2013年4月24日、バングラデシュの首都のダッカで商業ビルが崩壊し、その中で働いていた労働者1,134人が犠牲になるという事件があった。そのビルには世界的に有名な服飾業界の企業の下請け工場も入っていた。この事件は世界中で大きく報道され、取材や調査の中で実は事故前日にビルに亀裂が見つかっており、地元警察からビルのオーナーへビルの使用をやめるように警告がされていたが、ビルのオーナーはそれを無視して工場などの営業を行い事件が起こったという背景が明らかになった。またこの建物はそもそも商業用に建設されていたものであり、工場を想定していない設計になっていたり、ビルの5階から8階までは違法に建て増しされたものであったりということも明らかになった。このラナプラザの事件によって世界的に有名な企業らが劣悪な労働環境や安価な労働力によって収益をあげているというような労働問題が浮き彫りになり、大きく報道されたため一時はファッション業界の労働問題に注目が集まった。

ラナプラザ崩壊.By rijans [CC-BY-SA-2.0]
ファッション業界における労働問題とは
それでは服飾業界にはどのような労働問題があるのだろうか。大きく2つのことが言われている。1つ目は労働環境である。その中でも特に児童労働と健康や安全性への問題、強制労働について取り上げる。国際労働機関(ILO)は世界中に1億6800万人の児童労働者がいると推測している。その中でも服飾産業はスキルがなくてもできる仕事がたくさんあり、またその多くが大人より子供のほうが向いているので児童労働が多い。それぞれの国の法律で18歳以下の子供の労働や労働時間については規定されているが、多くの場合無視されている。児童労働者の多くは家計が苦しくそれを助けるために安い賃金や劣悪な環境であっても働く。特に服飾業界は他の仕事に比べて賃金が高いが、標準以下の危険な仕事をさせられるだけではなく、教育を受けるという基本的な権利も侵害されている。また健康や安全性にも問題がある。服を作る各工程で長い間殺虫剤や鉛系の染料にさらされたり、化学物質の中毒になって、体調を崩したり、最悪死に至る例もある。IIS大学による衣服工場の調査によると、例えば布を切る工程では35%の労働者が骨格筋の不調を訴え、20%の労働者にけいれんや呼吸器障害が見つかっている。また縫製の工程では55%の労働者が骨格筋の不調、40%が頭痛のような神経の問題を抱えている。
加えて強制労働の問題もある。強制労働とは世界大百科事典によると、強制力行使や,脅迫手段の誇示など,精神や肉体の自由を奪ったうえで,自由意思に反する労働提供を強要することであり、休みが取れなかったり、昼休み以外休みなく長時間働かされたりということがある。実際に朝から夜の10時11時まで強制的に働かされるという例もある。ラナプラザの事故の少し前に首都ダッカ郊外のアシュリア地区にあるタズリーン・ファッションズの縫製工場で火事が起こり、112人が死亡、200人以上が負傷した。この時、実は労働者が帰らないように工場に外から鍵がかけられていたため、労働者は火事から逃げることができなかったのだ。このように無理やり身体の自由を奪い、長時間労働をさせている例もある。

ダッカの衣類工場.By Flickr [CC BY-NC 2.0]
もう1つの大きな問題は労働条件についてである。その中でも低賃金について取り上げる。バングラデシュでは製造業の労働者の最低賃金は月額12,718円相当(1ドル103.396円で計算)で中国の5分の1、インドの3分の1とアジアでも最低で、コストを抑えたいブランドにとっては格好の国である。それではどれぐらい人件費などのコストを抑えられているのか、1,130円のポロシャツで誰にどれぐらいのお金が支払われているのかというコンサル会社の2011年の調査がある。
この調査によると1,130円のポロシャツのコストは458円でその中の労働者に支払われる金額は10円で工場の利益の47円の5分の1強しかない。また消費者の購入金額から考えれば工場での労働者の得られる賃金はわずか0.9%しかない。いかに労働者が搾取され、ブランドが利益を出しているかがわかる。
なぜ労働問題が改善されないのか
上記のような問題が発生する背景にはブランドの利益至上主義とファストファッションブームがある。ファストファッションとは最新の流行を採り入れながら低価格に抑えた衣料品を、短いサイクルで世界的に大量生産・販売するファッションブランドやその業態をさす。常に流行に合わせて商品を変えていかなければならないので、スピードが大事である。このような市場においては安いお金で長時間働く人が大量に求められる。

衣類工場の労働者のデモ.By Sifat Sharmin AmitaCC BY-ND 2.0.
1980年代以前、服飾工場は中国に多くあり、巷でもよく「Made in China」の文字を見かけた。その後1990年代からは東南アジアのカンボジアやミャンマーに徐々に製造拠点は移され、2000年ごろから現在はバングラデシュが衣料品の輸出額世界第2位となっている。この移り変わりは衣服にかかるコストに依拠している。つまり製造にかかるコストを減らすために企業は安価で豊富な労働力がある国へ製造拠点を移しているのだ。
このように企業は低賃金労働者が豊富にいる国に行くため、供給が需要を上回っており、安い賃金や長時間労働など劣悪な労働条件であっても、労働者はそれらの条件を受け入れなければならなくなっている。また安価な労働力として児童を利用している場合もある。
このような企業の考え方から具体的に2つの理由で労働問題が解決に向かわないと考える。1つは下請け企業に丸投げするが故の透明性の欠如と追跡可能性の低さである。衣服の作成にはたくさんの工程がある。そのすべての工程を各ブランドが直接担っているわけではなく、服を作るための生地を作る企業、その生地を作るための糸を作る企業、その糸を作るために原料を作る企業という風に企業は下請け企業、そのまた下請け企業といった形で沢山の企業と関係性を持っている。その関係性は複雑で末端までたどり着くには間にたくさんの企業をたどる必要がある。だからブランドも下請けをすべて把握することがコストがかかり困難であったり、児童労働や悪い労働環境を隠したりするために下請けを非公開にしていることも考えられる。世界の有名アパレルブランド100社の製造過程の透明性のランキングによるとAdidas, Reebok, H&M, Pumaといったブランドの透明性は40%代であるが、この数字は良いほうで、40%以上は100社中8社しかなく、50%以上は1つもなかった。一方UNIQLOは20%代、Ralph Lauren, Chanel, Forever21, Lacosteなどは10%程度で、Diorに至っては0%となっている。このように多くの企業が透明性を欠いており、下請けが勝手にやったことであると主張して責任逃れをすることができる上に、工場の情報がないため政府もひどい労働環境や人権侵害、児童労働への有効な罰を作ることが難しい現状がある。
また2つ目はバングラデシュに限らず発展途上国の多くは雇用主によって労働組合の結成も妨げられており、労働組合が未発達で、力が弱いため、いくら低い賃金や劣悪な労働条件であったとしても団結して雇用主に立ち向かうこともできず、ブランドの思い通りである。
どんな取り組みが行われているのか
それでは現在これらの労働問題に対してどのような対処が行われているのだろうか。1つは海外の動きである。ヨーロッパの国12カ国の縫製産業の労働組合とNGO団体の同盟が途上国での労働条件を改善するために企業や市民に衣料業界の実態などを伝えるクリーンクローズキャンペーンというものがある。そのキャンペーンではオンラインで署名活動を行ったり、毎年ラナプラザでの事件が起こった4月24日の週のFashion Revolution Weekに#whomademyclothes(誰が私の服を作ったのか)というハッシュタグをつけてTwitterやInstagramなどのSNSで拡散したりしている。このハッシュタグは今までに約7万の投稿が行われ、1億2900万人に届いた。このように消費者側から値段や品質だけではなく、その衣服の作られる過程にも目を向ける活動が行われた。
もう1つは国内の動きである。バングラデシュのBRT大学の研究チームにより、バングラデシュにある工場を詳細情報を含めて、すべてリスト化し、マッピングするという取り組みが行われた。このことにより、一目でどこで何が行われているのかわかるようになった。
最後はブランド自らの動きである。Banana Republic, Gap, Old Navyなどは下請けのリストを詳細情報を含めて公表した。この取り組みによってこれらのブランドの透明性は44%くらいまで上がった。しかしただ公開するだけではなく、消費者、NGO、労働組合、労働者に使いやすいようにして、労働問題の現状を実際に変えていくことが大事である。このような透明性を上げる活動を行っている企業は極めて限定的であり、この取り組みを全ブランドに広げることが大事であろう。また最初から労働者の生活を考えた上で綿花などの原材料を適切な値段で買うフェアトレードや衣類の製造過程において雇用主と労働者が同じ立場で労働条件を定め、搾取をしないフェア労働で服を作るブランドもある。例としてはPeople TreeやFair Wear Foundationがある。
このように国内外の働きかけによってブランドも少しずつ重い腰を上げだしている。しかし統計を見てもわかるように各ブランドが自社の製品に責任をもって児童労働や強制労働、不当な労働条件をなくすにはまだまだほど遠い。ブランドに圧力をかけ、改善を促すためにも、私たち消費者が衣類を買う際にもっと世界の労働問題に思いを馳せることが大事な一歩になるだろう。

Fashion Revolutionによるキャンペーン.By greensefa [CC-BY-2.0]
ライター:Sayaka Ninomiya
グラフィック:Sayaka Ninomiya/Yusuke Tomino
服飾産業の問題は私たちが頻繁に購入するような安価なブランドばかりに集中していると思っていましたが、必ずしもそうではなく、値段の問題でもないことがわかりました。
記事中で例に上がっていた「People Tree」のサイトを見てみましたが、やはりいつも購入するブランドと比べると価格が高く、手が出しにくいと感じました。しかし、本来はそれが正しい価格であるはずです。服の買い方について少しずつ自分の欲と向き合っていこうと思います。
ポロシャツで誰が利益を得ているか、というイラストが大変わかりやすかったです。
あまりにも安価な衣服の裏にはやはり人々の犠牲があることを実感します。
諸外国では、サプライチェーンにおける人権を保護する動きも見られますが日本ではまだ進んでいない印象です。そこにはどのような違いがあるのでしょうか?