2018年4月、突然スワジランドの国名変更が発表された。変更名はエスワティニである。これはイギリスからの独立50周年を記念して祝典が開かれた際に、現在の国王ムスワティ3世が独断で行った行為だ。そもそもなぜ、議会や国民投票といった民主主義的なプロセスを経ずに、国王の独断がまかり通ってしまうのか。

ロジタ宮殿のマンドヴロ・グランド・ホール(写真:總統府/Flickr[CC BY 2.0])
エスワティニとその諸問題
まずはエスワティニという国について少し紹介しよう。エスワティニは、東側はモザンビークと国境を接し、南アフリカ共和国に囲まれているアフリカ大陸南東部の国である。肥沃な土地や温暖な気候、水資源などに恵まれたことから、主産業は農業である。近年はアパレル産業も大きく成長している。また、長年アスベストが最も輸出量の多い鉱物で、他には石炭や鉄鉱石などが主な輸出資源であったが、今後はダイヤモンドや金の輸出量を増やす方針を立てているようだ。歴史的には、1902年からイギリスの保護領となった背景があるため、公用語は現地の言語であるスワティ語だけでなく、英語も指定されている。1968年にイギリスから独立し、その10年後に新憲法が制定された。国家体制としては、最大の民族グループであるスワティが王族の基盤となっており、現在の国王ムスワティ3世は1986年に18歳で即位した。
エスワティニが抱える問題としてまず挙げられるのは、国民の貧困である。エスワティニはアフリカ大陸で最も貧しい国の一つで、人口120万人中38%が1日1.9 ドル以下で生活している。特に、アパレル産業において低すぎる賃金が問題となっており、2018年には1万人以上のンランガーノ市の工場労働者がデモを起こした。そのため生活水準が低く、平均寿命は女性が60歳、男性が54歳となっており、世界の平均寿命である72歳に比べてかなり低い。
エスワティニ国内における社会問題は貧困だけでなく、HIV/エイズの問題もかなり深刻である。2016年時点では大人の27%がHIVに感染しており、2018年の国民の死因第一位はエイズである。同年においては、エスワティニが世界で最も感染率が高かった。ただ、このHIV/エイズの問題に関しては改善面が見られる。国民のHIV検査や抗レトロウイルス療法 (ART)の実施の増加などの政策をとったことによって、2016年には新しく感染する人が2011年と比べて半減しているのだ。

村の風景(写真:Darron Raw/Flickr[CC BY-NC-SA 2.0])
横暴な国王
これらの諸問題に大きな影響を与えているのは、国王の絶対王政である。まず国王に富が集中し過ぎていることに国民の貧困も起因しているだろう。なぜなら、国家予算の用途の詳細が公開されていないため、議会では王族の予算を議論することができず、王族への経費額が適切かどうかの判断ができないからだ。さらに、2015年に増額が発表され、国家予算の5%が王族の予算となった。また、彼が2018年に50歳の誕生日プレゼントとして現金1億5千万リランゲニ(約16億円相当)受け取っていることからも彼の豪勢な生活ぶり が見て取れる。
彼の懐を潤しているのは国内の財産だけではない。リビアの故カダフィ大佐(ムアンマル・アル=カダフィ)は、自らが所有していた数百万米ドルをエスワティニに預けていたとされている。しかし、最近になって、そのお金の保管場所が不明であることが発覚したのだ。真相はまだ明らかになっていないが、国王が着服した疑いが持たれている。ムスワティ3世がこのような贅沢な暮らしをしている一方で、エスワティニ国内の病院では医薬品が不足しているため十分な治療ができず、学校では栄養失調の子どもたちに十分な食べ物が行き渡っていないなど、一般国民はかなり苦しい生活を強いられている。

48歳の誕生日を迎えたムスワティ3世(写真:GCIS(GovernmentZA)/Flickr[CC BY-ND 2.0])
ムスワティ3世の身勝手さは金銭面以外にも表れている。彼はHIV/エイズの広がりを抑制することを主な目的として、2001年に10歳代の女子との性交を禁止する法律を制定したのだが、制定した張本人が2か月後に17歳の女子を9番の妻として迎えている。後日、国王は法律違反であるとして自身に牛一頭(※1)の罰金(※2)を科した。違反の規定は確かに忠実に守っているが、自らが制定した法律を国民の前で堂々と破ってしまう勝手さが批判の対象となった。また、2011年に、国王をいかなる民事訴訟から保護するという宣言が最高裁判所の裁判官によって発表された。これは、ある村人が所有していた牛を国王が没収したことに対して起こされた訴訟であり、この訴えを取り下げることは、万人が平等であると定められたエスワティニの憲法よりも国王が優位な立場にいるということを意味する。国王自身も、法律は自分で自由に変えることができるという認識なようだ。ではなぜこのような状況を国民は許してしまっているのか。議会は抵抗できないのか。これらの疑問に答えるために、次は政治の問題に移りたい。
政治制度とその課題
エスワティニの政治制度はアフリカで最後の絶対王政と言われており、国王がかなり強い権限を持つ。議会は上院と下院の二院制で、上院は定員30名、下院が定員65名で構成されていて、上院は定員30名のうち10名を下院が選び、残りの20名を国王が選出、下院は定員65名のうち国民が55名、国王は残りの10名選出できるというシステムになっている。さらに、首相や大臣、上層の公務員や裁判官も国王が選出する。議会の招集や解散 は国王が行っている。また、1973年に、国王は政党の結成・運営を禁止する旨の宣言を出しており、現在もそれは続いている。

国会議事堂(写真:Bernard Gagnon/Flickr[CC BY-SA 4.0])
議会は一応二院制を採っているため、民主的な議会体制が整っているように見えるが、実際は国王が議会を操れるほどの実権を握っている。この原因は、議員選出の過程に国王が大きすぎる影響を与えているためだ。本来の民主的な政治体制下では、すべての議会構成員は国民が選ぶことになっているにも関わらず、エスワティニでは、上院は約30%、下院は約15%の割合で国王が自由に選出することができる。さらに、2013年同様、2018年の選挙結果の詳細は公表されておらず、選挙に勝った候補者の名前のみが知らされるという状況であるため、当選した候補者が本当に国民多数の意見を反映しているのかも定かではない。また、政党は禁止 されているため、立候補する政治家は個人で選挙活動をしなければならず、他の多くの民主国家のように政党で選ぶということができない。このような状況下で支援者を集めるのは至難の業であるにも関わらず、候補者が住民を集めて大規模な集会を開くことすら禁止れている。その上、選挙キャンペーンの期間が2週間しか設けられていないため、たった一人で自分のマニフェストなどを広めることは困難を極める。
国王の影響力は議会にとどまらず、政府のリーダーである首相や大臣も国王の独断で決まる。このようにして選ばれた政府には、当然国王から多大な影響を受けているだろう。さらに、高地位に配属する公務員や裁判官も選出するということは、国民の公益を守るという本来の業務を果たせる役職ではなくなっていると考えられる。政府の広報はというと、現在の政治システムはエスワティニの文化から根付いたものだと公言している。エスワティニの政治体制にはこれほど問題があるにも関わらず、地域の大国である南アフリカや、エスワティニが所属する南部アフリカ開発共同体(SADC)(※3)とアフリカ連合(AU)は、情勢が安定さえしていれば、民主主義や人権上の問題を追求しようとしない。その上、SADCは、2018年に行われたエスワティニの選挙は成功に終わったとまでコメントしており、一方で政党が禁止されていることなどには全く触れていない。

ムスワティ3世(左)とジェイコブ・ズマ(南アフリカ前大統領)(右)(写真:GovernmentZA/Flickr[CC BY-ND 2.0])
国王への抵抗
では、国民は自国の政治に満足しているのか。もちろんそうではない。地元の新聞が実施した世論調査 によると、国民の34パーセントは、自国は民主主義国家ではないと考えている。ただ、このデータの信憑性は定かではない。なぜなら、メディアは国王を批判するような報道をすると政府からいやがらせを受けることになるので、自主的に報道内容に検閲 をかけているためである。このように言論の自由への厳しい制限がある中、2019年に3,000人近くの国民が政治制度改革を求めてデモ行進を行った。しかし、国王はテロ抑制法を濫用し、このように民主主義を掲げて活動する人々を逮捕することにより、民主化を求める動きを抑圧している。一方で、国民以外にも、過去に国王に抵抗した機関がある。それは裁判所だ。保釈が認められない犯罪について定められた1993年の王令が違憲であると最高裁が2000年に宣言した。しかし、この行動に出た当時の最高裁判事たちは、王権を弱体化させたとして2002年に全員辞職している。さらに2014年には、最高裁は国王による裁判官の任用に抵抗して王権に関する訴訟を展開した。

エスワティニからイギリスへ移住した人々が、ムスワティ3世来訪の際に起こしたデモ(写真:Garry Knight/Flickr[CC BY 2.0]
このように、エスワティニでは国王ムスワティ3世が強大な支配権を握っており、それが民主的な政治体制を妨げている最大原因となっている。しかし国王や政府を批判すれば制裁が待っているという状況であるため、言論・報道の自由において本来重要な役割を果たすメディアは、正常に機能していないと言える。その上、SADCやAUなどの地域連合もエスワティニの独裁政治を指摘する気はないようだ。だが近年、国民や労働組合が国王に抵抗して運動を起こし始めた。裁判所も徐々に抵抗を見せている。そして今度は、2018年の国名変更に反対するグループが訴訟を起こし、裁判が開かれる予定だと報じられた。国王に抵抗し、実際に影響を与えることのできる裁判所が、民主化への鍵を握っているのかもしれない。
※1 エスワティニにおいて、牛は、結婚する際の贈り物になるなど文化的に重要な役割を持っている。また、もし土地を追い立てられたとしても、牛は一緒に移動することが可能であるということで、利便性の高い貯金方法としても認識されている。
※2 牛一頭または152ドルの罰金が科せられる。
※3 南部アフリカ諸国の人々の貧困削減及び生活向上のため、南部アフリカ諸国の開発、平和・安全保障、経済成長を目的とし、経済統合や紛争解決・予防などに向けた活動を行っている。
ライター:Ayano Shiotsuki
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これほどシステムが遅れ、国民が理不尽な生活を強いられている国がある事実を認識し、悲しい気持ちになりました。これから、エスワティニの状況が改善されることを期待します。
エスワティニのように国王が好き勝手にやっている国は国民も抑圧されているのが当たり前になってしまって、反抗できないというイメージがありましたが、デモ行進もあると知って本当に少しだけ安心しました。反対の動きがもっと活発になっていくといいですね。
逆に今でも王制の国があるとは驚きました。
安定しているだからと言ってマシだと思われることがありますが、HIV・AIDSなどの問題は深刻の問題なので、国際社会にも注目してほしいです。
勝手に国名を変えるなど国王が強力な権力を持って独裁を続けていることが衝撃的でした。国民の民主化運動がとても重要だと思いました。
絶対王政の国は世界の中でまだ残っていることにびっくりしました。。。国民の利益を考えずに、王室にばかり使うのがとんでもないことです。ニュースによると、エスワティニにある学校は資金が足らず、多数が閉まっているそうです。にもかかわらず、国民の教育を重視せず、王室の宮殿の建設に資金をまわすことなんて
国王の横暴さに驚きました。スワジランドの時から、HIV感染率の高さが顕著でしたが、政治がこのようではHIVに対する取り組みもまた遅れそうだなと思いました。