人々が暴力と貧困に苦しまなければならない状況におかれるのは、戦争地域に限ったことではない。中米北部三角地帯では1日に3件は殺人事件が起きているとされている。インサイトクライムによれば2016年、人口10万人当たりでエルサルバドル81.2人、ホンジュラス59.3人, グアテマラ27.3人にも人が殺害されている。

インサイトクライムのデータを元に作成
また、この地帯に住む約60%が貧困状態にあると推定されている。2016年の1人当たりの名目GDPはエルサルバドル4,227米ドル、グアテマラ4,070ドル、ホンジュラス2,609ドルで、経済協力開発機構(OECD )加盟国平均(38,883ドル)の約10分の1程度である。世界銀行によると、1日1.9ドル以下の絶対貧困ラインで暮らす人々の割合は、エルサルバドル3.0%、グアテマラ9.3%、ホンジュラス16%で、深刻な貧困状態にある人の割合も高い。なぜ、中米北部三角地帯は暴力と貧困の温床となってしまったのだろうか。中米北部三角地帯に住む人々がおかれてきた状況と今現在おかれている状況についてみていきたい。
植民地とモノカルチャー経済
エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラスの3国 はコロンブスがアメリカ大国に到達した16世紀からスペインの植民地となった。植民地以前はマヤ文明やアステカ帝国が栄えていたが、スペインの侵略により、高価な資源などこの地域の富の多くが搾取されるようになった 。その後、現在の3国とニカアグラ、コスタリカを含んだ地域がグアテマラ自治領となった。19世紀前半、グアテマラ自治領はスペインから独立を果たしたがすぐにメキシコ帝国に支配された。1年もたたないうちにメキシコ帝国は崩壊し、その後中央アメリカ連邦共和国となった。しかし、保守主義派と自由主義派の対立により約15年で中央アメリカ連邦共和国も崩壊し、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラスの3国へ分離独立した。
今日まで続く貧困の原因の一つとして19世紀後半から始まったアメリカの大企業による大規模プランテーションが挙げられる。19世紀後半から、3国にアメリカの大企業の大規模プランテーションが置かれた。湿潤で肥沃な土壌が農業に適していたからである。結果、バナナやコーヒーのモノカルチャー経済となってしまった。先進国に安く輸出するために先進国に必要なものをだけを作り続けなければいけない状況で、人々は自給能力を失っていった。自給能力を失い、人々の主食を生産していた農地はバナナやコーヒーの農地へとってかわられてしまい、人々の飢餓の原因となった。確かに、プランテーションによって人々の雇用は確保されたが、劣悪な環境で極度に安い賃金で長時間働かなければならなかった。また、多くの人がプランテーション運営に従事しなければならなったので、工業などの他の産業が発達しなかった。また、プランテーションを経営している企業がアメリカ政府と連携して3国に政治的な干渉をしているという側面もあった。独裁政権の維持を支援してもらうことの見返りに、プランテーション経営に都合のよい法律を制定するという、いわゆる「バナナ共和国」状態であった。

プランテーションの日雇い労働者たち エルサルバドルとグアテマラの国境付近 IM Swedish Development Partner/Flickr[CC-BY-NC-ND 2.0]
冷戦の影響で激化した反政府戦争
富や権限が地主やその他の経済エリートなど一部の人間に握られ、人々の中には階級社会的で民族主義的な貧富の差に対する反抗が高まっていた。そんな中、1959年に隣国キューバで革命が成功し社会主義国家が誕生した影響を受けて、1960年からグアテマラで、1972年からエルサルバドルで反政府の戦争が始まった。ちょうどそのころ、世界は社会主義を掲げるソビエト連邦と資本主義を掲げるアメリカ合衆国が対立する冷戦状態であった。双方の国が世界の国々を自国陣営に組み入れようと陣取り合戦が行われており、エルサルバドル、グアテマラでの戦争にも両国は軍事、物資支援という形で干渉した。2つの大国の支援により戦争は長期化し、多くの人々が犠牲となり、また国を追われた。ホンジュラスでは戦争自体は起きなかったが、隣国グアテマラでの戦争やニカアグラでの戦争時にアメリカが反共産主義陣営の大きな軍事基地を置いたことで、多くの市民が兵士として戦争へ借りだされた。
この一連の戦争によって、多くの人が難民となり中米北部三角地帯からアメリカへと逃げていった。20世紀後半の冷戦の終焉とともに、エルサルバドルとグアテマラでの戦争は終わった。アメリカ、ソ連の支援により戦争は激化したのにもかかわらず、和平協定後双方この地域から手を引いてしまい、破壊されつくした町だけが残された。3国には、戦争で使われた武器と兵士という役目が終わった無職の人々であふれかえってしまった。大国からの支援がなくなった国には、国を立て直す力もなかった。政府の統制が弱く貧困が蔓延する地域で、無職の人々が簡単に武器を手に入れられる状況は、後に述べるギャングや国際犯罪組織がこの3国で力をもつことにつながる。
冷戦後に残った課題
冷戦による介入がなくなった後も、地主や政府関係者など冷戦期に大国とつながりをもっていた人々に政治力、経済力は集中したままであり、民主主義は機能せず、腐敗も蔓延している。自国で起きている犯罪や暴力への対処もままならず、正規雇用の仕事に国民が就けるような経済政策も行えていない。3国で起きた殺人事件の約95%が検挙されないまま闇に葬られてしまっている。政府機関は汚職にまみれている。税関の職員は麻薬密輸に加担しているものも少なくない。市民を守るべき警察官の中にも市民を脅しお金を奪うものもいる。

政治腐敗に抗議するデモ ホンジュラスrbreve/Flickr [CC-BY-NC 2.0]
また、国際麻薬貿易という外からの脅威にもさらされている。政治が機能していない3国は、国際犯罪組織にとって非常に都合のよい場所である。中米北部三角地帯の人々を悩ませているのとして、国境を越えて活動する国際犯罪組織と地方に拠点を置いて活動するギャングの2つがあげられる。
2つの悪(その1):国際犯罪組織
中米北部三角地帯は、メキシコを拠点に置く国際犯罪組織(セタス/Zetasなど)の麻薬密輸の経路になってしまっている。コロンビアで生産されたコカインが中米北部三角地帯を通って、主な消費者であるアメリカ合衆国へ密輸されている。国際犯罪組織が活動する地域では、コカインを貯蔵する倉庫として住民の家が使われている。多くの住民が家を没収され、移住を余儀なくされた。村の若者は、組織に入ることを脅迫されている。また、麻薬密輸の経路では、殺人率が高くなる。以下のホンジュラスにおける麻薬経路と暴力の発生率の図からみると明白である。麻薬経路では国際犯罪組織が一帯支配しており、政治は機能していない。多くの住民が日々危険にさらされている。

デューク大学のデータを元に作成
2つの悪(その2)マラスの存在
この地帯の人々を悩ますもう一つの存在がマラス(Maras)とよばれる地域に拠点を置いて活動するギャングである。マラスは主に人々を恐喝しお金を奪いとることで活動資金を調達している。ホンジュラス反恐喝部隊(National Anti-Extortion Force)によると、エルサルバドルで3億9,000ドル、ホンジュラスで2億ドル、グアテマラで6,100万ドルが年間の脅迫による被害額と推定されている。こんなにも巨額のお金がギャングへと渡ってしまっているのだ。恐喝によって手に入れたお金を警察官や裁判官に賄賂として渡したり、弁護士を雇う資金にしたりもしている。また、子どもや若者はグループに入ることを脅迫され、若い女性は卑劣な性暴力の対象となるため、多くの人々が移住を余儀なくされている。最近のホンジュラスでは、子供たちが通う小学校を舞台にこの2つのグループの銃撃戦が行われた。子どもたちは安心して学校に通うことができていない。
地域によって様々なグループが存在し、この勢力争いに一般市民も多く巻き込まれている。中米北部三角地帯で勢力を持っている2つのグループがMS-13(Mara Salvatrucha) とM-18(the Eighteenth Street Gang)である。MS-13とM-18の勢力争いは熾烈なものだ。勢力争いの一環として、人をどれだけ殺したかが競われることもあり、多くの人々が犠牲となっている。

武器解除の公開イベント エルサルバドル(Departamento de Seguridad Publica OEA / Arena Orte /Flickr [CC-BY-ND 2.0]
政府もギャングに対する取り組みを進め始めており、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラスの3国は協力してギャングに対抗することを発表している。成功例もある。2012年にエルサルバドルで政府の介入によりギャング間の停戦が18カ月間実現したが、その間殺人率は40%以上も減少した。また、企業などにより、元ギャングメンバーに対して社会復帰を促すプログラムや貧困に苦しむ若者がギャングに入ってしまわないように就職支援するプログラムも多いとは言えないが増えてきている。
中米北部三角地帯では、暴力と貧困が負の連鎖をおこしている。人々が安心して暮らせるようになるには、暴力と貧困の両方を断ち切らなければならない。近年少しずつ、政府や人権団体や国際連合などの国際機関による取り組みが始まっている。一般市民が直接的にできることはたくさんないのかもしれないが、一般市民が日々の生活の中でできる取り組みの一つとしてフェアトレードがあげられる。3国の主要な生産品を適正価格で購入することが、3国の経済成長を促すことになるからだ。中米北部三角地帯の人々が安心して暮らせる日が来ることがそう遠くはないことを願っている。

街並み エルサルバドル Milosz Maslanka/Shutterstock.com
ライター:Satoko Tanaka
グラフィック:Hinako Hosokawa/Miho Horinouchi