の承認を必要とする他の決定を下すことが禁止されたため、油田の生産を停止する必要があるという。
また、石油やガスがもたらす利益は永遠に続くわけではない。埋蔵量には限りがあり、これまでにNCSに存在する化石燃料のうち47%がすでに汲み尽くされているという。こういった現状を機に、ノルウェーが石油産業への依存から舵を切り、環境保護のリーダーとして世界各国の政府を引っ張っていくのか、今後の動向に注目したい。
※1 ライセンスラウンドとは、国や地域が新しいエネルギー資源や鉱物資源の探査・開発権を授与するために、企業に対して行う競争プロセスを指す用語である。
※2 アメリカの原油価格の指標とされているウェスト・テキサス・インターミディエイト(WTI)原油先物価格は、2020年4月20日に史上初めて1バレル当たり-37.63ドルというマイナス値を記録した。これは、売り手が買い手に1バレル当たり37.63ドル払って原油を引き取ってもらうことを示す。
※3 海上輸送や製造業、航空会社などを対象として、各企業が排出できる温室効果ガスの総量に上限を設ける制度のこと。各企業は、必要に応じて企業間で排出枠を取引することもできる。この制度はEU全加盟国に加え、アイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェーで実施されている。
※4 パリ協定とは、気候変動に関する法的拘束力のある国際条約のことである。この協定は、2015年12月12日にフランスのパリで開催された国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で196か国によって採択され、2016年11月4日に発効した。この協定の目標は、世界の平均気温の上昇を産業革命前の水準より2℃未満に抑えることであり、低所得国を含む全ての主要排出国が対象となっている。
ライター:Minori Ogawa
グラフィック:Yudai Sekiguchi