現在の地球は産業革命時の世界平均気温より1℃暖かい。2018年10月18日、「国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」によって危機感を著しく高める報告書が発表された。報告書によると、産業革命時と比べ世界平均気温が1.5℃上昇するのは以前予測されていたよりも早い2040年で、それを防ぐため2030年、つまり12年後までに本格的な対策をとらなければならないと示している。いま世界が環境問題に真剣に取り組まなければ、地球はどうなってしまうのだろう。このような地球の危機的状況を表す調査が2018年下半期以降次々と公開されてきている。果たしてこの深刻な状況は報道に表れているのだろうか。

COP24にて「あと12年しか残されていない」と訴える学生たち(写真:Avaaz/Flickr[Public Domain Mark 1.0])
危機感募らせる報告書の数々
まずこれらの多くの報告書の先陣を切ったのが、冒頭でも少し触れたIPCCによる「1.5℃特別報告書」である。産業革命時と比べ世界平均気温の上昇を1.5℃以下に抑えるべきだ、と強く主張されたものだ。2℃も上昇した場合には、2100年までに海水面上昇により億人単位で人に影響が及ぶほか、作物の受粉に必要な昆虫や植物は1.5℃上昇時に比べると生息地の半分を失ってしまう確率が倍になるという。このような状況に陥らないよう気温の上昇を1.5℃に抑えるために2030年までに緊急かつ今までにないような対策が必要だ。
そこで最も厳しい影響を避けるためには数年以内の世界経済の改革が必要であり、その一つとして二酸化炭素の排出に対して27,000ドル/1トンにも上る高い税金の導入が提案された。また1.5℃以下に抑えるためには具体的に、2030年までに温室効果ガスの排出量を2010年に比べ45%減、2050年までに石炭の利用を現在の40%から1~7%まで下げる、風や日光などの再生可能エネルギーを現在の20%から少なくとも67%まで増やす、といった厳しい対策が必要らしい。
そしてこの報告書から約1か月後の11月22日、さらに問題の重大さを伝える報告書が発表された。世界気象機関(WMO)による温室効果ガス(※1)についてのものである。2017年の二酸化炭素レベルは過去3~5百万年で見たことのないような数字であり、温室効果ガスの上昇の傾向に逆戻りの兆しはないことを強調。またフロンガスの一種でトリクロロフルオロメタン(CFC-11)と呼ばれる使用禁止のガスが復活してきていることについても言及した。CFC-11は強力な温室効果ガスで、1987年のモントリオール議定書のもとで規制されているオゾン層破壊物質である。2010年には生産量ゼロになったものの、近年は大気中濃度の低下傾向が鈍り今後の上昇が懸念される。2012年以降の低下率は2012年以前10年間の3分の2となっており、東アジアでの排出量増加が原因とみられる。さらに、温室効果ガスとして有名なメタンと亜酸化窒素についてもそれぞれ産業革命時と比べ257%、122%増と報告され、その増加ぶりには驚きを隠せない。

二酸化炭素の排出(写真:Ian Britton/frickr[CC BY-NC 2.0])
このWMOによる報告は、ポーランドにて開催された気候変動枠組条約第24回締約国会議(COP24)(※2)の約1週間前に発表された。各国政府だけでなく企業や自治体、NGOなどが参加するタラノア対話(※3)にて早速WMOの報告に関する話題が話し合われるなど、IPCCによる報告と合わせて、世界の環境問題に関する取り組みに緊急性を要していると訴えるための材料としての役割を果たした。
WMOの報告の翌日、11月23日にはアメリカの連邦機関による環境報告が発表された。この連邦機関による定期報告は法律によって定められており、今回は2000年以降4度目の報告となった。内容はIPCCの報告書と同じようなテーマで書かれており、「地球温暖化を止めるような動きがみられないと、2100年までに世界恐慌の時よりも大きな経済的ダメージを受けるだろう。」と訴えられた。具体的には、作物へのダメージ・失業・異常気象により5,000億ドルの損害が予想されている。これに対してホワイトハウスはこの報告を「最悪のシナリオ」だと捉え実質無視する状態だ。

干ばつの様子(写真:Global Water Partnership/Flickr[CC BY-NC-SA 2.0])
2019年に入ってからは、1月に海水の温度が予想されていたよりも急速に上がってしまっているという報告があった。さらには5月6日、世界132カ国の政府が参加する「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム」(IPBES)が、約100万種の動植物が絶滅危機にさらされているとする報告書を発表。人間の活動によって、66%の脊椎動物が影響を受け16世紀以降少なくとも約680種の脊椎動物が絶滅したと考えられている。2℃の温暖化により絶滅の危機に瀕する種の推定割合は5%。温暖化が1.5〜2℃の場合でも、陸上に生息する種は大幅に減少すると予測されている。気候変動に関する報告書の発表は今後も続くであろう。
このような報告書の影響もあってか最近では気候変動に対する市民社会発の動きも活発になりつつある。「エクスティンクション・リベリオン(Extinction Rebellion)」と呼ばれる組織は、政府が環境問題になかなか素早く取り組まないことに対して危機感を持たせるために、主にヨーロッパの国々でたびたびデモを起こしている。イギリス・ロンドンのデモでは数百人が逮捕されるなど、これまでの気候変動関連の運動と比べてもかなりの勢いがあるといえるだろう。また、スウェーデンの高校生グレタ・トゥンベリさんの環境問題解決を訴える活動は世界中に広がり100か国以上の国で登校ストライキが計画され大変注目された。彼女はCOP24でも各国の指導者らを前に熱弁した。政府の環境問題解決に向けての動きは鈍いが、一方で地球の危機を認識し行動している人がますます増えてきている。

エクスティンクション・リベリオンのデモの様子(写真:Andrew Tijou/Flickr[CC BY-NC-ND 2.0])
気候変動に対する報道の見方
このように2018年下半期から環境に関する驚くべき内容の報告書の発表が相次いでおり、地球が危機的状況を迎えるのが考えられていたよりも早い段階に迫ってきていることが明らかになった。このような人類の存続にかかわる傾向・問題を察知し、読者に伝える役割を果たすべきメディア・報道機関は重要さを認識し、気候変動に関する報道が増えると期待できるはずだ。実際に報道量はどうなっているのだろうか。
1995年から開催されている気候変動問題に関する最大の国際会議であるCOPは毎年報道されるが、2018年の危機感を募らせるような報告書を踏まえて報道において例年よりもCOPの重要性も高まっていると期待したい。実際に過去のCOPの時期とくらべ気候変動に関する報道は増えているのだろうか。2016年、2017年、2018年開催期間中とその前後1週間の報道量についてみていく。
朝日新聞データベースを用いて「気候変動」というキーワードが入っている記事数を調べたところ、2016年度(COP22)の開催1週間前から開催1週間後の間(※4)には0.88件/日。同様に2017年度は0.96件/日、2018年度は1.04件/日、という結果になった。少しずつ増えてはいるものの、1日に1記事程度の報道である。

ポーランドにて開催されたCOP24(写真:UNclimatechange/Flickr[CC BY-NC-SA 2.0])
また、地球の未来の壊滅的な状況を示す報告書が複数発表されたのちCOP24も終え、2019年に入ってからは前年に比べて環境問題の危機感を増したと期待したいところだ。そこで朝日新聞のデータベースで2018年と2019年それぞれ上半期の報道量について調べてみたところ、「気候変動」というキーワードが含まれた記事が2018年上半期は52件、2019年上半期は67件の計119件あった。この119記事についてタイトルに着目すると「温暖化」「IPCC」など気候変動に関するキーワードがタイトルに含まれている記事は2018年上半期に10件(16,299字)、2019年の同時期16件(28,706字)の計26件であった。こう見ると、気候変動が主なテーマになっている記事について2019年上半期は前年同時期に比べ増えており、気候変動に関する意識は増してきているかもしれない。しかしながら、6か月間で16件、つまり月に2、3件という記事数は報道量としては少ないのではないだろうか。地球が危機に迫られている現状を感じられるほどの報道量ではないと考えられる。
アピールポイントとしての気候変動?
メディアによる気候変動への見方を理解するためには純粋な報道量だけではなく、その内容や文脈に着目することも重要であろう。2019年上半期に「気候変動」というキーワードが含まれる記事についてみてみると、日本で盛り上がりを見せている東京五輪、G20、持続可能な開発目標(SDGs)(※5)という話題に付随した形で気候変動が登場しているものが目立った。
2020年に開催される東京五輪では、SDGsの推進を掲げている。SDGsの17の目標の13番目から15番目に含まれる「気候変動に具体的な対策を」「海の豊かさを守ろう」「陸の豊かさも守ろう」という目標を参考に、環境にやさしい五輪運営に取り組もうとしている状況だという。そのため東京五輪の運営に関する話題のなかでSDGsが取り上げられ、さらにそのSDGsの目標の一つとして気候変動が目立たずに言及されている。また、6月28日から開催されていたG20で気候変動について議論されたことによって、気候変動に関する報道量も増えた。
日本政府はそれぞれのイベントや取り組みを成功させるために「気候変動」への配慮をアピールしており、気候変動に言及した報道量の増加はこれを反映しているとも言える。問題の本質を捉えているより、気候変動はあくまでもこういったイベントや取り組みにまつわる話題に便乗して、報道されることが多かった。

海の温暖化により白化したサンゴ礁(写真:Stop Adani/Flickr[CC BY 2.0])
冒頭で見てきたように、2018年下半期から2019年に入っても続々と地球が危機的状況にあることを裏付けるような気候変動についての報告書発表が相次いだ。世界の経済・社会における大胆かつ大掛かりな改革が一刻も早く必要だというのは明確である。市民・国・世界が直面する脅威の規模・緊急性を察知し、認識し、伝えるのが報道の役割であろう。しかしながら地球の存続がかかっている問題がここまで迫ってきているのにも関わらず、気候変動を主題とし危機を訴えるような報道は少なく、報道が役割を十分果たせていないのではないだろうか。結果的に、この深刻な状況を変えうる人・企業・政府による肝心な行動を促すことも難しくなってしまうだろう。
これから世界はどのように気候変動問題に取り組んでいくのだろうか。その取り組みや課題を知っていくためにも、報道機関が自身の役割をきちんと果たしてくれることを期待するばかりである。
※1 赤外線を吸収して再び放出する性質があるガスのこと。地球の表面から地球外へ向かう赤外線が大気中にとどまり熱として蓄積されて地球の表面に戻ってくることから大気を暖め気温を上昇させる。代表的なものに二酸化炭素、メタン、一酸化窒素、フロンがあげられる。
※2 1992年に採択された大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させることを究極の目標とする「国連気候変動枠組条約」に基づき、国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)が1995年から毎年開催されている。
※3 タラノア対話とは、世界全体の温室効果ガス排出削減の取り組みに関する優良事例を共有し、目標達成に向けた取組意欲の向上を目指すもので、2018年1月から12月のCOP24までの1年間に開催された。タラノアとは,COP23の議長国であるフィジーの言葉で,包摂性・参加型・透明な対話プロセスを意味する。
※4 COP開催前1週間から開催後一週間の日程について。2016年度:10月31日から11月25日、2017年度:10月30日から11月24日、2018年度:11月25日から12月23日
※5 2015年9月に国連サミットにて採択された2016年から2030年までの国際目標のこと。持続可能な世界を実現するための17のゴール・169のターゲットから構成され,地球上の誰一人として取り残さないことを誓っている。SDGsがどのように報道されているかについては、過去のGNVの記事を参考にしていただきたい。
ライター:Naru Kanai
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最近、熱波によりフランスで45℃、ドイツで35℃を記録するなど、ヨーロッパで異常なほど気温が上がったというニュースを見た。
ニュースでは、学校が閉鎖されたことや、高齢者への注意勧告など、人間への配慮が、当然多い。
しかし、熱波の影響は、人間だけにとどまらない。この記事を読んで、今回の熱波が、ハチなどの昆虫や、魚類、植物、など多くの生物に、負の影響を及ぼす可能性があることに、気がついた。
アピールポイントとしての報道ではなく、一人一人が行動を変えられるような報道が増えるといいなと思いました。海外では若者が、運動を起こしているというのが印象的でした。
せっかくメディアは世論に影響を与えうる媒体であるのに、気候変動を主題として危機を訴える報道が少ないのはもったいないことだと思いました。一人一人の意識の改革なくして解決できない問題だと思うので、まずは事実がもっと広まらなければならないと感じます。
こうした報告書はメディアが伝えないと一般の人々には伝わらず、地球の危機にも気づけないので環境問題におけるメディアの役割は重要だと思いました。