東南アジア諸国では、インターネット利用者は2015年から2019年までの4年間で1億人増加し、3億6千万人になった。これは情報を入手し、家族、友達、職場の人々などとのやりとりをインターネット上でできるようになった人が急増したということだけを意味しているわけではない。インターネットを介して商品を買ったり、映画を鑑賞したり、ホテルを予約したり、タクシーを呼んだりするなど、様々なモノやサービスを購入するようになった人も急増した。東南アジアで、こうしたデジタル経済は驚異的な成長を続けており、経済発展を大きく支えている。この記事では、東南アジアのデジタル経済の事情を紹介していきたい。

スマートフォンを使っている学生。2013年時点でタイには9千万人ほどの携帯電話加入者がおり、人口の136%を占めている。(写真:Asian Development Bank / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
東南アジアのインターネット環境
まず、デジタル経済に欠かせないインターネット環境の現状について見てみよう。そもそも、東南アジアにおけるインターネットの使用は、近年でどのくらい普及したのだろうか。各国のインターネット普及率を見てみよう。
ブルネイ、シンガポール、タイ、マレーシアでは、インターネットの普及率はすでに8割以上に上っている。これらの国々と比べると、ベトナム、フィリピン、インドネシアでは、普及率が少ないものの6割以上となっている。一方、ラオス、ミャンマー 、東ティモールはこの点に関して後れを取っており、4割に留まっている。しかし、4Gネットワーク(※1)などのインフラの整備が進んでいることによって、現在インターネット利用者が少ない国でも、これから大幅に増えると見通される。
東南アジアにおけるデジタル経済の規模
では、インターネットの普及によって生み出されたデジタル経済の現状を紹介していきたい。東南アジアにおけるデジタル経済の規模は、2019年に1千億米ドルを超えると予想されている(※2)。そして、2025年には3千億米ドルに達するとの見通しだ。
デジタル経済をどのように定義するかについて様々な見解があるが、国連貿易開発会(UNCTAD)は、デジタル経済というのは、「製品とサービスの生産や流通に情報通信技術(ICT)を活用した経済である」と定義している。東南アジアのデジタル経済は主に4つの業界に分けることができる。それは電子商取引(商品の売買をするなどのECサイト)、旅行手配(ホテル、航空券の予約)、デジタル・メディア(ゲーム、映像、音楽など)と配車サービスである。さらに、ビットコインといった仮想通貨(※3)もこれらの取引をつなげるなど、経済のデジタル化の一つの産物である。
そのうち、この数年で、電子商取引は東南アジアの何百万人もの日常生活に定着し、不可欠なものになってきた。日常生活におけるほぼ全ての買い物が、インターネットのおかげでさらに容易にできるようになった。例えば、レビューを参考にすれば、どの商品を選ぶべきかすぐに決断することができ、物流網の整備によりモノの当日配達が可能になり、日用品や生鮮食品などを購入するができるようになってきているのだ。
また、電子商取引と同様に、配車サービスの使用も人々の日常生活に浸透している。配車アプリが登場するまでは、タクシー乗り場で並ぶか、道路でタクシーでつかまえるかという2択しかなかった。しかし、スマートフォンを使った配車アプリが登場したおかげで、いつでもどこでも簡単にタクシーを呼ぶことができるようになり、人気を呼んだ。配車サービスの主な担い手が、グラブ(Grab・シンガポール創業)とゴジェック(Go-jek・インドネシア創業)である。この2つのアプリは創業してから「スーパーアプリ」となり、配車だけでなく、出前、宅配、金融など消費者の暮らしを助ける複数のサービスを1つにまとめたアプリへと拡大した。2025年までは、出前サービスの規模は配車サービスの規模と等しくなると予想される。特に、グラブは国境を超えてシンガポール、カンボジア、インドネシア、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、タイ、ベトナム、つまり東南アジア11か国のうち8カ国の市場に浸透している。

インドネシアの首都ジャカルタで、道を走る配車サービス・ゴジェックの運転士(写真:Andika Wardana/Pexels [CC 0])
各国内の状況を見てみよう。デジタル経済の拡大の勢いが最も著しいインドネシアは世界の注目を集めている。人口は世界第4位で、市場の潜在能力が最も大きいと言われる。インドネシアでは配車のゴジェック 、ネット通販のトコペディア(Tokopedia)、旅行予約のトラベロカ(Traveloka) など、有力なスタートアップ企業を多く輩出している。インドネシア政府はデジタル経済先進国になる目標を掲げ、「インドネシアのEコマースロードマップ」(Indonesia’s E-Commerce Road Map)などの政策を打ち出した。この政策では、政府が電子商取引のベンチャー企業に資金を提供することによって、2020年までにテクノロジー系スタートアップ1,000社を生み出すことを目指す。政府がデジタル化を牽引することで、今後も巨大技術系企業(ユニコーンと呼ばれる評価額が10億米ドル超の未上場企業)が生まれると予想される。
この地域において、インドネシアの成長率に匹敵する唯一の国がベトナムである。電子商取引の後押しもあり、2015年以降、ベトナムのデジタル経済は年38%の成長率で伸びている。一方でシンガポール、マレーシア、フィリピン、タイはインドネシアとベトナムよりデジタル化が進んでいるため、今後の伸び率は相対的に低くなる見通しである。
「デジタルディバイド」
しかし、これらの経済活動に参加するにはインターネットへのアクセスが必須である。つまり、通信インフラの不備などによって、インターネットなどのICTを利用できない者は、デジタル経済活動から除外されかねない。ICTを利用できる者と利用できない者の間にもたらされる格差は、「デジタルディバイド」(digital divide)と呼ばれる。
こうしたデジタルディバイドは東南アジア諸国間で見られる。先ほど述べたように、インターネット普及率が最高のブルネイ(95.3%)と最低の東ティモール(31.3%)の間には64%の差もある。東ティモールと同様に、インターネット普及率が低いラオス、ミャンマー 、カンボジアの3ヶ国が、デジタル経済において、東南アジア地域の他国に追いつくことができない大きな理由は、経済発展の後れをとっていることと、基礎となる通信インフラの不備があることだ。
ミャンマー には別の事情もある。ミャンマーは軍事政権の統治の長い歴史を経ており、インターネットへのアクセスは厳しく制限された結果、2011年までは携帯電話の保有が認められなかった。こうした政治システムの影響を受けて、インフラ整備が遅れているのだ。こうしたデジタルディバイドによって、デジタル経済の発展段階が国ごとに大きく異なる。これにより、国家間の格差が広がり、より深刻になっていくだろうと考えられる。

中国からの格安スマートフォンを売っている、ミャンマーのニャウンシュエにある電話販売店(写真:Asian Development Bank/Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
同様に、各国内でもデジタルディバイドが存在している。国によっては、デジタルサービスが一足飛びに普及しているものの、インフラ整備が行き届かず、また通信料を負担できない貧困層には、インターネットへのアクセスが限られている国もある。とりわけ、富裕層と貧困層、都市と地方との間でのデジタルディバイドは、デジタル経済が発展している国において顕著になっている。
シンガポール、マレーシア、インドネシア、ベトナム、フィリピン、タイの6ヶ国では、インターネットの普及率が最も高い大都市に住んでいる人口が、6ヶ国の総人口の15%にすぎないにも関わらず、デジタル経済の総流通取引額(GMV)(※4)の52%を占める。
デジタル経済に直面する課題
格差の拡大はデジタル経済が直面する唯一の課題ではない。近年ではインターネットの普及に伴い、インターネットを利用した違法な経済活動が大幅に増加している。インターネットを通じて行われる詐欺事件がその一例だ。インターネット詐欺の一つの手口は偽ECサイトである。インターネット通販を模して、偽ECサイトは消費者の個人情報や金銭などを窃取することが多い。また、あらゆる犯罪組織はインターネットを介して、児童ポルノ、人身売買、麻薬の販売などの違法な経済活動を犯すこともある。そのほかにも、不正ソフトウェア(マルウェア)によって、機密情報や企業秘密をはじめとする重要な情報を窃取することや金銭要求を目的とするサイバー攻撃も頻繁に発生している。サイバーセキュリティ対策がいまだに整っていない東南アジアでは、サイバー犯罪に対する適切な取締りがない限り、生活の利便性を向上させるはずのインターネットが、犯罪の温床になり続けるだろう。
また、世界の動向に伴って、東南アジアでは、ハイテク企業と政府との間で大きな対立が生じることが珍しくない。近年、検索エンジンの大手会社グーグルはインドネシアを含む数国で脱税あるいは租税回避の容疑で批判されてきた。そういったハイテク企業は、シンガポールなどの低税率国やタックスヘイブン(tax haven)を拠点として、そこに利益の大部分をとどめ、実際に経済活動をしている国々で十分な税負担をしていないのだ。

タイのチェンマイにある配車サービスグラブのタクシー(写真:Jon Russell/Flickr [CC BY 2.0])
加えて、ハイテク企業の独占も問題視されている。独占による価格上昇は消費者に不利なのだ。例えば、グラブは2018年にアメリカの大手配車サービス「ウーバーテクノロジーズ」(Uber)の東南アジア事業を買収し、業務を統合した。シンガポールでは、その統合は独占禁止法違反とされ、950万米ドルの罰金を課した。同様に、マレーシアの競争委員会は、グラブが競争法に違反しているとし、2千万米ドルほどの罰金を課した。また、タイでは自国企業の競争を促すため、電子商取引事業者を課税対象に含める方針である。こうしたハイテク企業に対する規制強化が東南アジアで見られる。
今後の展望
東南アジアのデジタル経済は今後、どのような動きがあるのだろうか。まず、デジタル経済の成長は投資、保険、融資といった金融分野にも広がると予想される。これらのサービスを利用する際の決済総額は2025年に1兆米ドルを上回り、東南アジアで取引される金額全体の約半分を占める見通しだ。
また、デジタル経済における地域の経済統合に力が注がれている。2019年の東南ジア諸国連合(ASEAN)首脳会議では、各国首脳がデジタル経済分野においる共通のルール作りに向けた「産業人材育成・イノベーションロードマップ」を打ち出した。デジタル経済の急成長をきっかけに、経済共同体の実現を長年目指しているASEANはその目的達成に一歩近づくことができるだろう。
新型コロナウイルス(COVID-19)の世界的流行は、世界経済に大きな打撃を与えている。しかし、ソーシャルディスタンス(社会距離)が必要とされる現在、デジタル経済の需要がさらに高まっている。それによって、デジタル経済は経済全体の伸びよりも急速に成長している。
今後、デジタル経済の進歩は東南アジアでどのように展開していくのか、期待が膨らむ。デジタル経済の発展は社会を豊かにする一方で、実際問題として、インターネットへのアクセスの可否が所得格差を拡大させる「デジタルディバイド」がある。それに加え、インターネットを利用した違法な経済活動、ハイテク企業の脱税と租税回避、ハイテク企業の独占など様々な課題が残っている。インターネット環境の整備と安価なスマートフォン普及を背景に、今後、デジタル経済が進んでいく中、人を取り残さずに、社会全体に還元できるような展開が望まれる。
※1 4Gとは4th Generationの略語で、第4世代無線通信システムを指している。
※2 「e-Conomy SEA 2019」というレポートはシンガポール・マレーシア・インドネシア・ベトナム・フィリピン・タイの6ヶ国を対象国としたものである。
※3 仮想通貨とはインターネット上でやり取りできる通過できる。「デジタルデータ」としてだけ存在していることと特定の国家が発行していないという二つの特徴を持っている通貨である。
※4 流通取引総額とは市場において消費者に購入される商品やサービスの販売総額を表すことである。GMVはグロス・マーチャンダイズ・ボリューム(gross merchandise value)の略である。
ライター:Yow Shuning
グラフィック:Yow Shuning
グラブみたいなサービスがあまり普及してない日本では、そういうサービスが日常にある感じがあんまり理解できてないんで、そういう生活を体験してみたいです!
ただ、インターネットありきの生活が進めば進むほど、デジタルディバイドによる生活の不都合が進みそうなのが怖いなと思いました…
これほどまでにデジタル経済が東南アジアで発展しているとは知りませんでした。デジタルディバイドなどの課題も含めて今後の展開に注目したいと思いました。
日本でもやはり情報格差は広がっていると思う。世代間でも、スマホやパソコンに慣れている若者と、デバイスに対して苦手意識の強い老人との間に格差があるし、同じ世代でも、富裕層と貧困層では、電子機器の普及率や、電子機器に関する・電子機器を利用した知識の格差が多い。この格差を埋めるのはかなり難しいと思います。東南アジアでも、経済格差がそのままデジタルデバイドに繋がっていて、後進国が追いつくのは不可能に近いんじゃないかなと思いました。既に進んでいる国は更に進んでいくから…
デジタル格差は東南アジアだけでなく特に経済力に乏しい地域を中心に世界全体で起きている問題なのではないかと感じている。都市と農村の格差も激しいと思われるが完全な整備は採算もとれないというジレンマもあるんだろうなあ。
国家間でインターネットの普及率がかなり違ってくることに驚きました。インターネットが普及し便利な面もある一方でデジタルディバイドなどの問題は考えていかないといけないと思いました。