今年2016年10月、イエメンの首都サナアにおいて、葬式が行われていた施設が空爆を受け、国連試算でおよそ140人の命が奪われる惨劇となった。空爆を行った側は、これは標的に関して誤った情報に基づいてなされた「誤爆」であったと主張しているが、無差別な空爆などを含む武力紛争による被害は昨年以来継続的に出ており、国連人道問題調整事務所(OCHA)によると、昨年7月時点でイエメンのおよそ5人に4人が人道的援助を必要とする状況に陥っていたとされている。その惨状は今もなお改善されておらず、イラク、シリアとともに、イエメンの人道的危機レベルは最も深刻な「L3」に認められている。

紛争による被害で荒れ果てたイエメン (写真:United Nations OCHA / Philippe Kropf [CC BY-NC-ND 2.0])
イエメン国内での被害が特に際立つことから、この一連の紛争はときに「イエメン内戦」と呼ばれるが、「内戦」に収束するほど事態は単純ではない。上記の空爆も、同報道によるとサウジアラビア主導の連合軍によるものだったように、国内外の様々なアクターがこの紛争に絡んでいる。イエメン自体の歴史的背景はもちろんだが、どのような関係国・組織が、何のために、そしてどのようにかかわっているのかを知らなければ、この紛争を理解することはできない。
イエメン共和国は、北イエメンと南イエメンが1990年に統一されて成立した。しかし建国以来、1994年にも紛争を経験するなど、現在に至るまで不安定な状況が続いている。そんな中で2004年、独自の宗教的・政治的思想を持つシーア派系組織フーシ派が武装化し、反政府運動を起こす。2009年にはそのフーシ派がサウジアラビアとの国境において、サウジアラビア軍とも衝突する。そこで一旦は鎮められるものの、2011年の「アラブの春」をきっかけに誕生したハディ暫定大統領率いる新政府への不満から再び反政府の動きを強めると、2014年には首都サナアをフーシ派が制圧してしまう。すると失脚したサレハ前大統領の勢力までもがフーシ派に加勢することになった。さらに、首都をめぐる攻防において政府軍が北部に集められたことに乗じ、過激組織であるアラビア半島のアルカイダ(AQAP)が、政府の統治力が手薄となった南部を中心に勢力を拡大している。AQAPにとって、政府はもちろん、宗派違いのフーシ派とも敵対関係にあるために、三つどもえの構図を作っている。

イエメン兵(2006年)(写真:Dmitry Chulov / Shutterstock.com)
この紛争を一層複雑にしているのは、上に見た三者に加え、実際に戦闘に参加しているいわば紛争当事者、そしてそれぞれの勢力を支援する国々があることだ。以下にそれらを分類して整理したい。
(1)イエメン暫定政府側
(a)当事者
・イエメン暫定政府:フーシ派の台頭に、ハディ暫定大統領は8カ月もの間サウジアラビアへの避難を余儀なくされるなど苦戦していたが、連合軍の進撃とともにイエメンに帰還し、首都サナア奪還を目指している。
・サウジアラビア連合軍(UAE・カタール・パキスタンなど):サウジアラビアが近隣のスンニ派諸国を主導して反政府勢力への空爆を行っているが、一般市民への被害が人道的に問題視されているうえ、それらをめぐる国連事務局の対応の甘さについても疑問視されている。また、UAEやカタールといった富国は、主にコロンビア、パナマやエルサルバドル、チリといったラテンアメリカ諸国から、少なくとも450人の傭兵を地上兵としてイエメンへ派兵している。空爆に参加している国としてほかに、バーレーン、エジプト、ヨルダン、クウェート、モロッコ、スーダンなど。
・アメリカ:敵対関係にあるアルカイダを打倒すべく、主にAQAPや過激派テロ組織に向けて無人機で攻撃し、今年2月にはAQAPのリーダー格とされる人物を爆撃した。また、これまでフーシ派との直接的な戦闘はなかったのだが、同10月、イエメン国内にあるフーシ派のレーダーサイトに向けて、ついに軍艦からミサイルを発射した。イエメンの海岸付近にいたアメリカの軍艦が、先にミサイル攻撃を受けたことがきっかけだった。一方、サウジアラビアに対しては空爆の命中精度を上げる技術支援を行うほか、物流支援や知的援助、武器貿易などを行っている。石油の通行量の多いアデン湾と紅海を繋ぐマンダブ海峡の自由通行権を守るために、支援によってサウジアラビアの国境を維持する目的もある。
(b)支援国
・イギリス・フランス・カナダ:サウジアラビア連合軍に対し、軍事的支援を行っている。その際、武器貿易によって受ける経済的な恩恵を狙いとしている。また、AQAPなどを封じ込め、ヨーロッパにおけるテロを減らしたいという思惑もある。
(2)反政府側
(a)当事者
・フーシ・サレハ連合:首都サナアを占拠したのち、ハディ暫定大統領が新たな首都として定めた南部の都市アデンを照準に、軍事行動を進めている。かねてよりフーシ派は自身が政治的団体であることの正当性を主張していたが、首都占拠以後、新たなイエメン政府を作ったと宣言している。
(b)支援国
・イラン:イスラム教シーア派の大国であり、同じシーア派系のフーシ派への経済的・軍事的支援を繰り返し行っているとされている。スンニ派のサウジアラビア諸国がさらに勢力を拡大することを嫌うという点で、イランとフーシ派は類似した地理的・政治的目的を有しているといえる。
(3)その他の武装勢力
(a)当事者
・AQAP:対米ジハードを唱え、2000 年のアデン港における米イージス駆逐艦コールへの自爆攻撃事件など、多くの攻撃を繰り返している。また、外国からの襲撃や治安部隊による掃討・逮捕への報復として、イエメン治安機関への攻撃を続けている。領土を拡大し、占領した領土を実際に統治しているという点で、これまでのアルカイダとは一線を画した存在となっている。
この紛争は「サウジアラビア対イラン」としても描かれがちだが、このように見ると、必ずしもそれが適切な構図だとは限らないことがわかる。イランが連合軍との戦闘に直接参戦しているという公的な情報はないのだ。「イエメン内戦」というラベリングもそうだが、この紛争に対する誤った理解は依然として強いように思われる。しかし実際は、上に見たように、関係諸国・勢力がそれぞれに政治的目的を持っている。広い視野で各当事者の立場や思惑を探る必要がある。
2016年10月現在、イエメン紛争はいまだ停戦合意に至っていない。
ライター:Kosuke Matsuoka
グラフィック:JT-FSD