2016年フランス、1年間で10,000人のロマと呼ばれる人々が、当局によって、住居としていた違法キャンプから強制的に追い出されたという報告があった。その多くは冬に行われ、代替の施設もないまま退去させられた人の多くは、適切な宿舎もなくホームレス状態になっているという。違法キャンプに暮らす場合でも、大半のロマが水、電気へのアクセスがほとんどできない厳しい状況で暮らしている。しかし、このような状況は、フランス一国だけではなく、ヨーロッパに広がっている大きな問題である。ロマとは誰で、どのような状況にあるのか見ていきたい。
ロマとは誰か?
ロマは現在、ヨーロッパに多く住んでいるが、他にも、アジアの一部に、北アフリカに、アラブ中東諸国に、そして南北アメリカに暮らしており、そのほとんどは定住化しようとしている。人数は、多くの国で彼らが正式な市民として登録されていないことも多く、正確な数字は分かっていないが、ヨーロッパに1,000万人~1,200万人いるだろうと推定されている。また、ヨーロッパの中でも、ルーマニアなど東欧に多く住んでいる。呼称に関しては、広く「ロマ」や「ロマニ」という風に呼ばれることが一般的である。「ジプシー」という呼称は、長い歴史の中で差別的意味を込めて使われた経緯があり、現在では原則使わないようになっている。

Council of Europe Roma and Travellers Team の2012年時点のデータを元に作成
ロマの歴史的経緯
ロマの現状を理解するには、彼らの歴史を知る必要がある。ロマの起源は、諸説あるが、北インドのパンジャブ地方であることが定説となっている。また、ヨーロッパに来た時期についても、意見が分かれているが、およそ8世紀から10世紀ごろだと言われている。ロマは、ヨーロッパに移動してから、多くの国で、過酷な扱いを受けることになる。まず、多くのロマが、ルーマニア、ハンガリーで、宮廷や教会、地主などによって、奴隷として搾取されることになった。このような奴隷制度は、ルーマニアでは、19世紀後半まで続いた。また、スペイン、ポルトガル、フランス、ドイツのような国でも、排除政策の対象になった。そして、20世紀に入ると、ナチスによる大虐殺を経験することになる。ロマの人々も、ユダヤ人と同様に、遺伝的に劣る存在とされ、ヨーロッパにいる80万人(推定値)の生命が奪われたと言われている。このようにロマは、歴史的に苦しい立場を経験してきた。しかし、これは過去の話では決してない。欧州連合(EU)の設立、その後の東方拡大以降、ロマの待遇の改善が図られたが、現在でも、ロマの貧困・差別は依然として残っている。

ロマの住居(セルビア) Mustafa Skenderi/flicker [CC BY-NC-SA 2.0]
雇用
ロマの深刻な問題として、まず雇用が挙げられる。ロマは、歴史的に労働市場から締め出されてきたことに加え、ソ連崩壊によって、多くの人が仕事を失ったという悲劇もある。また、このような失業した家庭で生まれてきた子供たちは、低い教育レベルと限られた職業スキルしかもたない親のもとで育つため、負のスパイラルが続いてしまう。「EU-MIDIS Ⅱ(※1)」によると20歳から60歳の中で、EU全体の賃金労働率が70%であるのに対して、ロマの人々の賃金労働率は30%にとどまっている。また、若い世代の雇用状況を見てみても、16歳から24歳までのロマの女性の中で、72%の人が、仕事をもっておらず、現在教育も受けていない状態にある。男性も、55%となっており、多くのロマが失業状態にある。
EU-MIDIS Ⅱを基にデータを作成
教育
よりよい仕事にめぐりあうには、教育を受け知識や専門性をもつことが優位に働くが、教育においても問題は広く横たわっている。何らかの公教育の修了したことがあるロマの割合は、改善傾向にあり、16歳~24歳の割合はほとんどの国で90%を超えているものの、ギリシャでは、まだ42%の人が修了していない。また、4歳から公教育を受けるまで、53%の人しか、早期教育を受けていない。これは、9ヵ国全ての国で、国民の早期教育率が70%は超えていることと比べると大きな差がある。それに加え、ギリシャ、ブルガリア、ハンガリー、スロバキア、チェコなどの国では、「別離教育」が問題になっている。これは、ロマの人々は、貧困が蔓延している地区に集団で暮らす状態になることが多いため、自然に、教育環境が脆弱な同じ学校に通うことになることが1つの原因となっている。また、教育の現場などで、差別の意図をもって、知的障がいを抱える子どものための養護学校にロマの子どもを入れてしまう場合もある。例えば、アムネスティインターナショナルによると、2014年時点で、チェコにおけるロマの人口は3%未満にも関わらず、軽度の知的障がい児のための学校・クラスで学ぶ生徒のうち、30%以上がロマの子どもたちとなっている。

ロマの子どもたち ©Amnesty International
住居
労働・教育の他に、住居の問題も深刻である。ロマの生活環境は非ロマと比べてずっと悪い。これは、冒頭で述べた強制立ち退きの問題も一因となっている。統計的には、ロマの人々が、トイレ、シャワー、浴槽のいずれかがない住居で暮らしている割合は、平均で46%にのぼっている。特に、ルーマニア、ブルガリアでは、それぞれ82%、65%となっている。また、水道水がない住居で暮らしている割合は、平均30%である。これも、ルーマニアでは、67%となっており、群を抜いて高い。また、ある報告書 は、都会に住むほとんどのロマは、隔離された地域に密集して住む傾向にあると指摘している。この傾向は、福祉サービスや、雇用、教育の面で、他から孤立してしまう危険性を生む。生活環境の悪化は、身体の健康だけではなく、薬物やDVなどの心の健康の悪化にもつながる早急の課題である。
EU-MIDIS Ⅱを基にデータを作成
なくならない差別
ロマの中には、「ジプシー」や「犯罪者」という偏見に耐えている者もいる。彼らは、仕事を見つけようとするとき、レストランに入るときなどで差別を受けることがある。また、警察に不当に扱われたり、ネオナチから迫害されたりする場合もある。統計的に見てみても、ロマに対して否定的な意見をもっている人々の割合は、82%(イタリア)、67%(ギリシャ)、64%(ハンガリー)、61%(フランス)と過半数を占める国も少なくない。そして、人々のロマに対する差別意識が根強く残っているため、ロマの保護政策に一般的な賛同を得にくく、ロマの待遇改善を阻害してしまうこともある。例えば、2016年10月、ブルガリアでは、9%のロマの人しか、中等教育を受けられておらず、3分の1の人が完全な貧困状態にあるとして、ブルガリアの教育大臣が700人のロマの高校生に奨学金のプログラムを始めると述べたところ、国中で、抗議が起きるという 出来事があった。
このように、歴史的に生まれたロマの貧困・差別は、現在でも依然と残っている。EUは現在、補助金を出して、住居の提供などのロマの支援を実施している。しかし、問題の規模が大きく、社会全体がロマへの偏見をなくし、解決へと取り組まなければ、この負の連鎖を断ち切ることはできないのではないだろうか。

ロマの子どもたち Dominic Chavez/ flicker [CC BY-NC-SA 2.0]
(※1)EU-MIDIS Ⅱ
EUが2016年にブルガリア、クロアチア、チェコ、ギリシャ、ハンガリー、ポルトガル、ルーマニア、スロバキア、スペイン の9ヵ国を対象に行った調査。この9カ国で、EUに住むロマの約80%を占めている。特に、明記がない統計は、これを参考資料にしている。
ライター:Teppei Oyama
グラフィック: Hinako Hosokawa
ロマで民族を表わさない。ロマニーで民族名である。ロマニー人やロマニー民族が正しい。