「ナイル川は湖となり、・・・ナイル川は我々のものだ。」2020年7月22日、エチオピアのゲドゥ・アンダルガチョウ外務大臣自身がツイッター上でこのようにツイートした。この発言はナイル川に建設されているダムに関連したものである。そのダムはグランド・エチオピアン・ルネサンス・ダム(Grand Ethiopian Renaissance Dam)という名前の頭文字をとってGERDと略される。完成が近づくこのダムはアフリカ最大の水力発電事業も兼ねた、世界で8番目に大きいダムとなる。しかしエジプトなどの周辺国との対立の原因にもなっている。
7月上旬、そんなGERDに水がたまっていることが衛星写真によって確認された。また、先ほどのエチオピア外務大臣がツイートをした前日にはエチオピアのアビー・アハメド首相が初年度分の貯水は完了したと声明を出し、波紋を呼んだ。一体、なぜ波紋を呼んだのか。どうしてエチオピアはダムの建設に関して、エジプトをはじめとする国々と対立しているのだろうか。

2020年7月、水がたまり始めたGERD(写真:Hailefida/Wikimedia [CC BY-SA 4.0])
ナイル川に建設されているGERD
アフリカ東海岸を南から北にかけて流れるナイル川は、長さ6,650キロメートルもある世界最長の川である。主としてエジプト、スーダン、南スーダン、エチオピア、ウガンダを流れておりタンザニア、ルワンダ、ブルンジ、ケニア、コンゴ民主共和国もその集水域を構成する。その支流は、エチオピアのタナ湖を源流とする青ナイル川と、ケニア・ウガンダ・タンザニアに囲まれたアフリカ最大の湖であるヴィクトリア湖を源流とする白ナイル川の2つである。本記事でとりあげるGERDはエチオピアの北西部、スーダンとの国境付近の青ナイル川に位置する高さ145m、長さ1,708mの貯水式のダムであり、貯水池の容量は推定で74 立方キロメートルにも及ぶ予定である。ナイル川にはすでにエジプトやスーダンが所有するダムはいくつか存在するが、GERDは完成すると容量としてはエジプトのアスワン・ダムに次ぐ大規模なダムとなる。2011年から建設が開始されたGERDは2020年7月の時点でその全体の74%が完成している。建設にかかる予算はおおよそ45億米ドルにものぼり、そのほとんどは国の税金や国債でまかなわれている。
ダムを建設することによるエチオピアの最大の狙いは、電力である。現在、半数を超える国民が電気のない暮らしをするエチオピアにおいてこのダムでの水力発電は6,500万人以上に電気の供給を可能にする、と政府は主張する。また発電後、余った電力はスーダンを初めとしてケニア、ジブチ等のアフリカ諸国へ輸出され、これによりエチオピアはアフリカ最大の電力輸出国になるとともに、外貨の獲得による国の経済成長を目指している。2023年にはその発電量は最大に達するといわれている。
また、エチオピアでは雨季と乾季の雨量の差が激しく、持続的水資源をもたない生活に悩むエチオピアの60%を超える人々に、このダムは安定した水の供給をもたらすとされている。さらに、内陸国であるエチオピアが農業ほど力を入れてこなかった漁業へため池を活用することも期待されている。
エチオピアの威信をかけたこの国家一大プロジェクトは、異なる民族が居住するエチオピアに民族を超えた団結をも生み出している。その動きはSNSにも広まり、ハッシュタグを利用したキャンペーンも存在する。主に流行っているのは、#itsmydam(私のダムだ)や#EthiopiaNileRight(エチオピアのナイル川の利権)といったタグであり、前者はこの記事の冒頭で引用したエチオピアの外務大臣の他のツイートでも使用されている。これらのSNSを介した動きは国を超えた後押しにもつながっている。
エジプトの懸念
エジプトは古くからナイル川と共に発展してきた国で、水の供給の90%をナイル川に依存しており、中でも約57%はエチオピアを源流とする青ナイル川から供給を受けている。そのため、エチオピアによるGERDの建設によって、自国への水の供給量が減少することを懸念している。いまだ人口増加が続くエジプトにとっては、水は国民の命を握る重要な資源である。また、GERDの建設によりエジプトのアスワン・ダムの貯水や水力発電の発電量が減少するという影響もあるのではないかという懸念もある。
エジプトはナイル川のダム計画に対して、そもそもナイル川の取水権はエジプトのものであるという主張の下、エチオピアを激しく非難してきた。歴史を遡ってみると、エチオピアは1902年に、当時エジプトならびにスーダンを実質上、統治していたイギリスとのあいだで結んだ条約において、スーダン政府との合意がある場合を除いて、ナイル川の流れを止める工事や建設は禁止すると互いに約束している。これに対して、エチオピアはダムの建設はナイル川の流れは止めていないため、条約には違反していないと主張する。
また、1929年にイギリスとエジプトが結んだ水利協定の中でエジプトの水の利用に影響を与えるような河川開発に対して拒否権を保持することを、1959年のスーダンとの水利協定の中で蒸発する分を除いたナイル川の年間水量はエジプトとスーダンで二分することをそれぞれ定めた。そしてこれらの協定をもとに、エジプトはナイル川に対する自国の歴史的権利を主張しているが、エチオピアはその両協定に加盟しておらず、それらの協定に拘束力はないと反論してきた。
エジプトはナイル川へのダム建設を考える国に対して歴史的に強硬な姿勢をとってきている。これは1979年に当時の大統領だったアンワル・アッ=サーダート氏がアメリカの仲介の下、イスラエルと和平を結んだ後に残した「エジプトを再び戦争に向かわせる唯一の問題は水である」という言葉にも見てとれる。今回のエチオピアによるダム建設の計画に対しても交渉を通じて解決すると強調しながらも、軍事衝突も辞さない姿勢をとってきた。
間接的にもその対立の結果が現れている。エチオピア国内にある反政府抗議行動や武装反乱をエジプトが支援したとしてエチオピアに非難を受けたが、エジプトはこれを否定している。また、エチオピアの隣国でありエチオピアとの関係が良好でない南スーダンへの武器輸出の動きは事実として存在する。さらに、エジプト政府との関連は確認されていないが、エジプトのハッカーによるエチオピア政府のウェブサイトへのサイバー攻撃も発生している。このたびのエチオピアのダム計画がいかにエジプトにとって受け入れがたいかが伺える。

エジプトを流れるナイル川(写真:Sam valadi/Flickr [CC BY 2.0])
影響は2国間にとどまらない
GERDに関する議論にはエチオピアとエジプトのみならず、スーダンもたびたび参加している。 というのも青ナイル川はエチオピアからスーダン、エジプトへと流れており、エチオピアよりも下流に位置するスーダンも、このダム開発問題に関する影響は免れ得ないからである。1,600キロメートルを超える国境をエチオピアと共有しており、国境をめぐる問題でエチオピアとの対立もある。スーダンは、先に述べた1959年の水利協定でエジプトとナイル川の水を二分することを約束しており、ダムの建設によって水の供給量が減少することを懸念して当初はダムの建設に反対していた。
しかし、水力発電による電力を得られること、不規則な水の流れを管理することで洪水の発生を回避できること、といった自国に対する利益を鑑みて賛成の立場をとり、対立するエジプトとエチオピア双方を結びつける役割を担ってきた。しかし、2020年6月にスーダンが国連安全保障理事会に送った文書では、エチオピアはいまだ多くの課題を残している、と貯水開始に対する懸念を示し、3カ国の合意に至るまではエチオピアのダムへの放流は認められないと主張し、エジプトと見解を一致させている。
また、エチオピアとエジプトの対立は北アフリカ、中東を含む地域の外交上の文脈からも切り離せない。この地域では勢力圏や政治、宗教などをめぐり様々な亀裂が存在する。主に、サウジアラビア、UAE、エジプトが互いに力をあわせ、カタールやトルコなどと対立してきた構図になっている。実際にシリア、イエメン、リビア、カタールなどではその争いがみられている。エチオピアはこれらの争いの中で、中立の立場を維持しようとしてきた。これまではその中立の立場を活かし、その恩恵としてサウジアラビアやUAE、カタール、トルコなど両側の国々からの投資や支援を受けてきた。しかし、このたびのGERDに関して、エジプトとの対立が深刻になればなるほど、いままでエチオピアが保ってきた中立の立場は維持することが難しくなることも予想される。
エチオピアに残っている課題
GERDダムの開発については、上に述べたような関係国との問題だけでなく、ダムの計画や運営についての問題点も指摘されている。エチオピアはGERDダムの計画に際して、気候変動や降雨パターンの変化による影響を十分に考慮しておらず、過去の気候状況と比較すると、このダムの計画はエチオピアが描いていたような成果は得られないと主張する声も存在する。エチオピアにおいて降水量が大幅に減少した際に、常時よりも取水量が増加した場合、エチオピアよりもナイル川の下流域に位置する国へどれほど水を流せるのか、といった心配がある。また、過去にはダムの規模に関しても指摘する声があった。エチオピアの計算した流量は乾期と雨季との差を十分に考慮しておらず、大容量のダムに十分な貯水が出来ないため、見積もっている3分の1ほどの発電量にとどまるという調査報告が過去にあった。

アディスアベバの町中に掲げられたエチオピアの国旗(写真:John Iglar/Flickr [CC BY-SA 2.0])
資金面でも課題は残る。他国や国際機関からの圧力を避けるため、外部からの資金援助に頼らない姿勢を一貫して崩さないエチオピアであるが、政府の予算や発行する国債だけではまかないきれず、足りない分を民間企業や公務員にも国債を購入してもらう作戦にも出た。場合によっては人々の愛国心に訴えかけ、場合によっては圧力をかけ、多くの企業や個人に国債を購入させようとした。この働きには国営メディアも一役買った。その結果、少々厳しい思いをしても国債を購入する人は少なくなかった。しかし、膨らんだ予算を含め巨額の資金をダムプロジェクトに費やしたことが経済への負担となり、大きな債務を抱えている。今後の課題としては、ダムにおける水力発電によってどれほど経済を活性化できるかが注目される。
交渉とダムのゆくえ
2011年にはじまったこの計画であるが、当初から計画を少しでもはやく進めたいエチオピアと、ダムによる自国への被害を阻止したいエジプトという構図はほとんど変わっていないといえる。ただエジプトとスーダンはやみくもにエチオピアの計画を否定しているわけではない。2014年にはエジプトとエチオピアの間で、2015年にはスーダンも加わった3カ国の間で、合意文書が署名された。その文書は、ダムよりも下流に位置するエジプトやスーダンに与える悪影響を軽減し、ナイル川の水を公平かつ合理的に利用する限りにおいてはGERDプロジェクトを認めるといった内容のものであった。
しかし、下流への影響に関する技術調査は十分には行われず、2017年には交渉が決裂した。下流への影響について具体的に述べると、ダムの貯水にかける期間があげられるが、エチオピアがわずか5~7年で貯水を完了させると主張するのに対して、エジプトは影響がより緩やかな12年以上を見積もるべきだと主張する。また、貯水中あるいは完了後においてもエチオピアが干ばつに見舞われた場合、下流への流入量がどれほど確保されるのか、あるいは貯水完了後は下流域も十分な水を得られるのかといったものである。また、エジプトとしては、アスワン・ダムへの影響も心配され、運営において両ダムとの間の調整が必要だとみられる。しかし、これらに関して上記のようにエチオピアとエジプトの主張はあわず合意がとれないままだった。

GERD関連では強硬な姿勢をとるエチオピアのアビー・アハメド首相(首相:Stortinget/Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
2020年に入り、アメリカの財務省と世界銀行の仲介の下、ワシントンD.C.においてエチオピアとエジプトの話し合いの場が設けられたが、エチオピアはダムに関してエジプトの承認も求める義務はないとして交渉は破綻した。そこからこの問題は、エジプトによって国連安全保障理事会やアフリカ連合(AU)にも持ち込まれたが、最終的な解決は当事者である3カ国間に委ねられている。
そして、エチオピアの貯水開始に対するエジプトやスーダンの合意が得られないまま7月に入り、完成に近づくダムに水が貯まり始まった。エチオピアはダムの増水はあくまでも、雨期の降水によるものだとしながらも、一方で外務大臣のツイートではGERDが始動しつつあることがほのめかされている、とも受け取れる。エジプトやスーダンがいくら反対の姿勢を示しても、ひとたびダムが稼働してしまえばなす術はないように思われるが、今後の運営に関してはエジプトやスーダンが納得するような合意に到達できるのか。
気候変動や人口増加による水不足の影響はいまやこれらの国に限った問題ではない。人類が生き続けるためには必要不可欠であるこの「水」に関する争いがどのような着地点へと向かうのか、これからの動向を見守りたい。
ライター: Rioka Tateishi
グラフィック: Yumi Ariyoshi
周辺諸国との複雑な関係性がよく分かりました!またダムの建設予算の話で、エチオピアが中立の立場をとることから、企業や個人にも国債を買わせることがあるというのは驚きでした。
エジプトとエチオピアが、ナイル川の問題で対立しているという話ははじめて聞いたのでとても興味深いです。ダムができることで国家間の関係性がどのように変わるのか、これからも注目してみていきたいと思いました。
ダムの建設をめぐって、エチオピア・エジプト・スーダンなどが対立していることを初めて知りました。この地域のダム建設をめぐる対立の解決だけでなく、気候変動などによって引き起こされる水不足についても考えなければならないと思いました。
エジプトはナイルの賜物というヘロドトスの言葉を思い出しました。やはり、古くから恵みをもたらすものは、争いの種にもなるものなのでしょうか。