強権支配の下、国内で大規模な人権侵害を繰り返し、国外ではイエメン紛争に軍事介入し、その他にも暗殺・テロへの支援等をする国が存在する。サウジアラビアのことである。現在、イエメンは一連の紛争により世界最悪の人道危機となっている。また、サウジアラビア政府は、2018年10月にトルコのイスタンブールにあるサウジ総領事館内でジャーナリストのジャマル・カショギ氏を殺害したことで世界の注目を集めた。
しかし、そんなことをしていても、サウジアラビアは、アメリカ、日本、欧州諸国等の政府や大手企業と密接かつ良好な関係を保っている。もしこれらの国々のメディアで、サウジアラビアの行動が大々的に何度も報道されれば、反対する世論の声が高まり、良好な関係の維持は難しくなるかもしれないが、そのような事態を防いでいる背景にはPR(パブリック・リレーションズ)コンサルティング会社の存在がある。カショギ氏を殺害したサウジアラビア政府は、現在もアメリカ、イギリス、ドイツなどでイメージ回復を図るために、数々のPRコンサルティング会社に依頼している。

ジャーナリストの殺害への関与が疑われていながらも、サウジアラビアでの観光について豪快に振る舞うモハマド・ビン・サルマン皇太子(写真:World Tourism Organization (UNWTO)/Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
このPRコンサルティング会社とは一体何なのか。サウジアラビアのような国のためにどんな役割を果たしているのだろうか。探っていきたいと思う。
PRコンサルティング会社とは?
PRコンサルティング会社は様々なPR代行業務を通じて、クライアントの存在感を高めたり、あるいは既に広まっているイメージを変化・回復させる活動等を行っている。また、依頼内容によっては、クライアントのライバルとなる存在のイメージを低下させる活動をすることもある。PRコンサルティング会社がターゲットとする対象は、メディアや企業、政府、個人など様々である。クライアントが組織に属している場合には、その組織自体がターゲットとなることもある。このように様々な形で利用されうるが、クライアントとなるのは企業が多く、特にタバコ業界の企業や石油会社等はよく依頼をしていることで有名だ。
また、国の政府がクライアントとなる場合もけっして少なくない。政府も企業と同様に、評判、イメージ、ブランディングを大切にしており、世界に「良い顔」を見せたいと考えている。とりわけ政府は権力と富が集中する存在として、スキャンダル、不都合な事実、違法な行動など世界での評判を落とす出来事や現象は付いて回る問題だと言っても過言ではない。そこで払拭したいイメージがあるとき、あるいは代わりに定着させたいイメージがあるときにPRコンサルティング会社へ依頼することがある。この記事では、様々なPR代行業務の中でも、特に重要となるメディアを使った国のPR戦略を中心に分析する。

米・サウジアラビア軍による共同記者会見(写真:Roderick L. Jacquote [Public Domain])
メディア戦略
では、具体的に、国家のPR戦略を代行するPRコンサルティング会社は、メディアに対してどのような活動を行っているのだろうか。まず、メディア関係者に直接働きかける前に、クライアントである政府やその政策、そして国家自体がどのように報道されているのかを調査・モニタリングする。その上で、政府によるメディアへの発信の内容や方法に手を加える。例えば、国外メディアへの対応方法について助言をしたり、プレスリリースを作成したり、ツイッター等のSNSアカウントを運営したりする。さらに、クライアント政府の立場・認識を広めるために報道向け資料、またはそのままテレビのニュースで使用できる映像などを作成し、メディアに無料で配布することもある。
その後、クライアント政府とメディア関係者をつなげる役割を果たす。例えば、国内外を問わず、政府関係者による記者会見や国際会議等のイベント、または報道機関の関係者を集めたパーティーを企画・演出する。さらに、国外からのジャーナリストを対象に個人や集団のツアーを企画することもある。国家が良く見せたい側面を強調した旅程を組み、政府関係者(場合によっては国家元首レベルで)とのインタビューの機会も用意する。政府がPRコンサルティング会社を通じてその費用を負担するのが一般的である。長期戦略の場合はジャーナリズム学部で勉強する大学生が対象のツアーを企画する場合もある。このように、現地での情報環境は一定程度コントロールされ、政府が発信したいメッセージを含む報道が「自然」と増える機会を作っていく。

左からブラウン・ロイド・ジェームズ社(PRコンサルティング会社)、ファイナンシャル・タイムズ紙、日本国連代表部の関係者たち。ファイナンシャル・タイムズ紙のパーティーにて(写真:Financial Times/Flickr [CC BY 2.0])
さらに、PRコンサルティング会社は、ターゲットとなるメディアに間接的に関与するだけでなく、より立ち入った形で直接メディアに働きかけることもある。例えば、クライアント国の立場に賛同する可能性が高い個人のジャーナリストにアプローチをし、情報提供やクライアントの立場について説明をする。場合によっては、原稿の一部を提供したり、ジャーナリストと共同で記事を作成したりすることもある。その他にもクライアント国に協力的な立場だと判断できる元政府関係者、著名人、研究者などに論説記事を書いてもらい、新聞との協力的な関係を活かし掲載してもらうケースも少なくない。極端な場合、事実無根の「ニュース」を捏造して普及させたり、あるいは報道機関の記者や編集長に賄賂を支払い、記事を新聞に載せさせているケースも報告されている。
しかし、PRコンサルティング会社は、クライアント政府と海外のジャーナリストとの「協力的」な関係ばかりを作っているわけではない。政府に批判的なジャーナリストに対するネガティブ・キャンペーンを展開させることもある。それはジャーナリストの評判を落とすための個人攻撃が多く、SNSを通じたキャンペーンもあれば、ブログや「ニュース」に見せかけたウェブサイトを作成するなど様々な手法が用いられている。
報道関係者は、PRコンサルティング会社を必ずしも信用しているわけではないが、その働きかけに応じれば、クライアント政府の関係者や、場合によっては国のトップへインタビューできる可能性が出てくるとなると、メディアにとっての利益も大きく、両者はウィン・ウィンの状態になる。また、時間に追われているジャーナリストにとっては、そのまま使える情報や原稿が提供されると楽だという側面も否めない。PRコンサルティング会社は、情報の出処を隠すために「市民運動」や「NGO」と装った組織を立ち上げることもあり、そこを通じて情報を流すと客観性・信憑性を高く見せることができ、ジャーナリストにとっても使いやすい。

PRコンサルティング会社を度々利用し、イメージ戦略に力を入れてきたルワンダのポール・カガメ大統領(写真:World Economic Forum/Flickr [CC BY-NC-SA 2.0])
自国のイメージ・アップへの取組み
自国の評判の回復・改善を図ろうとPRコンサルティング会社に依頼した事例をいくつか取り上げてみたいと思う。利用する国が数多くいる中で、特にクライアントとなるのは人権侵害を繰り返す権威主義国家である。
例えば、欧米を中心とした大国たちと長年対立したリビアのムアマル・カダフィ政権は、疎外された状態と経済制裁から抜け出そうと、2003年にテロ行為は今後行わない等と宣言し、いわゆる「国際社会」への回復を図った。同政権から依頼されたアメリカのPRコンサルティング会社であるモニター・グループ(Monitor Group)は、その「回復」を強調するために、著名な研究者やジャーナリスト等によるリビア訪問を企画した。自由な取材はできないままであったが、イメージは回復していった。
北アフリカ・中東における革命の連鎖であった「アラブの春」によって、2011年にカダフィ政権は倒れ、それと同時にシリアのバッシャール・アル=アサド政権にも揺れが生じた。デモと抑圧が激化していく中、アサド政権に依頼されていたブラウン・ロイド・ジェームズ社(Brown Lloyd James)による広報戦略が実を結び、ファッション誌のヴォーグ(Vogue)には、衝突には言及せず「砂漠に咲くバラ」というタイトルでアサド大統領婦人を称賛する記事が掲載された。しかし、同政府による過激な抑圧で武力紛争へと発展していたこともあり、その記事は裏目に出て、ヴォーグ誌のウェブサイトから直ちに削除された。

「砂漠に咲くバラ」。シリア大統領婦人に関する幻のヴォーグ記事
ルワンダを強権支配するポール・カガメ大統領もPRコンサルティング会社の力を借りつつ、長年にわたり入念なPR戦略を展開してきた。歴史的にルワンダは「ジェノサイド」というキーワードとイメージを結びつけられがちであったため、そのイメージを払拭させようと、メディアで同国の経済成長や発展している観光業・IT業界などに話題をシフトさせようとした。レースポイント社(Racepoint)を中心とした活動のおかげで、2010年にはメディアにおけるルワンダの話題は、観光、経済、民主主義に関するものが55%増加し、ジェノサイドに関する報道は11%減少した。
その他に、サウジアラビア、中国、イスラエル、エジプト、ナイジェリアなど、人権等に関して悪名高い国々も、世界での「イメージ洗浄」のために莫大な資金をPRコンサルティング会社に注ぎ込んでいる。また、民主主義が定着している国でも、特定の問題についてPRコンサルティング会社へ依頼することがある。例えば、スイス政府は、第二次世界大戦におけるスイスの役割が厳しく批判されたことに対応するため1997年にPRコンサルティング会社へ依頼した。日本政府も捕鯨問題をめぐり自国の立場を拡散させるため、ニュージーランドのPRコンサルティング会社を利用したとされている。
他国のイメージ・ダウンを図る
他方で、政府は他国の評判を落とすためにPRコンサルティング会社を利用する場合もある。その有名な事例として湾岸戦争前にクウェートが依頼したヒル・アンド・ノウルトン社(Hill and Knowlton)の活動が挙げられる。1990年のイラク侵略によって亡命政府となったクウェート政権は、イラクを追放させるためにアメリカからの軍事介入を強く求めていた。そこで、軍事介入を支持する層が薄かったアメリカの世論を転換させるため、同PRコンサルティング会社が幅広いメディア戦略を実行した。その一環として、反イラク感情を高めようと、イラク兵がクウェートの病院で保育器から多くの幼児を取り出し見殺しにしたという「出来事」を捏造した。だが、それは事実無根であり、証言した女性はクウェートの在米大使の娘だったということが後に判明したが、アメリカの世論を動かすには十分すぎる効果があったとされている。

天然ガスと石油の収益で湾岸諸国の封鎖に耐えるカタール(写真:Max Pixel [Public Domain])
同じ中東でも、2017年に始まったカタール外交危機において、サウジアラビア等と一緒にカタールを隔絶させようとしているアラブ首長国連邦(UAE)は、イギリスを拠点とするクィラー社(Quiller)へ依頼し、カタールを批判する記事をイギリスの新聞に掲載するようジャーナリストに働きかけた。その他、2015年には日本の在英大使館がイギリスのメディア等において中国への批判を促すために、ヘンリー・ジャクソン・ソサエティー(Henry Jackson Society)というシンクタンクへ依頼したとされている。
さらに、他国だけではなく、他の組織の評判を落とすケースもある。例えば、複数のPRコンサルティング会社が背景に存在する「シリア・キャンペーン」(Syria Campaign)は、シリア紛争発生以降、国連に対するネガティブ・キャンペーンを繰り広げてきた。また、2003年にイラクを侵攻・占領したアメリカは後にPRコンサルティング会社へ依頼し、アルカイダが作成したかのように見えるプロパガンダ動画を捏造させ普及させた。
改善へ?
国家のブランディングや政府の姿勢・立場を発信するためにPRコンサルティング会社を利用することは必ずしもネガティブなものではない。しかし、大規模な人権侵害や武力紛争における行動を押し隠したり、あるいは他国に対するネガティブ・キャンペーンのために利用しているという真実は暴く必要があるだろう。そしてなんといっても、世界に関する情報を入手するために人々が頼っているメディアが、そのような広報戦略に影響されているということは大きな問題である。
近年、疑わしい依頼を引き受けるPRコンサルティング会社は批判の対象となりつつある。例えば、リビアでの活動がひとつの決め手となり評判が落ちたモニター・グループは倒産に追い込まれた。また、数々の権威主義国家のためにイメージ洗浄をしてきた大手のベル・ポティンジャー社(Bell Pottinger)も南アフリカでのネガティブ・キャンペーンが暴かれて倒産した。さらに2019年に香港で何ヶ月も続いてきたデモと政府による抑圧で悪化したイメージの回復を図ろうと香港政府は8つのPRコンサルティング会社へ依頼したが、自社の評判が落ちることを懸念し、8社ともその依頼を断っている。

南アフリカのジェイコブ・ズマ前大統領と富豪グプタ家との政治スキャンダルへの関与がベル・ポティンジャー社の倒産に繋がった(写真:Discott/Wikimedia [CC BY-SA 4.0])
しかし、PRコンサルティング業界は依然として人気が高い。イギリスでもアメリカでもPRに携わっている人数はジャーナリストの人数を上回っている。アメリカではその差が広がりつつあり、現在PR業界の人数はジャーナリストの人数の4.6倍にも上っている。PR業界の方が給与が高く、メディア業界から転職する人も少なくない。
今後、メディアはPRコンサルティング会社からの影響をどこまで抑えることができるのだろうか。グローバル化が進む中、世界における役割を再確認し、信憑性の高い情報を提供しつつ、番犬の役割をしっかりと果たしていただきたい。
ライター:Virgil Hawkins
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PRコンサルティング会社が国規模の活動をしているとは知りませんでした。
私たちが違和感に気づかないまま、世論をも動かしてしまうなんて怖いなと思いました。
闇の部分も見てしまった感じです。怖いですね。
情報を受け取る私たちもしっかりとメディアリテラシーを高めていかないといけないと思いました。私が学生の頃は情報リテラシー教育はうっすらあった記憶があるのですが、メディアリテラシーの教育って無かったです。今はどうなんでしょうかね。この高度情報通信社会において、情報を収集、取捨選択する力は必須だと思うのですが・・・。背後にあるお金の流れを読むことが、その情報を正しいかどうか分析するために重要なのかなと思いました。
PRコンサルティング会社という会社の存在自体、初めて知り、驚きました。怖い。
PRコンサルティング会社に惑わされることなく、正しい情報を発信していけるメディアが増えてほしいなと思いました。
メディア業界からPRコンサルティング会社に転職する人がいるのは皮肉なことだなと思いました。