産業革命以降、地球の温度は上昇の一途をたどっており、1975年以降その上昇スピードは急加速している。気温がますます上昇することで人体に悪影響を及ぼしたり、海や陸の生態系が変化したり、干ばつや洪水といった自然災害のリスクが増加するなどの問題がある。こうした気候変動の影響力は多岐にわたる。近年注目を浴びている主張の一つに、「気候変動が紛争の増加に関連している」というものがある。
今回の記事で取り上げるのは、その例の一つとして挙げられるアフリカの中央サヘル地域。アフリカの中央サヘル地域における人道危機は、GNVが選出した2020年の潜んだ世界の10大ニュースの第1位にも選ばれている。この地域では、紛争激化に伴い、これまでにないレベルの人道危機が発生している。加えてこの地域における気温は、世界の他の地域に比べて1.5倍の速さで上昇していると言われている。では実際に、中央サヘル地域では何が起こっているのか。果たして本当に気候変動が進行したために争いや暴力が増えてしまったのだろうか。中央サヘル地域における紛争の実状とともに、気候変動と紛争増加の関連性にまつわる議論を紹介していく。

ブルキナファソ、メンタオ・ノード避難所にて(写真:Pablo Tosco, Oxfam / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
サヘル地域で激化する紛争
サヘル地域は、アフリカ大陸を東西に横断している。西はセネガルから東はエリトリアまで続く、降雨量の少なく厳しい半乾燥の地域である。その中でもマリ、ブルキナファソ、ニジェールといった国々が含まれる中央サヘル地域において、かつてない規模で武力紛争、人権侵害、大量の難民の発生といった状況が続いている。2019年10月からの1年間で、この地域に暮らす6,600人以上が死亡、約740万人が食糧難に陥り、約150の医療施設と3,500の学校が封鎖されるに至った。ではなぜここまでの被害が拡大しているのだろうか、時系列に沿って見てみよう。

Voice of Americaによる地図をもとに作成
今日まで続くこの紛争は、2011年にリビアのムアンマルアル・カダフィ氏による政権が崩壊したことにまで遡る。というのも、サヘル地域で、国境を越えて遊牧する牧畜民であるトゥアレグ人たちはマリ政府から弾圧を受けており、以前からリビアに保護を求めていた。カダフィ氏はその要望に応え彼らを保護し、軍人としての訓練を行った。それによりトゥアレグ人たちはカダフィ氏の下で軍人等として働いていた。しかし、北アフリカや中東で発生した革命の連鎖であったアラブの春に伴い政権は崩壊し、武装したトゥアレグ人たちが自らの独立を求めてマリ北部へ帰還、アザワド解放民族運動(MNLA)を結成し、マリ北部を占領し、後に北部をアザワドとして独立宣言をした。さらにこの時期、リビアで使用されていた武器も混乱に乗じてマリへ流入した。リビアの不安定さも相まって、マリでの争いが激化したのである。2012年には軍事クーデターも発生し、マリは混乱の一途を辿っていく。
こうした中でアルカイダ系過激派武装組織も勢力を強めており、マリ北部にてイスラム法の適用を宣言した。特にトンブクトゥという都市では、スラーム・マグリブ諸国のアルカイダ機構(AQIM)に支援された過激派武装組織である西アフリカ統一聖戦運動(MUJWA)とアンサール・アッ=ディーンが支配権を獲得した。
2013年には、過去この地域にて植民地支配を行っていたフランス、のちに西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)がこの紛争に介入した。マリ軍と協力して北部を制圧し、反政府勢力による支配は終わりを告げた。また同年に国連安全保障理事会により国際連合マリ多元統合安定化ミッション(MINUSMA)という平和維持活動(PKO)を行うことが採択された。しかし混乱した状況はその後も改善せず、武装勢力がゲリラ的に展開されていくこととなる。2014年には再度フランスが、4,500人の軍人を派遣するバルハン作戦を実行し、同年にマリ、ブルキナファソ、ニジェール、チャド、モーリタリアから構成されるG5サヘルが結成された。これは西アフリカの開発と安全保障分野での協力を目指す組織であり、2017年には連合軍も立ち上げられている。
複数の国が絡んだ紛争が北部で繰り広げられている中、マリ中部でローカルなレベルでの争いも頻発していた。紛争による治安悪化、過激派組織の進出、土地へのアクセスを巡る争いなどがその背景にあるとされている。
この紛争はマリ国内にとどまることはなかった。こうしたアルカイダ系武装組織は国境を越えて活動を展開し、モーリタニアやアルジェリアでも攻撃を仕掛けていた。そして2015年には、マリの隣国で政治的に不安定であったブルキナファソとニジェールにまでその混乱は飛び火した。
ブルキナファソでは2015年に、27年続いたブレーズ・コンパオレ大統領による独裁政権の崩壊、続く暫定政権の樹立とクーデターにより、政府は機能不全に陥っていた。この機会に乗じて過激派武装組織がマリから流入した。それ以外に宗教や民族の思想をベースとした武装グループの活動もあり、これらは金の密輸などとの関連も指摘されている。複数の武装グループにより各地で暴力が多発しているにも関わらず、政府は対処に失敗し続けている。さらに、ブルキナファソ政府は人道援助組織との連携も取れずにいる。
ニジェール北部でもブルキナファソと同様の構図が発生しており、宗教・民族を基にした武装組織の活動と、脆弱な経済基盤がもたらす薬物貿易、人身売買等の組織犯罪が横行している。これらの犯罪行為に対して政府は適切な規制をかけることができていない。

ACLEDのグラフィックに日本語訳を添付
マリ、ブルキナファソ、ニジェールの不安定な情勢によって、中央サヘル地域での過激派武装組織に関連した暴力事件の件数は2017年から2020年の間に7倍にまで増えたとされている。また、これらのグループに対するテロ対策という名目でこの3か国の治安部隊は、標的殺害、性暴力、拷問といった、市民に対する重大な人権侵害を行っている。こうした不安定な状況は収束の見通しが立っておらず、先述のMINUSMAは2021年7月まで活動が延長されることが決定している。
気候変動は紛争の要因なのか?
ここまで見てきた各国の情勢不安の背景には、環境上の問題もあるのではないかという説が浮上している。それは、気候変動が中央サヘル地域における紛争に深く関連しているのでは、という議論でもある。まず、気温が上昇したために、もともと乾燥している中央サヘル地域で干ばつや砂漠化が多発した。これにより農業や牧畜に適した土地が減少した。そして、残った希少な土地や水資源を巡って争いが激化してしまった、という部分に着目した中央サヘル紛争の気候変動影響論が唱えられた。実際に、2007年にパン・ギムン国連事務総長はスーダンで発生しているダルフール紛争を、水資源を巡る争いが発生していることに関連し、「初めての気候変動による紛争」と呼んだ。また、「気温が1%上昇すると内戦が4.5%増加し、2030年までに中央サヘル地域の紛争は54%増加する」と予測する研究も発表されている。

マリ北部の乾燥地帯(United Nations Photo / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
しかしながら、複数の研究者が、気候変動は中央サヘル地域における紛争の直接の要因とは繋がっていないと主張している。ノルウェー生命科学大学のトゥール・ベンヤミンセン教授は、中央サヘル地域ではそもそも砂漠化が発生していないということを指摘している。砂漠化が発生していないため土地は枯れておらず、よって気候変動は、耕作に適した希少な土地を巡った争いの発生に寄与していないのではと彼は主張している。1970~1980年代にかけて中央サヘル地域で深刻な干ばつが発生したものの、それ以降は同地域において緑化が観測されていることをベンヤミンセン教授は説明している。彼は、長期的なパターンとして、全く耕作不可能な土地が増え続けるという現象は起こっていないのでは、述べている。また彼は、確かに気温は乾季には上昇しているが、雨季は依然として比較的涼しいままであり、農業活動をする雨季には気温の上昇があまり影響していないということも説明している。加えてNASAは、宇宙空間から中央サヘル地域の砂漠を撮影し、写真から砂漠化は発生していないと結論づけている。
ではなぜ、これほどまでに多くの研究者・研究機関が砂漠化の発生を否定しているのにも関わらず、「砂漠化が発生している」「砂漠化が紛争を引き起こす」という「神話」が生まれ、そしてその神話が広く浸透しているのだろうか。その起源は植民地支配の時代にまで遡る。砂漠化という環境問題が発生しているという認識は、植民地支配を行っていた列強諸国に、アフリカの自然資源を管理するという大義名分を与えることになったのである。その背景には現地の人々の代わりに自然を管理し、自分たちの都合のいいように自然資源を利用したいという思惑があった。
植民地化が終わっても、形を変えて「砂漠化」は唱え続けられた。国連環境計画(UNEP)といった国際機関にとっても、砂漠化は注目しやすい問題であったと言える。なぜなら、砂漠化対策に対して反対する勢力は生まれにくいからである。例えば、産業発展を妨げるような政策は反感を生むが、農民や遊牧民が暮らす地域に木を増やすという政策に反対の声を上げる者は、政治的発言力のない農民・遊牧民の他にはあまり存在しない。これにより国有の土地も増やすことができる。政治的問題に関与せずに、対立の発生しにくい、対処しやすい問題として砂漠化に焦点があてられたのである。アフリカ諸国やNGOにとっても、砂漠化を食い止めるための支援金を獲得することができる。このように、様々なアクターにとって、「砂漠化の発生」は都合よく使用されてきた。

ブルキナファソ、バム湖周辺で農作業をする女性(Ollivier Girard, CIFOR/Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
本質的な紛争の原因は何か
気候変動が紛争の発生に直接かかわっていないのならば、この地域における紛争の本質的な原因は何だろうか。先述した通り、リビアのカダフィ政権崩壊の煽りを受けて、マリ北部にて争いが激化したことに端を発する。ではこの争いについて、歴史的な流れも含めて見てみよう。マリを含む中央サヘル地域には様々な民族が暮らしており、遊牧する牧畜民と定住農民とによる、土地や水資源を巡る摩擦が長きにわたり発生していた。しかし、ある程度紛争にまで発展しないための仕組みはできており、これだけでは現在のようなレベルでの紛争にまではならなかった。
ではなぜ今、争いは激化の一途を辿るのだろうか。その背景には遊牧民と、遊牧民が生活圏にする政府との間で建設的な関係が築けていないことにある。過去西アフリカを植民地支配していたフランスは、国境を超えて遊牧するトゥアレグ人等の牧畜民を定住させ、彼らの多くは生計に必要な土地を失ってしまった。土地の多くは、森林増加や砂漠化防止という大義名分の下公のものとして扱われるようになる。政府はこうした土地への商業農業促した。マリがフランスから独立した後も、マリ政府はこの姿勢を継続し、農民を優先する政策を取り、牧畜民たちをないがしろにしてきたのであった。
また、遊牧民と農民の間で摩擦が生まれた場合、政府機関は対立を公平におさめる役割を担わなくてはならない。しかしマリの政治家、法的機関において腐敗や汚職が頻発しており、遊牧民と農民間の摩擦を公平な視点ではなく金銭的に解決してしまっていた。遊牧民の不満や、遊牧民・農民間の摩擦は膨れ上がり、また本格的に紛争問題に対処しようとしても貧困の蔓延や財政的な理由で、問題を根本的に解決させることができなかった。マリの農民と遊牧民の間にもともとあった小さな火種を政府機関が助長・悪化させてきた。長年にわたる不平等な扱い対する不満を爆発させたトゥアレグ人(牧畜民)武装勢力が独立運動を起こしたり、混乱の中で発生した政府の機能不全の間に、過激派武装組織やジハード主義組織が介入していったのである。
マリ政府がうまく機能できていない理由の背景には、フランスの存在があると言えるだろう。西アフリカ諸国の独立後も、フランスはたびたびこの地域にたいして軍事介入を行っている。その背景にはフランスに好意的で、利益をもたらすような政治秩序を、西アフリカ地域に築きたいというフランスの政治的意図がある。フランスにとって都合のいい政権・団体なら、たとえ独裁政権であっても存続のために助力をしてきた。例えば、フランスは中央サヘル地域のテロ対策を名目に、自国の資源確保のためにMNLAを支持していた。実際の目的は、マリ政府に対してフランスが有利な立場をとるためである。MNLAの勢力が拡大すればマリ政府が弱体化し、マリはフランスに、無条件の支援を要請することになる。そうなればマリ政府に対してフランスは優位を取れるのである。マリの政治家たちは、よって、市民のためではなく、フランスに都合のいい政策を打ち出し続けるようになる。政治家としての立場を長く守ることができるからだ。このように、植民地支配を行っていた国の政治的思惑も、この紛争に深く関わっている。

ニジェール、軍事訓練の様子(USAFRICOM / Flickr [CC BY 2.0])
残された課題
ここまで見てきたように、気候変動は紛争の直接の原因ではないかもしれない。しかし、中央サヘル地域において食糧難を引き起こす等、人道危機より深刻にさせている要因ではあるだろう。なぜなら、政治的・経済的・法的体制が不安定な地域ほど、一時的な環境の変化に適応できずに混乱が発生し、またそういった状況から回復する力も弱いからである。今後気候変動が進行すれば、人道危機のさらなる悪化は免れないと言える。
気候変動は間違いなく、現代における、解決すべき重要な課題の一つである。しかしここで特に気を付けるべきなのは、サヘル地域における紛争発生の責任を気候変動のみに押し付けることの危険性である。なぜなら、そうすることで紛争の根本にある政治的要因から目をそらすことになるからだ。気候変動という外的な要因に紛争の全てを押し付けてしまうと、中央サヘル地域の権力者や、未だに支配を続けるフランスのような旧宗主国に、政治的基盤の脆弱性という要因の解決を促すことができなくなる。「気候変動」が都合のいいように紛争の理由として利用されてしまうのである。
また、現段階では砂漠化の発生が観測されていなくても、気候変動の影響は増し、雨季が劇的に短くなったり、集中的な豪雨が発生したりすることが予想される。そうなれば、脆弱な政治的・経済的基盤の国々の農業、そして人々の生活への壊滅的な打撃は免れられないだろう。「気候変動が紛争の増加に関わっている」というシンプルな論理のみを鵜呑みにせず、背景にある複雑な政治的・歴史的問題への対処法を探し続ける必要性と同時に、人道危機を激化させている気候変動問題にも意識を向けることが求められているのではないだろうか。
ライター:Anna Netsu
グラフィック:Yumi Ariyoshi
取材協力:Tor A Benjaminsen(ノルウェー生命科学大学)
この記事を読んで改めて、報道機関や情報を発信する側はその問題の背景を踏まえた伝え方をしていく必要があると感じました。
すごく面白い記事だと思いました。気候変動だけではなく、政治、社会的考えていく必要があると感じました。
アフリカについての知識がほとんどないなかで「アフリカの紛争は気候変動が原因だ」と言われたら鵜呑みにしてしまいそうで、不安を感じました。複雑な事象でも簡略化しすぎず、正しく理解できるような視点を身につけたいと思いました。
気候変動がアクターそれぞれの都合に合わせて悪用される可能性の指摘にハッとしました。また、気候変動→紛争増加という単純構造で問題を捉えてしまうのも危険ですね・・・。政治・法体制の整備など包括的なアプローチで問題に対処する重要性に気が付きました!でも、日本にいる私たち(しかも今はただの学生)が政治・法体制に影響を与えられることはほとんどないと思うので(SNSに発信する程度?)、やっぱり気候変動問題に対処することが間接的にもサヘル地方の安定に繋がるのではないかと思いました!