2015年6月、全米で同性婚が合法化された。FacebookなどのSNSが虹色に染まったのも記憶に新しい。2010年代、アメリカやヨーロッパなどの先進国で同性愛を受け入れる動きがあり、大きな注目を集めつつある。「LGBT(レズビアン(L)、ゲイ(G)、バイセクシュアル(B)、トランスジェンダー(T)そのほか、インターセックス(I)、クイア(Q)などさまざまな性のかたちがあるが、LGBTはその総称として使われている)(※1)」、「性同一性障害(※2)」といった言葉も、現代を生きる我々には馴染みのあるものになりつつあるだろう。
新聞やニュースでこれらのワードを知った人も少なくないはずだ。そこで今回は、いつごろから、なぜ、「性」に関する世界の動きが報道されるようになったのかを探っていきたい。
LGBT関連の言葉が登場したのはいつ?
はじめに、「同性愛」などの言葉が国際報道において出現した時期を、朝日新聞を事例にとって見てみよう。まず「同性愛」という言葉。朝日新聞では、1930年代ごろからこの言葉が使用されている。そこから約50年の時を経て、1980年代、「ゲイ」、「レズビアン」といった表現が用いられるようになった。1990年以前は、同性愛に関する報道のなかで「ホモ」という言葉が使用されることがあったが、蔑称に当たると考えられる傾向にあり、ほとんど見られなくなった。2000年代に突入すると、「性同一性障害」、「同性婚」、「性的少数者」などのワードが登場し、2004年にはついに「LGBT」という略語が登場した。
LGBTに関するニュースが盛り上がった時期と理由
では、LGBT、同性愛に関する国際報道が盛り上がった時期とその理由に注目したい。朝日新聞(1984年~2017年)における国際ニュースの報道量は、下のグラフの通りだ(※3)。
1980年代、当時流行しはじめたHIV・エイズに関連して同性愛が取り上げられた。HIV・エイズが同性同士の性行為による感染が多かったことから話題になっていた。1990年代は米軍における同性愛が認められるかどうかが議論になった以外は大きく取り上げられることはなく、2004年、アメリカのブッシュ大統領(当時)が同性婚を禁止する内容の改憲案を推進したことや、EUの委員長候補が性差別的発言をしたことなどによって報道量が増えた。次に報道が増えたのは2008年で、マレーシアの元副首相で時期首相候補だったアンワル氏が同性愛を理由に逮捕され失脚した一連の流れが掲載された。
そして2013年、当時のオバマ大統領のもとで同性婚容認の風潮が高まったアメリカをはじめとした先進国で同性愛・同性婚を受け入れる姿勢がみられた。また、同性愛を助長する行為に罰則を科すロシアでのソチ五輪に伴い、同性愛者の選手の扱いなどが議論に上った。その後もLGBTへの注目度はある程度維持されており、2015年にアメリカ連邦最高裁判所が同性婚を認める判決を下したことにより全米での同性婚が事実上合法化され、これは世界中から注目を集めた。日本でもFacebookのプロフィールを虹色に変えた人は多いだろう。翌2016年も、前年の流れを汲んだアメリカ関連の報道と、アメリカのゲイ・ナイトクラブで起こった銃乱射事件に関する報道が見られた。
また、国際報道の記事の内容を分野に分けると、「政治」に関するものが最も多かった(20.7%)。「政治」には、アメリカの大統領選において候補者が同性愛を支持しているかどうかとそれに対する国民の反応を報道する記事や、同性愛者が官僚や党首などの職に就任するといったニュースを含む。次に多かったのは、同性婚・同性愛をめぐる「法律・裁判」に関するもの(18.6%)である。近年、先進国を中心にLGBTの地位や権利が争点となっていることから、これらの内容が増加している。LGBTを「宗教」との関係からとらえた記事(7.2%)もあり、同性愛を悪とする宗教によって苦しむ人々がいることや、ローマ法王が同性愛を認めたことを話題とした記事が含まれる。ほかには、LGBTの人々へのインタビューに基づき、自身の意見を伝えるもの(6.7%)やHIV・エイズ関連の記事(6.2%)が続く。LGBTパレードや活動家による運動なども比較的報道されている(6.2%)。
概して言えるのは、LGBTや同性愛関連の国際報道が盛り上がる年があるとしても、グラフが示すように、ほとんどの年はあまりそれらが注目されないのが事実なのである。
報道されるLGBTの課題・報道されない課題
では、このような状況のなかでもメディアの関心を惹きつける出来事が起こるのはどのような国なのだろうか。
LGBTに関連して、朝日新聞が最も多く取り上げたのはアメリカである。あとに続くフランス、イギリス/ロシアもそれぞれ8.5記事、8記事であり、アメリカの81.5記事が圧倒的なものであることがわかる。4番目に多く報道されたマレーシアは、元首相候補アンワル氏に関わるものだけで、その事件以降は取り上げられていない。このように国によって報道量に大きな差があるのは一目瞭然で、日本のメディアは先進国、特にアメリカに関心が大きく偏っている。GNVが以前から指摘しているように、日本の報道で目にする世界は、報道される世界と報道されない世界に二分されている現状がある。
欧米の情勢以外にも、世界は広く、報道されない多くのLGBT関連の課題が存在する。例えば、世界のなかで、同性愛に実刑を科す国は72か国にものぼる。LGBTのポジティブな動きが報道されることが多い日本では、この事実は影に隠れてしまっている。イラン、スーダン、サウジアラビア、イエメンなどでは同性愛は死刑に当たる犯罪とされている。シリアやイラクではイスラム国(IS)を含む非国家主体によって同性愛者が死刑にされたケースもある。

ILGAのデータを元に作成
いくつかの国のLGBTに関する状況を具体的に紹介しよう。まずはアフリカだ。アフリカについての報道は、1984年から2017年の間で、全体のわずか1.2%を占めるにすぎない。2005年、南アフリカでは世界で5番目に同性婚が合法化された。さらに、世界で初めて、LGBTに対する差別を憲法で禁じた国となったのだ。このようにLGBTの権利保護に向けて前進する国もある一方、アフリカでLGBTの権利が認められている国はまだまだ少なく、スーダンとモーリタニアでは死刑となる。ウガンダでは、植民地時代に制定された同性間の性行為を禁止する法律の影響で、同性愛者は犯罪者と同等の扱いを受けてきた。2014年2月にはムセベニ大統領が同性愛を弾圧する「反同性愛法」に署名し欧米から非難を浴びたこともある。同年の8月に廃止となったが、11月には「不自然な性行為に対する助長行為禁止法」と名付けられた法案が議会に提出された。この“助長行為”には、同性愛者への医療行為も含まれている。そのような状況下でも、活動家たちによる地道なアプローチは行われている。

ロンドンで行われたウガンダへの抗議パレード(写真:Chris Beckett/Flickr [ CC BY-NC-ND 2.0])
日本に近い大国でありながら欧米に比べるとあまり取り上げられない中国で、2018年に入ってから前向きな動きがみられた。中国版ツイッターとも呼ばれるソーシャルメディア大手「新浪微博(Sina Weibo)」が同性愛に関するコンテンツの禁止を撤回しLGBTコミュニティがその勝利に沸いているというニュースだ。Weiboを運営している同社が同性愛に関するコンテンツを削除するという発表を受けて、ハッシュタグ「#我是同性恋(私は同性愛者)」をつけた抗議の投稿が相次ぎ、その決定が覆されたのである。しかし、中国では依然として同性愛をテーマにした映画を劇場公開することが難しいなどの課題が残っている。
インドやネパールなどの南アジアの国々でも、男女の枠を越えた「第三の性」の存在を政府が法的に認める動きが広がっている。朝日新聞では2008年にこの内容が一度報道されたきりである。2007年にネパールで「第三の性」が最高裁によって認められたのがはじまりだ。パスポートなどの性別欄に「M(男性)」「F(女性)」に加えて「T(トランスジェンダー)」「O(その他)」という表記が可能になっている。インドのある州では2015年1月にトランスジェンダーの市長が当選し、実際に公職を務めている。一方で、このような制度が導入されたことによって必ずしもLGBTに対する偏見や差別が大きく減ったわけではなく、インドの刑法では「自然な秩序に逆らった性交」を行った場合は懲役刑に処すと規定されている。この法律は英国による植民地統治下であった1860年代につくられたもので、多くの人権活動家らの運動によって撤廃の兆しはあるようだ。
最後に、最も報道されていない中南米のLGBT事情に触れておこう。朝日新聞では、現地のLGBTの人々の生活のポジティブな面に触れていたが、1984年から2017年の間にわずか2件しか報道されていない。実際はどのような状況なのだろうか。実は中南米では、結婚や差別撤廃に関するLGBTの権利について、ブラジル、メキシコ、エクアドルなど、この10年間で法律の採択・修正を達成した国が多い。アメリカよりずっと前からこれらの動きがあったことになる。しかし、社会における差別・偏見などがまだまだ根強く残っているという矛盾がある。中南米では、2013年1月から2014年3月の間に600人近くのLGBTの人々がLGBT反対派の暴力によって亡くなったという報告もあるほどだ。石打ち、拷問、レイプなどの暴力を伴う殺害は、加害者が罰則を免れることもしばしばあるという。暴力を逃れて移民となる人々も増えている。中南米の国々はこのようなジレンマを抱えているのだ。

ブラジル 同性愛嫌いに抗議するデモ(写真:Elza Fiuza/ABr [CC BY 2.5])
このように世界のあらゆる場所でLGBTに関する出来事が起こっているにもかかわらず、その現状は欧米を除いてなかなか報道されない。
これからのLGBT報道
これまで見てきたように、LGBTに関する報道は比較的増加傾向にはあるが、その内容が欧米をはじめとする先進国に偏っている。アジア、アフリカ、中南米などの国々にもLGBTの権利を推進したり、逆に抑圧したり、といった様々な出来事が存在することは知られないままになってしまう。現在、LGBTへの理解や関心が高まっているからこそ、世界全体の現状を報道する需要も生まれつつあるのではないだろうか。アメリカのような大国で法律が変われば、人々はFacebookのステータスを虹色に変える。だが、世界はアメリカだけではないのだ。メディアには世界の現状を伝える使命がある。読者がLGBTという課題をめぐる現状を正確に捉えるためには、提供する情報に最低限のバランスがとられている必要がある。それにも関わらず、LGBTという課題において必要とされる報道のバランスから程遠いのが実状なのだ。
※1 レズビアン:女性を恋愛の対象とする女性のこと。
ゲイ:同性愛の人。特に、男性を恋愛の対象とする男性のこと。
バイセクシュアル:異性にも同性にも性的な欲求をもつ人。両性愛者。
トランスジェンダー:性的少数者のうち、心と体の性が一致しない人。
インターセックス:外性器が生殖腺の雌雄と反対の外観を呈すること。また、同一個体に両性の生殖腺を有すること。
クイア:同性愛者などを含む性的少数者の総称。
※2 性同一性障害:生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別であるとの持続的な確信をもち、かつ、自己を身体的および社会的に別の性別に適合させようとする障がい。医学的病名である。
※3 朝日新聞のデータベース聞蔵IIにおける記事の内容にまでアクセスできるのは1984年以降。「LGBT」、「同性愛」、「性同一性障害」が主なテーマとなっている記事について分析。
ライター:Madoka Konishi
グラフィック:Hinako Hosokawa
地域によって合法違法の差が歴然と現れていることが視覚的にとらえられて興味深かったです。波があるとはいえ、やはり報道量自体は上昇傾向にあるんですね。
@たまこさん
上昇傾向はいいことだとは思いますけど、どこまで続くのかがちょっと疑問です。
国際面のLGBT報道は結局、半分近くがアメリカ関連なので、アメリカで同性婚をめぐる議論が落ち着いたら、
「世界」のLGBT関連の報道の大部分が消えていくような気もします・・・
>世界はアメリカだけではないのだ
シンプルながら、いやシンプルだからこそ、心に響く言葉です。世界はアメリカだけではないことなんて誰でもわかっていますが、「海外」と言った時にアメリカやヨーロッパを思い浮かべてしまうのが、私を含め多くの日本人の現状だと思います。メディアと市民の両方が、こうした意識を改善していくためにできることをしていくべきですね。
LGBTといえばアメリカというようなイメージがあり、こんなにいろんな背景があることは知りませんでした。
非常に興味深い内容でした。
近年、日本国内ではSNSやドラマなどを通じてLGBTへの理解が高まっているように感じます。しかしながら理解が深まる国がある一方、法律により罰が与えられる国があること、そしてそれが広く知られていないことがLGBTの次の課題となっていると記事から分かりました。
南米ではLGBTのパレードがあって、先進的なイメージだったのに、差別が根強いというのは驚きでした。
大変興味深く拝読いたしました。
日本の国際報道においては同性愛をめぐる記事が多く、LGBT自体についての記事は少ないのかなと思いました。
もっと日本においても理解が深まることを祈ります。
同性愛者が死刑になる国があるなんて驚きました。
まだまだLGBTの方は、厳しい立場にあるんですね。
日本社会でも受け入れようとする意識が低い。。。
これらの性的少数者に対する嫌悪感は、今まで培われてきた価値観からくるものであると思うので、まずは性教育や報道など価値観に大きく影響を与えるものを、より多様性を取り入れたものへと変えていく必要があると思いました。
記事ありがとうございました。
個人的な感想ですが、人種差別に比べて、性差別の方が後天的なイメージがあります。日本には「性同一性障害」という言葉もあるように、その当事者たちがあたかも異質であるとみなすような風潮があるからかなと思いました。特に年代が上がるほどそのような傾向がある気がします。「病気」という説明の仕方をされたことがありますが、自分たちから切り離している気がして、無責任だなと思いました。