スウェーデンと聞くと、平和を好む中立国を思い浮かべる人は多いだろう。しかし、そのイメージに反して、スウェーデンは世界でもトップクラスの武器輸出大国である。平和を好むイメージがついたこの国で、なぜ軍事産業が盛んなのか?さらに、輸出されているスウェーデンの武器が防衛のみならず、戦時中の人権侵害に使われていることが指摘されている。また、武器売買において取引を成立させるために賄賂が支払われているのではないかと問題視されている。これらの問題の現状はどうなっているのか?イメージとかけ離れたスウェーデンの実態を探っていく。

スウェーデン製の戦闘機(サーブのグリペン戦闘機)(写真:Robert Sullivan/Flickr[public domain])
スウェーデンの軍事産業
2009年から2013年の間、スウェーデンの武器供給額は世界の1.9%も占めていた。また、一人当たりの武器供給額が53.1米ドルで世界3位にまで上っていた。ところがスウェーデンは近年、世界の軍事産業の中で勢いを失ってきている。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、過去10年間でスウェーデンの武器供給額は62%減少し、2014年から2018年までの間でスウェーデンの武器供給額は世界の0.7%を占める値にまで減少した。このような現状の背景には、高価な戦闘機の販売数が減少したことに加え、世界全体の武器供給量が増加していることが理由にある。2018年の時点でスウェーデンの武器売上高は1億3,400万米ドルとなっている。
スウェーデンの軍事産業の規模を表すものとして、約80の武器製造会社からなるスウェーデン防衛産業協会(SOFF)という組織がある。それぞれの会社がスウェーデンで活動する最良の条件を作り、市場の利便性を高め、貿易量をさらに大きくするために設立された。2016年のデータによると、SOFFを構成する企業の武器の総売上高のうち68%にあたる20億8,000万ユーロは輸出によるものである。SOFFは100か国以上の国に輸出をしており、60%は戦闘用の武器、残り40%は非戦闘用の軍事用品を輸出している。販売先としては、スウェーデンを含む北欧諸国に最も販売しており、アジアと中東、北欧以外のヨーロッパと続く。また、SOFF全体の収入は約30億6,000万ユーロで、そのうち16.1%は研究開発に充てられている。こうしたSOFFの実態からも、スウェーデンにおける軍事産業がいかに盛んであるかが伺える。

サーブのヴィスビュー級コルベットのステルス艦(写真:Mark Harkin/Flickr [CC BY 2.0 ])
ここで、スウェーデンで最も大きな武器製造会社であるサーブ(SAAB)について紹介したい。元々は航空機・軍需品メーカーだったが、サーブ・オートモービルという自動車製造部門が一般的に「サーブ」として知られている。サーブは2011年に自動車製造を終了し、武器製造を発展させてきた。2000年代にはボフォース(Bofors)やコクムス(Kockums)などの大手武器製造会社を買収し、さらに拡大を成し遂げた。現在の従業員は16,500人である。代表的な武器はグリペン戦闘機、ヴィスビュー級コルベットのステルス艦、ゴトランド級潜水艦、カールグスタフという無反動砲である。
なぜ軍事産業が盛んなのか
スウェーデンの軍事産業の歴史は長い。1500年代まで、スウェーデンでの武器製造はあまり盛んではなく、しばしばその他の欧州諸国から武器を輸入していた。しかし、1600年代前半から、当時の王であるグスタフ・アドルフ2世の要請によってスウェーデンの軍事産業が本格的に確立されていく。1800年代初頭のナポレオン戦争時ではスウェーデンはフィンランドを失い、その後中立政策をとるが、1930年代にドイツの台頭から脅威を感じたスウェーデンは「武装した中立」政策をとり、防衛予算も武器製造も急増した。その後、冷戦下では、北欧諸国の中で、アメリカを盟主とする資本主義・自由主義陣営と、東側諸国のソ連を盟主とする共産主義・社会主義陣営との対立に挟まれながら、中立の立場を貫いた。2009年には軍事的中立の立場をやめ、2011年にはリビア紛争への軍事介入にも参戦した。このような歴史の名残があるため、スウェーデンは不安定な地理的状況に置かれていたと言える。そのため、スウェーデンは自身を守るために武器製造の必要があったという主張で軍事産業を正当化する意見がある。
しかし、スウェーデンの武器は自国防衛のためだけでなく、大量に輸出もしている。現在、スウェーデンの軍事産業は外交政策の一環としても盛んなのだ。スウェーデンは、ラテンアメリカやアフリカ、一部のアジア諸国に武器を販売することで、グローバルサウスとの関係を戦略的に強化させようとしている。そのために、武器を安価で販売することに加えて、販売先への技術移転を積極的に行っている。実際、スウェーデンは南アフリカやインド、ブラジルなどのグローバルサウスの国々と武器売買の契約を結んできた。
また、武器を販売することで得られる商業的利益もスウェーデンにとって重要だ。スウェーデンの大きな産業である軍事産業は、スウェーデンの経済に貢献していると考えられている。それに加えて、スウェーデンは自国の技術力を誇っている。軍事産業は国のプライドであり、ブランド力を守るためのものなのだ。他国に武器を販売することでスウェーデンの世界的に優れた技術力をアピールしプライドを見せつけ、その他の業界進出も狙っている。
他にも、労働需要を生み出すからという理由が挙げられる。人口約15万人を誇るリンシェーピング市にサーブの工場がある。リンシェーピングでは、サーブは5,000もの人を雇用し、航空業界を含むと15,000人が雇われており、この街の人口の10%にも上る。下記の航空写真からその工場の様子を伺うことができる。つまり、スウェーデンと他国が武器売買の契約を結べば、リンシェーピングは活性化される。リンシェーピングはサーブとともに発展してきたため、リンシェーピングの住民も政治家もサーブを支援している。
軍事産業と人権侵害
このように、軍事産業はスウェーデンの経済と国力に貢献しているようだが、一方でスウェーデンが製造する武器が輸出先でどのように使われているのかが問題視されている。例えば、スウェーデンはサウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)、パキスタン、カタールやブルネイなど複数の権威主義国に武器を輸出してきた経緯がある。それらの武器がそれぞれの国の国民に向けられる危険性もあれば、防衛だけでなく、国外での武力紛争で人権侵害などに使われる危険性もある。
ここで、イエメン紛争で非人道的な攻撃を続けているサウジアラビアやアラブ首長国連邦にスウェーデンが武器を販売していることが問題となっている。サウジアラビアは、スウェーデンからエリアイというレーダー追跡装置や対戦車誘導ミサイルといった武器を購入し、イエメンに対して戦争犯罪ともいえる攻撃を続けている。2015年3月に始まったこの紛争で、91,600人もの人々が戦闘で殺されたと推定されている。また、2015年から3年間で、5歳以下の子供が85,000人も餓死したという。ミドル・イースト・アイ(MEE)によると、スウェーデンは、2015年から2016年の間にアラブ首長国連邦とサウジアラビアに13億3,000万米ドルの武器を販売した。
このような状況の中で、スウェーデンはイエメンに支援を送っている。スウェーデンは2015年から2018年の間に1億500万米ドルを国連のイエメン人道対応計画に寄付した。しかし、これはサウジアラビアやアラブ首長国連邦に対するスウェーデンの武器販売額のたった7.93%だ。
2018年、当時のスウェーデンの外務大臣は、中東の国々の非人道的行為に対して懸念を示し、近年のスウェーデンからサウジアラビアに対する輸出は非常に制限されていて、2015年からは新しい武器を輸出することは許可していないとフェイスブックで述べた。また、スウェーデンの戦略的製品の調査団(ISP)は、過去5年間でスウェーデンはサウジアラビアと武器販売の新たな契約を結んでおらず、現在スウェーデンから輸出されている武器は以前締結した契約によるもので、大抵は予備の部品や設備維持に関わるものだと主張している。さらに、スウェーデンは、2017年に武器輸出に関する法律を修正し、その内容は非民主主義国家への武器輸出を制限するものとなっているが、輸出への本格的な影響はあまり期待されていない。しかし、武器取引反対運動(CAAT)は、現在スウェーデンが輸出している武器は、たとえ今輸出をやめたとしても、これから約30年間使用され続けるだろうと述べる。なぜなら、武器の寿命自体はそれほど長いものだからだ。多くの犠牲者が生まれ人権侵害が深刻となるイエメンにとって、必要なものは武器ではなく支援である。

空爆で破壊されたイエメンの学校(写真:United Nations OCHA/Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
軍事産業と賄賂
スウェーデンの軍事産業を取り巻く問題の中で、人権侵害の問題のほかにも議論を呼んでいるものが賄賂である。スウェーデンでは、サーブをはじめとする武器製造会社が武器の販売を促進しライバル会社に対抗するために武器売買の取引先にお金を支払うといった違法なやり取りが報告されている。例えば、1999年、サーブは南アフリカ共和国と28機のグリペン戦闘機を販売する契約を結び、のちに機数は26に削減された。この取引において、サーブは2,400万ランド(およそ4億6,320万円)もの賄賂が政府関係者に支払われたことを認めた。しかし、サーブは、これは以前の共同事業者であるイギリスの武器製造会社BAEによって支払われたと主張し、自身の責任を一切否定した。ところが、エクスプレッセンというスウェーデンの新聞に記載された文書によると、BAEの関係者は、南アフリカとの取引に関与する事柄をすべてサーブに知らせていたと主張した。つまり、BAEの主張によればサーブは南アフリカ共和国とBAEとの取引について認知していた。
この南アフリカ共和国とスウェーデンとの武器売買や賄賂をめぐる問題は激しい議論を呼んだ。スウェーデンに対する武器購入の支払いは2022年まで続くと言われているが、南アフリカ共和国では、貧困、犯罪、失業など武器とは関係のない問題が山積みであり、そのような問題の解決に金銭を注ぐべきだという批判がある。そして、購入された高価な武器は、維持に莫大な費用がかかるために使用されず、埃を被ったままとなるのだ。実際、南アフリカの政府は、資金と操縦士不足のために、購入したグリペン戦闘機のうち2019年現在は5個しか稼働していないことが明らかになった。
また、2000年代前半、サーブとBAEは、グリペン戦闘機の販売を促進するために、チェコ・オーストリアに賄賂を支払っていたとされている。その額は実に1億5,000万米ドルである。この不透明な取引はドキュメンタリー番組で明らかになったが、サーブもBAEもこの事実を否定した。この賄賂は国際的な注目を浴びたため、スウェーデンを含む少なくとも7つの国で国際的な調査が行われ、BAEの関係者がグリペンの販売取引において賄賂や資金洗浄を行っていたことで逮捕された。
また、近年、ブラジルとサーブとの間でも武器販売の取引が成立し、不透明なやり取りの疑いがかけられている。2014年、46億8,000万米ドルにあたる36機のグリペン戦闘機がサーブからブラジルに販売された。この取引において、サーブはブラジルの当時の大統領に航空機の購入を促進するために、前大統領に賄賂を支払ったと言われているが、事実かどうかはまだ判明しておらず、真相は闇の中である。こうしてブラジルに武器を販売したことで、2018年には、2017年と比較してスウェーデンの武器輸出額は2%上昇し、13億8,000万米ドルになった。

サーブのカールグスタフ(無反動砲)をイラクで使用する兵(写真:William Hatton/Wikimedia [public domain])
穏やかで平和なイメージのこの国で、実は軍事産業が発展し武器輸出が国の経済や外交を支えてきた。その上、武器を使用して人権を脅かす国への武器販売や、武器売買に関わる違法で不透明な取引は、他国と複雑に絡み合った深刻な問題となっている。2010年代、スウェーデンの武器輸出は減っていたが、ブラジルに高価な戦闘機を販売する取引が新たに成立している今、スウェーデンの武器輸出はこれから再び大きくなっていくかもしれない。
ライター:Ikumi Arata
グラフィック:Saki Takeuchi
スウェーデンなどの北欧地域=平和というのはイメージがとても強かったので、驚く事実ばかりで、面白かったです!
スウェーデンの軍需産業、参考になりました。記事の最後の方の「36個のグリペン戦闘機がサーブからブラジルに販売」は「36機」ではないですか。
ご指摘ありがとうございます。訂正しました。
スウェーデンの知られざる事実だった。
ノーベル賞って スウェーデンですが、ノーベルってダイナマイト発明ですよね!?笑
スウェーデンは北欧ではありますが どちらかというと ドイツとほとんど同じな北方ゲルマン って思ってるくらいでいいのかもですね。
スウェーデンについて、全然知らなかったのですが軍事産業が発展してることを初めて知りました。
スウェーデンに限らずいろいろな側面があることを知ることが出来ました。ありがとうございます。
スウェーデンが武器輸出大国であることは、軍事に詳しいあるいは興味のある者の殆どは知っている。また、自衛隊反対、スウェーデンは平和国家と大きな声で主張する、いわゆる”平和主義者”の多くも知っていますよ。知らないふりをしているのではなく、日本が武器に関与することは悪いことをするためであり、スウェーデンが武器に関わるのは平和のためだと本気で思っており、殆ど議論ができません。
忘れていましたが、こういう軍事に関して詳しい記事は非常に良いことだと思います。日本では、軍事=悪い、殺人というイメージが強く、自国を守るためにあるという認識が薄すぎます。防衛はリアリズムに徹するべきで、感情に押し流されては、戦争が起きる可能性が高まると思います。
漠然とスウェーデンは武器輸出大国と知っていましたが、この記事により、その実態を詳しくしることができました。今は、中国が有している空母[遼寧]が、ウクライナから輸入したものであることを知らないかのように、日本人は振る舞っているのが、非常に気にかかります。ロシアによって、恐ろしい目にあっているウクライナ人も、ロシアが自国を侵略する可能性があることを知りながら、過去のどこかの時点で、間違った判断をして、今のような惨状になっている可能性もあり、日本もそのようなことにならないように、この記事のように軍事およびその政治的な役割を、認識できるような報道がなされたらいいなと思っています。