《Yale Climate Connectionsの翻訳記事(※1)》
気候問題解決への投資は短期的に見ると莫大な額だが、長期的には節約につながることがプロジェクト・ドローダウン(Project Drawdown)による調査によって明らかになった。
研究グループプロジェクト・ドローダウンによると、パリ協定の目標達成のために解決策を実施するには地球規模で何十兆ドルもの金額が必要となることがわかった。しかし重要なことは、これらの支出が長期的には初期投資の何倍もの節約につながることも同時に明らかとなった。
新たに発表された「ドローダウン・レビュー2020」(2020 Drawdown Review)には、各解決策を実施するための資本コスト、全期間を通しての運営費、そして農業解決策となる商品の売り上げによる収益の見積もりが含まれている。ポイントは、初期投資額がかなりの額(世界的に約25兆ドル)である一方で、最終的な節約額と収益はこれの5~6倍になるということだ。
プロジェクト・ドローダウンは、大気中温室効果ガスのレベルが下がり始める段階(炭素「減少(drawdown)」の入り口)に辿り着くために国家が実施できる気候対策を見積もっている非営利団体だ。温室効果ガスの減少を達成するには、炭素を生み出す化石燃料の使用を段階的に廃止することと、炭素の吸収源を強化することが必要となる。2017年、同団体はニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーとなった『ドローダウン』を発行した。この本では、研究チームの包括的な科学的調査に基づいた地球温暖化への最も現実的な100の解決策が紹介されている。
今回の新たな報告では2つの潜在的な道が吟味されている。1つ目のシナリオは、炭素減少が2060年代半ばには達成されることを踏まえて、産業革命前からの気温上昇を2℃以内に抑える、というパリ協定の目標に見合うためにはどのような解決策をとるべきなのかが描かれている。2つ目のシナリオはより意欲的だ。炭素減少を2040年代半ばまでに達成することによって気温上昇をパリ協定の希望的目標である1.5℃に抑えるというものだ。より精力的な2つ目のシナリオでは、世界経済の節約額は145兆ドルとなり、さらに農業セクターから29兆ドルの利益が生み出されるというのだ(この利益だけでも28兆ドルの資本コストが相殺される)。両シナリオの節約額は解決策の存続期間に基づいて計算されている。

牛達(写真:Jai79 [Pixabay License])
より良い公衆衛生による節約は計算に含まれていない
公衆衛生の改善と気候変動がもたらすダメージ回避による何兆ドルもの節約額を考慮せずとも、気温の上昇を1.5℃までに保てば145兆ドルの経済的節約につながると研究者たちは見積もっている。
節約の効果はすぐに出るケースもある。例えば、LED(発光ダイオード)はその他の性能の低い電球よりも高額だが、LEDは長く使えるためすぐに切れてしまう電球を繰り返し取り換えるよりもLEDを買う方が結局は安く済む。ドローダウン・レビューによると、LED電球が古いテクノロジーに取って代わることによって、世界的に2兆ドルの資本コストだけでなく、エネルギー効果の改善の結果として、長期的にはさらに5兆ドルを節約することができるという。
ドローダウン・レビューにあるその他の気候解決策のほとんどは、資本コストの相殺以上の節約額や収益を伴っている。例えば、ソーラーパネルや風力タービンは化石燃料設備よりも作業費・維持費は格段に安い。その結果、2つ目のシナリオの基準で考えると、陸上の風力タービンや実用規模のソーラーパネルの配置によってそれぞれ8.5兆ドル、世界的には28兆ドル、さらに分散されたソーラーパネル(建物の屋根に設置されたものなど)によって13兆ドルが節約される、と推定されている。その他の費用対効果の高い解決策の中には建物の断熱の改善(エネルギー効果の増加による23兆ドルの節約)や、電気自動車(効率性が劣るガソリン式自動車に代わることによる16兆ドルの節約)などが含まれている。
ドローダウン・レビューの2つのシナリオの違いのほとんどは、風力・太陽光エネルギーの配備にかかる時間によるものである。より精力的な2つ目のシナリオでは、陸上風力タービンと実用規模の太陽光発電パネルは炭素排出量削減の二大担い手だ。このシナリオでは、世界の電力シェアは、風力が2050年までに現在の4.4%から6倍の27%、太陽光が現在1%のところから2050年には25%になるとされている。1つ目のシナリオでは、2050年までにそれぞれ20%の電力を補うようになる。

橋にLED電球を設置する作業員(写真: Metropolitan Transportation Authority of the State of New York/Flickr [CC BY 2.0])
唯一の「特効薬」としての気候変動への解決策は存在しない
ドローダウン・レビューのその他の気候問題解決策に驚く読者もいるかもしれない。食品廃棄物の削減、健康と教育の改善、野菜豊富な食事の摂取、冷媒管理、熱帯雨林の復元などが含まれる。
最新の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)特別レポートにあるように、世界規模で生産される食料のうち25~30%が廃棄されている。途上国では廃棄のほとんどが冷蔵庫の不足により消費者に届く前に商品が駄目になってしまうことで起こっている一方で、先進国では消費者が超過食料を廃棄している状況だ。IPCCレポートによると、食品廃棄物は一年に1兆ドルの出費となる上、食料システムからの温室効果ガス排出量の10%を占めている。
温室効果ガス排出量の約5分の1は我々の食料によるものだ。ドローダウンによると「もしも畜牛を国家として考えるならば、彼らは世界で3番目に多くの温室効果ガスを排出するだろう」というのである。つまり、菜食中心の食事に移行することによって温室効果ガス排出量を大幅に削減し、公衆衛生も改善することができるのだ。
人口増加も難しい問題ではあるが、全体の温室効果ガス排出の大きな原因となっている。ドローダウンによると、「より長い年数教育を受けた女性は、より少ない、かつ、より健康な子どもを持ち、性と生殖に関する健康を積極的に管理する傾向にある」という。
冷蔵庫とエアコンは強い温室効果ガスを排出する化学冷媒を使用している。オゾン層に穴を開けてしまう化学冷媒は、オゾンを破壊しないハイドロフルオロカーボン(大体フロン)に取って代わられたが、それでもハイドロフルオカーボンは二酸化炭素の1千~9千倍強い温室効果ガスである。プロパンやアンモニウムなどの自然冷媒を含む代替物も現在では利用可能で、ドローダウンはこれらの導入によって地球温暖化を抑制できると結論づけている。
熱帯雨林は近年激減しており、かつて世界の大陸の12%を占めていたが現在ではたったの5%まで減少した。ドローダウンは2億8,700万ヘクタール(ハワイとアラスカを除いたアメリカ48州の面積の3分の1以上)の復元を想定している。この目標は、熱波や干ばつなどの気候変動が熱帯雨林を退化させているという近年の研究結果によって阻害されてしまうかもしれない。

林業(写真: Gavin Fordham/Flickr [CC BY-NC 2.0])
プロジェクト・ドローダウンの解決策の多様性は、気候危機を解決する「特効薬」は存在しない、つまり、いくつもの手段が必要だということを明らかにしている。陸上風力タービンなどの大きな個別解決策でさえドローダウンのシナリオの中では全体の炭素削減の10%未満への貢献にとどまる。ドローダウンが100の解決策を見積もったのもこういうわけだ。
良いニュースとしては、気候解決策は大きなリターンが期待できる投資である、とこれらの研究が明らかにしていることだ。そして、世界がこれらの投資を行えば、パリ協定の目標も手に届く範囲にあるだろう。
※1 この記事はGNVがパートナー組織として参加する「気候報道を今」(Climate Covering Now)の同じくパートナー組織であるYale Climate Connections のDana Nuccitelli氏の記事「Aggressive action to address climate change could save the world $145 trillion」を翻訳したものである。「気候報道を今」は4/19~4/26の一週間を報道週間として定め、参加している報道機関に「Climate Solutions」のテーマでの報道を呼び掛けている。この場を借りて記事を提供してくれたYale Climate ConnectionsとNuccitelli氏にお礼を申し上げる。
ライター:Dana Nuccitelli (Yale Climate Connections)
翻訳:Madoka Konishi