「偽情報」(※1)は決して新しいものではないが、近年、これに対する各国政府やメディアの注目が集まっている。その背景にはSNSなどのコミュニケーションツールの発展と社会浸透や、サイバー空間における情報量の増大などがあるが、この数年のうちに注目が急増しているきっかけとして、アメリカ大統領選挙(2016年以降)、新型コロナウィルスのパンデミック(2020年以降)、そしてロシア・ウクライナ戦争(2022年)を挙げることができる。
近年の偽情報に対する注目の中で、選挙制度をはじめ、アメリカ政府などが他国からの偽情報の被害者であり、悪意のある偽情報に対処することが民主主義を防衛することに繋がるとして描かれることが多いが、同様に偽情報の発信を含む情報戦を展開する側としてのアメリカ政府が注目の対象になることがほとんどない。平時からアメリカ情勢に大きく注目する日本のメディアだが、アメリカと偽情報との関係をどのように捉えてきたのだろうか。本記事では政府が他国に対して拡散する偽情報の実態と問題を探る。

スマ−トフォンでニュースを眺める人(写真:thomas vanhaecht / Pexels [Legal Simplicity])
戦争を正当化するための偽情報
特に戦争では偽情報の拡散は付き物だ。それは特定の戦争における片側の当事者に限ったことではなく、いかなる戦争・当事者であろうと、真実を歪曲したり、根拠のないうわさや虚偽を捏造したり広めたりするインセンティブは非常に大きい。戦場では、暴力を伴う物理的な戦いの他に、情報戦なども繰り広げられる。
冷戦終結から30年余りの歴史では、アメリカより多くの戦争を繰り返した国はないと言えよう。1991年から2022年までにアメリカが他国に対して軍事介入を行った回数は251回とされる。その中には、イラク、旧ユーゴスラビア、アフガニスタン、リビアなどに対して大規模な空爆や侵攻・占領を数回行ってきたことも含まれる。戦争の初期段階において、自国民および他国に対して侵攻の必要性や正当性を訴えるために偽情報を発信してきたことが度々確信されている。日本のメディアも、アメリカ政府によって発信された偽情報を問わずにも報じてきた。
一例としてベトナム戦争を確認してみよう。1964年、アメリカが北ベトナム海岸付近のトンキン湾に配置していた艦艇が同年8月4日に北ベトナムの魚雷艇によって攻撃を受けたとアメリカ政府が発表、それを理由にベトナムへの軍事介入を増大させた。しかし、実際はそのような攻撃は起きていなかった。当時の日本のメディアは「トンキン湾事件」として、アメリカ政府の主張を伝えるなど大きく報じた。読売新聞が掲載した記事、「再度の魚雷攻撃に対抗 大統領声明」(※2)がその例である。
別の例として、湾岸戦争も挙げることができる。1990年にイラクがクウェートに侵攻・占領したことに対してアメリカ率いる連合軍が翌年、イラクを追放するために介入した。イラクによる侵攻後、亡命したクウェート政府は、PRコンサルティング会社に依頼するなどし、アメリカなどの参戦意欲を高めようとした。そこで同PRコンサルティング会社は、イラク兵がクウェートの病院で保育器から多くの幼児を取り出し見殺しにしたという「出来事」を捏造した。この偽情報はアメリカ議会で証言され、これがアメリカの参戦の決定においてひとつの要因となった。当時の日本のメディアはこの虚偽の事実を報じた。例えば、朝日新聞は記事で「保育器に入っていた赤ん坊や集中治療室にいた重病患者は廊下に出され、多くが死亡」と亡命者からの「証言」を報じた(※3)。

安全保障理事会でイラクに関する偽情報を発表するコリン・パウエル元国務長官、2003年(写真:United States Government / Wikimedia [public domain])
ほかに、2001年の同時多発テロ事件とその後のイラク戦争も特記事項である。2003年に、アメリカがイラクに侵攻・占領したが、戦争に対する国内外世論の支持を得るために、アメリカ政府による偽情報の利用がさらにエスカレートした。例えば、イラク政府が生物兵器・化学兵器を大量に所有していたこと、同政府が核兵器の完成に向けて急ピッチで準備を進めていたこと、そして同政府には過激派勢力であるアルカイダと密接な関係にあったことを、アメリカ政府関係者が主張した。しかしいずれの主張においても根拠はなく、大統領をはじめとする政権の主要人物及び米中央情報局(CIA)などによる意図的な「根拠」の捏造が行われた。のちに、一部のジャーナリストは、このように複数の政府関係者が多量の偽情報を発信した状態を「虚偽工場」と表現した。2年間で大統領を含む8人の主要政府関係者による虚偽発言は935回も記録されている。
日本のメディアは当時、これらの疑惑が証明されていないと知りながらも、アメリカ政府関係者の主張を疑うことなく大きく報じた。例えば、毎日新聞の記事(※4)ではイラクの大量破壊兵器およびアルカイダとの連携に関する当時のアメリカ国防長官の一方的な主張を詳述した後、記事の最後にアメリカ政府が「イラクとアルカイダの関係を一定程度証明できれば、対イラク攻撃に慎重な国際世論が米国寄りに動くのではないかと期待している模様だ」とした。また、これらの疑惑が虚偽だったという事実が明らかになってからも、日本メディアは、核兵器開発をめぐる偽情報はあくまでCIAが他者から受け取った「思い込み」に基づいた偽情報であり、アメリカ大統領が一般教書演説でその偽情報を利用したことが「単純ミス」だったなどと、引き続きアメリカ政府の主張を報じ(※5)、「アメリカ政府による意図的な偽情報」といったニュアンスを示す報道はほとんどされなかった。そして2001年の同時多発テロから20年後となっても、このテロ事件とイラクを結びつけようとする日本の新聞記事がいまだ掲載されている。
その他に、アメリカによるリビアでの軍事介入も挙げることができる。2011年に北大西洋条約機構(NATO)を主導したアメリカはリビアに対して長期に渡る大規模な空爆を行ったが、事前にその介入を正当化するために、アメリカ政府はリビア政府による人権侵害を強調していた。その一環としてアメリカ政府は、リビア政府が組織的に女性に対するレイプを命じていたと主張したが、ムアンマル・カダフィ政権が転覆した後にもそのような証拠が確認されることはなかった。しかし、朝日新聞などはこの人権侵害について報じた(※6)。
一方、シリアでは、反政府勢力が掌握していた地域に対して同政府が2018年に化学兵器を使用したとして、アメリカによる空爆が行われた。化学兵器禁止機関(OPCW)は化学兵器が使用されたと結論づけたが、同組織の調査に参加した専門家の中には化学兵器が実際使われなかった可能性が高いと主張する者もいた。OPCWの結論はアメリカから圧力を受けた結果だと主張する内部告発者もいる。しかしこの問題に対しても、日本のメディアはOPCWやアメリカ政府の主張のみを報じてきた(※7)。

アメリカのミサイル攻撃による建物の残骸、シリア(写真:Fathi Nizam / Wikimedia Commons [CC BY 4.0])
戦争中における偽情報
戦争開始の際だけでなく、すでに進行中の戦争においても、戦争継続への支持を集めたり、自国や同盟国の正義感や勇敢さを強調したり、敵対国に対する好感度や信頼度をさらに低下させたりするために、偽情報が使用される場合もある。
例えば、アメリカ政府は2012年から2022年にかけて、中東や中央アジアを対象に、ツイッターやフェイスブックなどのSNSプラットフォームで多数のフェイクのアカウントを作成し偽情報の拡散を含む影響工作を行っていたとされている。そこには、イエメンでのアメリカによるドローン攻撃では一般市民が犠牲になっていないとする主張や、イランやロシアなどが残虐行為を行っていることの主張などが含まれていた。一般に、こうした影響工作はツイッターのポリシーに反しているにもかかわらず、同社はアメリカ政府に協力しこれらの発信を積極的に増幅していたことも後に明らかになった。この影響工作は日本の大手3紙は一切報道しなかった。
アフガニスタン戦争も事例となる。2020年にロシア政府がタリバン勢力に対して米兵殺害報奨金を提供していたとのアメリカ政府諜報機関からの情報をもとに、複数のアメリカのメディアが報じた。日本の大手メディアも、アメリカのメディアの情報を元に複数回にわたり報じた(※8)が、後にアメリカの国防省関係者はこの疑惑に対する証拠がないことを認めた。これについて、アメリカが計画していたアフガニスタンからの撤退を阻止するための内部からの偽情報の可能性があると主張するジャーナリストもいる。
偽情報が利用されるのはアメリカが直接参戦する戦争だけではない。「代理戦争」(※9)の当事者となる場合においてもアメリカが偽情報を発信してきたとされている。例えば、ロシア・ウクライナ戦争に対して、2022年3月にロシアが化学兵器を使用する準備をしている可能性が高いとアメリカ政府は発表した。日本の大手メディア各社はアメリカのメディアを追うような形で大々的に報じた。毎日新聞では社説のテーマとし、「許さぬ」こととして強い懸念を示した(※10)。ところが、実際のところはロシアが化学兵器を準備していた証拠はなく、この情報はアメリカ政府がロシアに対する「情報戦」の一環としての発信だったことが明らかになった。
「偽情報」に関する偽情報
先述のとおり、最近の日本のメディアは、偽情報に関する関心や警戒感を高めている。以下のグラフが示すように、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞の国際報道において、「偽情報」という単語が含まれた記事が2017年頃から跳ね上がっている(※11)。その背景にはロシアの存在がある。2018年から2022年の5年間で、3紙で「偽情報」に言及している記事を合わせると、その6割に「ロシア」の単語が含まれていた。一方、「中国」への言及回数は「ロシア」の半分程度だった。「ロシア」が言及される文脈としては、主にロシアによるアメリカへの偽情報の発信疑惑と、ウクライナ侵攻関連のロシアによる偽情報拡散疑惑という2つに分けることができる。そこで、以下では米ロが展開してきた偽情報拡散疑惑について分析する。
ロシアが偽情報の拡散を含む影響工作を行っていることは確かである。ロシア政府とその関連組織が偽情報を発信していたことが、2016年アメリカ大統領選挙の際や、ウクライナ侵攻に際しても確認されており、これらは、米国をはじめ、西側諸国の対ロシア脅威認識を一層増大させるきっかけとなった。しかし、ロシアによる偽情報の拡散を含む影響工作が持つ影響力そのものについては正確な分析がなされてきたわけではない。実際、アメリカに対して ロシアの政府関連機関が偽情報を用いた回数は情報空間における情報量と比較して必ずしも多くなく、ロシアが発した偽情報が対象国の政治や社会に影響をもたらしたとも言い難い。
例えば、2016年のアメリカ大統領選挙の際、ロシア政府関連組織によって発信された偽情報を含む情報が、フェイスブックのユーザーの目に1億2,600回触れられた可能性があるという統計が伝えられ、日本のメディアもこの数字を報じた(※12)。しかしこの統計自体の信憑性が低い上に、発信された情報の中、選挙関連の情報は11%に過ぎなかった。発信の内容とその傾向から、その目的は、政治的影響をもたらすことというより、金銭目的のマーケティング戦略の一環だったという可能性が指摘されている。また、アメリカ国民が同期間にフェイスブックを通じて触れたニュース件数は33兆件に上ると推測されていることから、ロシアの発信規模がアメリカ全体の情報環境の中では比較的に小さいとも言える。さらに、ロシアが発信した情報が受け手に対しどの程度の影響を受けたかに関する調査によると、投票行動や考え方に影響は及ばなかった。
また、ロシアのウクライナ侵攻開始から2週間のツイッター分析では、自動化されたアカウントであるボットによる英語によるツイートのうち約9割はウクライナ寄り(ウクライナ支持)の内容だったことがわかった。つまり、戦局を大きく左右しうる戦争初期段階では、少なくとも主流SNSにおける英語という言語空間では、ロシアによる偽情報の拡散の規模に関わらず、すでにロシアの主張そのものが広まりにくい環境にあったといえる。
これ以外にも、アメリカ政府とその関係者などが特定の事象に対して「ロシアによる偽情報が原因だ」と主張してきたケースがあるが、このようなケースは後にロシアとは無関係だということが数回確認されている。つまり、「ロシアの偽情報疑惑」自体が偽の情報だったのだ。
例えば、アメリカにおける銃乱射事件や地方選挙などをめぐり、ロシア関連の自動化されたツイッターアカウントが、社会分裂を引き起こす目的で偽情報を発信していたという主張が数年にわたりアメリカで幅広く報道されきた。2018年に起きた銃乱射事件の際、ロシアによる「偽情報」が確認されたことについて朝日新聞もアメリカのメディアの記事を元に報じた(※13)。この記事の元となったワイヤード紙の記事を含め、数多くのメディアは主な情報源として連邦捜査局(FBI)や諜報機関の元職員が中心となって作成された「ハミルトン68」と呼ばれるウェブサイトを利用した。ところが、このウェブサイトの分析方法について疑われ、偽情報だったということが後に明らかになった。
また、2020年のアメリカ大統領選挙前に後に大統領となるジョー・バイデン氏の息子であるハンター・バイデン氏のパソコンから、家族関係を利用した政治とビジネスの癒着の疑惑が浮上した内容のメールの存在が発覚したときも、ロシアが関与している可能性について指摘された。問題が発覚した直後、51人もの元諜報機関職員がパソコンに含まれたメールについてはロシアによる偽情報の典型的な特徴があることを示す文書に署名した。FBIはすでにそのパソコンを押収していたため、パソコンに含まれていたデータが偽情報ではないことについては把握していたと考えられる。しかし、選挙前にパソコンにあったデータが流出し、それがバイデン候補(当時)の選挙戦に影響することを懸念したFBIが、SNSプラットフォームや大手メディアに対してハンター・バイデン氏関連の偽情報が出る可能性が高いとの情報を流した。そして、FBIはSNSやメディアの関係者を集めてハンター・バイデン氏関連の偽情報に対処するための予行演習まで行った。結果、大半のアメリカメディアはこの疑惑を根拠不十分のものとし、ツイッターやフェイスブックは関連の情報へのアクセスを積極的に阻止する行動をとった。
「ロシアの偽情報」に関する偽情報を暴いたのは、「ツイッター・ファイルズ」と呼ばれる2022年〜2023年にツイッターから流出された内部文書である。前述のロシア疑惑、中東や中央アジアに対するアメリカの行動などにおいてツイッター社がアメリカ政府による偽情報発信に加担していたことを暴露する詳細な内容が含まれている。しかし日本の大手メディアはこの「ツイッター・ファイルズ」の内容どころか、その存在にも言及していない。
一方、日本のメディアは、ロシアが偽情報を発信してきた疑惑についてその裏付けがはっきりしないまま度々報じてきた。毎日新聞は2017年から2021年までの5年間で、ロシアと偽情報について書かれた記事を31件掲載した。その中で、「選挙関係者の情報収集や関係者になりすました偽情報流布を狙っているとみられる」や「2016年米大統領選でロシアがSNSに大量の偽情報を流して選挙に介入した疑惑」など、介入疑惑の証拠を示さないまま疑いを強調する表現を用いた(※14)。

ツイッター社本部、アメリカ(写真:Steve Rhodes / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
問題の背景には?
これまでみてきたように、アメリカ政府が発信する偽情報については、何百万人もの生と死が関わる戦争の正当化に使用されてきたにもかかわらず、ロシアの情報戦と異なりほとんど注目されてこなかった。一方、ロシアによる偽情報の拡散は大きく注目され、その規模と効果が過剰評価されたまま、民主主義にとっての重大な脅威として語られている。この差に何があるのか。
まず、アメリカのプロパガンダの普及を後押ししてきた日本のメディアの報道フローを挙げることができる。つまり国際報道において、日本のメディアは自国政府およびアメリカ政府の視点や方針に沿って、当該政府が発信する情報を疑わず伝達する傾向にあるが、それはメディア側にとって手軽で安全な報道方法であり、ナショナリズムの観点からも都合がいいと言えよう(詳しくはこちら)。
また、偽情報が関係する問題でにおいても、日本のメディアはアメリカのメディアからの報道を復唱するケースが多い。例えば、アフガニスタンでの報奨金提供疑惑に関する大手3紙の報道では、アフガニスタンから取材された報道は確認できない一方、米ワシントン支局から「複数の米メディアが報じた」とする記事(※15)がほとんどであった。つまり、当時日本の報道は、事実確認をせずにアメリカメディアの報道をそのまま伝達するにとどまっていたということになる。アメリカ社会の分断を目指すされたロシアの偽情報疑惑においても、アメリカのメディアによる記事を元にした記事が数多くみられた(※16)。
しかしメディア側の取材方法だけの問題ではない。歴史的に、アメリカ政府は国内外のメディアを通じて積極的に偽情報を発信・普及してきた。例えば、国外向けのメディアネットワークを世界各地に展開させ、アメリカ政府の情報を発信してきている。1940代以降は「プロパガンダ・アセット・インベントリ」(Propaganda Assets Inventory)と呼ばれる組織を立ち上げ、やがてCIAが世界各国に報道機関を密かに所有したり助成したりしていた。現在、アメリカ政府は公に米国グローバルメディア局(U.S. Agency for Global Media:USAGM)として6つの報道機関を管理している。
その他、CIAなどの諜報機関がアメリカ国内外の大手メディアに潜入してきた。冷戦中には「モッキンバード作戦」と呼ばるプログラムを発動し、CIA職員を大手メディアの記者として派遣したり、既存の記者に報酬を支払うなどすることで、CIAの情報を発信させてきた。関与していた記者の人数は少なくとも3,000人に上るとされている。組織的な連携以外にもメディアの情報源としてCIAが偽情報をメディアに流す事例も報告され、その詳細な手口に関する証言が元工作員から残されている。

CIA本部(アメリカ)(写真:CIA / Wikimedia Commons [CC BY-SA 3.0])
現在このような工作がどれほどの規模で行われているのかは不明だが、2014年にはアメリカ大手メディア記者がCIAに記事の原稿を送り編集してもらうなど密接に連携していたことが発覚した事件もある。しかし、アメリカの諜報機関などの立場からすれば、このような連携を水面下で行う必要性が低くなっているという指摘もある。例えば、議会での虚偽の証言が確認されている元国家情報長官を含め、多くの諜報機関の元役員が現在アメリカ大手メディアでコメンテーターやアナリストとして雇用されて、公に情報発信を行っている。アメリカのメディアがアメリカ政府の情報源に頼り、そのアメリカのメディアの発信を日本のメディアがそのまま復唱、伝達し続けているというのが、現在の日米メディアの構造だ。
危険な偽情報とは?
メディアは、自国政府にとっての「味方」と「敵」に合わせて「善」と「悪」を設定し、前者による悪行は隠しながら、後者による悪行を事実以上に強調する。こうした傾向は、事実を捉え、権力を監視するという民主主義国家におけるメディアの本来の役割から大きく逸脱しているだろう。読み手は、事実を客観視できない上に、諸外国および自国に対する脅威を冷静に見極めることができなくなる可能性がある。
アメリカもロシアも、他国の選挙や社会に介入するし、戦争も仕掛ける。いずれも影響工作を行い、その一環として偽情報も発信する。現在の日本では、ロシアの対外行動にばかり焦点が当たるが、アメリカが同盟国だからといってそのようなアメリカの対外行動が日本にとっての脅威ではないということには決してならない(※17)。
これまで見てきたように、戦争勃発の度に、アメリカ政府関係者が偽情報を発信する。そして、メディアはその情報を復唱し、報道し続ける。ロシア・ウクライナ戦争開始から約9ヶ月後の2022年11月、ポーランドにミサイルが落ちた。事件発生後、AP通信社はアメリカの諜報機関の関係者から入手した情報を元にロシアのミサイルだという情報を発信した。後にミサイルはロシアのものではないことが判明し、APは訂正を発表したが、こうした誤った情報が定着した場合、戦況が大きくエスカレートする危険性もあった。さらに、この情報を発信する決断に関わったAP通信の関係者は当時、内部の通信で「アメリカの諜報機関の関係者はこの件で間違っているとは思えない」と述べている。主要メディアがいかにアメリカの諜報機関から発せられる情報を信用していることがわかるだろう。

ロシア・ウクライナ戦争に関するペンタゴンでの記者会見、アメリカ(写真:U.S. Secretary of Defense / Wikimedia [CC BY 2.0])
コミュニケーション技術の発展とともに、ソーシャルメディアを含むサイバー空間における情報量が急増したことで、偽情報がより簡単に拡散されやすくなり、それが政治や社会にもたらしうる脅威について、かつてないほどまでに問題視されるようになった。しかし、国際関係においては、他国による偽情報の拡散の潜在的リスクは当然増大しているものの、それがもたらす影響も急増しているという判断には慎重になる必要があり、今後更なる分析や検証が進むことが望まれる。しかし、サイバー空間ではなく、大国の政府やその高官が捏造した虚偽の事実を記者会見などで堂々と発表し、メディアがその情報の真偽を問わずに報じるという情報エコシステムについて、日本メディアが見てみぬふりすることこそが危険なのではないだろうか。
※1 誤報も偽情報も事実と異なる情報という意味では一致しているが、偽情報については、国家、組織、個人に政治的あるいは経済的危害を加えるために意図的に生成される虚偽または誤解を招く情報を指す。
※2 読売新聞「米、北ベトナムを爆撃 再度の魚雷攻撃に対抗 大統領声明 平和へ限定措置」1964年8月5日。
※3 朝日新聞「クウェート人脱出者が母国の『惨状』を証言 米下院」1990年10月12日。
※4 毎日新聞「米国務長官、イラクのアルカイダ支援も指摘--国連安保理報告」2003年2月6日。
※5 例えば、毎日新聞「パウエル元米国務長官:『イラク戦争避けられた』--毎日新聞インタビュー」2010年8月28日、読売新聞「イラクの『偽情報』、単純ミスが原因 米大統領副補佐官認める」2003年7月24日など。
※6 朝日新聞「逃げる市民も標的 リビア政府軍、ベンガジで無差別攻撃」2011年3月28日。
※7 例えば、毎日新聞「シリア:『シリア、化学兵器使用」 5月に塩素ガス弾、米が断定」2019年9月27日。
※8 朝日新聞「ロシア、米兵ら殺害に報奨金か タリバーン系に提案 米で報道」2020年6月29日、毎日新聞「アフガニスタン:アフガニスタンで米兵殺害 露、武装勢力に報奨金か 米紙報道」2020年7月1日、読売新聞「露、アフガン米兵殺害に報奨金 米報道 和平交渉 妨害狙う」2020年6月28日。
※9 「代理戦争」とは、ある戦争において別の国が兵力などを通じて直接戦闘に関与せず、支援などを通じて間接的に戦闘に関わる状態を指す。
※10 毎日新聞「社説:ウクライナ侵攻 露の無差別攻撃 化学兵器の使用許されぬ」2022年3月26日。
※11 2003年のイラク侵攻の際、大量破壊兵器関連の偽情報が用いられた報道が増えたことが要因で、「偽情報」に言及した読売新聞の記事数が増加した。
※12 朝日新聞「トランプ氏のロシア疑惑をめぐる捜査報告書(要旨)」2019年4月20日。
※13 朝日新聞「怒る若者『祈りより銃規制を』 米乱射事件、抗議デモ」2018年2月23日。
※14 毎日新聞「米国の選択:2020年大統領選 中露イラン、サイバー攻撃 トランプ・バイデン陣営に マイクロソフト発表」2020年9月12日、「トランプ米大統領:SNS規制、米大統領令 『不公平』な投稿削除に責任」2020年5月30日。
※15 毎日新聞「ロシア:露、米兵殺害で報奨金か アフガン武装勢力に 米紙報道」2020年6月30日。
※16 朝日新聞「怒る若者『祈りより銃規制を』 米乱射事件、抗議デモ」2018年2月23日。
※17 例えば、アメリカによる偽情報が背景にある2003年のイラク戦争が膨大な人命の損失をもたらし、中東を不安定化させIS(イスラム国)などの台頭につながったことが物語っている。日本政府はこの戦争に対して支持を示し、戦争支援も行っている。
ライター:Virgil Hawkins
グラフィック:Virgil Hawkins
大変興味深く拝読しました。政府による偽情報の発表は昔から行われてきたことなのでしょうが、ここ最近は開き直りのように堂々と発表することに恐ろしさを覚えます。それをそのまま裏も取らず、流しっぱなしのメディア(特に日本大手)の凋落はどうしようもありませんね。せめてフリーの記者や独立系メディアには頑張ってほしいです。