世界は国際報道において取り上げられる国と取り上げられない国がはっきり分かれており、国家間に存在する大きな差も明らかにされている。しかし、一体何が基準となって報道の対象とされる国が決められているのであろうか。研究者は国の「大きさ」や自国との関係性度合いなどを要因の候補に挙げている。
では、大きな国、つまり「大国」とは何であろうか?この記事では人口の多い国をまずベースとし、続いて経済力、軍事力と、日本における報道量との関係を分析する。さらに、貿易量や距離をもとに、日本との関係性と報道量の関係も探っていく。経済力、軍事力を測る指標は実質GDPと軍事予算を用いた。
この表は2015年人口上位10か国の上記指標に関する世界ランキングをまとめたものである。以下で各項目について詳細に分析する。
まず、「人口大国」と報道量の関係についてみていく。先の世界の人口上位10ヶ国を順番に並べ、2015年(1年分)の報道量を比較するグラフは以下の通り。報道量とは日本の朝日・読売・毎日新聞3社それぞれ該当国に関する記事すべての文字数合計の平均値を指している。
グラフからわかるように、人口大国の中でも報道量に大きな差がある。アメリカ・中国・ロシアはたった3カ国で世界人口全体の25.1%、4分の1を占め、日本の大手3社の報道量の平均は合計すると日本の国際報道量の38.1%をも占める。しかしアメリカ・中国・ロシアを除く残り7カ国の人口合計は先の3カ国を上回る世界の32.6%も占めているにも関わらず、報道量の平均の合計は日本の国際報道量のわずか3.6%しかないのである。3.6%というのは報道量ランキング7位のシリア一国の報道量とほぼ同じぐらいである。人口占有率に対し報道量の圧倒的な差があることから、人口という切り口だけ見ると人口の大きさは報道量を左右する大きな要因ではないようである。
次は経済力を観点に切り替えて見ていく。経済力を実質GDPでとらえると、確かに人口の多いアメリカ(実質GDPは世界1位)、中国(2位)は実質GDPも上位3カ国に入る経済力を持ち、報道量は圧倒的に多い。そのほか実質GDPが高いドイツ(4位)、フランス(6位)は報道量としても上位10ヶ国(順に8位、3位)に含まれている。その一方で報道量では上位10カ国に入らないものの、人口に加えて、BRICSの一員であるインドとブラジルは実質GDPの上位10ヶ国(順に8位・10位)に入る。実際インドはロシアの1.5倍の実質GDP、対してロシアに関する報道量はインドの6倍という差が出ている。
経済力以外での国を「大国」とみなす観点には軍事力が挙げられる。軍事予算で見ると、報道量と同様、アメリカ(1位)中国(2位)ロシア(5位)の軍事予算は大きい。これら3カ国は核兵器を保持しており、かつての第二次世界大戦では戦勝国だ。ただし、ここで注目したいのがインドである。インドは軍事予算のランキングも比較的上位の4位で核兵器を保持する。だが何度述べるようにインドの報道量は圧倒的に少ない。しかし軍事力に関しては、重要なのは必ずしも純粋な予算や核兵器を保持しているかどうかだけではない。その軍事力は「自国」にとってどのように認識されているのかも重要である。例えば、日本の場合、尖閣諸島領土争いなど自国にとっての脅威だと認識されていることもある中国、あるいはもっとも関係性が重要視されている日米安全保障同盟国のアメリカ、さらにそのアメリカの脅威だと考えられてきたロシアが注目されることは理解ができる。インドはこの視点に当てはまらなかったという見方もできるかもしれない。
人口、経済力、軍事力それぞれの分析をまとめると、日本で報道されるかどうかは「大国」であるか否かだけでは説明できない。それでも軍事力の分析で記載したように、自国との関係性も要素として加えるとある程度説明ができるかもしれないことから、さらに分析を深めるために自国との貿易量に着目する。対日本輸出入額ランキングは、1位に中国と2位にアメリカ、となる。やはりこの2カ国はここでも上位を占めるが、他の上位10ヶ国には報道量が比較的少ない東南アジアの3ヶ国、インドネシア、マレーシア、タイが含まれている。報道量が多いロシアやフランスは13位、19位とこの3カ国の対日本貿易量を大幅に下回っている。経済的な側面で国同士の関係性が強いとしても、報道には必ずしも結びついておらず、はっきりとした相関関係は断定できない。
自国との関係性として、他の要素も考えられる。国家間の物理的な距離がそのひとつであろう。人口的にも経済力的にも「大きな」ブラジルの報道が少ない背景には、日本からの距離が挙げられるだろう。しかし、インドネシア、インドのように日本に近い「大国」であっても報道の対象になりにくい、ということも既に述べた。伝統、宗教などの文化的な「距離」、似た要素をどれだけ強く持つかで見ると、中国、朝鮮半島のような国家の報道量は多い。これらの国以外の「アジア」としての近い文化的な距離は報道量から見受けられない。むしろ、生活水準(個人レベルでの豊かさ)が日本と近い、という要素のほうが報道量において重要なのかもしれない。例えば、ヨーロッパの国々は物理的な距離的が遠く、実質GDP値や貿易量ではアジアの大国を下回るが、報道量は中国を除いたアジアの大国に対する報道量より何倍も多い。個人レベルでの豊かさが確保されている先進国同士であることから報道的な価値があるという認識がなされるのであろうか。
以上のようにどの基準も日本における国際報道量を決定づける基準とは言い切れず、これらの様々な要因が複雑に影響しあって日本の国際報道は決定づけられていると考えられる。1つの例としてロシアの報道量とその中身についてより分析したい。アメリカや中国はここでみたあらゆる基準で概ね上位であったので報道が多くなるのは理解できる。しかし経済力や日本との貿易量などでそこまで順位が高くないロシアが2015年あれほど多く報道されているのはなぜなのだろうか。
2015年朝日新聞、毎日新聞、読売新聞の3社におけるロシア報道では、紛争関連の記事は10%を占めていた。またウクライナ情勢は特に多く取り上げられており、ロシアの合計記事数の10%であった。この多さの背景には、冷戦時代の大国として、アメリカとの対立が加速し「新冷戦」に向かっているのではという懸念もある。また、日本はロシアと北方領土問題を抱えており、他国と比べて着目される理由は多いと言える。それでも2015年は世界情勢や事件の有無、自国との問題の有無など様々な要因に基づいてロシアの報道量は大きくなっていたようだ。
いずれにしても今の日本の国際報道が自国との利害関係や特定の出来事に偏ってしまい、他の「大国」を含む地域がないがしろにされている現状があるのではないだろうか。ロシアが報道される理由は理解できたとしても、インドやインドネシアのような日本に近い「大国」が報道されない理由は理解し難い。報道されない大国があるのも問題だが、より広い意味でも報道の格差が国際報道における依然残る大きな課題である。
ライター:Sayaka Ninomiya
グラフィック:Mai ishikawa