地球の面積のうち7割を占める海。そのうち多くは公海と呼ばれ、多くの国家や企業が多様な活動を行っている。それゆえに、海に関する国際的な問題や事件が、実はたくさん起こっている。人類共通の資源ともいえるべき海で起こる問題について、報道機関は私たちにどのように報道を行っているのだろうか。本記事では、海洋に関する日本の報道について探っていく。
海の憲法
本題に入る前に、そもそも公海とはどのような水域なのかを確認しておこう。海に関する様々な規則を定めた、「海の憲法」とも呼ばれる国連海洋法条約によると、公海とは、あらゆる国の排他的経済水域や領海を除いた水域を指している。排他的経済水域や領海とは異なり、公海そのものに対していかなる国家の主権も及ばない。したがって、公海においてすべての国は、他国の権利に妥当な考慮を払う限りにおいて、自由に活動することが認められている。しかしながら、排他的経済水域と公海との境界について、国家間で争いが起こることがしばしばある。また、こうした特徴をもつ公海において、多くの国家が「公海自由の原則」に基づいて多様な活動をすることにより、公海において国際的な様々な問題が生じているのだ。次の段落で詳しく検討してみよう。
海の環境問題
海では多くの環境問題が起こっており、国際的にも様々な取り組みがなされている。例えば、海面上昇がこうした問題の一つだ。温暖化の影響によって海の水温や気温が上昇しており、このことによって南極やグリーンランドの氷河が溶け出して海面上昇が起こっている。2014年には、1993年に衛星による記録が始まって以来最高の水位に達しており、1993年に比べて約6.6cmも上昇した。現在も、毎年約3.2mmほど海面が上昇し続けているという。また、小さな島国において、海面上昇の影響は甚大なものである。数百の島からなる国、ソロモン諸島では、すでに海面の上昇や浸食によって5つの島が消失した。また、島が沈むまでは行かなくても、海面の上昇によって農地や生活環境が破壊され、島民が移住を余儀なくされた島もある。海面上昇の影響は、島国だけでなく各国の沿岸地域にも及んでいる。海面上昇によって、嵐の際に洪水や高波による被害を増大させること指摘されている。こうした環境問題は、もはや私たち人間の手ではどうしようもできない段階にまで進んでいるのかもしれない。近年の研究では、たとえ気候変動を抑えることができたとしても、もはや海面上昇を止めることはできないと報告するものもある。

溶け出す北極の氷 写真: Christopher Michel / Flickr [CC BY 2.0]
海における国際的な問題は、温暖化だけにとどまらない。海の汚染問題も深刻化しており、国際的に注目されている。毎年1,000~2,000万トンものごみが海へ捨てられているといわれている。このうち大部分をプラスチックゴミが占めている。海全体に存在するプラスチックの破片は26万9,000トンにものぼると推定されている。こうした、海に浮遊するプラスチックは目に見える大きさのものだけではなく、「人魚の涙」とも呼ばれる、非常に小さなマイクロプラスチックも含まれている。このマイクロプラスチックの発生源はさまざまである。石鹸や歯磨き粉、あるいは化粧品などに含まれたマイクロプラスチックが海に運ばれているのが原因である他、海に捨てられた大きなプラスチックゴミが波に揉まれることによって小さくなり、マイクロプラスチックとなる場合もある。このようなプラスチックなどのゴミを鳥や魚が誤って食べてしまうことで、海洋生物の生命が直接的に危険にさらされている他、マイクロプラスチックを食べた植物プランクトンなどが食物連鎖によって他の海洋生物の体内に取り込まれていくことも問題視されている。
海の汚染原因はプラスチックゴミだけではない。油汚染による環境問題も海洋の重要な課題であろう。油汚染というと、多くの人が船舶の事故による石油流出を想像するだろう。しかしながら、このような事故を原因とする石油流出は、油汚染問題のわずか10%しか占めていないのだ。油汚染の最も大きな原因は、使用済みのガソリンや産業廃棄物などに起因する、陸上からの油の流出であるといわれている。こうした油汚染も、プラスチックによる汚染と同じく海洋生物に悪影響を与えるのだ。

砂浜に流れ着いたゴミ 写真: The Photographer / wikimedia commons [CC BY-SA 3.0]
汚染問題だけでなく、過剰漁業によっても海洋の環境は脅かされている。現在、漁業を持続可能に行うために必要とされる漁船の数の、およそ2~4倍もの漁船が漁業を行っていると推定されている。なぜこれほどの過剰漁業が行われるようになったのだろうか。原因の一つとして、漁業に対する規制の少なさがあげられる。公海においては特にこの傾向が顕著にみられる。また、違法漁業も原因であるといわれている。毎年100億ドルから240億ドルにのぼるとみられる違法漁業が行われていると推測されているのだ。こうした過剰漁業が行われることによって、マグロなどの海洋生物が絶滅の危機に瀕しているのだ。また、食物連鎖の上位層に位置するマグロなどの生物が減少することによって、海洋生物のバランスが乱れ、結果として食物連鎖の下位に位置する小さな生物たちも減少してしまうことや、海藻やサンゴ礁などの成長の妨げになってしまうことも危惧されている。

市場に並ぶ大量のマグロ 写真: Stewart Butterfield / Flickr [CC BY 2.0]
海の安全保障
公海上の安全保障の問題も多くある。水域をめぐる争いがそのひとつ。南シナ海がその代表的な事例であり、複数の国が部分的または包括的に主権を主張している(以下に詳細)。
また、北極も複雑な問題となっている。地球温暖化によって氷が溶け、新たなシーレーンが開発されつつあるが、そのシーレーンだけでなく、氷の下に眠っている鉱物資源をめぐり、複数の国家を巻き込む事態が起きている。その他にも、公海をめぐる争いが複数存在する。
もうひとつの問題は海賊だ。2009年以降減少したとみられていた海賊が、再び増加し始めているのだ。貿易の要所であるソマリア沖付近やアジアにあるマラッカ海峡、西アフリカなどで大きな問題となっている。マラッカ海峡では、2016年に比べて2017年の海賊被害の件数が増えたと報告されている。海賊対策の一環で警備会社が雇われているが、公海の自由を利用し、警備用とされている大きな武器倉庫が海上に設置されており、問題視されている。また、漁業に関連する人権問題も生じている。海上での強制労働や人身取引が依然として行われている国もあるのだ。 難民問題も看過しがたい問題だ。2018年の一月の前半だけで、200人近くの難民が、ヨーロッパに向かう地中海上で亡くなったとされている。さらに、麻薬、武器、経済制裁で制限されている他の物も公海で運ばれている。

海賊に対し法執行を行う船 写真: U.S. Navy
日本での報道は?
このように、広大な海の上では様々な国際的な問題が生じている。ここで、日本の報道はこうした海洋上の国際問題についてどのような報道をしているのだろうか。以下では、2016年の日本における海洋についての国際報道を分析していく。
今回の調査で使用した朝日・読売・毎日新聞の2016年の国際報道(朝刊)の総記事数の合計は17,501である(※1)。このうち、先ほど述べた、海で起こる諸問題に関連する報道および、公海で起こった出来事に関する報道を「海に関する報道」とし、該当した468件の記事について分析した。以下のグラフを見ていただきたい。
グラフを見てわかるように、海に関する報道の大部分が南シナ海に関する報道となっている。また、難民問題に関する国際報道は多くなされていたものの、各国の難民の受け入れに関する政策などについての報道が多く、地中海を中心として起こっている、難民に関する問題などを報じたものの数は低迷する結果となった。グラフ中の「その他」には、黒海や東シナ海、南太平洋あるいはハワイの周辺海域に関する報道が含まれていたものの、いずれも記事は1ずつで、非常に少ない報道数であった。また、これらの南シナ海以外の海域に関する報道は、南太平洋に関する報道を除きすべてが他国の海軍の動向などに関する報道であった(なお、南太平洋に関する報道は地震関連の報道であった)。漁業問題や海についての環境問題を取り上げた報道は、年間通しても非常に少なく、日本では重要視されていないことが読み取れるだろう。このように、日本における海洋報道は南シナ海に極度に集中したものであることが明らかになった。以下では、日本における海洋報道が偏向している原因について考察していく。
なぜ南シナ海が注目されるのか
南シナ海、特に南沙諸島周辺は、多くの資源が眠っていると考えられている。それ故に、中国、ベトナム、フィリピン、台湾、マレーシア、ブルネイといった、東アジアの多くの国が、南シナ海における権利を主張して競合している。日本はこうした、南シナ海における権利を巡る議論に直接的に関わってはいない。しかしながら、日本が各国の動向に注目していることは、先に述べた報道が偏向している事実からも明らかである。特に、日本の政策立案者らは、南シナ海における中国の動向を注視している。南シナ海での領域紛争が、日本と中国の間での領土問題に影響を及ぼすことを考慮しているためだ。日本が中国を意識していることは報道からも読み取ることができる。2016年の国際報道のうち、南シナ海に関する報道は424件あったが、実にそのうちの306件が、中国に関係のある報道であった。日本が南シナ海における中国の勢力拡大を危険視しているからこそ、この報道量の大きさにつながったと考えられるだろう。

南シナ海海上で訓練を行う軍艦 写真: U.S. Pacific Command [CC BY-NC-ND 2.0]
海は一つだけ?
日本が中国に対して感じている脅威。この存在が海洋に関する報道の偏向を生み出しているのだ。たしかに南シナ海の問題は日本の安全保障に大きくかかわるものであり、他国からの注目も集めている事項である。しかしながら、現在見受けられているような、南シナ海に一極集中した報道を続けていてよいのだろうか?温暖化に伴う海面上昇や、海の汚染問題、過剰漁業による生態系の破壊も、注目すべき問題なのではないだろうか?南シナ海以外にも海上の安全保障問題も数多く存在する。これらの問題の中には、もうすでに我々人間の手ではコントロールできない段階にまで進んでしまっている可能性がある。手遅れになってしまう前に、私たちにできることは何なのかを考えなければならない。しかしながら、偏った報道がなされることによって、このような喫緊した課題の解決策を考える機会が奪われてしまっているのではないだろうか?地球上の大部分を占める、広大な海。人類共通の資源ともいうべき海は、もちろん南シナ海だけではない。美しい海を将来の世代にも引き継いでいくために、報道に与えられた役割が果たされることを期待したい。
※1「GNVデータ分析方法【PDF】」参照
ライター:Tomoko Kitamura
グラフィック:Tomoko Kitamura