2022年2月24日に、ロシアがウクライナへの侵攻を開始し、世界各地のメディアの注目を集めた。日本も例外ではなく、あらゆるメディアがこの武力紛争に関するニュースを報じた。最新の戦況から、現地の人々の被害、各国政府の対応まで、近年これほど国際報道が日本のニュースを埋め尽くした例は他にないだろう。しかし、世界で武力紛争が起きているのはウクライナだけではない。広く知られていないだけで、ロシア・ウクライナ紛争に匹敵する、あるいはそれ以上の悲惨な武力紛争が行われている国は複数ある。
今回の記事では、2022年1月から6月までの朝日・毎日・読売新聞3紙の報道において、ロシア・ウクライナ紛争への注目の大きさが、日本のメディアに及ぼした影響を見ていく。はじめにロシア・ウクライナ紛争に関する集中的報道によって、国際報道全体や、国別の報道量にどのような変化があったのかを分析する。続いて紛争関連の報道に着目し、ロシア・ウクライナ紛争が日本の紛争報道に与えた影響について考える。

多くの報道陣に囲まれる、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領(President Of Ukraine / Flickr [CC0 1.0])
国際報道全体の推移
はじめに、この紛争が国際報道全体に影響を与えたかを見てみる。2022年1月1日から6月30日までの期間で、国際報道が報道全体(※1)に占める割合を見ていく。結果は以下のグラフのようになった。朝日新聞は全体の11.9%、毎日新聞は全体の10.1%、読売新聞が13.6%という結果であった。これまでGNVでは、新聞の報道、テレビのニュースの報道、ネットメディアの報道について同じく統計を取ってきたが、そのいずれにおいても国際報道が占める割合は10%前後であった。読売新聞の国際報道の割合が13.6%と、やや増加した結果になったが、朝日・毎日新聞では例年通りの結果となった。
また5年前のデータを見てみると、各新聞社の年間の報道量は、朝日が2,681記事、毎日が3,102記事、読売が3,696文字であった。報道の絶対量は増加しておらず、逆に毎日新聞が少し減少する結果となった。したがって、ロシア・ウクライナ紛争が大きく注目されたことで、2022年前半の国際報道全体の絶対量および割合が増えたわけではなかった。
短期的に見ると、報道量に変化が見られる場合もあった。例えば朝日新聞の月別の国際報道の量を見てみると、3月が13.3%と、その他の月よりがすべて10%台だったのに対して少し増加していたことが分かった。ロシア・ウクライナ紛争は2022年2月24日から始まっており、ロシア・ウクライナ紛争によって短期的に国際報道量が増加したといえるだろう。また朝日新聞では、3月の朝刊のうち25回の紙面で、ウクライナ侵攻関連のニュースが1面で取り上げられており、その注目度の高さがうかがえる。しかし、半年という中長期視点で見ると、全体的な国際報道の増加につながったとまでは言えないだろう。
国際報道国別トップ10(2022年前半)
次に、朝日・毎日・読売新聞朝刊各紙における国際報道の中で取り上げられた国のランキングを見ていく。ここでは文字数で計測し、報道量が多い順に、ウクライナが14.8%、ロシアが13.6%、アメリカが12.8%、中国が9.8%で、これらの国が上位5か国という結果になった。GNVは2015年以降、日本の国際報道に関する様々な調査を行っており、どの年、どの媒体を調査しても、報道量が最も多いのはアメリカで、中国が2番目という結果になっていた。しかし今回はウクライナが1位でロシアが2位であり、この2か国だけで半年分の国際報道の3割をも占めるという、GNVの統計上でも初の結果となった。このことから、ロシア・ウクライナ紛争が日本のメディアの報道に大きな影響を及ぼしたことが分かるだろう。
また国際報道を地域別に分けると、ヨーロッパが42.2%、アジアが30.0%、北米が14.9%、オセアニアが1.6%、中南米が0.9%、アフリカが0.7%という結果になった。例年のデータでは、アジアが全体の約5割を占め、北米やヨーロッパがそれに続く形であった。しかし2022年の報道では、ヨーロッパに関する報道が、国際報道全体の半分以上を占めるという、これまでのGNVの分析にない結果となった。上位10か国の国際報道量が示すように、ウクライナやロシアへの集中的な報道が、ヨーロッパの報道量を押し上げたのだろう。また、普段でさえ報道量が少ないアフリカや中南米の報道にも変化があった。5年前の新聞の国際報道では、国際報道全体の中で、アフリカの報道量は3.4%、中南米は2.1%を占めていた。一方2022年前半の報道では、アフリカが0.7%、中南米が0.9%と、割合がさらに低下した。ロシア・ウクライナ紛争の報道量が増加した分、アジアやアフリカ、中南米などの報道がさらに減少したという傾向が見られた。
紛争報道(2022年前半)
ここまでは地域や国家といった分類で、国際報道の変化を見てきた。それでは、ロシア・ウクライナ紛争によって、紛争報道はどのように変化したのだろうか。2022年前半において、国際報道全体の中で紛争/戦争に関連する報道が占める割合は、全体の18.1%であった。2017年の新聞全体のデータでは全体の5%ほどであったことや、2021年のNHKニュースの国際報道のデータでは2.4%であったことを踏まえると、例年よりも大きく増加しているといえるだろう。
続いて、具体的にどのような紛争が報道されていたのか、その内訳をみていく。最も多かったのは、ロシア・ウクライナ紛争に関する報道であり、1,331の記事で、合計1,114,992文字という、全体の約95%をも占める結果となった。イスラエル・パレスチナ紛争、コロンビア紛争、アフガニスタン紛争やミャンマーでの紛争も取り上げられていた。しかし、いずれに関する報道も10記事・3,000文字程度で、割合は紛争報道全体の0.2~0.5%という、ウクライナ関連の報道に比べるとその割合は微々たるものであった。一方で、朝日新聞を中心に、77年前に終結した第二次世界大戦の歴史を振り返る内容が、合計6,341文字の記事で扱われており、現在進行中のその他の紛争の報道量を上回っていた。
ここで、世界で起きている紛争の実態を見ていきたい。以下の図は、世界の武力紛争に関するデータを集めている機関、ACLEDのデータを参考に、世界で起きている紛争のうち、2022年1月から6月にかけての死者が多いものを順にまとめたものである。見ての通り、この期間で最も多くの犠牲者が出ているのはミャンマーでの紛争であり、ロシア・ウクライナ紛争ではない。その他にも、イエメンやナイジェリアといった国々では、ロシア・ウクライナ紛争にも匹敵する犠牲者がいる。さらに、これらの数字はあくまで武力紛争下で暴力によって失われた直接死である。それに付随する病気や飢餓による死を含めれば、イエメン紛争をはじめとした他の武力紛争の死者数は大幅に増えるだろう。もちろん死者数だけが必ずしも紛争の規模や悲惨さの基準となるわけではないが、このようなバランスを欠いた加熱した報道の影で、他の紛争の悲惨な現実が見えなくなってしまっているのだ。
報道されない紛争
ここでは、2022年1月から6月までの期間で、ロシア・ウクライナ紛争より多くの犠牲者を出したミャンマーと、それに次ぐイエメン、ナイジェリアでの紛争について取り上げる。日本のメディアがロシア・ウクライナ紛争にばかりスポットを当てる一方で、その影にはどのような紛争が隠されているのだろうか。
ミャンマー
1948年にイギリスから独立後、その政体は不安定で、長期にわたって軍による統治が行われていたものの、軍の支配が及ばない各州では武力紛争が絶えない状況であった。その後2011年に民主化・自由化がなされるも、2021年のクーデターにより再び軍の支配下となる。抗議活動を行う市民と軍の衝突も相次ぎ、人々は人民防衛軍(People‘s Defense Force)を結成して軍に対抗している。また2021年を機に地方各地の武力紛争も激化し、軍との武力衝突により、2022年の前半に少なくとも11,004人もの死者が出ているとされている。今でもなお紛争が続いている状況だ。
このようなミャンマーの紛争は2022年の前半にどれほど報じられていたのだろうか。半年の間でミャンマーに関して取り上げていたのは、全国3紙合わせて83.7記事・60,261字で、そのうちミャンマーの紛争を取り上げていたのは3記事で2,838文字のみであった。半年間で11,004人という、ロシア・ウクライナ紛争以上の犠牲者を出しているにも関わらず、その報道量はロシア・ウクライナ紛争に関する報道の400分の1と、圧倒的に少ない結果となった。

軍に抗議活動を行うミャンマーの警察の様子(Prachatai / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
イエメン
イエメン紛争は、2014年にイエメンの政府軍とフーシ派勢力との戦いから始まった。その後、アメリカの支援を受けたサウジアラビアやアラブ首長国連邦などが、政府軍側につき大規模な戦力をもって参戦した。対するフーシ派勢力はイランからの支援を受けているとされており、国内外の様々なアクターが絡んだ紛争である。8年以上続き、377,000人の犠牲者と420万人もの避難民を出した、大規模な武力紛争である。ここ最近では、2022年4月に停戦の合意に達し、6月と8月にはその延長が決定されるという、新たな動きがあった。しかし、10月には延長の合意には至らず、再び激しい衝突が起こる恐れがあると指摘されている。
2022年前半で5,031人の犠牲者を出している、イエメン紛争の報道量について見てみよう。2022年前半にイエメンの紛争について取り上げていたのは、全国3紙において 6記事で合計2,223文字と、紛争報道全体のわずか0.1%しかなかった。
ナイジェリア
ナイジェリアでは、北部と南部において、武力衝突が続いている。北部地域では、過激派勢力と政府軍との激しい衝突により多くの犠牲者が出ており、イスラム国と提携している、西アフリカ州のイスラム国(ISWAP)が主要な反政府勢力となっている。一方南部地域では、独立を求めるビアフラの抵抗勢力によるデモや暴動が起こっているという、混乱した状況だ。ACLEDのデータによると、2021年からこの紛争による犠牲者は増加傾向にあり、2022年前半でこの紛争により5,909人もの犠牲者が出たとされている。
このような悲惨な被害を招いているナイジェリアでの紛争だが、2022年前半の間で、1月に朝日新聞の370文字の記事で1度取り上げられただけであった。そもそも、アフリカで人口最大の地域大国のナイジェリアに関する報道自体が朝日・毎日・読売3紙の合計で588文字しかなく、アフリカ地域の報道の少なさを物語っているといえるだろう。
なぜロシア・ウクライナ戦争は注目されるのか?
このように、ロシア・ウクライナ紛争は日本のメディアに大きく取りあげられ、注目を集めていた。またその裏では、他の国や地域の報道を例年よりも減少させ、日本の国際報道がさらに偏ったものになったともいえるだろう。特に紛争報道に関しては、全体の約95%がロシア・ウクライナ戦争関連であり、その他の武力紛争の存在が認められていないかのような扱いになっている。なぜこの武力紛争だけがこれほどメディアで取り上げられたのだろうか。
一般的に言われるのは、単純にロシア・ウクライナ紛争が日本へ及ぼす影響が大きいということだ。紛争当事国であるロシアは核保有国であり、日本と領土問題を抱えている国だ。そのような国が隣国に軍事侵攻を行ったという事実は、日本の安全保障を考えるうえで重要だと主張する声もある。しかし、これだけの理由で説明することは難しい。ロシアが隣国とはいえ、武力紛争が起こっているのは遠く離れた西側の国境であり、それを日本の脅威と直接結びつけるのは無理がある。核の脅威に関する議論については確かに注目に値するといえる。しかし、核使用が注目されなかった2014年のウクライナでの紛争勃発時にも、ウクライナ情勢だけが日本のメディアで注目されていたことから、それだけがメディアの注目するポイントだとも考えにくい。また、ウクライナよりも地理的に日本に近く、経済的結びつきが強いにもかかわらず、ミャンマーの紛争はほとんど報道されていない。さらにイエメン紛争では、サウジアラビアが参戦し、同国の石油施設が直接攻撃されており、日本が依存する石油資源へ影響が及んでいるにもかかわらず、この紛争は日本のメディアでは注目されない。このことから、紛争が日本に与える影響や関連性だけが、日本のメディアがロシア・ウクライナ紛争にばかり注目している理由とは言えないだろう。
ロシア・ウクライナ紛争は国内勢力同士の紛争ではなく、国家間紛争であることが注目に値するのだという主張もある。しかしここで取り上げたイエメン紛争も、多くの国が連合を組んでイエメンに侵攻している、国境をまたぐ紛争であるにもかかわらず、日本のメディアではほとんど注目されていない。また、ロシア・ウクライナ紛争の人道的被害の大きさを理由に挙げる声もあるが、ロシア・ウクライナ紛争と同じ、またはそれ以上の被害を出しているミャンマーやイエメンの紛争が報道されていないこととも矛盾する。

2022年2月27日に行われた、スウェーデン・ストックホルムでのロシアに対する抗議活動の様子( Frankie Fouganthin / Wikimedia Commons [CC BY-SA 4.0])
それでは、日本がロシア・ウクライナ戦争を大きく報じるのに理由には、他にどんなものがあるのだろうか? これまでのGNVの調査では、あらゆる国際報道において、高所得国が大きく取り上げられ、低所得国は注目されにくい傾向があることを指摘してきた。今回のように、高所得国が集中するヨーロッパで、比較的高所得国であるウクライナでの紛争は大きく報道される一方で、低所得国であるミャンマー、イエメン、ナイジェリアなどに対する報道は、深刻な人道危機が起きていようともほとんどなされないのが実情である。このことから、日本のメディアの報道には、その国の裕福さが大きく関連していると言える。また、被害者が所属する民族や肌の色も関係していることも否定できないであろう。
また、日本の報道が西側諸国に関する報道に偏っていることにも注目したい。これまでのGNVの記事でも指摘した通り、日本の紛争報道は人道面や日本へのとの関連性や、アメリカを中心とした西側諸国の立場に影響されてきた。今回のロシア・ウクライナ紛争に関する報道では、当事国のウクライナとロシアを除いて、アメリカや北大西洋条約機構(NATO)が主体として最も多く関連付けられていた。過去のGNVの調査においても、日本の国際報道は、アメリカの政府やメディアが注目するトピックに影響されていることが指摘されている。このような西側の高所得国との関係が、日本のメディアのロシア・ウクライナ紛争に関する報道を押し上げた要因の1つといえよう。
まとめ
ここまで、ロシア・ウクライナ紛争に関する日本の報道の実態と、その背景について見てきた。ロシア・ウクライナへの過熱した報道によって、影に追いやられてしまった国や地域、大規模な武力紛争が多くある。このような日本メディアの加熱した報道によって、我々が見る世界はさらに狭いものになってしまう。はたしてこのような日本の報道の在り方で、我々は世界で起きていることを本当に理解できるのだろうか。
※1 2022年1月1日から2022年6月30日における、朝日・毎日・読売新聞の東京朝刊を調査対象としている。なお、GNVの国際報道の定義はこちらを参照
ライター:Takumi Kuriyama
グラフィック:Takumi Kuriyama
ロシア・ウクライナ戦争の報道量の偏りに驚きました。
報道を見ていると、2021年に起こったミャンマーでのクーデターは終結したのかと思っていました。しかし、実際は現在もロシア・ウクライナ戦争の犠牲者に並ぶほどの規模だと分かり、報道を鵜呑みにするだけでは偏った見方になってしまうのだと改めて痛感しました。